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Science November 7, 2003, Vol.302


火星土壌の類似物(Martian Soil Analogs)

Viking着陸船による火星の土壌分析では、いかなる有機物種も検知されず、O2 の急速な放出を検出した。結論として、火星の土壌は乾燥しており、どのよ うな有機物種も、無機酸化剤により急速に酸化されたようだ。火星の土壌の地球上 の類似物として、Navarro-Gonzalez たち (p.1018)は、地球上ではチリの アタカマ 砂漠の土壌が火星の土壌と類似していることを見出した。アタカマ の土壌は乾燥し ており、Viking着陸船の検出レベル以下のわずかな有機物種の痕跡を有するのみで ある。そして、その土壌は、効果的な無機の酸化剤でもある。アタカマの土壌によ る Viking 実験の再演によると、宇宙船による分析実験温度が低いため、有機物の かすかな痕跡を見落とした可能性がある。アタカマの土壌を用いた実験は、まだ未 知の土壌酸化剤の同定を容易にする可能性がある。(Wt)
Mars-Like Soils in the Atacama Desert, Chile, and the Dry Limit of Microbial Life
   Rafael Navarro-González, Fred A. Rainey, Paola Molina, Danielle R. Bagaley, Becky J. Hollen, José de la Rosa, Alanna M. Small, Richard C. Quinn, Frank J. Grunthaner, Luis Cáceres, Benito Gomez-Silva, and Christopher P. McKay
p. 1018-1021.

分子磁石の相互作用(Coupling Molecular Magnets)

これまで提案されてきた量子コンピューター様式の1つ、すなわちキュービット (量子論理ゲート)の構成材料として分子磁石を用いた様式の可能性が実験的に示 された。Hill等は(p. 1015)単分子磁石の二量体において、量子コンピューター 応用に十分可能なコヒーレンス寿命を持った量子力学的カップリング状態を実現で きることを見出した。この単分子磁石を用いることで、自己組織化を利用したボト ムアップ方式による量子コンピューター構築の可能性が見えてきた。(NK)
Quantum Coherence in an Exchange-Coupled Dimer of Single-Molecule Magnets
   S. Hill, R. S. Edwards, N. Aliaga-Alcalde, and G. Christou
p. 1015-1018.

砂漠の下の硝酸塩(Nitrate Under the Desert)

地球の陸地の約1/3を占める砂漠地帯は、比較的に窒素含有が少ないところと通常は 考えられている。Walvoordたち(p. 1021:Stokstadによるニュース記事参照)は、合 衆国の様々な砂漠地帯の下に大量の硝酸塩を見出した。この窒素は明らかに過去1万 年から1万6千年前に蓄積されたもので、この地域が乾燥状況ではなかった時代に蓄 積されたものである。この窒素は生物学的に利用可能な蓄積物であり、灌漑や貯水 池を造ったりという陸地での管理方法や、或いは地球規模での温暖化に伴なって起 こりうる降雨の増加により流出し得るであろう。特に世界全体の乾燥、半乾燥地域 において水利用や開発の急激なる増加が見られる現状では、このような硝酸塩の流 出は生態系や地域の地下水質に重要なる影響をもたらすであろう。(KU)
GEOCHEMISTRY:
Unsuspected Underground Nitrates Pose a Puzzle for Desert Ecology

   Erik Stokstad
p. 969.
TOXICOLOGY:
Europe Whittles Down Plans for Massive Chemical Testing Program

   Samuel Loewenberg
p. 969.
A Reservoir of Nitrate Beneath Desert Soils
   Michelle A. Walvoord, Fred M. Phillips, David A. Stonestrom, R. Dave Evans, Peter C. Hartsough, Brent D. Newman, and Robert G. Striegl
p. 1021-1024.

柔軟なる性と仮死(Flexible Sex and Suspended Animation)

オスと自己受精する雌雄同体という線虫(C-elegants)には二つの性が存在し、通常 オスは集団のうちの0.1パーセント位を占める。性は、一般には常染色体へのX染色 体の割合によって受精の際に決定される。Prahladたち(p. 1046)は、他家受精線虫 における性の決定が可塑的であることと、性の発生が外来性の因子によって後胚期 に変わりうることを示している。性の表現型と染色体の核型を変えるというこの能 力により、遭遇した環境状況において線虫がその環境状況に適応することが可能と なる。生理学的な柔軟性に関する他の事例として、線虫は仮死状態という苛烈な、 かつ一時的な静止状態を取ることによって有害な環境条件に耐えることが出来る。 Nystulたち(p.1038)は、線虫が厳しい酸素欠乏に応答してこの仮死状態により生き 延びるためには、有糸分裂紡錘体のチェックポイント経路のうちの二成分が必要で あることを報告している。この因子のどちらかがないと、細胞は有糸分裂第二段階 の中期を通して進行はするが、染色体の誤った分離を行う。細胞周期の停止という この機構を用いることで、線虫はゲノムの安定性を確実にし、環境条件が好転する まで生き延びる。(KU)
Roles for Mating and Environment in C. elegans Sex Determination
   Veena Prahlad, Dave Pilgrim, and Elizabeth B. Goodwin
p. 1046-1049.

