Science January 9, 2004, Vol.303
より長期間有効な炭素年代へ(Going Out on Longer Carbon Dates)
放射性炭素(14C)を用いた年代推定は周囲の環境条件によって複雑とな
る。海洋と大気といった地球化学的な炭素の貯蔵庫にある様々な年代の炭素が互い
に移動することで、年輪や沈殿体といった試料中の炭素の記録がかき乱されるから
である。放射性炭素による正確なる年代推定には、充分に校正された年代スケール
が必要となる。INTCALによって開発された現在の公式の放射性炭素曲線は、過去
26,000年まで遡ることができる。Hughenたち(p. 202;Bardによる展望記事参照)は、
ベネズエラ沖のCariaco Basinからの14Cの放射能の校正された記録を提
示しているが、これは50,000年前まで期間が広がったデータである。珊瑚からの極
めて正確な(しかし、数が少ない)データと他の沈殿体からの記録、及び鍾乳石(洞窟
層)からの曲線を組み合わせることで、今回のデータはこの技術の有用な限界である
50.000年前にまで遡る詳細で正確な14Cの年代校正を作るのに役立つは
ずである。(KU)
PALEOCLIMATE:
A Better Radiocarbon
Clock
Edouard Bard, Frauke Rostek, and Guillemette
Ménot-Combes
p. 178-179.
14C Activity and Global Carbon Cycle Changes over
the Past 50,000 Years
K. Hughen, S. Lehman, J. Southon, J. Overpeck, O.
Marchal, C. Herring, and J. Turnbull
p. 202-207.
気候による大型化(Sized by Climate)
大進化に関する非生物の影響と生物的な影響の差を明らかにするには、特徴が十分
に明らかになった環境における長期間にわたる数多くの種の形態学的データを集め
て組み立てる必要がある。Schmidtたち(p. 207)は、過去7千万年にわたる有孔虫の
集団に関してこのようなデータを提供しており、新第三紀時代での有孔虫の驚異的
なサイズの増大が、緯度方向の温度勾配と表面水の成層に関連していることを示し
ている。有孔虫の大進化は、種が豊かになることによって生じる分散の拡大よりも
気候と先史海洋学的プロセスによって支配されていたのである。(KU)
Abiotic Forcing of Plankton Evolution in the
Cenozoic
Daniela N. Schmidt, Hans R. Thierstein, Jörg
Bollmann, and Ralf Schiebel
p. 207-210.
断層帯の滑りパルス(A Creepy Pulse)
カリフォルニア中央部のサンアンドレアス断層の一部では、おおよそ年間30mmの定
常的な滑り運動が見られる。Nadeau と McEvilly (p. 220)は、断層の滑り部分の
数十キロにわたって準連続的に広がっている範囲で、マイクロ地震に特徴的な準周
期的なパルス状の運動のあることを検出した。このマイクロ地震の累積滑り運動の
発生率は、局所的な中・大規模地震のあったところか、断層上の滑りが生じたり滑
りが固定(ロック)されたりする移行領域であるかどうか、などによって変動す
る。それでも、滑り部分全体を通じて周期性が普遍的に成立していることから、震
源帯域の下部(10 km以上の深さ)に始まる未知のプロセスの存在が、広範で同期的
な時間的に変化する負荷を断層に与えていると推定されるのである。(Ej)
Periodic Pulsing of Characteristic Microearthquakes on the
San Andreas Fault
Robert M. Nadeau and Thomas V. McEvilly
p. 220-222.
食用サケの安全性(Salmon Safety)
養殖サケの生産は過去20年間で40倍に増加している。このサケ養殖は生態学的な理
由から批判が多かったが、ヒトの健康に与える影響については、十分な研究はなさ
れてなかった。Hites たち(p. 226; Stokstadによるニュース記事も参照)は、天然
と養殖の大量のサケについて、その有毒物質のレベルを調査した。その結果養殖サ
ケでは天然ものに比べて、地域的な変動はあるものの、より高い有毒物質を含有し
ていることがわかった。魚を食べることによる健康上のメリットは従来より指摘さ
れているが、危険分析の結果、ある場合には養殖サケの混入物の量が、魚を食べる
ことによる健康上のメリットを相殺するくらいのレベルのものも存在したのであ
る。(Ej,hE)
TOXICOLOGY:
Salmon Survey Stokes
Debate About Farmed Fish
Erik Stokstad
p. 154-155.
HIGH-ENERGY PHYSICS:
Once Again,
Muons Defy Reigning Theory
Charles Seife
p. 154.
Global Assessment of Organic Contaminants in Farmed
Salmon
Ronald A. Hites, Jeffery A. Foran, David O.
Carpenter, M. Coreen Hamilton, Barbara A. Knuth, and Steven J.
Schwager
p. 226-229.
