Science August 12, 2005, Vol.309
花をつけるための時間と場所の条件(A Time and a Place for a Flower)
春を告げる環境信号である、1日の日照時間のような春の知らせへの反応は葉の中で
生じるが、花を生じるのは成長点である。成長点において、植物の成長ではなく、
花の成長へと切り替えられる。これら2つの部位移動の謎の仲介者は"florigen"と
呼ばれてきた。Wiggeたち(p. 1056) とAbeたち(p.1052) は、シロイヌナズ
ナ(Arabidopsis)の花の統合開始信号について調べた(Blazquezによる展望記事参
照)。開花を導く開花座位T(FT)の発現は、環境変化に応じて葉の中で生じる。その
一方、成長点は、転写制御因子FDの発現によって、花の産生の準備が出来る。FT,FD
の両方が花決定遺伝子(floral identity genes)を活性化する。FTは、本当に動くか
どうかは不明なままであるが、これら2つの遺伝子が統合して、いつどこで花を咲
かせるかを返事する。(Ej,hE)
Integration of Spatial and Temporal Information During Floral
Induction in Arabidopsis
p. 1056-1059.
FD, a bZIP Protein Mediating Signals from the Floral Pathway
Integrator FT at the Shoot Apex
p. 1052-1056.
PLANT SCIENCE:
Enhanced: The Right Time and Place for Making
Flowers
p. 1024-1025.
ドーパントの分布と超伝導(Dopant Distribution and Superconductivity)
微視的なスケールでは、高温超伝導体(high- Tc)である銅酸化物の電子構造は不均
一であり、このナノスケールでの電子的な秩序の乱れがドーパント原子のランダム
な分布に由来している可能性がある。しかしながら、材料中のドーパント原子の同
定と、ドーパントが電子構造に与える影響を定量化することは実現困難であっ
た。McElroy たち (p.1048; Cho によるニュース記事を参照のこと) は走査型プ
ロープ顕微鏡を用いて、high-Tc 超伝導体
Bi2Sr2CaCu2O(8+x) のドーパント
原子の位置を可視化し、同時に、原子スケールの電子構造を探査した。ドーパント
原子の分布と電子特性との相関は、銅酸化物のみならず他のドープされた複合材料
に関するより明瞭な理解を与えるであろう。(Wt)
Atomic-Scale Sources and Mechanism of Nanoscale Electronic
Disorder in Bi2Sr2CaCu2O8+δ
p. 1048-1052.
もっと増やしたら、、、減った?(More Is...Less?)
大部分の海洋の上部では、光合成生物の量は、入手可能な必須栄養素のリンの量に
よって制限されていると思われている。従って、リンが欠乏している海域の多くの
一次生産生物は、リンの添加によって増加する。Thingstadたち(p. 1068) は、生産
性が低く、リンの欠乏が生産性を抑えている地中海の16平方キロメートルの海域
で、リン添加の実験を行った。葉緑素の含有量が減少した事は予想に反していた
が、カイアシ類の卵(copepod eggs)、繊毛性生物量や細菌の産生は増加した。こ
の利用を説明するいくつかの理由について著者たちは考察し、リンの制限が、季節
や生物種によって異なることも考察した。(Ej, hE, nk)
Nature of Phosphorus Limitation in the Ultraoligotrophic
Eastern Mediterranean
p. 1068-1071.
総和の情報が記録されていた(Sum Information Recorded)
インカ帝国は、コロンブスがアメリカ大陸発見以前の新世界における最大の帝国で
あるが、明らかに記録文字は無かった。保存されていたものは、計算用か記録保存
用に用いられていたと考えられている複雑に結ばれた色紐の一群からなるkhipuとい
うもので、その意味や関連性、或いは重要性に関する解読は謎であった。Urtonと
Brezine(p.1065;Mannによるニュース記事参照)は、一つのグループとして処理可能
なある前後関係の情報を持つ7つのkhipuを調べ、連続したkhipuが他のkhipuの総和
を記録していることを示している。khipuはインカ帝国の官僚が会計情報を上司に伝
えるために用いられていたらしい。(KU)
Khipu Accounting in Ancient Peru
p. 1065-1067.
ARCHAEOLOGY:
Unraveling Khipu's
Secrets
p. 1008-1009.
