Science September 5, 2003, Vol.301
質量分析器でタンパク質を選別する(Sorting Proteins via Mass Spectrometry)
しばしば組み合わされて用いられる、2 つの有益な分析技術はクロマトグラフィと
質量分析器である。前者は異なる化合物を分離するために用いられ、後者はもっぱ
ら、主にその同定のために用 いられる。Ouyangたちは(p. 1351)、質量分析器を、
マイクロアッセイを行うため、タンパク質を分離するために用いた。計測するタン
パク質は真空環境に置き、分離するためにはイオン化 される必要がある。その後
、分離物は回収され、グリセリンなどの柔らかい基質上に着床させて回収すること
が可能である。チトクロムc、リゾチームやプロテインキナー ゼAなどのタンパク
質は生化学的なアッセイでも活性を維持している。(Na)
Preparing Protein Microarrays by Soft-Landing of
Mass-Selected Ions
Zheng Ouyang, Zoltán Takáts, Thomas
A. Blake, Bogdan Gologan, Andy J. Guymon, Justin M. Wiseman, Justin C.
Oliver, V. Jo Davisson, and R. Graham Cooks
p. 1351-1354.
パルサーで探る星間物質(Probing the Interstellar Medium with Pulsars)
大多数のパルサーとは異なり、Geminga (高速で回転している中性子星) は、天空
の中で比較的孤立しており、解析を複雑にする他の星が少ないので、星間物質を調
べるのに有用な天体である。Caraveo たち (p.1345; 表紙を参照のこと) は、
XMM-Newton を用いた Geminga の観察により、パルサーの固有運動(速度の方角変
化成分)の方向に沿って2列に伸びる尾状のX線拡散放射を見出した。この尾状X
線放射は、電子シンクロトロン放射によって生成されたものである。これは、
Geminga が、我々の視野を横切って超音速で動く時の、パルサー風の弓状衝撃波に
よって、星間物質の磁力線が圧縮されることに由来するものである。その弓状衝撃
波のモデリングにより、Geminga 固有の運動と星間物質の密度が明らかになった。
(Wt,Nk)
Geminga's Tails: A Pulsar Bow Shock Probing the Interstellar
Medium
P. A. Caraveo, G. F. Bignami, A. DeLuca, S.
Mereghetti, A. Pellizzoni, R. Mignani, A. Tur, and W. Becker
p. 1345-1347.
量子電流へのスイッチング(Switching on to Quantum Currents)
電流が半導体あるいは金属に流れるとき、エネルギーは熱として消費される。物理
系のどの一つをとってもこのような不可逆過程は量子情報処理への適用に対する制
約となり、そしておそらく致命的な結果になる。しかしながら、Murakamiたち(p.
1348;Fertigによる展望記事参照)は、より高次元の量子ホール効果の一般化記述に
基づいた計算結果を示している。その計算結果はスピントロニクスと量子コンピュ
ータに特に有用な消費電力ゼロのスピン電流の存在を予知している。シリコン、ゲ
ルマニウム、そしてガリウム砒素のような普通の半導体が電場で動作しているとき
、このスピン電流は室温で観察可能なはずである.(hk)
PHYSICS:
Spinning Holes in
Semiconductors
Herbert A. Fertig
p. 1335-1336.
Dissipationless Quantum Spin Current at Room
Temperature
Shuichi Murakami, Naoto Nagaosa, and Shou-Cheng
Zhang
p. 1348-1351.
ハードな気候の記録(A Hard Climate Record)
亜間氷期と呼ばれている最終氷期中に起きた大規模で急激な気候変化現象を探るた
め、北極や南極の掘削アイスコアを利用した年代同定法が何種類か開発されてきた
。しかし、年間積層量の計測と氷流モデル(ice flow model)の不一致は期間によっ
ては数千年に達することがある。Burns たち(p.1365; Sirockoによる展望記事も参
照) は北西インド洋Socotra島の石筍を分析した、同位元素比率
U234/Th230によって、正確に42,000年から55,000年前の期
間の資料を取り出し、酸素同位元素の記録をモンスーン活動の記録とみなした。こ
のパターンはグリーンランドの氷の記録に似ており、この期間の掘削アイスコアに
基づく年代の不一致解消に役立つであろう。(Ej)
PALEOCLIMATE:
Enhanced: What Drove Past
Teleconnections?
Frank Sirocko
p. 1336-1337.
Indian Ocean Climate and an Absolute Chronology over
Dansgaard/Oeschger Events 9 to 13
Stephen J. Burns, Dominik Fleitmann, Albert
Matter, Jan Kramers, and Abdulkarim A. Al-Subbary
p. 1365-1367.
