Science May 24 2019, Vol.364

羽はどのようにして爪を失ったのか (How wings lost their claws)

進化するとともにたいていの鳥が、非鳥類型恐竜と鳥類型恐竜間の進化上の転移点に存在した恐竜である、始祖鳥の羽を特徴付けている爪を失った。 興味深いことに、ツメバケイ(Opisthocomus hoazin)の孵化したての雛は、その翼に同様の爪を持っているが、成鳥になるまでにそれらを失う。 Abourachid たちは、4羽の巣立ちしたばかりのツメバケイの、泳ぎと登はんの動きを観察した。 泳いでいる間、雛鳥は、現生鳥類の動きのように、両翼の同期運動を示した。 しかしながら、雛鳥は、左右翼の交互運動を用いながら爪の力を借りて登った。 太古の形質のこの外見上の再現は、これまで考えられていたよりも大きな、鳥の進化における柔軟性を示唆している。(Sk,kh,nk)

【訳注】
  • ツメバケイ:南米アマゾンに住み、ひなの翼にかぎ爪がある。和名「爪羽鶏」もそれに由来する。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat0787 (2019).

超電導回路中の量子酔歩 (Quantum walks on a superconducting circuit)

量子酔歩は、大規模な量子重ね合わせ状態を発生する。 これは、多体量子系シミュレーションのような古典的方法では実現困難な応用を可能にし、また古典的計算よりも指数関数的に高速な量子アルゴリズムも生み出す。 Yan たちは、近距離相互作用した12個の超伝導量子ビットからなる一次元アレイにおいて、1個のマイクロ波光子および強く相関した2個のマイクロ波光子の量子酔歩を実証している。 この超伝導プラットフォームの拡張可能性は、大規模な実施と複雑系の量子シミュレーションにつながるであろう。(NK,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 量子酔歩:酔歩(ランダムウォーク)の量子版とみなされるモデル。
Science, this issue p. 753

より強く、より涼しい木材 (A stronger, cooler wood)

ある建物が必要とする冷房の量を減らすための1つの良い方法は、その建物が赤外線を反射するようにすることである。 受動的な放射冷却材料は、非常にうまくこれをするよう設計されている。 Li たちは、脱リグニンと再圧縮により木材を処理して、機械的に強く、受動冷却もする材料を作り出した。 彼らは、米国の16のさまざまな都市で、それらの木材についての冷房節約量をモデル化した。 これは、20から50%の間の節約を示した。 冷却木材は暑くて乾燥した気候で特に価値があるだろう。(Wt,MY,kh)

【訳注】
  • リグニン:木材に20~30%含まれるフェノール性化合物を構成要素とする三次元高分子で褐色を呈することが多い。 無色のセルロース繊維同士を接着し木材の強度を向上させる機能を持つ。
Science, this issue p. 760

地震を使って地震を見つける (Using earthquakes to find earthquakes)

地震の目録は、断層の挙動を解明し、いつ大規模な地震が発生するのかについてのおおまかな見積もりを可能とする。 小さな信号は、しばしば、雑音と区別がつかないため、小さな地震の目録作成は困難な課題である。 Ross たちは、テンプレート照合アルゴリズムを用いて、南カリフォルニアでの約200万件の小さな地震を見出した。 これらは、従来、他の地震記録技術では見逃していたものである(Brodsky による展望記事参照)。 より完全なこれらの目録は、断層、地震の再発、その他の地球物理学的過程をよりよく理解するために用いることができる。(Wt,kj,kh)

Science, this issue p. 767; see also p. 736

マルコフニコフがクロムとチタンの手に落ちる (Markovnikov falls to chromium and titanium)

