Science November 14, 2003, Vol.302
磁気ボルテックス整流(Magnetic Vortex Rectifier)
超伝導体は電流が流れたり、あるいは試料が超伝導転移温度近傍のとき、磁場の存
在下で磁束量子ボルテックスを生成する。ボルテックスの動きはランダムな傾向が
ある。Villegasたち(p. 1188; Hilgenkampたちによる展望記事参照)は、ボルテック
スの流れを制御するためのデバイスを作った。彼らは三角状のニッケルの島状アレ
イ上に超伝導ニオブの薄膜を形成した。その島状アレイがボルテックスのためのピ
ンサイトとして働く。その系を外部のAC電流で駆動すると、非対称性の幾何学的デ
バイスによりボ ルテックスの実効的な流れが生じた。(hk)
PHYSICS:
Enhanced: Flux Quanta on the Move
Hans Hilgenkamp, Victor V. Moshchalkov, and Peter
Kes
p. 1159-1160.
A Superconducting Reversible Rectifier That Controls the
Motion of Magnetic Flux Quanta
J. E. Villegas, Sergey Savel'ev, Franco Nori, E. M.
Gonzalez, J. V. Anguita, R. García, and J. L. Vicent
p. 1188-1191.
藻類を糸口にした南極棚氷の年代(Algal Clues to Antarctic Ice Shelf
Ages)
南極における海氷の拡がりに関する自然環境の大きな変動と短い期間での機器によ
る記録を考慮すると、海氷が覆う領域の変化に関する明瞭なる記録が曖昧となる。
Curranたち(p.1203;Wolffによる展望記事参照)は、棚氷の縁に生存する藻類によっ
て作られる化学物質、メタンスルホン酸に基づくアイスコアの記録を示している。
彼らはこれを衛星データで観測されたその近傍の冬ッ春の海氷端の位置と関係付けて
いる。彼らはこの関係を用いて、過去155年間での海氷の拡がりの変化を再構築し、
現在の海氷領域の減少が1950年に始まったことを示している。(KU)
OCEAN SCIENCE:
Whither Antarctic Sea
Ice?
Eric W. Wolff
p. 1164.
Ice Core Evidence for Antarctic Sea Ice Decline Since the
1950s
Mark A. J. Curran, Tas D. van Ommen, Vin I. Morgan,
Katrina L. Phillips, and Anne S. Palmer
p. 1203-1206.
我々の時代の熱遺産(Our Hot Legacy)
過去半世紀の間に、人間活動により明らかに北アメリカの気候に顕著な衝撃がもた
らされた。Karolyたち(p. 1200)は五つの異なる気候モデルを用いて、北アメリカで
観測された変化が極めて大きなもので自然条件の変化のみでは起こりえないこと
を、更に温室ガスや硫酸エアロゾルを付与した影響を含めることによってのみ説明
できることを示している。対照的に、人間活動による寄与分の累積負荷が今日に比
べて僅かなものであった20世紀の最初の50年間では、温暖化の殆んどが自然条件の
変動に由来していた。(KU)
Detection of a Human Influence on North American
Climate
David J. Karoly, Karl Braganza, Peter A. Stott,
Julie M. Arblaster, Gerald A. Meehl, Anthony J. Broccoli, and Keith W.
Dixon
p. 1200-1203.
フィラメントがまがい物の化石を作ったのでは?(Did Filaments Form Faux
Fossils?)
最古のものと見なされている化石は、35億年ほど前のオーストラリアの堆積岩
チャートの中で見出されたらん藻類に似た、かつ高分子有機物であるケローゲン物
質を含む構造体であると考えられている。然しながら、最近になってこのような化
石に似た構造体が無機的にも作られることが示唆されている。Garcia−Ruizたち(p
.1194;Kerrによるニュース記事参照)は、チャートに類似の母岩中でシリカに覆わ
れた炭酸塩結晶が自己組織化により長いフィラメント(ミクロンサイズの)を作るこ
とを示している。このフィラメントが折りたたまれたり、絡み合ったりして細菌の
化石にそっくりの構造体を作り、その作り方の条件はチャートの場合と似ている。
更に、炭水化物ーーこれは生物の存在しない条件でも作られるものだがーーが、こ
のフィラメント上に濃縮され、このような会合体を生物マーカーのようなものへと
変化させる可能性がある。(KU)
GEOCHEMISTRY:
Minerals Cooked Up in
the Laboratory Call Ancient Microfossils Into Question
Richard A. Kerr
p. 1134.
Self-Assembled Silica-Carbonate Structures and Detection of
Ancient Microfossils
J. M. García-Ruiz, S. T. Hyde, A. M.
Carnerup, A. G. Christy, M. J. Van Kranendonk, and N. J. Welham
p. 1194-1197.