振動性のフラッシュ(Oscillating Flashes)
タンパク質が折り畳んだり、ほぐれたりするさいに大きな構造空間をとるが、これ
までの伝統的な測定ではこのプロセスの限られた部分しか分からなかった。その理
由は、個々のタンパク質はほんの僅か異なる時間でほんの僅かの異なる経路を通る
からである。一個の分子の解像力を持つ蛍光測定法はこの不鮮明さを克服し、個々
の経路を調べることが可能である。Baldiniたち(p.1096)は、ゲル中に懸濁されたほ
ぐれ中の緑色蛍光タンパク質の変異体を調べた。ほぐれの直前に、タンパク質の発
色団は青色蛍光の中性状態と緑色蛍光のアニオン状態という2つの状態間を極めて
規則的に振動している。振動の周波数は400Hz~1000Hzの範囲にあり、このプロセス
は外部からの共鳴電場や共鳴音響場で駆動される。このようなプロセスの根底とな
る分子機構は曖昧である。(KU)
Pre-Unfolding Resonant Oscillations of Single Green Fluorescent
Protein Molecules
p. 1096-1100.
自分の運命を選ぶ(Choosing Your Fate)
細胞が分化している間に、細胞系統は異なるいずれか一つの運命を選択する必要が
ある。Hongたち(p. 1074) は、TAZ (PDZ-結合モチーフの転写活性補助因子) という
名前で知られているタンパク質が、骨芽細胞か、或いは含脂肪細胞に分化する間葉
性幹細胞の運命を決定する鍵を握っていることの証拠を提供した。TAZには、タンパ
ク質相互作用領域が含まれており、この領域はPro-Pro-X-Tyrモチーフに結合してい
る(ここで、Xは任意のアミノ酸)。間葉性幹細胞の分化を制御する2つの転写因子
であるRunx2とPPARγは、活性化領域に、このようなモチーフを 持っている。組織
培養やゼブラフィッシュ胚中で、TAZはRunx2と協力して骨芽細胞の形成を促進し、
またPPARγの効果に拮抗することで含脂肪細胞の分化を阻止する。(Ej,hE)
TAZ, a Transcriptional Modulator of Mesenchymal Stem Cell
Differentiation
p. 1074-1078.
屈曲しながら動く(Bend and Snap)
イリジウムは、変形により脆性破断を受ける唯一の、面心立方金属であ
る。Cawkwellたち(p.1059)はシミュレーションを用いて、この挙動がイリジウム内
部の2つの転位型の変換により生じることを説明している。イリジウムにおけるらせ
ん転位の核は平面(滑りやすく、容易に動く)か、或いは核を非平面上(固着して
おり、高い歪み力のもとでのみ動く)にもたらすような2つの面上に分布してい
る。一つの欠陥型からもう一つの欠陥型への無熱変換により、転位密度の急激な増
加が生じる。このプロセスは、次に急速なる歪み硬化をもたらし、最終的には流動
応力による脆性破壊を引き起こす。(KU, tk)
Origin of Brittle Cleavage in Iridium
p. 1059-1062.
世界的流行の潜在的脅威を閉じ込めて(Containing a Potential Pandemic)
20世紀には3回のインフルエンザの世界的流行があった。現在、東南アジアのトリイ
ンフルエンザに世界が脅かされているが、再度組換えや変異が生じると、それだけ
で世界的大流行につながる恐れがある。しかし、新規に出現しそうなインフルエン
ザを閉じ込める可能性もあり、インフルエンザの系統の発生源の監視と、抗インフ
ルエンザウイルス剤の使用、検疫やワクチン利用によって拡散を防止できる可能性
がある。東南アジアの人口に対するインフルエンザ流行の詳細なシミュレーション
モデルによってLongini たち(p. 1083, オンライン出版 4 August 2005) は、新た
に出現するインフルエンザ系統を解析し、広範な潜在的条件の基で、このような系
統を発生源に閉じ込める戦略について論じた。(Ej,hE)
Containing Pandemic Influenza at the Source
p. 1083-1087.
稲のメタン遊離の方法(How Rice Releases Methane)
稲作は、恐らく人為的なメタン発生最大の源である:稲作りの農地は地球表面の約
1億3千万ヘクタールを占めており、その90%はアジアであり、年間5千万~1億
メートルトンのメタンを放出する。このメタンの殆どは根圏に分泌されている稲の
光合成物に由来する。LuとConrad(p.1088)は13CO2によ
る稲の瞬間標識を用い、その場での根圏に存在する古細菌(archaeal)のRNAの安定同
位体を追跡することにより、Rice Cluster Ⅰと呼ばれる今まで単離できなかったメ
タン産生の古細菌グループが光合成物を分解して、メタンを生成していることを示
している。(KU)
In Situ Stable Isotope Probing of Methanogenic Archaea in the
Rice Rhizosphere
p. 1088-1090.
