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Science October 18, 2002, Vol.298


短信(Brevia)

石筍中の炭素同位体に記録されたエルニーニョ(El Nino Events Recorded by Stalagmite Carbon Isotopes) ベリーズ(Belize)にある洞窟の石筍中の13Cの分析の結果、週〜月の単位の時 間分解能で、その濃度比率を検出することができた。その結果、この比率が、エルニーニ ョやラニーナと強い相関をもっていることが確認できたが、南方振動(Southern Oscillation)との有意な相関はなかった。同位体比の変化は13.3〜2.2‰(パーミル)に および、これは環境変化の増幅器の役目を果たしている。(Ej,hE)
El Niño Events Recorded by Stalagmite Carbon Isotopes
   Amy Frappier, Dork Sahagian, Luis A. González, and Scott J. Carpenter
p. 565.

衛星ディスクドライブ(Satellite Disk Drives)

木星のガリレイ衛星、イオ、エウロパ(ユーロパ)、ガニメデそしてカリストは、木星の 形成過程において破片物の円盤の中で集まって合体して発達した。イオ、ユーロプそして ガニメデは軌道角速度が共鳴関係にある。初めは互いに無関係だった軌道が安定な関係に 移行していったことを示している。Peale とLeeは、軌道パターンが円盤-衛星の相互作用 によって安定していることを示した。したがって、現在の衛星軌道は衛星創生期に定めら れたものであり、木星からの異常な潮汐トルク(tidal torques)を必要としていない 。(TO,Tk,Nk)
A Primordial Origin of the Laplace Relation Among the Galilean Satellites
   S. J. Peale and Man Hoi Lee
p. 593-597.

流動による集積回路(Flow-Through Integrated Circuits)

ひとつの電子集積回路においては、すべての必要な部品は単一の半導体上に実装される 。これにより、個々のトランジスターやコンデンサー、抵抗を人手で組み立てる必要がな くなる。Thorsen たち (p.580; および、表紙を参照のこと) は、マイクロフルイディッ クシステム(流体を用いた微小なシステム)中に、個々にアドレス指定可能なマイクロバル ブの集合からなる類似なものを組み立てた。このようなシステムは、流体のランダムアク セスメモリとして動作しうるとともに、それぞれが個別に制御可能な一連のマイクロリア クターとしても用いることができる。(Wt)
Microfluidic Large-Scale Integration
   Todd Thorsen, Sebastian J. Maerkl, and Stephen R. Quake
p. 580-584.

ボルテックス・コアを透かして見る

磁力性ボルテックス・コアの存在は約40年前に予測されていたが、それらは最近まで実験 的に観測されているに過ぎなかった。しかしながら、磁力性表面プローブの低い空間解像 度では、ボルテックス・コア内のスピン構造を解析することができなかった。今 Wachowiakたち(p.577;MiltatとThiavilleによる展望を参照)は、偏光走査トンネル顕微 鏡を用いて、このような細部構造を提示している。彼らは長い間予測されるに留まってい た以下のことを検証した。コア幅は、磁化された面外からの漏れ磁界(stray field)に よっており、そして、磁化されたコアへ磁場を平行に同一方向に付すかあるいは逆方向に 付すかによって増加減される。(hk)
FERROMAGNETISM:
Vortex Cores--Smaller Than Small

   J. Miltat and A. Thiaville
p. 555.
Direct Observation of Internal Spin Structure of Magnetic Vortex Cores
   A. Wachowiak, J. Wiebe, M. Bode, O. Pietzsch, M. Morgenstern, and R. Wiesendanger
p. 577-580.