すべて人間の過失という訳ではない(Not All Our Fault)

人間活動に伴う環境劣化や、気象への影響によって海表面温度(SST)の変動幅が変化 し、これがアフリカのサヘル(Sahel)地域における1970年代、1980年代の永続的な旱 魃を引き起こしたものと思われてきた。この最初の仮説によると、人間活動に伴 い、農地や放牧地の拡大による地表植物被覆率低下から地表反射率が増加し、降雨 量の減少を招く。第2の仮説である海面温度上昇過程は人間の力の及ぶところではな い(Zengによる展望記事参照)。Gianniniたち(p. 1027; Kerrによる10月10日号の ニュース記事参照)は、大気の汎用循環モデルがSSTによる変動を受けた場合のサヘ ルにおける1930年から2000年の過去の降雨履歴を再現した。それによると、1970年 代から1980年代の大陸モンスーンの低下による平常以下の降雨の主要原因は、遠隔 の西部赤道帯インド洋の温暖化傾向にある。陸地と大気の相互作用は遠隔海洋条件 への増幅に対しては2次的な効果しかない。粉塵の生成と気候は密接に関連してい て、過去数百年の大気中の粉塵は主として人間活動に起因すると推測できる。 Prospero と Lamb (p. 1024) は、過去30年間のアフリカから飛ばされる粉塵量を解 析し、乾燥の拡大と持続によってこの地域からの粉塵飛散量は異常に多かったこと を見つけた。1970年代と1980年代の粉塵飛散量は、同時期のアメリカ合衆国とヨー ロッパの大気汚染による増加量よりずっと大きかった。更に、年間の変動幅も非常 に大きかった。これらの結果から、自然現象が大気粉塵変動の主要原因であること が示唆される。(Ej,hE)
African Droughts and Dust Transport to the Caribbean: Climate Change Implications
   Joseph M. Prospero and Peter J. Lamb
p. 1024-1027.
Oceanic Forcing of Sahel Rainfall on Interannual to Interdecadal Time Scales
   A. Giannini, R. Saravanan, and P. Chang
p. 1027-1030.
ATMOSPHERIC SCIENCE:
Drought in the Sahel

   Ning Zeng
p. 999-1000.

大量絶滅の影で(In the Shadow of Mass Extinctions)

大量絶滅を凌いだ生物はしばしば顕著な進化を経験する。顕生代におけるいくつか の絶滅において、回復期に出現した生物種は、他の時期に現れた種より広い地理的 分布を示す。大進化理論(macroevolutionary theory)によれば、広い分布域を有す る生物種は長い地質年代を生き抜く。 Miller と Foote (p. 1030)は、属レベルの 海洋動物化石の概要分類を利用して、生存域が広い回復種は生存期間も長いかどう かを調べた。その結果、ある種の集団では、回復種は以前より長期間生存した。こ のことから、絶滅回復種は、他の絶滅頻度の高い期よりは、大量絶滅期の回復種の 方が長い生存期間を有することがより一般的に成り立つようだ。(Ej,hE)  
Increased Longevities of Post-Paleozoic Marine Genera After Mass Extinctions
   Arnold I. Miller and Michael Foote
p. 1030-1032.

光モチーフの第3成分(Third Part of a Light Motif )

3つの内在性膜タンパク質である光化学反応中心Ⅰ(PSI)、光化学中心Ⅱ(PSII)、チト クロムb6f複合体は一緒に機能して膜貫通の電気化学プロトン勾配を形成し、光合成 エネルギーとする。Kurisu たち(p. 1009)は、好熱性シアノバクテリアから得た二 量体のb6f複合体の3.0オングストロームの結晶構造を決定した。PSIと PSIIの三次 元構造は既に解明されていたので、この研究によって、酸素光合成の3つの成分につ いての構造情報の欠けていた部分が得られたことになる。b6f複合体のコアは類似の 呼吸系チトクロームbcl複合体と似ている。しかし、この構造によって、新しいヘム 補因子を含むいくつかの違いも明らかになった。(hE)     
Structure of the Cytochrome b6f Complex of Oxygenic Photosynthesis: Tuning the Cavity
   Genji Kurisu, Huamin Zhang, Janet L. Smith, and William A. Cramer
p. 1009-1014.