角ひずみを持つ三員環であるエポキシドの開環は、アルコールを作る汎用的方法である。 しかしこの反応には制限があり、それは、マルコフニコフ則に従い、エポキシド酸素が分子量のより大きな置換基を持つ炭素側に残る傾向のためである。 Yao たちは今回、共同して働く1組の触媒が、この選択様式を逆にできることを示している。 チタン触媒が環をこじ開け、同時に、クロム触媒が水素の活性化と供給を行う。 独自に工夫された機構において、クロム錯体は、この触媒サイクルの異なる段階で、水素原子、プロトン、電子を引き渡すらしい。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • マルコフニコフ則:非対称形の反応剤が非対称形の二重結合を持つ炭化水素に付加する場合、二重結合の2個の炭素のうち水素原子数の多い方の炭素に、反応剤の電気的に陽性な部分が結合するという経験則。
  • エポキシド:三員環エーテルであるオキサシクロプロパン(エポキシ樹脂分野ではエポキシ基と呼ばれる)を構造式中に持つ化合物。
Science, this issue p. 764

生息地のポートフォリオ (A portfolio of habitats)

種の保全のためには、我々は彼らの生息地を保全しなければならない。 この考え方は良く理解されているが、現実は単なる特定領域保全を越えてはるかに複雑である。 生息地は動的であり空間・時間両方にわたって変化している。 このような変化は、最良の状態を求めて領域内移動を可能にすることで、長期にわたる種の存続を容易にすることに役立つことがある。 Brennan たちは、アラスカ河川水系で、気候と個体数多産力の両方が時間と空間を通してどのように変化するかを特性化することにより、生息地のモザイク構造が太平洋のサケにとって利益であることを明確に実証している。(Uc,kh)

Science, this issue p. 783

時間との競走 (A race against time)

臨床的に今日的な問題である抗菌剤耐性は、主に、接合中に細菌間で伝播するプラスミドを介して広がる。 耐性遺伝子は、移入後どのくらい速く発現することができるのか?  テトラサイクリン耐性を持たない細菌細胞においては、テトラサイクリンはタンパク質合成を抑制するはずで、その中にはプラスミド移入耐性遺伝子tetA も含まれる。 意外にも、Nolivos たちは、TetAがテトラサイクリンの存在にもかかわらず発現できることを見い出した(Povolo と Ackermann による展望記事参照)。 細胞中へのプラスミド移入の直後は、TetA合成に対する抑制剤の発現が遅いために、TetA合成が始まる。 さらに、遍在性の生体異物排出ポンプ AcrAB-TolCは、テトラサイクリン濃度を毒性レベル以下に保つことによってTetA翻訳のための時間を稼ぐ。(KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 接合:細胞間で接触が生じ、互いのプラスミドを伝達する現象のこと。
  • プラスミド:細胞内で複製され娘細胞に分配される染色体以外のDNA分子の総称。 細菌の接合を起こしたり、抗生物質に対する耐性を宿主に与える。
  • テトラサイクリン:テトラサイクリン系に属する抗生物質でタンパク質合成初期複合体の形成を阻害する機能を持つ。
Science, this issue p. 778; see also p. 737

活性状態で見られたGPCR (A GPCR seen in the active state)

Gタンパク質共役受容体(GPCR)は、薬剤開発のための非常に優れた標的である。 Warne たちは、その活性状態におけるGPCR、即ちβ1-アドレナリン受容体の複合体の4種の結晶構造を記述している。 彼らはナノボディ(組換え型の重鎖抗体の可変領域)と遺伝子操作Gタンパク質を使用して、完全アゴニスト、2つの部分アゴニスト、および弱い部分的アゴニストに結合したβ1-アドレナリン受容体を安定化させた。 これらの構造と不活性状態との比較は、活性状態の構造においてアゴニストの結合がどのように変化するかを明らかにしている。(KU,kh)

【訳注】
  • アゴニスト:生体内の受容体に作用してホルモン等と同様の働きを示す薬剤。
Science, this issue p. 775

さまざまなシグナル伝達を探求する (Exploring a range of signaling)

