Science May 17 2019, Vol.364

オタマジャクシの尾の再生についての尾話し (A tale of tadpole tail regeneration)

一部の脊椎動物(若干の両生類を含む)は、時には制限されるが、失われた付属器官を再生するという驚くべき能力を示す。 Aztekin たちは、単一細胞メッセンジャーRNA配列決定法を用いて、アフリカツメガエルのオタマジャクシについて、生まれつきの再生能力を持つおよび持たないものを比較した。 彼らは、尾の再生を調整することが可能な、再生組織化細胞(ROC)を特定した。 身体から切断面へのROCの再配置が、特殊な創傷表皮の形成と、その後の再生を可能にした。 ROCは、さまざまな前駆細胞集団の増殖を誘発できる、多くのさまざまなリガンドを同時に発現した。 このように、基になる前駆細胞への信号伝達によって、ROCは新しい付属器官の成長を調整している。(Sk,MY,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 653

超交換相互作用を可視化する (Visualizing superexchange interactions)

走査型プローブ顕微鏡法で達成可能な解像度は、そのプローブ(探針)先端にCOのような1個の分子を吸着することによって大幅な向上が可能である。 Czap たちは今回、この手法が、表面分子のスピンと磁気特性を走査するために使用できることを示している。 彼らは、銀表面に磁性分子、Ni(シクロペンタジエニル)2 、を吸着させた後、これらの分子のうちの1つを走査型トンネル顕微鏡のプローブ先端に移した。 彼らは次に、そのプローブ先端をこの吸着物で覆われた表面に持っていき、超交換相互作用の強さを図示することができた。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 超交換相互作用:陰イオンをはさんだ2つの磁性イオンの間に、陰イオンを超えて存在する磁気的相互作用。
Science, this issue p. 670

戦略的決定の脳内回路 (The brain circuits of strategic decisions)

霊長類は、階層構造の低位での決定を算定・統合して、より高位の決定に戦略的な調整を加えることができる。 この処理を可能にする神経基質と機構は分かっていない。 Sarafyazd と Jazayeri は、サルの背内側前頭前皮質と前帯状皮質で単一細胞記録を行った。 彼らは、誤り監視と適応行動制御に関係があるとされてきたこの2つの脳領域が、因果推論に関与する信号を処理していることを観測した。 前帯状皮質は背内側前頭前皮質の下流で作用していた。 決定階層の低位にあたる処理での誤りから導出される評価済み根拠を用いて、前帯状皮質はより長期的な行動戦略の間での取捨選択を行った。(ST,MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. eaav8911

自閉症における脳細胞トランスクリプトーム (Brain cell transcriptomes in autism)

自閉症はさまざまな形で現れる。 その多様性にもかかわらず、この障害は、患者の脳の新皮質で観察されるものを含めて、特定の細胞経路に影響を与えているらしい。 Velmeshev たちは、自閉症患者からの神経細胞とグリア細胞を含む単一脳細胞トランスクリプトームを分析した。 単一核RNA配列決定分析から、影響を受けた経路が神経系の成長と遊走だけでなく、シナプス機能をも調節することが示唆された。 さらに、患者の試料において、上層投射神経細胞とミクログリアで豊富な特定の遺伝子グループが臨床的重症度と相関していた。(KU,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトーム:特定の状況で細胞中に存在する全ての転写産物(全RNA)のこと。
Science, this issue p. 685

動力学的精密化が差異を見分ける (Dynamical refinement spots a difference)

薬剤に使用されるキラル分子の場合、一方の異性体が有益な生物活性を持つのに、他方の異性体は役に立たないか有害でさえあることがある。 キラル中心を有する分子の絶対配置の決定は、しばしばX線結晶学によって達成されるが、これには比較的大きな結晶と高品質のデータを必要とする。 Brázda たちは電子線回折を用いて、マイクロメートル寸法の極めて放射線で壊れやすい結晶の絶対構造を決定した(Xu と Zou による展望記事参照)。 連続結晶構造解析法に類似した戦略において、多くの画像を組み合わせて完全なデータ集合を作成した。 動力学的効果を組み込んだ精密化は、正しい分子配置と誤った分子配置を区別した。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 667; see also p. 632

輸送の制御 (Transport control)

膜タンパク質P-糖タンパク質は、アデノシン三リン酸(ATP)加水分解からのエネルギーを使用して、薬剤を含む化学物質を排出することで細胞を保護する。 したがって、P-糖タンパク質の抑制は薬剤耐性を改善するかもしれない。 アポ状態と基質及び阻害剤に結合したP-糖タンパク質の構造は輸送機構に関する洞察を与えるが、全体像を描くには輸送サイクルにおいて基質に近づいてよく知ることを必要とする。 Dastvan たちは二重電子電子共鳴分光法を用いて、基質がATP加水分解後にヌクレオチドとの非対称な結合状態を安定化することにより輸送を増強することを示した。対照的に、阻害剤は対称状態を安定化することにより輸送を妨げる。(KU,kj)

【訳注】
  • アポ状態:補助因子と結合をしていないタンパク質の状態。
Science, this issue p. 689

結合の外側限界 (Bonding's outer limit)