脳のコントローラー(The Controller in the Brain)
前頭葉前部皮質は、認知性制御、すなわち内的な目標に関連づけて思考と行動とを
協調させる能力に役立っている。認知性制御は、日常行動においてしばしば必要で
あって、しかもプラニングや論理的思考のようなより高度の認知を媒介する、ヒト
の認知において中心的な機能である。外側前頭葉前部皮質の機能の組織化と、認知
性制御の根底にあるそれに関連する認知のアーキテクチャは、いまだ十分には理解
されていない。Koechlinたちは、ヒトにおける認知性制御の心的アーキテクチャ
と、前頭葉前部皮質におけるその生物学的実現のあり方を記述する理論を提唱して
いる(p. 1181; またHelmuthによるニュース記事を参照)。機能的磁気共鳴映像法実
験から得られた実験結果は、その理論と整合していて、ヒトの外側前頭葉前部皮質
の全体としてのモジュール構造的かつ機能的なアーキテクチャを明らかにするもの
であった。(KF)
NEUROSCIENCE:
Brain Model Puts Most
Sophisticated Regions Front and Center
Laura Helmuth
p. 1133.
The Architecture of Cognitive Control in the Human Prefrontal
Cortex
Etienne Koechlin, Chrystèle Ody, and
Frédérique Kouneiher
p. 1181-1185.
昔の農民によるトウモロコシの選択的品種改良(Selective Breeding of Maize
by Early Farmers)
栽培されているトウモロコシの野生の祖先に当たるブタモロコシの栽培植物化は、
少なくとも6000年前、おそらくは9000年も前にメキシコで始まった。栽培植物化に
関する現在の知見は、たいていは、考古学的に見つけられて残っていたトウモロコ
シの穂軸の形態に基づいている。Jaenicke-Despresたちは、650年ないし4300年前の
穂軸からDNAをサンプリングすることによって、遺伝的側面からの知見を付加したの
である(p. 1206; またFedoroffによる展望記事を参照)。それらの配列データから
は、農民が4000年以上も前から、形態やタンパク質およびデンプンの合成に影響を
与える遺伝子に対して選択によって多大な影響を与えていたことが明らかになり、
また現在のトウモロコシの遺伝的アーキテクチャの多くが当時から存在していたこ
とも明らかになった。(KF)
AGRICULTURE:
Prehistoric GM
Corn
Nina V. Fedoroff
p. 1158-1159.
Early Allelic Selection in Maize as Revealed by Ancient
DNA
Viviane Jaenicke-Després, Ed S. Buckler,
Bruce D. Smith, M. Thomas P. Gilbert, Alan Cooper, John Doebley, and
Svante Pääbo
p. 1206-1208.
分裂における記憶 (Memories in a Breakup)
シロップのような粘性の高い液体中にできた気泡は上昇する間に分裂する。Doshi等
は(p. 1185)高粘性液体(シリコーンオイル)中にできた低粘性液滴(水)の分裂
過程において、細長い直線状のくびれが生じることを見出した。この分裂現象は液
滴の初期条件や境界条件に強く依存するという、これまでにない特異な挙動を示す
という。著者等は、この特異な分裂挙動をカプセル化技術に応用できるかもしれな
いと予測している。(NK)
Persistence of Memory in Drop Breakup: The Breakdown of
Universality
Pankaj Doshi, Itai Cohen, Wendy W. Zhang, Michael
Siegel, Peter Howell, Osman A. Basaran, and Sidney R. Nagel
p. 1185-1188.
栄養分の検出と遺伝子発現(Nutrient Sensing and Gene Expression)
prefoldin (PFD) は、小分子量タンパク質のファミリーで分子シャペロンとして作
用する。Gstaiger たち(p. 1208) は、このファミリーの中でも異常に大きなURIに
ついて述べている。URIは、他の小分子量のprefoldinや3つのRNAポリメラーゼ全て
に共通するサブユニットと一緒に、1メガダルトン以上の巨大複合体を形成する。
酵母やヒトの細胞では、URIは栄養情報伝達の標的であり、栄養感受性遺伝子の発現
制御に関与する。このように、URIは栄養の利用可能性を遺伝子発現と統合する情報
伝達経路の分子骨格として作用するようである。(Ej,hE)
Control of Nutrient-Sensitive Transcription Programs by the
Unconventional Prefoldin URI
Matthias Gstaiger, Brian Luke, Daniel Hess, Edward
J. Oakeley, Christiane Wirbelauer, Marc Blondel, Marc Vigneron, Matthias
Peter, and Wilhelm Krek
p. 1208-1212.