カルシウムと発生過程にある脳(Calcium and the Developing Brain)
カルシウム情報伝達は、神経系における活性の多くの効果を伝達する。短期の効果
はタンパク質修飾によって仲介されることがあるが、一方、長期の効果は遺伝子の
転写によって仲介されることがある。Aizawaたちは、転写性トランス活性化因子で
あるCRESTと呼ばれるカルシウム-応答性タンパク質を同定した(p. 197; ま
た、Jefferisたちによる展望記事参照のこと)。CRESTを欠くマウスでは胚の発生は
影響を受けないが、それらのマウスは皮質と海馬における樹状突起の発生において
非常な欠陥を示した。CRESTを欠くマウスの皮質のニューロンは、脱分極への応答と
しての樹状突起の成長において欠陥を示したのである。つまり、遺伝子発現とそれ
に引き続いてのニューロンの発生における電気生理学的活性の効果はCRESTによって
仲介されている可能性がある。(KF)
NEUROSCIENCE:
Calcium and CREST for
Healthy Dendrites
Gregory S. X. E. Jefferis, Takaki Komiyama, and
Liqun Luo
p. 179-181.
Dendrite Development Regulated by CREST, a Calcium-Regulated
Transcriptional Activator
Hiroyuki Aizawa, Shu-Ching Hu, Kathryn Bobb,
Karthik Balakrishnan, Gulayse Ince, Inga Gurevich, Mitra Cowan, and
Anirvan Ghosh
p. 197-202.
意識的に忘れようとしている(Consciously Trying to Forget)
人は、好ましくない記憶を意識的に“抑制”して積極的に忘れようとしているのかも
しれない。しかし、メカニズムや神経回路構造などが解明されていないために、こ
の記憶の“抑制”が実際に行なわれているかはまだ議論の余地があるとされてき
た。Anderson等は(p. 232)、手がかりを与えて記憶再生させる実験パラダイムを
使って、脳内では前頭前野と海馬とが相互作用した特異な活性構造が形成されてい
ることを、磁気共鳴画像装置(MRI)により明らかにした。この活性化した神経
回路構造の一部は、“運動抑制機構”(Motor Inhibitory Mechanisms)において見出さ
れたものと類似していた。知覚と記憶が共通の機能を使って制御されている可能性
が示唆された。(NK)
Neural Systems Underlying the Suppression of Unwanted
Memories
Michael C. Anderson, Kevin N. Ochsner, Brice Kuhl,
Jeffrey Cooper, Elaine Robertson, Susan W. Gabrieli, Gary H. Glover, and
John D. E. Gabrieli
p. 232-235.
ナノ構造に秩序をもたらす(Bring Order to Nanostructures)
ナノ構造の有用性はしばしば、その構造がどれだけきちんと構造化されているかに
よって限定される。Maoたちは、広範囲の磁性材料および半導体材料について、ウイ
ルスを使って、ナノ粒子から均一なナノワイヤーを作り上げた(p. 213)。著者たち
は、M13バクテリオファージ・コートタンパク質のペプチド配列から、特定の型のナ
ノ粒子を成長させる能力のあるものだけをスクリーニングするというアプローチ法
をもとにしている。長いウイルス・コートタンパク質はナノ粒子が近接して成長で
きるようにし、それに引き続くアニーリング段階が最終的なナノワイヤー微結晶を
作り出した。Corsoたちは、そのナノ構造が格子ミスマッチングによって成長させら
れたらしく見えるロジウムの最密(111)表面上に成長したBNの表面フィルムについて
記述している(p. 217)。ほとんどの金属上では、borazine(HBNH)3の熱
分解を介して、BNの単層までしか形成されない。しかし、Rh(111)上では、2ナノ
メートルの孔が3ナノメートル間隔で離れている六方晶系格子におけるメッシュとし
て、二重層が形成される。この孔は基質とフィルムとの大きな格子ミスマッチを引
き起こすらしく、著者たちが炭素60について示したように、分子の閉じ込めのため
の頑強な鋳型として働くのかもしれない。(KF)
Boron Nitride Nanomesh
Martina Corso, Willi Auwärter, Matthias
Muntwiler, Anna Tamai, Thomas Greber, and Jürg Osterwalder
p. 217-220.
Virus-Based Toolkit for the Directed Synthesis of Magnetic
and Semiconducting Nanowires
Chuanbin Mao, Daniel J. Solis, Brian D. Reiss,
Stephen T. Kottmann, Rozamond Y. Sweeney, Andrew Hayhurst, George Georgiou,
Brent Iverson, and Angela M. Belcher
p. 213-217.