リュードベリ状態では、原子は完全ではないもののほぼイオン化された状態にある。 この状態では、電子は原子核から比較的離れたところにあり、このため、そのような状態の2つの原子は、かなり長距離の結合を形成できる。 Hollerith たちは、光格子の対角線に沿った極低温ルビジウム原子対を励起することにより、この現象を詳細に観測した。 著者たちは、振動状態構造を分光学的に分解し、リュードベリ二量体が700nmを超える結合長を示すことを明らかにした。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • リュードベリ状態:原子や分子中が、1個の電子が大きな主量子数に励起されて、水素原子に似るようになった状態。
Science, this issue p. 664

腫瘍抑制を支援する (Supporting tumor suppression)

タンパク質PTENは脱リン酸酵素で、また、ヒト・ガンでその活性がしばしば減殺される腫瘍抑制因子である。 そのため、そのタンパク質の再活性化は、ガンに対する有効な治療法にできるかもしれない。 Lee たちはユビキチンE3リガーゼ(WWP1)を、PTENを修飾してその腫瘍抑制活性を阻害するPTENとの相互作用タンパク質として特定した(Parsons による展望記事参照)。 WWP1の削除は、PTENの活性型である二量体化とその細胞膜への動員を増進した。WWP1の薬理学的阻害剤であると分かったある天然化合物が、前立腺ガンのマウス・モデルで腫瘍成長を抑制した。このように、腫瘍抑制因子PTENの再活性化は腫瘍と闘う方法を提供するかもしれない。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ユビキチンE3リガーゼ:基質タンパク質に分解用の標識を付加する酵素群の1つで、分解対象の基質を識別する役割を担う。
Science, this issue p. eaau0159; see also p. 633

動的なメタ表面 (Dynamic metasurfaces)

光学的メタ表面は、光操作の追求の中で全く新しい分野を切り開いた。 光メタ表面は、伝搬する波の振幅、位相、および偏光に対する変化を、局所的に加えることができる。 今まで、これらのメタ表面の大部分は受動的であり、その光学的性質は、大部分が製造工程で決まっていた。 Shaltout たちは、時間的に変化するメタ表面を目指した最近の開発を概説し、能動的な光の流れ制御に関して、メタ表面への動的制御の追化が提供できる好機を探っている。(Sk,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • メタ表面:人為的に波長以下の周期で等間隔配置された構造体からなる表面。
Science, this issue p. eaat3100

シナプス前終末での局所翻訳 (Local translation in presynaptic terminals)

タンパク質は、体内で最も形態学的に複雑な細胞型の一つであるニューロンを含む細胞内の機能のほとんどを果たす。 これは、タンパク質がどのようにして他のニューロンとの結合(シナプス)が形成されている遠隔領域に供給されうるのかという難題をつきつける。 ニューロンへのタンパク質供給問題に対する一つの解は、シナプスまたはその近くに位置するメッセンジャーRNA(mRNA)分子が、タンパク質を局所合成することを伴う。 Hafner たちは、RNA塩基配列決定法と超解像顕微鏡を用いて、軸索末端が、数百ものmRNA分子およびタンパク質合成に必要な装置を含有していることを示した。 さらに、軸索末端はこれらの成分を用いて、シナプス伝達に加わるタンパク質を作ることができた。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • シナプス前終末:ニューロンの軸索先端は、他のニューロンと結合してシナプスを形成するが、シナプスの神経伝達物質放出側の膨らんだ部分。
Science, this issue p. eaau3644

New Horizons が MU69 を越えて飛ぶ (New Horizons flies past MU69)

New Horizons 宇宙船は、2015年に冥王星を飛行通過した後、直径約30キロメートルのはるかに小さな天体である、(486958) 2014 MU69 と遭遇するためにそのコースを変えた。MU69 は、外部太陽系を周回する小さな氷天体の集合体である Kuiper Belt の一員である。 Stern たちは、New Horizonsによる 2019年1月1日の MU69 への接近飛行からの最初の結果を与えている。 MU69 は低速で衝突して合体したように思われる 2つの耳たぶ状の塊から構成され、接触連星状の形態を成している。 このタイプの Kuiper Belt 天体は、太陽系の形成以来ほとんど乱されていないので、その形成過程に関する手がかりを留めているだろう。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. eaaw9771

オリゴ糖作製用の最適箇所 (Sweet spot for making oligosaccharides)