アフリカの氷(African Ice)

掘削氷コアに保持されている記録は、通常、高緯度帯から得られる。低緯度帯での最近の 気候記録は乏しいが、今や低緯度地域の氷河からその地域の過去の気候を垣間見る機会を 得られるようになった。そうした地域の1つが、東アフリカである。Thompsonたち (p.589;Gasseによる展望記事とKrajickによるニュース記事参照)は、タンザニアのキリマ ンジャロ山の頂上の氷原を掘削して得られた掘削氷コアを調査した結果を報告する。かれ らは、最も古いものでは現在からさかのぼること約12000年前になる6本の掘削コアから酸 素同位体組成、塵を構成する物質と主要イオン量を分析し、この地域における完新世の気 候について高精度の記録を作成した。(TO,Nk)
GLACIOLOGY:
Ice Man: Lonnie Thompson Scales the Peaks for Science

   Kevin Krajick
p. 518-522.
PALEOCLIMATE:
Kilimanjaro's Secrets Revealed

   Fran $BmP (Bise Gasse
p. 548-549.
Kilimanjaro Ice Core Records: Evidence of Holocene Climate Change in Tropical Africa
   Lonnie G. Thompson, Ellen Mosley-Thompson, Mary E. Davis, Keith A. Henderson, Henry H. Brecher, Victor S. Zagorodnov, Tracy A. Mashiotta, Ping-Nan Lin, Vladimir N. Mikhalenko, Douglas R. Hardy, and Jürg Beer
p. 589-593.

JAMMモチーフの役割(We're JAMMing)

JAMMというタンパク質モチーフは、タンパク質からユビキチンまたはユビキチン様 Nedd8部分を切断することに重要なメタロイソペプチダーゼ活性をコードすることに関与 するものとして同定された(Hochstrasserによる展望記事参照)。Copeたち(p. 608)は 、COP9シグナロゾームにおいてJAMMモチーフは、眼の発生に重要な基質のような基質から NEDDを取り外すこと示している。Vermaたち(p. 611)は、プロテアソームlidサブ複合体に おいてJAMMモチーフは、多様な基質からユビキチンを切断することに重要であり、JAMMモ チーフの不活性化は酵母において致死的であることを示している。(An)
Role of Rpn11 Metalloprotease in Deubiquitination and Degradation by the 26S Proteasome
   Rati Verma, L. Aravind, Robert Oania, W. Hayes McDonald, John R. Yates III, Eugene V. Koonin, and Raymond J. Deshaies
p. 611-615.
Role of Predicted Metalloprotease Motif of Jab1/Csn5 in Cleavage of Nedd8 from Cul1
   Gregory A. Cope, Greg S. B. Suh, L. Aravind, Sylvia E. Schwarz, S. Lawrence Zipursky, Eugene V. Koonin, and Raymond J. Deshaies
p. 608-611.
MOLECULAR BIOLOGY:
New Proteases in a Ubiquitin Stew

   Mark Hochstrasser
p. 549-552.

モデル草原(Model Grasslands)

地中生物相は土地を肥沃にしたり、土質の改良(bioremediation)、土壌構造の制御や脊椎 動物の生息地といった数多くの貢献をしている。陸地の崩壊や浸食、及び CO2の増加という外乱条件が、地中生物相が制御している土壌の世界や生態系 プロセスにどのような影響を及ぼしているのかという情報は、地球規模での持続的発展に とって重要なことである。しかしながら、土壌生息地や生物多様性の複雑さ、及び地中で 生活している生物の密度と量を仮定しても、これらの関連を調べることは困難な事柄であ った。Bradfordたち(p. 615)は、小さな土壌の世界に導入した生物のサイズを変えること で生物の多様性を操作し、短期間で植物群落の構成と他の変数に著しい変化を見い出した 。驚くことには、地上の(及び地球規模での)エコロジーに対する一般的な目安とされてい る二つの主要な生態系パラメーター――全体としての生態系炭素バランスと正味の一次生 産――には何ら変化が無かった。(KU)
Impacts of Soil Faunal Community Composition on Model Grassland Ecosystems
   M. A. Bradford, T. H. Jones, R. D. Bardgett, H. I. J. Black, B. Boag, M. Bonkowski, R. Cook, T. Eggers, A. C. Gange, S. J. Grayston, E. Kandeler, A. E. McCaig, J. E. Newington, J. I. Prosser, H. Setälä, P. L. Staddon, G. M. Tordoff, D. Tscherko, and J. H. Lawton
p. 615-618.

