Science August 5, 2005, Vol.309
圧縮されたシリカ(Squeezed Silica)
黄鉄鉱構造をもつシリカの高圧形態の存在は、長い間理論的には予想されていた。
Kuwayamaたち(p.923)は、理論的な推定と一致する構造をもつ新しい高圧多形の
SiO2
の存在を実験的に明らかにしたことを報告している。この多形は地球の核では役割
を演じていそうにもないが、天王星や海王星のような巨大ガス惑星の深い内部での
SiO2の存在において、このような高圧多形構造が推定されてい
る。(hk,Ej,tk)
The Pyrite-Type High-Pressure Form of Silica
p. 923-925.
法医学的分析(A Forensic Analysis)
法律制度はしばしば、科学的に正当なデータが事件の結論を左右する状況に直面す
る。Saks とKoehler (p. 892)は科学捜査(forensic science)の状況をレビューし、
それが移行期にあることを示している。DNA鑑定のような分野は、他の分野がより主
観的であるのに対して、科学的原理に基づき充分な根拠となりつつある。著者は、
誤りを生むさまざまな原因を考察し、科学捜査の正確さを向上させるいくつかの提
案を示す。(TO,Ej)
The Coming Paradigm Shift in Forensic Identification
Science
p. 892-895.
たわんで上昇する(Flex and Rise)
最終氷期最盛期以降に氷床が溶けたことにより海面上昇をシミュレートしようと試
みてきた地球モデルは、タヒチやスンダ大陸棚のような"far-field"と呼ばれる場所
で記録された海面上昇の変化を再現することができなかった。Bassettた
ち(p.925,2005年6月23日オンライン出版)は、高粘性の下部マントルと南極氷床から
生成された融解水のかなりの寄与分とを合わせたモデルを使った。再現された記録
とそのデータは良く一致しており、これらの結果は、南極の氷が最近まで考えられ
ていた以上の退氷期の海面上昇をもたらしたという別系統の証拠を提供するもので
ある。(TO,Ej)
Ice Sheet and Solid Earth Influences on Far-Field Sea-Level
Histories
p. 925-928.
端っこは、もっと柔らかい(Softer at the Edges)
金属のグレーンサイズが小さくなるにつれて金属は硬くなるが、グレーンが小さく
なるある点において変形のメカニズムは変わる。ナノ構造を有するセラミックスも
また、より粗い粒子状のセラミックスに比較して、特性の向上を示す。しかし、変
形のメカニズムにおける類似の変化が、これらのより脆い物質においても起きてい
るのであろうか? Szlufarska たち (p.911) は、これらのセラミックスが、より柔
らかいアモルファス状の粒界によって囲われた硬いナノスケールのグレーンとの複
合材料として考えられることを示している。大規模分子動力学シミュレーション
は、ナノ構造を有する炭化珪素のナノオーダーのぎざぎざが四つの変形形態を経て
進行することを示している。この変形は、協同現象的なグレーンのすべりから結晶
状態のグレーンのアモルファス化により支配されるプロセスまで変化する。(Wt)
A Crossover in the Mechanical Response of Nanocrystalline
Ceramics
p. 911-914.
ストレスの痕跡パターン(Patterns of Stress)
銀(Ag)の核の周りにシリカ(SiOx)を被せたナノ粒子を作る際、Liた
ち(p. 909)は、冷却速度を制御することによって、シリカ内部にストレス(応力)を
誘発し、それによって核の表面に規則的な窪みパターンが形成されることが分かっ
た。この窪みは3角形かフィボナッチ(Fibonacci)数列パターン(渦巻きパターンの
個数は(5,8)の系列か、あるいは、(13,21)の系列のいずれか)になっており、応力
エネルギーを最小化するよう、広い範囲にわたって自己組織化した規則的パターン
が出来た結果と思われる。このパターンは、植物や花が有している規則性にそっく
りである。(Ej,hE)
Triangular and Fibonacci Number Patterns Driven by Stress on
Core/Shell Microstructures
p. 909-911.