代々に渡されたジャンクDNA(Junk DNA Passed Down Through the Ages)

進化において、ヒトゲノムにおける非翻訳領域はどれほど重要であるのか? Dermitzakisたち(p. 1033;JohnstonとStormoによる展望記事参照)は、ヒト染色体21 における191個の非遺伝子領域からなるセットの検査によって、14の哺乳類の種にお いては、タンパク質翻訳領域より、その非遺伝子領域セットのほうが保存さていた ことを発見した。ヌクレオチド置換パターンは、タンパク質コーディングとノン コーディングRNA遺伝子との間では異なるので、特定の進化強制があったに違いない ことが示唆された。保存の程度によれば、この領域の役割があると思われるが、そ の役割はまだ不明である。(An)
EVOLUTION:
Heirlooms in the Attic

   Mark Johnston and Gary D. Stormo
p. 997-999.
Evolutionary Discrimination of Mammalian Conserved Non-Genic Sequences (CNGs)
   Emmanouil T. Dermitzakis, Alexandre Reymond, Nathalie Scamuffa, Catherine Ucla, Ewen Kirkness, Colette Rossier, and Stylianos E. Antonarakis
p. 1033-1035.

脳発生に関与するヘパラン硫酸(Heparan Sulfate in Brain Development)

ヘパラン硫酸は、いくつかの成長因子とモルフォゲンに結合するが、発生中の哺乳 類の中枢神経系(CNS)において高度に発現される。脳発生におけるヘパラン硫酸の役 割を明らかにするために、Inataniたち(p 1044)は発生中のマウス中枢神経系におけ るヘパラン硫酸合成を選択的にノックアウトした。変異体マウスは、線維芽細胞成 長因子の分布の破壊および細胞増殖の減少に対応する特異的な脳領域における形成 異常を表した。脳と網膜における軸索誘導も破壊されたので、ヘパラン硫酸の新た な調節性機能を示している。(An)    
Mammalian Brain Morphogenesis and Midline Axon Guidance Require Heparan Sulfate
   Masaru Inatani, Fumitoshi Irie, Andrew S. Plump, Marc Tessier-Lavigne, and Yu Yamaguchi
p. 1044-1046.

T細胞の運命は・・・(Allocating T Cell Fate )

へルパーT細胞の特徴は2種類の主要な転写制御因子であるCATA-3及びT-betにより決 められており、このことにより特定のサイトカイン遺伝子の発現が調整されてい る。しかしながら、どちらの因子もCD8+T細胞機能においては重大なものではない ようであることから、Pearceたち(p. 1041;Hatton とWeaverによる展望記事を参 照)は、これらの細胞における転写プログラムを特定 しうるその他の経路を研究し た。この研究の結果、T-betのパラログでありそして中胚葉分化の中心的制御因子と しての特徴がすでに明らかになっているT-box転写因子、Eomesodermin(Eomes)が 同定された。Eomeは活性化CD8+ T 細胞中で特異的に活性化され、そしてすでに2型 ヘルパーT細胞に分化してしまって いる細胞に、CD8+の特徴を付与する因子を発現 させる。発現を止めることにより、CD8細胞融解プログラムおよびインターフェロン 繃発現が顕著に減少する。したがって、Eomesは、細胞性免疫に特徴的な側面を制御 する際に、T-betと協力しているようである。(NF)
IMMUNOLOGY:
T-bet or Not T-bet

   Robin D. Hatton and Casey T. Weaver
p. 993-994.
Control of Effector CD8+ T Cell Function by the Transcription Factor Eomesodermin
   Erika L. Pearce, Alan C. Mullen, Gislâine A. Martins, Connie M. Krawczyk, Anne S. Hutchins, Valerie P. Zediak, Monica Banica, Catherine B. DiCioccio, Darrick A. Gross, Chai-an Mao, Hao Shen, Nezih Cereb, Soo Y. Yang, Tullia Lindsten, Janet Rossant, Christopher A. Hunter, and Steven L. Reiner
p. 1041-1043.

オゾンとアテローム性動脈硬化症(Ozone and Atherosclerosis)

アテローム性動脈硬化症は現在、複雑な炎症の原因を包括的に含むものとして認識 されており、アテローム性動脈硬化症の場合、アテローム斑形成メディエータが酸 化コレステロール生成物により誘導される。Wentworthたち(p.1053;Marxによる ニュース記事を参照)は、新規の酸化ステロール種をアテローム斑組織から同定 し、そしてこれらがオゾンにより媒介されるコレステロールの酸化により形成され る、という証拠を提供している。2種のオキシステロールが、in vivoでの病原性作 用と同様な活性を示し、そしてアテローム性動脈硬化症の重症患者の血清中に存在 した。マイトジェンに曝露した後、アテローム斑組織中でオゾンの産生が検出され たことから、免疫の活性化と新規酸化剤およびその産生物の生成との間の直接的な つながりが示唆された。(NF)
MEDICINE:
Ozone May Be Secret Ingredient in Plaques' Inflammatory Stew

   Jean Marx
p. 965.
Evidence for Ozone Formation in Human Atherosclerotic Arteries
   Paul Wentworth Jr., Jorge Nieva, Cindy Takeuchi, Roger Galve, Anita D. Wentworth, Ralph B. Dilley, Giacomo A. DeLaria, Alan Saven, Bernard M. Babior, Kim D. Janda, Albert Eschenmoser, and Richard A. Lerner
p. 1053-1056.