帰化植物の根源(The Root Cause of Invading Plant)
新しい環境に移入されたときに、ある種の植物はそのもともとの環境にいたときよ
りも遥かに繁殖する。斑点まだらのヤグルマギクは少し前に東ヨーロッパから北ア
メリカに偶然に根付き、そして西部アメリカにおいては牧草の生産性を減少させる
ような繁殖性の雑草である。Baisたち(p.1337;Fitterによる展望記事参照)は、
ヤグルマギクが根から化学薬物を滲みだして、近くの感受性の植物根の細胞死カス
ケードを引き起こすことを示している。このように、ヤグルマギクの侵入の根源は
捕食者がいないとか、或いは生物学的に利用できないニッチな場所というよりも、
むしろ新たな隣接植物の弱い防御にあることを示している。(KU)
ECOLOGY:
Making Allelopathy
Respectable
Alastair Fitter
p. 1337-1338.
Allelopathy and Exotic Plant Invasion: From Molecules and
Genes to Species Interactions
Harsh P. Bais, Ramarao Vepachedu, Simon Gilroy,
Ragan M. Callaway, and Jorge M. Vivanco
p. 1377-1380.
だんだんと硬くなる(As Hard As It Gets)
金属や合金にとって、微結晶サイズがより小さくなることは、転移の動きを粒界が
妨げるため、通常、材料は硬化することとなる。しかしながら、粒子サイズが非常
に小さい場合は、このメカニズムはもはや作用せず、粒子サイズを小さくするにつ
れて、硬さも減少する。大規模な分子動力学シミュレーションを用いて、Schiotz
と Jacobsen (p.1357) は、最大の硬化が起きると予想される 10 から 15 nmに
至る粒子サイズの間で、ナノレベルの微結晶の銅における遷移領域を同定した。
(Wt)
A Maximum in the Strength of Nanocrystalline
Copper
Jakob Schiøtz and Karsten W. Jacobsen
p. 1357-1359.
雪の下の生命(Life Under the Snow)
冷たい土壌中、とくに雪で蔽われた下では、微生物の活動はほんのわずかしかない
、と一般に思われてきた。Schadtたちは、雪に蔽われた、北米の冷え切ったツンド
ラ土壌中で、微生物のコミュニティが生物量と代謝回転のピークに達しうるという
ことを示している(p. 1359; またPennisiによるニュース記事参照のこと)。そうし
た系に含まれる菌類の多くは今まで記述されたことがなかった。このことからする
と、冬季には、広い領域にわたって、重要かつ今まで知られていなかった生物活動
が生じている可能性がある。(KF)
MICROBIOLOGY:
Neither Cold Nor Snow
Stops Tundra Fungi
Elizabeth Pennisi
p. 1307.
Seasonal Dynamics of Previously Unknown Fungal Lineages in
Tundra Soils
Christopher W. Schadt, Andrew P. Martin, David A.
Lipson, and Steven K. Schmidt
p. 1359-1361.
ほんの少数のB細胞だけが予選を通過する(Only a Minority of B Cells Make the
Cut)
自分の身体を構成するタンパク質やDNAに対して抗体を産生するB細胞は、大部分が
レパートリから一掃される。それらは無応答性状態になるよう強いられるか、受容
体編集のプロセスを経ることになるのである。Wardemannたちはこのたび、事前選
択された(preselected)レパートリ中の自己反応性B細胞の数が、驚いたことに非常
に多く、総数の4分の3にもなりうるということを明らかにした(p. 1374)。主とし
て、これらの細胞は、たとえばループスやその他の自己免疫性条件において見られ
る、多反応性(polyreactive)かつ抗-DNA特異性の方に片寄った抗体特異性を担って
いる。つまり、B細胞の多様性が生じるのは、ほとんどの候補者がテストに落第す
る運命になっているレパートリ選択にかけるシステムのコストを代価にして成り立
っているのである。(KF)
Predominant Autoantibody Production by Early Human B Cell
Precursors
Hedda Wardemann, Sergey Yurasov, Anne Schaefer,
James W. Young, Eric Meffre, and Michel C. Nussenzweig
p. 1374-1377.
潜在性の銅イオン(Cryptic Cuprous Ions)
銅は大腸菌のいくつかの酵素における必須補助因子であるが、その潜在的な細胞障
害性が働くには細胞質の銅濃度が厳密に調節されていることが必要である。金属応
答性制御因子CueRは、サイトゾルの遊離銅イオン(Cu+)を除去して周辺質に送るタ
ンパク質の発現を制御する。Changelaたちは、CueRが遊離銅イオンに対する10の
-21乗モル・レベルの感受性を有する、ということを明らかにした(p. 1383)。CueR
の構造と、Zn2+センシング能力をもつ相同体ZntRの構造を比較すると、CueRが、一
価遷移金属とは高親和性をもって結合するのに、二価金属イオンは弁別しているさ
まが明らかになった。(KF)
Molecular Basis of Metal-Ion Selectivity and Zeptomolar
Sensitivity by CueR
Anita Changela, Kui Chen, Yi Xue, Jackie Holschen,
Caryn E. Outten, Thomas V. O'Halloran, and Alfonso Mondragón
p. 1383-1387.
