Science September 27, 2002, Vol.297
短信(Brevia)
異種移植されたマウスの卵巣から仔が生まれる(Generation of Live Young from
Xenografted Mouse Ovaries)
野生の絶滅危惧種のように繁殖に問題がある場合には繁殖支援技術が使われることがある
が、そのためには大量の成熟した受精可能な卵母細胞が欠かせない。このため原始卵胞を
培養して卵母細胞を成熟させる試みも行われているが部分的成功に留まっている。Snowた
ち(p. 2227)はマウスの卵巣組織をラットに異種移植したところ、成熟した卵母細胞が得
られた。これをマウス精子と受精させ、得られた胚をマウス代理母に入れることにより
、健康なマウスが生まれた。この手法は家畜であれ、野生動物であれ、異種の動物由来の
卵巣組織を異種移植して得られた卵母細胞からも仔が得られることを示している。人間に
も当てはめることは可能であろうが熟慮が求められる。(Ej,hE)
Generation of Live Young from Xenografted Mouse
Ovaries
Melanie Snow, Shae-Lee Cox, Graham Jenkin, Alan
Trounson, and Jillian Shaw
p. 2227.
もっと乾いた水素クラスレート(Drier Hydrogen Clathrates)
水素は、水分子のケージ(cage)に取り囲まれた通常の水クラスレートの形状はとらないと
考えられてきた。また、大気圧でのクラスレートは、通常の水分子に対するケージの割合
は高々1:6であるとも考えられて来た。Maoたち(p. 2247)は高圧で合成されるが大気圧下
でも安定な、水素の割合が1:2のクラスレートを合成した。解析によると小さなケージに
は水素が2個、大きなケージには水素が4個入っていた。これを145ケルビンのもとで合成
し、大気圧下でも安定に存在させることに成功した。このような高濃度の水素がクラスレ
ートの形で得られるということは、氷の多い惑星内部での水素の存在場所としても考えら
れるし、水素貯蔵方法としても有望である。(Ej,hE,KF)
Hydrogen Clusters in Clathrate Hydrate
Wendy L. Mao, Ho-kwang Mao, Alexander F. Goncharov,
Viktor V. Struzhkin, Quanzhong Guo, Jingzhu Hu, Jinfu Shu, Russell J. Hemley,
Maddury Somayazulu, and Yusheng Zhao
p. 2247-2249.
崩壊の危機を超えて(Past the Brink of Collapse)
Bose-Einstein 凝縮物質(BECs)は、共冷却(sympathetic cooling)を利用して生成するこ
とができる。共冷却においては、脱出原子が熱を持ち去る。この理由のひとつは、ボソン
は同一の量子状態を占有するのだが、それらが互いに相互作用するためである。フェルミ
オンでは、付加的な粒子がより高いエネルギー状態を占有し、このため、崩壊した状態を
形成することがいっそう困難である。ひとつの方法は、フェルミオンをボソンと混ぜ、後
者のエネルギー散逸機構を借りることである。Modugno たち (p.2240) は、ルビジウム-
87 からなるボソンとカリウム-40 のフェルミオンとを混合した気体が気化冷却を受ける
と、失われるカリウム原子の数が突然変化する点に到達する実験的な証拠を与えている
。このフェルミ気体の崩壊は、ある臨界的な粒子数になった時に働く、二つのルビジウム
(Rb)原子とひとつのカリウム(K)原子との間における引力的な三体相互作用に帰せられる
。(Wt,KF)
Collapse of a Degenerate Fermi Gas
Giovanni Modugno, Giacomo Roati, Francesco Riboli,
Francesca Ferlaino, Robert J. Brecha, and Massimo Inguscio
p. 2240-2243.