スラブ内地震は脱水か変成が原因(Slab Earthquakes: To Dehydrate or to
Transform)
地殻のスラブ中や、沈み込み帯で引き込まれるマントル物質中で発生する地震は、
大きな地震被害を示す。沈み込み帯近くには多くの都市が存在するが、これらの地
震はプレート内地震よりも再発頻度が高い。Preston たち(p. 1197) はワシントン
州の北西部に沈み込んでいるJuan de Fucaプレートのスラブ内地震を解析し、これ
を2つのグループに分類することができた。45キロメートルより浅いマントル内の
地震はサーペンティン(蛇紋岩)の脱水が原因であり、45キロメートルより深い沈
みこみ地殻中の地震は玄武岩がエクロジャイト(榴輝岩)に変成するときに生じ
る。(Ej)
Intraslab Earthquakes: Dehydration of the Cascadia
Slab
Leiph A. Preston, Kenneth C. Creager, Robert S.
Crosson, Thomas M. Brocher, and Anne M. Trehu
p. 1197-1200.
10RockとRhoのアミロイドβとの関係(Rock and Rho Beat Amyloid Beta)
いくつかの非ステロイド性抗炎症薬がアミロイドβペプチドの分泌を減少することが
以前に示された。Zhouたち(p 1215)は、この効果はこれらの薬物とRhoおよびRockと
の相互作用によることを示している。Rhoは低分子グアノシントリホスファターゼで
あり、RockはRhoのエフェクターキナーゼである。Rockを直接に抑制すると、アルツ
ハイマー病モデルマウスの脳において見いだされるβアミロイドのレベルが減少し
た。従って、RhoとRockはアルツハイマー病の病理発生において、重要な役割を果た
す可能性があり、そして治療的介入の標的にもなる可能性もある。(An)
Nonsteroidal Anti-Inflammatory Drugs Can Lower Amyloidogenic
Aß42 by Inhibiting Rho
Yan Zhou, Yuan Su, Baolin Li, Feng Liu, John W.
Ryder, Xin Wu, Patricia A. Gonzalez-DeWhitt, Valentina Gelfanova, John E.
Hale, Patrick C. May, Steven M. Paul, and Binhui Ni
p. 1215-1217.
免疫学的シナプスの制御(Immunological Synapse Regulation)
免疫学的シナプスは、T細胞と抗原提示細胞の間の細胞間連絡を調和させるが、その
構造の情報伝達機能はまだ明らかになっていなかった。実験とコンピュータモデリ
ングを用いることにより、Leeたち(p 1218;Malissenによる展望記事を参照)は、シ
ナプスにおけるT細胞受容体(TCR)クラスタ形成が受容体の情報伝達を増強すること
だけではなく、TCR分解の高速化も増強することもまた提案している。この分解の増
強は、特異的なリガンドに応じてT細胞の情報伝達の強さと期間を制御する、適応制
御機能の一種である。(An)
IMMUNOLOGY:
Switching Off TCR
Signaling
Bernard Malissen
p. 1162-1163.
The Immunological Synapse Balances T Cell Receptor Signaling
and Degradation
Kyeong-Hee Lee, Aaron R. Dinner, Chun Tu, Gabriele
Campi, Subhadip Raychaudhuri, Rajat Varma, Tasha N. Sims, W. Richard
Burack, Hui Wu, Julia Wang, Osami Kanagawa, Mary Markiewicz, Paul M. Allen,
Michael L. Dustin, Arup K. Chakraborty, and Andrey S. Shaw
p. 1218-1222.
ショウジョウバエでの転移(Modeling Metastasis in Drosophila)
大半の癌に関連する死は、転移ーすなわち原発腫瘍から二次性腫瘍が拡散されるこ
とーにより引き起こされる。PagliariniとXu(p. 1227)は、腫瘍原性Rasの発現を
介して生成される非侵襲性腫瘍が近くの組織または遠くの組織へ浸潤するために必
要とされる変異について、ショウジョウバエのゲノムをスクリーニングするための
遺伝的スクリーニング法を開発した。ショウジョウバエモデル系における転移で
は、基底膜分解、E-カドヘリンの喪失、そして細胞浸潤の誘導を含む、哺乳動物で
の現象として見られる多数の特性が示された。細胞極性を不活性化する変異は、そ
れだけでは転移を促進せずまたは様々なその他の癌遺伝子(オンコジーン)と組み
合わせても転移を促進しなかったことから、腫瘍原性Rasは、浸潤および転移を進行
させる際に重要な働きをした。(NF)
A Genetic Screen in Drosophila for Metastatic
Behavior
Raymond A. Pagliarini and Tian Xu
p. 1227-1231.