ほんの少しのライトな仕事(A Little Light Work)
タンパク質の中で機能上、光に誘発されて構造変化が生じるものがあるが、これは
光励起プロセスによって電荷が再配分された結果であると思われる。しかし、電荷
分布の変化と構造的変化を時間軸に沿って測定することは容易なことではな
い。Schenkl たち(p. 917) は、電場の変化を測定するために、バクテリオロドプシ
ン中のレチナール結合ポケットに近接しているTrp(トリプトファン)残基を利用し
た。測定されたTrp吸光度変化から、励起の後の最初の200 フェムト秒の間に、レチ
ナール双極子モーメントが増加したことが算出できた。この電荷分布変化が先行す
ることから、異性化を駆動していると思われる。(Ej,hE)
Probing the Ultrafast Charge Translocation of Photoexcited
Retinal in Bacteriorhodopsin
p. 917-920.
真核生物のカリウムチャネル構造(Eukaryotic Potassium Channel
Structure)
電位開口型K+チャネルは細胞脱分極に応答して開き、4つの帯電したア
ルギニン残基の移動による電位の変化に反応して細孔が開き、K+イオン
だけが細胞から出る。細菌性チャネルのX線結晶学的構造によって、K+
チャネルの選択性の基礎が明確になってきた。もっと大きな多サブユニットの真核
生物のK+チャネルの結晶を形成するのは困難だったが、Longたち(pp.
897と903、2005年7月7日オンライン出版;表紙とServiceによるニュース記事参照)
は、2件の論文で、Shakerファミリーからの真核生物のKv1.2チャネルの2.9オングス
トローム分解能の結晶構造とメカニズム的分析を発表した。結晶は結晶化時に脂質
を追加することによって形成され、酸化還元酵素βサブユニットを含み、未変性の開
口状態にある。βサブユニットは、細孔の細胞内の開口の直下に位置するが、4つの
大きいな側面のポータルからK+イオンが入ることができる程の距離にあ
る。電位-センサー領域は円柱状の細孔のそばの膜内に位置している独立の領域とし
て機能するが、少なくてもひとつの電荷認識アルギニンは脂質に直接に接してい
る。電位センサーの移動により、S4-S5リンカーらせん体によって細孔が開き、その
らせん体が細孔を取り巻くS6の内側らせん体を閉めたり開いたりする。この構造に
よって、K+チャネルの構造と機能について今までの多数の矛盾した結果
を説明できる。(An)
Crystal Structure of a Mammalian Voltage-Dependent
Shaker Family K+ Channel
p. 897-903.
Voltage Sensor of Kv1.2: Structural Basis of Electromechanical
Coupling
p. 903-908.
PROTEIN STRUCTURE:
A New Portrait Puts
Potassium Pore in a Fresh Light
p. 867.
やりすぎしないように(Avoiding Too Much of a Good Thing)
ある種の植物は、特定の病原体の病原性因子に適応した抵抗性(R)遺伝子変異体を
持っている。しかし、Rタンパク質が多すぎたり少なすぎたりすると、植物の免疫応
答がおかしくなることもある。Holtたち(p 929, 2005年6月23日オンライン出版)
は、急激に展開したが荒々しくでは無い刺激を受けたシロイヌナズナにおいて、免
疫応答を保持している幾つかの因子の遺伝子分析を報告している。RAR1という一つ
の分子はRタンパク質の蓄積を推進するが、SGT1というもう一つの分子はRAR1と作用
し、RAR1の活性を中和する。感染した植物において、SGT1はもう一つの役割、つま
りいくつかの病原体によるダメージを抑える細胞死の応答を制御している。 (An)
Antagonistic Control of Disease Resistance Protein Stability in
the Plant Immune System
p. 929-932.