小タンパク質であるサイトカインは、膜貫通受容体の細胞外ドメインに結合して、細胞内のシグナル伝達経路を活性化する。 サイトカインは、その受容体を二量体化することでしばしば作用し、細胞外ドメインから作られる二量体の配向変化は、シグナル伝達の出力を変えることがある。 Mohan たちは、単量体間の距離と角度を変化させたエリスロポエチン受容体用の一連の二量体リガンドを設計することにより、系統的にこの調整効果を探索した。 リガンドの形態は受容体活性化の強さに影響を与え、また、さまざまな経路に特異的に影響を及ぼした。 これは、そのようなリガンドを医薬品化学で活用する可能性を高める。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • エリスロポエチン:腎臓由来の赤血球産生促進ホルモン。
Science, this issue p. eaav7532

ミトコンドリアDNAのヘテロプラスミー発生率 (Heteroplasmy incidence in mitochondrial DNA)

ヒトでは、ミトコンドリアDNA(mtDNA)は圧倒的に母性遺伝する。 mtDNAは、複数の遺伝的変異体の次世代への伝播であるヘテロプラスミーを防ぐよう選択を受けている。 Wei たちはヒトのmtDNA配列を調べて、mtDNAのゲノム構造、選択、および伝達を決定した。 全ゲノム配列決定は、約45%の個体が、全mtDNAの1%を超えるレベルでヘテロプラスミーmtDNA配列を保有していることを明らかにした。 さらに、1500以上の母子対の研究は、どのmtDNA変異体が子供に受け継がれるかを女性系列が選択していることを示した。 この結果は母親の核遺伝的背景によって影響を受けた。 このようにして、mtDNAはヒト生殖系列の特定の遺伝子座で選択を受けている。(ST,kh)

【訳注】
  • ヘテロプラスミー:ミトコンドリアDNA(mtDNA)異常の特徴の1つで、正常mtDNAと点変異を持つ異常mtDNAが混在している状態。
Science, this issue p. eaau6520

アレルギーの原因はまぎれもない結晶成分? (A crystal-clear ingredient for allergy?)

シャルコー・ライデン結晶(CLC)は、好酸球に由来する顆粒タンパク質ガレクチン-10(Gal10)から形成され、喘息や慢性副鼻腔炎のような好酸球が関係する重い疾患で見出される。 CLCが能動的に病因に関与するのかは分かっていない。 Persson たちは、実験室で作ったGal10結晶が、生体物質的にCLCに類似していることを見出した(Allen と Sutherland による展望記事参照)。 マウスに投与するとこの結晶は、2型アジュバントとして作用し、ヒト喘息の徴の多特くを再現した。 対照的に、結晶化することができないGal10変異タンパク質は効果を示さなかった。 Gal10の自動結晶化に不可欠な抗原決定基に対する抗体は、生体外で作られたGal10結晶と患者由来CLCの双方を溶解できた。 さらに、この抗Gal10抗体は、ヒト喘息のマウス・モデルで、Gal10結晶の悪影響を逆転させた。 これはcrystallopathyに対するより広範な治療方法の可能性を示唆する。(MY,kj)

【訳注】
  • 好酸球:白血球の一種である顆粒球の1つで、アレルギー反応の制御に関わる。
  • アジュバント:薬物の作用を補助したり増強したり改良する目的で併用される物質。
  • crystallopathy:体内に結晶が析出することが原因で生じる疾患。
Science, this issue p. eaaw4295; see also p. 738

何が抑制神経を抑制するのか? (What inhibits the inhibitors?)

海馬では、各々の記憶痕跡は一部の特定の錐体細胞によって符号化されている。 他の錐体細胞は、選択的に樹状突起を標的にする介在ニューロンによってなされる抑制によって、記憶符号化過程から能動的に排除されなければならない。 Szőnyi たちは、縫線核と呼ばれる脳幹中の小領域にあるγ-アミノ酪酸放出(GABA作動性)細胞が海馬に投射することを見出した。 縫線核もまた顕著な刺激に応答するいくつかの領域によって刺激を受けている。 そのGABA作動性細胞は海馬の樹状突起標的介在ニューロンを優先的に抑制する。 このように縫線核は、顕著な刺激に非常に敏感な脳領域と記憶形成に関わる海馬回路との間の中心となる橋渡し役である。(Sh)