熱電装置の冷却側(The Cooler Side of Thermoelectrics)
電流が通過すると冷却する半導体デバイスは、長らく、高効率でクリーンかつ静粛な冷却
ユニットとして期待されてきた。しかしながら、そのようなデバイスの実現は、現在まで
に達成された効率がかなり低いこともあり、限定的なものであった。ZT因子(それは、物
質の電気的および熱的特性を考慮に入れたものである)という熱電特性値を最適化する際
には、しばしば、ある特性を良くするために別の特性の犠牲を伴っている。現在まで、典
型的なZT値は約1であるが、熱電装置に課せられた期待に応えるには、より高い値が求め
られている。Harmanたち(p.2229) は、鉛、錫、セレン、テルルの三元系あるいは四元系
化合物に基づく超格子構造の量子ドットが、300K で 1.3 から 1.6 の ZT値を有すること
を示している。単純なデバイス構造の最初の実証実験では、既存のバルクな熱電物質に対
して冷却能力の顕著な改善が見られた。(Wt, KF)
Quantum Dot Superlattice Thermoelectric Materials and
Devices
T. C. Harman, P. J. Taylor, M. P. Walsh, and B. E.
LaForge
p. 2229-2232.
目に見える改善(Visibly Improved)
適当な触媒を用いて、太陽光で水を酸素と水素に効率的に分解することは、再生可能なエ
ネ
ルギーの生成における重要なる目標である。n-ドープしたTiO2などの、
今日知られているほとんどの材料は、水分解反応を行なうのに必要な荷電キャリアを紫外
線の光だけを用いて生成しており、太陽光の可視領域を無駄にしていて効率が低い。
Khanたち(p. 2243;Serviceによるニュース解説参照)は、天然ガスの炎の中でチタン
金属の燃焼を制御することにより、可視光を吸収するn型のTiO2を作っ
た。この炭素ドープのTiO2は0.3Vのバイアス電圧下で、0.6Vのバイアス
電圧下でのn型TiO2より約8倍の高い効率を示した。(KU, KF)
CHEMISTRY:
Catalyst Boosts Hopes for
Hydrogen Bonanza
Robert F. Service
p. 2189-2190.
アジアのすす(Asian Soot)
最近2-30年間、全世界のほとんどの地域が温暖化している一方、中国やインドでは穏
やかな寒冷化とともに、中国北部で夏季の干ばつが増大したり、中国南部で氾濫が増
大する傾向が見られてきた。これらの変化の多くは、過放牧や過度の農地化、そして
森林破壊が原因であるとされてきたが、最近になって他に重要な原因がある可能性が
みえてきた。Menonたち(p.2250; ChameidesとBerginによる展望記事参照)は、中国
地域やインド地域におけるエアロゾルの直接放射効果(direct radiative
effect)についての気候モデルシミュレーションの結果を報告している。中国やインドで
の観測上の気温や降水量の変化は、各家庭にて生物燃料や石炭を低い温度で燃焼させ
ることで生成される黒色炭素分子(black carbon)、すなわち「すす(soot)」による
太陽光の吸収が原因である可能性がある。(TO, KF)
CLIMATE CHANGE:
Enhanced: Soot Takes Center Stage
William L. Chameides and Michael Bergin
p. 2214-2215.
Climate Effects of Black Carbon Aerosols in China and
India
Surabi Menon, James Hansen, Larissa Nazarenko, and
Yunfeng Luo
p. 2250-2253.
全世界的な殺虫剤への抵抗力(Global Insecticide Resistance)
ヒトが長期間にわたって殺虫剤を使用してきたことによる種の淘汰圧力(selection
pressure)はいたるところに存在するが、昆虫の抵抗力も全世界的に拡がっている。
これまでは、抵抗力は、農薬に対してますます鈍感になる神経系を有する標的が生き残る
、ある
いは化学物質が標的に到達する前にその化学物質に対する加速された促進された代謝が生
じることとし
て同定されてきた。Dabornたち(p.2253;Denholmによる展望記事参照)は別の経路を見つけ
た。
この型の抵抗力の形成は、ショウジョウバエ(Drosophila
melanogaster)に見られるように、現在全世界的に拡がっているシトクロムP450の単
一対立遺伝子の過発現によって媒介されている。(TO, KF)
EVOLUTIONARY GENETICS:
Insecticide
Resistance on the Move
I. Denholm, G. J. Devine, and M. S. Williamson
p. 2222-2223.