ホットスポット(Hot Spot)

昔から温めたり、乾かしたりするのに用いられているマイクロ波が、セラミックスやガラ ス、あるいはコンクリートやケイ酸塩といった非導電性物質の孔をあけるのに用いること が出来る。Jerbyたち(p. 587;Sincellによるニュース解説参照)は、マイクロ波を一点に 集めたドリルの装置と操作に関して記述しており、ドリル先端の表面下に局在化したホッ トスポットをつくった。多くの物質は温度上昇に伴い更に良くマイクロ波を吸収するため に、爆発的な反応がドリルの先端で生じ、溶融物をゆっくりと押し出している。このドリ ルは静かであり、粉末を撒き散らすこともないという利点を持っており、通常の機械式ド リルやレーザドリルが扱えないニッチな領域を満たすものであろう。(KU)
POWER TOOLS:
Into Painless Piercing? Try It With Microwaves

   Mark Sincell
p. 514-515.
The Microwave Drill
   E. Jerby, V. Dikhtyar, O. Aktushev, and U. Grosglick
p. 587-589.

高リン酸化のペプチドからのバイオシリカ(Biosilica Via Highly Phosphorylated Peptides)

海洋の第一生産者である単細胞の藻類ダイアトム(珪藻)の細胞壁が精巧な図柄をもつバ イオシリカから成っている。ダイアトムのバイオシリカから抽出したsilaffinsという高 度に修飾されたペプチドは、適切な条件においてナノメータ程度のシリカ球を沈降するこ とができる。Kroegerたち(p. 584;Wetherbeeによる展望記事参照)は今回、より弱い条件 における抽出では、高度にリン酸化した自然のsilaffinが保護されることを示している 。自然のsilaffinは、シリカと複合し、この複合体はダイアトムの生体内のバイオシリカ 形成の重要な役割を果たしているようである。(An)
BIOMINERALIZATION:
The Diatom Glasshouse

   Richard Wetherbee
p. 547.
Self-Assembly of Highly Phosphorylated Silaffins and Their Function in Biosilica Morphogenesis
   Nils Kröger, Sonja Lorenz, Eike Brunner, and Manfred Sumper
p. 584-586.

銅による一酸化炭素の還元(A Copper Surprise in CO Reduction)

Moorella thermoaceticaなどの酢酸生産菌は二酸化酸素を唯一の炭素源として用いること が出来る。この能力のかぎは、一酸化炭素脱水素酵素とアセチルCoA合成酵素の二機能性 酵素(CODH/ACS: carbon monoxide dehydrogenase/acetyl coenzyme A synthase)である 。CODHサブユニット中でCO2 がCOに還元される一方で、ACSサブ入ニット中で はこのCOがCoAのメチル基と結合してアセチルCoAを作る。Doukovたちは(p. 567、Petersによる展望記事も参照)、Moorella thermoaceticaから抽出されたCODH/ACSの 構造を2.2オングストロームの解像度で解明し、鉄、イオウ、銅とニッケルを含む金属補 助因子を発見した。又、この金属補助因子が銅とニッケルの二核部位に Fe4S4キュバン架橋を持つアセチルCoAを組み立てる原因であるこ とを発見した。彼等はアセチルCoAが込みこまれた金属クラスターに注目し 、Fe4S4がNi原子だけでなく、銅とニッケルのニ核センターに架 橋されていることを発見し、その触媒作用について報告している。今までCODH/ACS酵素の 中に銅が存在するという報告は行われていなかった。著者等は、一酸化炭素を隔離し、溶 液中に遊離することを妨げる138オングストローム長のチャンネルを同定した。(Na)
ENZYMOLOGY:
A Trio of Transition Metals in Anaerobic CO2 Fixation

   John W. Peters
p. 552-553.
A Ni-Fe-Cu Center in a Bifunctional Carbon Monoxide Dehydrogenase/ Acetyl-CoA Synthase
   Tzanko I. Doukov, Tina M. Iverson, Javier Seravalli, Stephen W. Ragsdale, and Catherine L. Drennan
p. 567-572.