【訳注】
  • 錐体細胞:主に大脳皮質に存在する投射性の興奮性ニューロン。 網膜にある錐体細胞(cone cell)とは別のもの。
  • 介在ニューロン:近傍のニューロンに情報を伝達するニューロンで興奮性神経伝達の出力を抑制調節する。
  • 縫線核:脊椎動物の脳幹にある神経核の一つで、睡眠覚醒・歩行・呼吸などのパターン的な運動や注意・報酬などの情動や認知機能にも関与し、その投射は脳全体にわたる。
Science, this issue p. eaaw0445

より効率的な加熱 (More-efficient heating)

水蒸気改質による水素の大量生産は、副産物として直接CO2 を生ずる。 さらに、化石燃料の燃焼による反応装置の加熱は、さらなるCO2 排出の一因となる。 1つの問題は、触媒床が不均一に加熱されることであり、それが触媒の多くを実質的に不活性にする。Wismann たちは、加熱の均一性および触媒の働きを改善する、金属管反応装置に適した電気加熱方式について述べている(Van Geem たちによる展望記事参照)。 世界全体のCO2 排出量のうちの最大約1%までを、この代替手法の採用が削減する可能性がある。(Sk,nk)

Science, this issue p. 756; see also p. 734

スーパーオシレーション変位計測学 (Superoscillatory displacement metrology)

光(ついでにいえば、他の波動現象でも)の分解能は、通常、波長の約半分に制限される。 しかしながら、波の多重干渉は、波動場のスーパーオシレーションと呼ばれるもののために、その波長以下の位相の「ホットスポット」を生じさせる。 Yuan と Zheludev は、レーザー光(波長λ= 800 nm)を干渉させるために特別に設計されたメタ表面を使用し、このホットスポットからなるスーパーオシレーション定規を作製した。 彼らは、800nmの波長で作動しながら、およそλ/800の変位を測定する能力を実証した。 さらに、彼らは理論的におよそλ/4000の解像力、すなわち原子規模の変位測定が可能であることを示した。 この手法は、精密測定を必要とする計測用途に役立つことになるであろう。(Sk,kh)

【訳注】
  • スーパーオシレーション:複数の異なる波数の波が互いに干渉することにより、それらの波数より大きな波数の波に匹敵する高解像が得られるという効果。
  • メタ表面:人為的に波長以下の周期で等間隔配置された構造体からなる表面。
Science, this issue p. 771

機能的に分岐したタンパク質キナーゼ (Divergent protein kinase)

SidJは、レジオネラ・ニューモフィラによって産生されるタンパク質であり、宿主細胞内でのこの細胞内病原体の確立を総合調整する。 SidJは、細菌が棲みつき複製を行う液胞とリソソームとの融合を防ぐ。 SidJはまた、ホスホリボシル基が連結した宿主タンパク質のユビキチン化を触媒するユビキチン・リガーゼである SidEファミリーの毒性を調節する。 Black たちは、SidJが宿主カルモジュリンによって活性化されることを見い出した。 さらに、SidJは偽キナーゼ折り畳みを有するが、それは SidEタンパク質をリン酸化せず、代わりにそれらをポリグルタミル化する。 細菌感染性に対するこの機構の生体内関連性は、その自然界での菌保有宿主 Acanthamoeba castellanii で確認された。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • レジオネラ・ニューモフィラ:温泉等の入浴施設で集団発生することのある菌で、肺炎等を引き起こす。
  • リソソーム:細胞内の生体膜に囲まれた細胞小器官で内部に加水分解酵素を含み、内部に取り込まれた細胞内外成分の分解機能を担う。
  • カルモジュリン:遍在性のカルシウム結合タンパク質。
  • Acanthamoeba castellanii(アカントアメーバ・カステラーニ):アメーバ型原生生物の一種。
Science, this issue p. 787