コレラの毒素の精密検査(Scrutinizing Cholera Toxin)
コレラの毒素にやられると、激しい下痢症状に至る触媒反応を引き起こす。この毒
素はヒトGタンパク質ファミリーであるアデノシン二燐酸リボシル化因子(ARFs)に
よって活性化されるが、この因子は普段は真核生物細胞中のエフェクタータンパク
質に結合することで分子スイッチの役目をする。O'Nealたち(p. 1093)は、ARF-グア
ノシン 三リン酸(GTP)に結合する触媒性コレラ毒A1サブユニット(CTA1)の高解像の
構造を示した(基質に結合したときと、結合していないときの両方で)。コレラ毒
は、ARFのヒトタンパク質と構造的に似ているわけではないが、毒素ARF-GTPのイン
ターフェースは、ヒトエフェクタータンパク質のARFGTP認識とよく似ている。結合
によってコンフォメーションが変化し、CTA1 の活性部位を基質がアセス可能となる
ように開く。(Ej, hE)
Structural Basis for the Activation of Cholera Toxin by Human
ARF6-GTP
p. 1093-1096.
プランクトンの病原体のゲノム(Planktonic Pathogen Genome)
海洋に存在する信じられない数のウイルスを考えると、海洋のウイルスのゲノムは
驚くほど少ししか知られていない。Wilsonたちは、遍在していて地球全体で重要な
植物プランクトンであるEmiliania huxleyiのコッコリスウイル
ス(Coccolithovirus)病原体の1つについての完全なゲノム配列を、マイクロア
レー分析により注釈付きで提示している(p.1090)。この巨大なウイルス性ゲノムは
非翻訳性繰返しのファミリーとウイルス性RNAポリメラーゼ遺伝子を含んでおる、転
写機構として一緒になって機能している可能性がある。このゲノムはまたアポトー
シス活性化システムを含んでいるらしいが、これは宿主藻類の開花行動の理解に
とって中心的な役割を果たしている可能性がある。このウイルス遺伝子の大多数は
転写され、ウイルスは鞭毛藻類coccolithophorids種の中で水平遺伝子伝達の媒体と
して作用している可能性がある。実際、E. huxleyiは知られている植物プランクト
ンの種の中でもっとも速く進化しているものの1つなのである。(KF)
Complete Genome Sequence and Lytic Phase Transcription Profile
of a Coccolithovirus
p. 1090-1092.
細胞制御のネットワーク分析(Network Analysis of Cell Regulation)
細胞制御のより完全な理解には、細胞機能を制御している複雑なネットワーク中の
複数のシグナル伝達経路の相互作用の分析が必要である。Ma'ayanたちは、海馬
ニューロン中のシグナル伝達と細胞制御の根底にある1259の相互作用を行っている
545の要素のネットワーク特性を分析している(p. 1078)。調節性モチーフやその他
の特徴の存在によって、細胞がどのように情報を処理して、たとえば、細胞機能の
一過性あるいは安定的な変化を可能にしているか、が明らかになり始めてい
る。(KF)
Formation of Regulatory Patterns During Signal Propagation in a
Mammalian Cellular Network
p. 1078-1083.
隕石の硫黄同位体の異常( Meteoritic Sulfur Isotope Anomalies)
化学反応の過程で殆どの同位体分別は同位体の質量に依存している。しかしなが
ら、硫黄と酸素の系では質量依存性が見出されていない;様々な酸素同位体の変化
が多くの原始隕石中で存在している。硫黄と酸素両者の同位体変化が地球の上部大
気圏において紫外線による反応で起こっている。類似の反応が火星でも同定されて
いる。Raiたち(p.1062)は、似たような硫黄の同位体異常が、初期の微惑星を表すと
見なされている隕石のクラス、エイコンドライトにおける硫黄鉱物中に存在してい
ることを示している。この同位体比異常は原始太陽系星雲に起源を持つらしく、こ
れらの原始惑星の集積の間、何らかの方法で保存されたらしい。似たようなプロセ
スが謎の酸素同位体の特徴に関する起源を説明するものかもしれない。(KU, tk,
ok, nk)
Photochemical Mass-Independent Sulfur Isotopes in Achondritic
Meteorites
p. 1062-1065.
栄養分と生殖系列(Nutrients and the Germ Line)
ショウジョウバエでは、生殖系列とその周辺の体細胞性濾胞細胞の成長は、有用な
栄養分のレベルに応答するものである。脳において産生されるインシュリン様ペプ
チドが、この栄養に対する卵巣の応答に関与しているが、その作用機序は知られて
いない。インシュリン受容体変異体クローンを誘導する方法を用い、モザイク卵巣
管を分析することで、LaFeverとDrummond-Barbosaは、このインシュリン様ペプチド
が分裂の速度と嚢胞成長の速度を制御することによって、直接に生殖系列の幹細胞
に影響を与えていることを示している(p. 1071)。対照的に、濾胞細胞はインシュリ
ンシグナルに直接応答することはなく、協調した成長をするために生殖細胞からシ
グナルを受け取っているのである。(KF)
Direct Control of Germline Stem Cell Division and Cyst Growth
by Neural Insulin in Drosophila
p. 1071-1073.