北方移住者のミトコンドリア変異(Mitochondrial Variation in Northern
Migrations)
ヒト系統の系統発生についての理解は、ミトコンドリアDNAにおける変異を研究する
ことにより促進されてきた。Ruiz-Pesiniたち(p. 223)は、全世界の様々なサンプ
ルに由来する100人以上のヒトのミトコンドリアDNA配列において、ヌクレオチド置
換のパターンを調べた。この結果は、エネルギー-欠乏性疾患と関連する特異的なミ
トコンドリアDNA部位での変異により、ヒトがより過酷な北方気候に適応することが
可能になった可能性がある、という証拠を提示している。(NF)
Effects of Purifying and Adaptive Selection on Regional
Variation in Human mtDNA
Eduardo Ruiz-Pesini, Dan Mishmar, Martin Brandon,
Vincent Procaccio, and Douglas C. Wallace
p. 223-226.
ゲノミクスのために(Pro Bono Genomics)
骨粗鬆症を発症するリスクは、ライフスタイル因子によってだけではなく、遺伝的
に決定された骨無機質密度(BMD)の違いによっても影響を受ける。従来からのマウ
ス遺伝学とマイクロアレイ解析とを組み合わせることにより、Kleinたち(p. 229)
は、BMDに対する負の制御因子の候補遺伝子として、12/15-リポキシゲナーゼと呼ば
れる酵素をコードするAlox15を同定した。Alox15中に標的化された変異を有する
ノックアウトマウスは、対照と比較してより高いピークBMDを有しており、また
12/15-リポキシゲナーゼの薬理学的阻害剤を使うと、2種の骨粗鬆症モデル齧歯動物
においてBMDが上昇したのである。(NF)
Regulation of Bone Mass in Mice by the Lipoxygenase Gene
Alox15
Robert F. Klein, John Allard, Zafrira Avnur, Tania
Nikolcheva, David Rotstein, Amy S. Carlos, Marie Shea, Ruth V. Waters, John
K. Belknap, Gary Peltz, and Eric S. Orwoll
p. 229-232.
反射についてよく考えてみると(Upon Further Reflection)
ヤリイカEuprymna scolopesは、光器官と呼ばれる、小窩で覆われた空洞の中に、そ
のイカ自身の光源である発光性細菌Vibrio fischeriを収容している。銀色の反射板
の構造物が、空洞の側面および背面側の周囲に配置されていて、その細菌により生
成された光を下方へと向けるのである。ほとんどの生物学的反射材物質がプリン結
晶体から構成されているのとは異なり、この構造物の主要な構成要素は、4種の稀な
残基(チロシン、メチオニン、アルギニン、およびトリプトファン)を約57%含
み、一方でいくつかの一般的な残基(アラニン、イソロイシン、ロイシンおよびリ
ジン)を全く含まない、例外的なアミノ酸組成を有するタンパク質である。このタ
ンパク質をCrookesたち(p. 235)が同定し、特性決定をし、そしてリフレクチ
ン(reflectin)と命名した。リフレクチンは、3つのサブファミリーに属する少な
くとも6個の遺伝子によりコードされていて、イカ以外ではホモログは報告されてお
らず、5つの繰り返しドメインを有しているが、それらがファミリー構成分子の間で
非常によく保存されているのである。(NF)
Reflectins: The Unusual Proteins of Squid Reflective
Tissues
Wendy J. Crookes, Lin-Lin Ding, Qing Ling Huang,
Jennifer R. Kimbell, Joseph Horwitz, and Margaret J. McFall-Ngai
p. 235-238.
酵素の効果の早分かり(Enzymes on the Fast Track)
酵素触媒作用の多くの実験的研究と理論的研究によって、“実際にどのくらいの比率
で作用が増大するのか”ということについて、多くの意見が生み出されてきた。それ
らの研究をレビューするに際して、Garcia-Vilocaたち(p. 186)は、現代の状態遷移
理論を述べ、その理論における定式化を用いて、これらのいろいろな提案が、それ
ぞれ指数関数的な因子あるいは前指数関数的な因子のどちらの要素に当てはまるか
を説明している。なお、指数関数的な因子の要素は第一に活性化自由エネルギーに
関するものであり、前指数関数的な因子の要素にはトンネル効果や状態遷移、さら
には非平衡分布が含まれている。(hk)
How Enzymes Work: Analysis by Modern Rate Theory and Computer
Simulations
Mireia Garcia-Viloca, Jiali Gao, Martin Karplus,
and Donald G. Truhlar
p. 186-195.