自己免疫マウスにおける糖尿病の治療(Curing Diabetes in Autoimmune
Mice)
非肥満性糖尿病マウスは、免疫系がマウスの自己膵島細胞を認識するT細胞を適切に
排除できないという免疫系の欠陥のため、自然発生的な自己免疫性糖尿病を発症す
る。これらのT細胞はその後、通常はインスリンを産生する膵島を破壊し始める。同
族のマウス由来の脾臓細胞を用いてこれらのマウスを処置することにより、免疫系
を再教育し、そして糖尿病を治療することができる。免疫系の修正は、脾臓細胞に
放射線照射し(そしてそれ故に細胞死を起こさせた)場合でも、部分的には成功す
るが、Kodamaたち(p. 1223)が示すように、疾患を完全に修正するためには、生き
た移植用脾臓細胞が必要であり、これにより膵島細胞に対する免疫応答が完全に修
正され、そして破壊された膵島を完全に再生することができる。さらに、これらの
注入された細胞は、膵島中の新規細胞集団および膵管上皮を導くが、これはおそら
くは分化転換によるものだろう。(NF)
Islet Regeneration During the Reversal of Autoimmune Diabetes
in NOD Mice
Shohta Kodama, Willem Kühtreiber, Satoshi
Fujimura, Elizabeth A. Dale, and Denise L. Faustman
p. 1223-1227.
ヒヒたちのきずな(Bonds Among Baboons)
2つの研究が、社会的支持グループの利点と、ヒト以外の霊長類がどれほど深く社会
的なネットワークを理解しているかについて、記録している(Dunbarによる展望記事
を参照)。Bergmanたちは、メスのヒヒが、同一の母系系列内での個体間に生じる衝
突と、別の血族グループに属するメス同士の間に生じる衝突とを弁別し、後者の場
合にはより大きな反撃をう可能性がある、ということを明らかにしている(p. 1234)
。長期にわたっての個体数の統計データの解析から、Silkたちは、他個体への毛づ
くろい(grooming)と他個体からの毛づくろいとにメスのヒヒが大きく関与すればす
るほど、乳児の生存率が高まる、ということを示している(p. 1231)。つまり、血族
とのきずな(オスとメスの双方における)により、家族の生活がうまくいくための適
応的な利益を受ける、というわけである。(KF)
Social Bonds of Female Baboons Enhance Infant
Survival
Joan B. Silk, Susan C. Alberts, and Jeanne
Altmann
p. 1231-1234.
Hierarchical Classification by Rank and Kinship in
Baboons
Thore J. Bergman, Jacinta C. Beehner, Dorothy L.
Cheney, and Robert M. Seyfarth
p. 1234-1236.
PSYCHOLOGY:
Evolution of the Social
Brain
Robin Dunbar
p. 1160-1161.
放射性廃棄物中の過酸化物(Peroxides in Radioactive Wastes)
多くの鉱物は粘土鉱物に見られるように、多くは互層性の水酸基や水と結合してい
るが、過酸化物を含有している鉱物は少ない。しかし全てのウラニウム鉱物は過酸
化物を含有している。これらの鉱物はいくつかの場所で見つかってはいるが、地質
学的には不明瞭な点がある。しかし、放射性廃棄物中においては、特に安定性の面
からは重要な含有物である。Hughes Kubatko たち(p. 1191) は熱力学的な検討か
ら、過酸化物が存在している状態では低温においても放射性廃棄物は安定している
ことを示した。その理由の一部は他の鉱物との相互作用が無いことである。また、
水が痾粒子による放射性分解を受けて過酸化物が生じるため、放射性廃棄物集積所
においては、この過酸化物形成段階は重要と思われる。(Ej)
Stability of Peroxide-Containing Uranyl Minerals
Karrie-Ann Hughes Kubatko, Katheryn B. Helean,
Alexandra Navrotsky, and Peter C. Burns
p. 1191-1193.
RNA結合タンパク質と運動性活性の制御(RNA Binding Proteins and the
Control of Motor Activity)
RNA結合タンパク質は、多数のヒトの疾患と関連している。これらのタンパク質が結
合する一連のRNAを同定することは、疾患におけるそれらの正常な機能および役割を
理解する上で重要である。Novaは、組織特異的なスプライシング因子であり、腫瘍
随伴性眼球クローヌス筋間代性痙攣失調(POMA)という疾患に関与している。この
疾患の患者は動作を抑制することができず、そして制御できない震戦を患う。Uleた
ち(p. 1212)は、Nova-RNA複合体を精製するための、紫外線架橋および免疫沈降法
を開発した。Novaは、神経抑制に関与するタンパク質をコードするか、またはシナ
プスにおいて機能する一連のRNA標的を制御するが、このことはPOMAが運動性抑制の
症状であることととつじつまが合っている。(NF)
CLIP Identifies Nova-Regulated RNA Networks in the
Brain
Jernej Ule, Kirk B. Jensen, Matteo Ruggiu, Aldo
Mele, Aljaz Ule, and Robert B. Darnell
p. 1212-1215.