細く、長く(Live Lean and Live Long)
自食作用は、生物が自分自身の細胞の分解した構成成分を、栄養として利用するプ
ロセスであるが、線虫Caenorhabditis elegansが苦境を生き延びる方法の一部であ
るらしい。Melendezたち(p. 1387)は、線虫が、飢餓により誘導され、代謝的に
鈍化したdauerの状態にシフトするために、bec-1が必要とされることを示した。こ
の線虫遺伝子bec-1は、酵母の自食作用に関与している酵母遺伝子、
APG6/VPS30/beclin1、の線虫オルソログ(ortholog)である。この遺伝子は、線虫
が長寿命になるためにも必要とされるものであり、著者らは、寿命を延ばす欠陥
daf-2遺伝子を線虫に与えることにより、この遺伝子を線虫において刺激した。い
くつかの他の酵母自食作用遺伝子もまた、daf-2変異体動物におけるdauer形成に関
与している。(NF)
Autophagy Genes Are Essential for Dauer Development and
Life-Span Extension in C. elegans
Alicia Meléndez, Zsolt Tallóczy,
Matthew Seaman, Eeva-Liisa Eskelinen, David H. Hall, and Beth Levine
p. 1387-1391.
抗原性ペプチドの解析(Analyzing the Number of Antigenic Peptides)
クラスI主要組織適合抗原-拘束性T細胞は、細胞の形質転換に起因する細胞 のタン
パク質発現の異常またはウィルスおよび細胞内バクテリアによる感染に 対して反
応しなければならない。しかし、正常な細胞に対しては反応してはならない。この
様なサーベイランスの程度が、2報の論文の主題である(Yewdellによる展望記事を
参照)。2シストロン性導入遺伝子構築物を使用して、Schwabたち(p. 1367)は、
標準外CUGコドンから始まる遺伝子の指定された"非翻訳"領域中で、翻訳を開始さ
せた。この謎めいた翻訳産物に由来するペプチドは、相対的に高い確率で免疫系に
提示され、異なる環境下で免疫寛容およびCD8応答の両方を誘導する。このように
、新しい翻訳様式を介することにより、免疫系に提示される自己の範囲もしくは非
自己の範囲は、既知遺伝子のコード領域により提供される範囲を大きく超える範囲
まで拡大される可能性がある。ウィルスはしばしば、それらが産生するウィルス抗
原量を制限することにより、宿主による検出を無効にしている。エプスタイン-バ
ーウィルス(EBV)由来核抗原1(EBNA1)の場合、抗原の限定は、タンパク質中の
グリシン-アラニンリピート(GAr)によってタンパク質分解を阻害することを介し
て、達成されるものと考えられている。しかしながら、そのようなメカニズムは、
抗原の重要な供給源を提示すると考えられている非機能的ポリペプチドである非
-Gar-含有性の不完全なリボゾーム産物(DRiPs)に対しては効果的ではないだろう
。Yinたち(p. 1371)は、この疑問を再び取り上げて、GArもまたEBNA1翻訳を自己
阻害し、そしてしたがって、完全長タンパク質の翻訳およびDRiPの翻訳の両方を限
定することを示した。(NF)
Self-Inhibition of Synthesis and Antigen Presentation by
Epstein-Barr Virus-Encoded EBNA1
Yili Yin, Bénédicte Manoury, and
Robin Fåhraeus
p. 1371-1374.
Constitutive Display of Cryptic Translation Products by MHC
Class I Molecules
Susan R. Schwab, Katy C. Li, Chulho Kang, and
Nilabh Shastri
p. 1367-1371.
IMMUNOLOGY:
Hide and Seek in the
Peptidome
Jonathan W. Yewdell
p. 1334-1335.