Rac上で分化(Differentiation on the Rac)
グアノシントリホスファターゼ(GTPases)のRhoファミリーの1つであるRac1は、細
胞の多くのプロセスの多面的制御装置の一つであり、この中には細胞周期、細胞-細
胞接着、運動性、上皮分化のキーとなる制御装置も含まれる。Aznar Benitahた
ち(p. 933; Dotto and Cotsarelisによる展望記事も参照)は、Rac1は哺乳類表皮の
増殖区画中で発現されることを示した。マウス中では条件付でRac1を欠失させる
と、急激な細胞の一過性増殖が生じ、表皮幹細胞が枯渇し、それに対応した細胞分
化が促進される。幹細胞区画への影響によって、Rac1はc-Mycの負の調節を通じて作
用する。このようにRac1が下方制御されると、もはや細胞は基層(substratum)に
しっかりとは固着しなくなる結果,幹細胞ニッチと、それに続く細胞分化からのシグ
ナルが十分中継されなくなる。(Ej,hE)
Stem Cell Depletion Through Epidermal Deletion of
Rac1
p. 933-935.
DEVELOPMENTAL BIOLOGY:
Rac1 Up for
Epidermal Stem Cells
p. 890-891.
甘い関係(Sweet Relation)
細菌はタンパク質の糖鎖形成を行うが、糖鎖形成のメカニズムや空間的局在化は真
核生物に比べてはるかに曖昧である。VanderVenたち(p.941)は、原核生物のタン
パク質糖鎖形成とSec輸送系の間の直接的な結びつきに関して記述している。Sec輸
送系とは細菌における一次タンパク質の輸送メカニズムである。結核菌におけるタ
ンパク質糖鎖形成に関する他の既知の見解に加えて、O-マンノシル化とSec輸送系の
関係は真核生物のO-マンノシル化系、特によく研究されている発芽酵母におけるタ
ンパク質のマンノシルトランスフェラーゼ系に対応している。このように、原始的
な原核生物は真核生物に存在するものと類似のO-タンパク質糖鎖形成に対する系を
持っている。(KU)
Export-Mediated Assembly of Mycobacterial Glycoproteins
Parallels Eukaryotic Pathways
p. 941-943.
究極のグルコース・モニター(The Ultimate Glucose Monitor)
脳、特に視床下部は肝臓のグルコース産生を制御しているが、脳がグルコースのレ
ベルを検知する細胞機構と分子機構は明らかになっていなかった。Lamたちはこのた
び、ラットではこのプロセスには視床下部のグルコースの乳酸への変換が必要であ
ること、それが次にピルビン酸の代謝とアデノシン三リン酸(ATP)産生を刺激してい
ることを示した(p. 943)。ATPレベルの変化が、肝臓によるグルコース出力に関与し
ているとされているATP感受性のカリウム・チャンネルへの影響を介して、ニューロ
ンの興奮性を制御している。(KF)
Regulation of Blood Glucose by Hypothalamic Pyruvate
Metabolism
p. 943-947.
ニューロンの振動と脳イメージング(Neuronal Oscillations and Brain
Imaging)
脳イメージング法は、血液の酸素負荷レベル-依存的(BOLD)な信号を測定すること
で、間接的にニューロン活性を検出する。Niessingたちは、光学的イメージング法
で記録された血行力学的応答を調べ、それらを麻酔下にあるネコにおいて微小電極
で記録したニューロン活性と比較した(p. 948)。BOLD応答は、局所性電場電位のγ-
周波数要素とはよく相関していたが、発火頻度とはほんの弱くしか相関していな
かった。Mukamelたちは、神経外科の患者の聴覚皮質から得られた電気生理学的測定
結果を、同一の感覚性刺激下で意識のあるヒトから得られた機能的磁気共鳴映像
法(fMRI)による信号と比較した(p. 951)。fMRI測定結果と単一ユニットの活性の間
には、持続的なカップリングが観察された。つまり、fMRI信号は複雑な自然の刺激
の最中におけるヒトの皮質性ニューロンの発火頻度を反映している。(KF)
Hemodynamic Signals Correlate Tightly with Synchronized Gamma
Oscillations
p. 948-951.