ホリディ接合部の分解(Resolving Holliday Junctions)
姉妹DNA分子の相同的組換えは、潜在的に危険な二本鎖の分裂の修復においてきわめ
て重要な役割を果たしている。この修復がないと、ゲノムの不安定性や腫瘍の形成
がもたらされる可能性があるのである。真核生物においては、DNAクロスオーバーす
なわちホリディ接合部複合体の形成をもたらすこの修復プロセスの早期段階を仲介
する要素については多くが知られているが、ホリディ接合部の分解に関与している
タンパク質についてはほとんど知られていない。Liuたちは、細胞抽出物の
resolvase活性の特徴を明らかにした以前の研究を進展させている(p. 243;
SymingtonとHollomanによる展望記事参照のこと)。組換えのパラログと修復タンパ
ク質RAD51、とくにRAD51CとXRCC3が、ホリディ接合部複合体の分解と修復されたDNA
ストランドの遊離にとって重要であった。(KF)
MOLECULAR BIOLOGY:
New Year's
Resolution--Resolving Resolvases
Lorraine S. Symington and William K. Holloman
p. 184-185.
RAD51C Is Required for Holliday Junction Processing in
Mammalian Cells
Yilun Liu, Jean-Yves Masson, Rajvee Shah, Paul
O'Regan, and Stephen C. West
p. 243-246.
海洋の混合についての説明(Account for the Ocean's Mix)
大規模海洋循環には、高密度の水を下向きに押しやって海底まで送り込む領域があ
る。これは、北半球および南半球の高緯度地域の数箇所で局所的に形成されてい
る。それを補償するそれほど高密度ではない水の上昇の流れは、海洋の残りの部分
のより広い、はっきりと決まっていない領域で拡散的に生じている。最も深いとこ
ろの水が、いかにして、どこで、他の大量の水と混合させられるかについての詳細
な理解は得られてこなかったのである。Naveira Garabatoたちは、南極海での観察
結果を提示している(p. 210)。それによると、粗く見た領域全体における強化され
た乱流による混合は、より低緯度の海洋におけるそれより強烈かつ広範なもので
あった。この研究は、深い海洋の水がいかにして海面に戻ってくるかを見ていくの
を助け、栄養分がどのようにして表面海水に届けられるかについて、光を投げかけ
るものである。(KF)
Widespread Intense Turbulent Mixing in the Southern
Ocean
Alberto C. Naveira Garabato, Kurt L. Polzin, Brian
A. King, Karen J. Heywood, and Martin Visbeck
p. 210-213.
初期刷り込みの制御(Regulation of Early Imprinting)
親からの遺伝子は、必ず同等に発現される訳ではない。DNA配列が全く同一であって
も、母親からのコピーと父親からのコピーのどちらかがいつもサイレンスされる場
合もあるのだ。刷り込みというこのプロセスがどのように胚細胞において起こって
いるかはまだよく分からないのである。Fedoriwたち(p 238)は、マウス卵母細胞に
おいてトランスジェニックRNA干渉を用い、CTCFという刷り込み制御因子をノックダ
ウンした。通常の卵母細胞において、CTCFに結合され過少メチル化されるDNA領域
は、ノックダウン卵母細胞においてはメチル化した。このプロセスは、移植前発生
中の欠損を引き起こしたので、CTCFは刷り込む遺伝子の生殖系列メチル化状態に応
答するだけではなく、その状態を決定することも行なっていることが示唆され
る。(An)
Transgenic RNAi Reveals Essential Function for CTCF in
H19 Gene Imprinting
Andrew M. Fedoriw, Paula Stein, Petr Svoboda,
Richard M. Schultz, and Marisa S. Bartolomei
p. 238-240.
トランスポゾンとレトロエレメント(Transposons s and Retroelements)
酵母Ty1トランスポゾンの不思議な特色は、RNA枝切り酵素の変異がTy1遺伝子転移及
びcDNA形成を抑制することである。RNA枝切り酵素は、スプライシング完了後イント
ロンRNA投げ縄の枝分かれ部位でその投げ縄を切断するものである。しかし、Ty1エ
レメントがイントロンを含むことはまだ証明されていない。Chengたち(p
240;PerlmanとBoekeによる展望記事参照)は、Ty1転写物がイントロンを含まないと
しても、RNA投げ縄に特徴的な2'-5'枝分れを含んでいることを示すことで、トラン
スポゾンのライフサイクルにおいて予想されていない段階が存在していることを示
唆している。枝分れの位置は、それがTy1 cDNAの形成において役割を果たすことを
示唆するものである。その役割は、新生マイナス鎖Ty1 cDNAをTy1のRNA鋳型の上流
領域から下流領域へ伝達することを促進することである。さらに、Ty1が動物レトロ
ウイルスに類似していることは、レトロエレメントにおいてその枝分れが広く保存
されていることを示唆している。(An)
MOLECULAR BIOLOGY:
Ring Around the
Retroelement
Philip S. Perlman and Jef D. Boeke
p. 182-184.
RNA Branching and Debranching in the Yeast Retrovirus-like
Element Ty1
Zhi Cheng and Thomas M. Menees
p. 240-243.