植物の概日時計の遺伝(Inheritance of Circadian Clocks in Plants)

概日時計は、植物の生理において、明-暗サイクルや季節的な変化に反応するための 役割を果たしている。Michaelたち(p. 1049)は、概日時計の遺伝形 質を調べた。 概日時計のパラメータには、様々な地理的な起源をもつシロイヌナズナのグループ の中で多様性が存在した。概日時計の周期の長さは、もともとその植物個体が存在 していた緯度と相関しており、このことから環境に適応する 際に概日時計の周期が 機能的に重要であることが示唆される。1セットの植物を用いた実験からは、葉の動 きにおいて明確な概日リズムがないことが示され、そして概日時計の機能欠損変異 が天然に生じていることが示された。シロイヌナズナの2種類の一般的な研究室株 は、極めて類似する概日パラメータを示すが、これはおそらく複数遺伝子座の相加 的効果の結果であると考えられた。周期の長さと緯度との相関関係は、局地的環境 に対して適応する際の概日時計の役割と一致している。(NF)
Enhanced Fitness Conferred by Naturally Occurring Variation in the Circadian Clock
   Todd P. Michael, Patrice A. Salomé, Hannah J. Yu, Taylor R. Spencer, Emily L. Sharp, Mark A. McPeek, José M. Alonso, Joseph R. Ecker, and C. Robertson McClung
p. 1049-1053.

殺し方を理解する(Understanding Killing)

腫瘍抑制遺伝子p53は、部分的には細胞死すなわち腫瘍細胞のアポトーシスを引き起 こすことによって作用を行なう。p53は特定の遺伝子の転写活性を介して作用してい るように見えるが、アポトーシス性の応答を特異的に仲介しているそれら遺伝子 は、これまで同定されていなかった。Villungerたちは、2つの遺伝子、pumaとnoxa がそれではないかと考えたが、それはこれらがp53制御の標的であり、また他のアポ トーシス性タンパク質と構造的に類似したタンパク質をコードしているからである (p. 1036)。PumaとNoxaタンパク質を欠くノックアウト・マウスを彼らが分析したと ころ、DNA損傷(とそれによるp53の活性化)を引き起こす薬剤によって誘発された死 は、Noxaを欠いた繊維芽細胞とPumaを欠いたリンパ球においては抑制されることが わかった。Pumaの欠如はまた、p53を介して作用するわけではない他の死-誘発刺激 に対しても抵抗性を与えたのである。この知見は、p53腫瘍抑制遺伝子がどのように 機能するか、またある種の化学療法剤が癌細胞との戦いをいかに助けるか、の双方 を説明する助けになるものである。(KF)
p53- and Drug-Induced Apoptotic Responses Mediated by BH3-Only Proteins Puma and Noxa
   Andreas Villunger, Ewa M. Michalak, Leigh Coultas, Franziska Müllauer, Günther Böck, Michael J. Ausserlechner, Jerry M. Adams, and Andreas Strasser
p. 1036-1038.

HIVの反撃(HIV Hits Back)

シチジン脱アミノ酵素APOBEC3Gは、AIDSの原因であるウイルス、すなわちヒト免疫 不全症ウイルス1型(HIV-1)などのレトロウイルスに対して、ウイルスRNAから複製さ れたDNAのマイナス鎖中で、シチジン残基をウラシルに変換することによって、細胞 を防衛する。それによってできるビリオン(成熟ウイルス粒子)は、将来の複製には 不適となるのである。それへの対抗策として、HIV-1はウイルス性タンパク質Vifを 開発したが、これはAPOBEC3Gをいまだに明らかになっていない機構によって妨害す るものなのである。Yuたちは、Vifが細胞自身のユビキチン-タンパク質リガーゼの いくつかと複合体を形成し、それによってAPOBEC3Gをタンパク質分解の標的にす る、ということを観測した(p. 1056)。ビリオンにそれが組み込まれる前にAPOBEC3G の破壊を確実にすることで、VifはHIV-1がそれ自身のゲノムにダメージを受けるこ とを効率的に回避させているのである。(KF)
Induction of APOBEC3G Ubiquitination and Degradation by an HIV-1 Vif-Cul5-SCF Complex
   Xianghui Yu, Yunkai Yu, Bindong Liu, Kun Luo, Wei Kong, Panyong Mao, and Xiao-Fang Yu
p. 1056-1060.

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