Coupling Between Neuronal Firing, Field Potentials, and fMRI in
Human Auditory Cortex
p. 951-954.
結局のところ電子は表面に存在する(Electrons Surf After All)
バルクな水和電子を調べる実験モデルとして、電荷を帯びた水のクラスターが用い
られている。この水和電子は放射線ダメージや他の還元プロセスとかかわりを持っ
ている。しかしながら、研究者たちは、このクラスターが表面でこの過剰電子と結
合しているのか、或いはバルクな構造により類似したキャビティの中に過剰電子を
包み込んでいるのかどうかを悩んでいる。Turiたち(p.914)は、20〜200個の間の
水分子からなるアニオン性クラスターのシミュレーションを行った。その計算にお
いて、水は古典物理学で、過剰電子は量子力学的に取り扱っている。彼らは、200個
以下の水分子では表面結合状態が主であり、クラスターのサイズに対するシミュ
レーションによる電子吸収スペクトルや運動エネルギー、及び半径の変化は実験で
観測されたものと一致していることを見出した。それ故に、実験上での小さなクラ
スターの研究では表面-結合型の電子が関与している可能性がある。(KU)
Characterization of Excess Electrons in Water-Cluster Anions by
Quantum Simulations
p. 914-917.
最小の接近(The Slightest Nudge)
粒子をマトリックス中にランダムに付与していくと、最終的にはパーコレーション
ネットワーク形成するような濃度に達する。例えば、導電性物質において、パーコ
レーションネットワークの形成は電気抵抗の急激な変化として現れてくる。驚くべ
きことではないが、細長い、あるいは棒状の粒子は球状粒子よりも低いパーコレー
ションの閾値を持っている。Vigoloたち(p.920)はカーボンナノチューブの水性分散
液を研究しており、そこではナノチューブの表面に吸着しているイオン性界面活性
剤の分子により電荷が安定化されている。棒と棒の非常に弱い相互作用においてさ
えも、パーコレーションの閾値はかなり低下した。(KU)
An Experimental Approach to the Percolation of Sticky
Nanotubes
p. 920-923.
調節性ネットワーク好気性(Regulatory Network Aerobics)
ほとんどの酵母種ははっきりした好気性菌であるが、酵母(S. cerevisiae)は嫌気的
に成長することを好む。Ihmelsたちは、この違いが転写調節のレベルで見られるこ
とを示している(p. 938)。カンジダ白色体(好気性菌の1つ)におけるミトコンドリア
のリボソームタンパク質(MRP)をコードしている遺伝子の発現レベルは、細胞質のリ
ボソーム・タンパク質をコードする遺伝子と強く相関していた。この状況は、S.
cerevisiaeにおいて生じるのとは対照的なもので、カンジダ白色体MRP遺伝子のプロ
モータにおいてのみ発見されているあるモチーフ(AATTTT)による可能性がある。こ
のモチーフは、全ゲノム複製イベントに先立ってS. cerevisiae系列から分岐したす
べてのゲノムにおいて過剰に表現されており、好気的にしか成長しない種に一致し
ている。(KF)
Rewiring of the Yeast Transcriptional Network Through the
Evolution of Motif Usage
p. 938-940.
カルボキシソームの構造についての洞察(Structural Insights into the
Carboxysome)
カルボキシソームとは、炭素固定化反応に関わる酵素を封鎖するタンパク質シェル
からなる細菌性の微小区画(microcompartment)である。Kerfieldたちは2つのカルボ
キシソーム・シェルタンパク質の結晶構造を決定し、ある種のウイルス性キャプシ
ドと同様に、六量体ユニットがこの多角体シェルの基本的な構成ブロックであるこ
とを示している(p. 936)。六量体のシートは、構成ブロックが構築される方法を示
唆する。中心の孔と六量体間のギャップは正の電荷を帯び、シェル間の分子輸送の
調節に関与している可能性がある。(KF)
Protein Structures Forming the Shell of Primitive Bacterial
Organelles
p. 936-938.