陰での発生(Developing in the Shadows)

右眼と左眼からの視覚性入力は、脳の視覚野において分離されて、それぞれの眼球優位な コラムに伝えられる。眼球優位性のコラムが形成されるのは、ニューロンの活性に対する 応答としてだけであるとする証拠があるが、別の結果からは、それは内因性の発生的なき っかけによって形成される可能性があるともされている。このたび、視覚性入力において 自然に生じる不均衡をうまく利用して、AdamsとHortonは、非対称性の視覚上の欠乏が 、発生過程におけるごくふつうの要素となっていること、眼球優位性コラムの形成がそれ に影響を受けること、を示している(p. 572)。網膜の上を通る血管は、独特のパターンで それぞれの眼の網膜を遮光する。リスザルの脳では、この視覚的な非対称性が眼球優位性 コラムに反映されている。マカクザルやヒトと比べると、リスザルの眼球優位性コラム一 般は、小さくまた輪郭もさほどはっきりしていない。この違いによって、網膜血管によっ て引き起こされる視覚性入力の非対称性が、リスザルの視覚野においてより明白な影響を 与えることが説明できる可能性がある。(KF)
Shadows Cast by Retinal Blood Vessels Mapped in Primary Visual Cortex
   Daniel L. Adams and Jonathan C. Horton
p. 572-576.

ポーズの原因の認識(Discerning the Cause of the Pause)

書かれた単語は、その前後の空白によって容易に識別できる。では、話し言葉において 、ある単語が終了し別の単語が始まると識別できるようになるために、どのように学習を しているのだろう。幼児に対する以前の研究では、単語は、単語の切れ目における音節の 遷移確率が低いことによって同定できる、とされていた。つまり、続けて生じることがめ ったにない2つの音節があると、そこが前の単語の終わり、次の単語の始まりとなりやす い、ということである。従来の別の研究では、幼児は、音節の構造化された集合について の体験を一般化し、不慣れな音節列をもその単語構造に合うように分解できる、とされて いる。Penaたちは、大人における両方の種類のパターン認識を検証し、一般化が単語間に ある25ミリ秒の閾値下のギャップによって引き起こされること、しかし連続的な音節の流 れにもっと多くさらしても学習は生じない、ということを発見した(p. 604; また 、Seidenbergたちによる展望記事参照のこと)。(KF)
NEUROSCIENCE:
Does Grammar Start Where Statistics Stop?

   Mark S. Seidenberg, Maryellen C. MacDonald, and Jenny R. Saffran
p. 553-554.
Signal-Driven Computations in Speech Processing
   Marcela Peña, Luca L. Bonatti, Marina Nespor, and Jacques Mehler
p. 604-607.

幹細胞の署名(The Signature of Stem Cells)

多様な幹細胞の集合を特徴付ける遺伝子はあるのだろうか? Ivanovaたち(p. 601)と Ramalho-Santosたち(p. 597)は、哺乳類の胚と成獣の幹細胞の転写プロファイリングを行 なって、造血性幹細胞や胚性幹細胞、神経幹細胞に共通してある遺伝子を同定した。この 遺伝子サブセットが幹細胞に、自己更新したり、多様な細胞を産生したりする能力を与え ている可能性があり、したがって、著者たちによれば、「幹性」すなわち「幹細胞の分子 的な署名」を表している可能性がある。(KF)
"Stemness": Transcriptional Profiling of Embryonic and Adult Stem Cells
   Miguel Ramalho-Santos, Soonsang Yoon, Yumi Matsuzaki, Richard C. Mulligan, and Douglas A. Melton
p. 597-600.
A Stem Cell Molecular Signature
   Natalia B. Ivanova, John T. Dimos, Christoph Schaniel, Jason A. Hackney, Kateri A. Moore, and Ihor R. Lemischka
p. 601-604.

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