βアレスチン役割の拡大(A Broader Role for β-Arrestins)
βアレスチン(Arrestin)は、ヘテロ三量体のグアニンヌクレオチド結合タンパク質
(G タンパク質)に共役した受容体を脱感作し、そのような受容体を細胞の情報伝達
経路に結合させるのを補助し、また受容体のエンドサイトーシスを促進する多機能
性タンパク質である。2つの報告では、Chenたち(p. 1391および1394;Spiegelによ
る展望記事参照)は、以前に考えられたβアレスチンの可変性より、もっと可変性
の高いものであることを示している。βアレスチン2は、Frizzledタンパク質(Wnt
糖タンパク質の細胞表面受容体)の内部移行を促進させるのに必要である。この役
割においてβアレスチンは、Gタンパク質共役受容体の場合と異なって、受容体に
直接的に結合しない。むしろ、βアレスチン2は、disheveled(Dvl)というタンパク
質に結合する。Dvlは、細胞膜における活性化Frizzled受容体タンパク質に補充さ
れる。DvlがβアレスチンをFrizzled受容体タンパク質複合体に運んだ後には、内
部移行のために受容体はクラスリン被覆小窩に補充される。またβアレスチンは、
トランスフォーミング増殖因子β受容体III型という全く異なっている受容体の型
の内部移行も促進する。この場合には、βアレスチンは別の受容体サブユニットに
よってリン酸化された受容体サブユニットに結合する。(An)
Dishevelled 2 Recruits β-Arrestin 2 to Mediate
Wnt5A-Stimulated Endocytosis of Frizzled 4
Wei Chen,1 Derk ten Berge,2 Jeff Brown,2 Seungkirl
Ahn,1 Liaoyuan A. Hu,1 William E. Miller,1* Marc G. Caron,3 Larry S.
Barak,4 Roel Nusse,2 Robert J. Lefkowitz1
p. 1391-1394
β-Arrestin 2 Mediates Endocytosis of Type III TGF-β
Receptor and Down-Regulation of Its Signaling
Wei Chen,1 Kellye C. Kirkbride,2 Tam How,2
Christopher D. Nelson,1 Jinyao Mo,2 Joshua P. Frederick,3 Xiao-Fan Wang,3
Robert J. Lefkowitz,1* Gerard C. Blobe2
p. 1394-1397.
核膜を明確に(Nailing the Nuclear Envelope)
細胞小器官分析のプロテオーム(proteomic)法によって、細胞小器官の生成と維
持に関与する構築的タンパク質の全てを明確にし始めている。Schirmerたち(p.
1380)は、核膜特有の内在性膜タンパク質に関するほぼ包括的な分析を記述してい
る。"サブトラクション法を用いたタンパク質解析"を用い、混入した細胞小器官の
タンパク質と核膜と末梢小胞体との間に共有しているタンパク質を除去した。以前
に同定した13の核膜タンパク質の全ては分析のデータに含まれた。核膜タンパク質
における変異が複数のヒトの疾病を引き起こすという最近の研究結論と一致したよ
うに、以前に同定されていなかったヒト染色体座位にマップされた67の核膜タンパ
ク質の多くが多数のジストロフィーに関連付けられた。(An)
Nuclear Membrane Proteins with Potential Disease Links Found
by Subtractive Proteomics
Eric C. Schirmer, Laurence Florens, Tinglu Guan,
John R. Yates III, and Larry Gerace
p. 1380-1382.
定常光で輝く(Shining with a Steady Glow)
半導体性の単壁カーボンナノチューブは、直径やキラリティの異なる混合物といし
て合成されている。各々は、その異なるバンド幅に由来する特徴的な蛍光を示す。
Hartschuhたち(p.1354)は、個々のナノチューブからの蛍光スペクトルとラマンス
ペクトルの両方を得ている。彼らは欠陥の存在を反映している輝線の形状変化のみ
ならず、分子ドットや量子ドットにおいて通常観測される「点滅」(暗い状態:
dark state)とは異なる連続光をも観測している。(KU)
Simultaneous Fluorescence and Raman Scattering from Single
Carbon Nanotubes
Achim Hartschuh, Hermeneglido N. Pedrosa, Lukas
Novotny, and Todd D. Krauss
p. 1354-1356.
全世界的な気候のシフト(Worldwide Climate Shifting)
北緯の高緯度において最後の氷河の退氷期間に起こった、大きく急速な幾度かの気
候 変動は、グリーンランドから得られた掘削氷柱の中の記録として最もはっきり
と残された。これらの気候変動は大気中のメタンの濃度の変化を伴っている。これ
はメタンの主たる供給源と考えられる熱帯の湿地帯にもダイナミックな気候変動が
あったことを示唆するが、まだ証明されてはいない。Leaたち(p.1361)は、プラン
クトン有孔虫(planktonic foraminifera)内のMg/Ca率の測定値から導く海面温度の
高精度な記録を提示した。この記録は、ベネズエラの海岸沖の海面が4°Cほど急速
に温暖化し冷却化したことを示している。著者たちは、これらの高緯度の気候変動
と熱帯の気候変動が、熱帯収束帯(intertropical convergence zone)の位置変動に
より同時に起こると提案する。(TO,Nk)
Synchroneity of Tropical and High-Latitude Atlantic
Temperatures over the Last Glacial Termination
David W. Lea, Dorothy K. Pak, Larry C. Peterson,
and Konrad A. Hughen
p. 1361-1364.