糖類は化学者に挑戦を突き付ける。すなわち、官能基に富んだ複数の立体構造を取り得る構成要素をいかにしてつなぎ合わせるのかである。 この号の2つの論文が、大環状の連結役により拘束された糖の構成要素を用いて、特定のグリコシド結合を形成することに希望を与えた(Pohl による展望記事参照)。 Ikuta たちは、糖の立体構造を変化させる連結役を1つ含んだグルコースの構成要素を用いて、僅か3つか4つの構成単位による環状オリゴマーを合成した。 この連結役は、グルコース単量体の立体構造を変え、最終構造が歪んでいるにも拘わらず、単量体が結合して環状になることを可能にしている。 Komura たちは、一連の求核試薬とのαアノマーでの結合を選択的に形成できる連結役を持つ、シアル酸の構成要素を用意した。 彼らは多くのさまざまな結合を持つシアル酸の二量体と、4つのα(2,8)結合を持つ五量体を合成した。 この方法は、脳発生、細胞接着、免疫応答に関係する哺乳類が持つ多糖類構成要素の化学合成を可能にした。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • グリコシド結合:糖のOH基が他の糖やアルコールのOH基と反応して脱水してできる結合。
  • シアル酸:ノイラミン酸(9炭素の単糖)のアミノ基やヒドロキシ基が置換された化合物の総称。
  • 求核試薬:有機化学反応で、電子密度の低い炭素原子を攻撃する試薬。
  • アノマー:単糖が環状になると新たに不斉炭素原子が生じ、これにより発生する立体異性体。
Science, this issue p. 674, p. 677; see also p. 631

オレフィンを切り取る (Excising an olefin)

植物は、構造的に複雑な多くのテルペン類化合物を作り出すが、これらは医薬品および他の精密化学に有用な前駆物質である。 しかし、これらの化合物の炭素骨格は、多様化にとって利用できる反応経路を制限してしまう。 Smaligo たちは今回、オゾン・鉄酸化剤・水素原子供与体を用いた連続的処理が、テルペン類および関連化合物から、ペンダント・オレフィンをきれいに開裂できることを示している(Caille による展望記事参照)。 飽和結合炭素中心と二重結合炭素中心の間での結合の切断は、容易に利用可能で高価でない前駆物質から、所望のキラル中間体に至る直接的な経路を提供する。(MY,ok,nk)

【訳注】
  • テルペン:植物中に含まれる天然有機化合物で、炭素原子数が5の倍数である化学式を持つものの総称。ショウノウ、メントール、ビタミンA、スクアレン、カロテンなどが含まれる。ここでは主として環を持つテルペンが対象とされている。
  • ペンダント・オレフィン:環状化合物に突き出るような形で結合している炭素-炭素二重結合を有する化学基。
Science, this issue p. 681; see also p. 635

機械学習は補聴器を改良する (Machine learning improves hearing aids)

聴覚補助装置を改良する際の重要な課題は、騒々しい、あるいは、混雑した場所でさまざまな音声を分離し切り分けることである。 事前に関心対象の音声を聞かないで、また、どの音声を増幅するべきかを知らないで、この作業を行うことは特別に困難である。 Han たちは、強力な機械学習技術であるディープ・アトラクター・ネットワークを用いて、聞きなれていない混合した音声信号を高次元の空間に射影し、個々の話者からの信号を分離した。 これらの分離された音源と使用者の聴覚野の反応との比較が、この方法を、傾聴音声を決定して増幅することを可能にした。 この手法は、無雑音音源で訓練された方法と同じくらい正確なので、難聴利用者の複雑な社会環境におけるよりも自然な通話を可能にすることができる。(Wt,MY,nk,kh)

【訳注】
  • ディープ・アトラクター・ネットワーク:カオス理論応用の人工知能研究手法であるアトラクター・ネットワークに深層学習手法を適用したもの。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav6134 (2019).

応答する設計 (Designed to respond)

タンパク質設計は、非常に安定な目標構造に折り畳まれる配列を見出すのに成功を収めてきた。 しかし、タンパク質の機能はしばしば、立体構造における動態を必要とする。 Boyken たちは、pHに応じて立体構造の転移を被るタンパク質設計について述べている。 彼らは、幾つかのヘリックス状モノマーからなるオリゴマーを設計した。 この中では、ヒスチジンがヘリックス間界面に作られている水素結合ネットワーク中に配置され、水素結合ネットワークの周囲に補完的な疎水性パッキングを備えている。 pHを下げるとヒスチジンのプロトン化が起き、オリゴマーを破壊した。 エンドサイトーシスを受け、低pHのエンドサイトーシス区画へ送り込まれた後、オリゴマーから解離したモノマーは脂質膜を破壊してエンドソームから逃れた。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ヒスチジン:アミノ酸の一種で、水素結合可能な部位およびpHによりプロトン化されて正電荷を帯びる部位を側鎖に含有する。
  • エンドサイトーシス:細胞が異物を内部に取り込む作用。
  • エンドソーム:エンドサイトーシスによって細胞内に形成される小胞。
Science, this issue p. 658

健康的な老いのための薬剤 (Agents for healthful aging)

老化の間、老化細胞、すなわち機能不全の非周期細胞は蓄積する。 この蓄積は、変形性関節症およびガンなどの沢山の病気と関連がある。 van Deursen は展望記事で、老化細胞死誘導標的薬を用いて選択的に老化細胞を除去することが、寿命の向上と、加齢に伴う病気の予防あるいは減少を可能にすることを示す、マウスによる前臨床試験の証拠を議論している。 このような薬は現在臨床試験に入っているが、我々はそれでも老化細胞についてさらに多くを理解する必要がある。(Uc,MY,kh)

Science, this issue p. 636