A Single P450 Allele Associated with Insecticide Resistance in
Drosophila
P. J. Daborn, J. L. Yen, M. R. Bogwitz, G. Le Goff, E.
Feil, S. Jeffers, N. Tijet, T. Perry, D. Heckel, P. Batterham, R. Feyereisen, T.
G. Wilson, and R. H. ffrench-Constant
p. 2253-2256.
ヘテロクロマチンをつくる(Making Heterochromatin)
より高次のクロマチンドメイン形成は、転写、インプリンティング、遺伝子量補
正、組換え、染色体凝縮、および分離などのプロセスにおいて、重要な働きをしてい
る。ヒストン尾部の翻訳後修飾は、クロマチンアッセンブリの中心である。Hallたち
(p. 2232;Jenuweinによる展望記事を参照)は、分裂酵母のサイレントな交配型領
域において、および異所性部位において、動原体リピートと強いホモロジーを有する
小さな4.3-キロベースのcenHリピート配列が、ヘテロクロマチン形成の開始のための
必要かつ十分なものであることを示す。このリピート配列は、ヘテロクロマチンタン
パク質Swi6の非存在下において、ヘテロクロマチンの中心的決定基であるヒストンH3
リジン9残基の翻訳後メチル化を指示することができる。この能力は、RNA干渉
(RNAi)機構に依存する。ヘテロクロマチンの維持および体細胞分裂および減数分裂
を介したその遺伝には、Swi6が必要とされるが、RNAi機構は必要とされない
。(NF,hE)
MOLECULAR BIOLOGY:
An RNA-Guided Pathway
for the Epigenome
Thomas Jenuwein
p. 2215-2218.
Establishment and Maintenance of a Heterochromatin
Domain
Ira M. Hall, Gurumurthy D. Shankaranarayana, Ken-ichi
Noma, Nabieh Ayoub, Amikam Cohen, and Shiv I. S. Grewal
p. 2232-2237.
幹細胞の柔軟性に対する制限(Limits to Stem Cell Plasticity)
成人造血幹細胞(HSC)がその発生的運命を変え、そして非造血組織の細胞を生成
できるかどうかは、活発な議論が行われてきたところである。他の組織特異的幹細胞
と比較して、HSCは、比較的入手が容易である。残念ながら、それらの柔軟性
は、正常の動物において、造血組織を越えて大きく広がりを見せることはなさそうであ
る。
Wagersたち(p. 2256)は、1個の移植されたHSCの運命および外科的に接合された循
環系を有するマウスにおけるHSCの運命を解析した。その結果から、非造血組織に対
するHSCの寄与は、あったとしてもまれにしか生じないことが示唆される。(NF,hE)
Little Evidence for Developmental Plasticity of Adult
Hematopoietic Stem Cells
Amy J. Wagers, Richard I. Sherwood, Julie L.
Christensen, and Irving L. Weissman
p. 2256-2259.
合成麻薬の更なる危険性(More Dangers from Designer Drugs)
最近、MDMA或いは「エクスタシー」が、西欧世界において広範囲に用いられている気分
転換の薬物となっている。最近の研究では、この薬物がセロトニン作動性のシナプス
伝達を選択的に損傷することが、既に示唆されている。Ricaurteたち(p.
2260;Holdenによるニュース解説参照)は、サルにおいてエクシタシーがセロトニン作
動性だけでなくドーパミン作動性の神経毒性をも起こすことを示している。MDMAは気
分転換の服用量で投与されただけでも運動機能を損なう可能性がある。神経精神医学
的な病気は、往々にしてドーパミン機能障害に関係付けられているため、気分転換に
MDMAを用いている利用者はこの種の病を発現する危険性がある。(KU)
NEUROSCIENCE:
Drug Find Could Give Ravers
the Jitters
Constance Holden
p. 2185-2187.
Severe Dopaminergic Neurotoxicity in Primates After a Common
Recreational Dose Regimen of MDMA ("Ecstasy")
George A. Ricaurte, Jie Yuan, George Hatzidimitriou,
Branden J. Cord, and Una D. McCann
p. 2260-2263.
二量体としても運動(Also Traveling in Pairs)
モータータンパク質のキネシンスーパーファミリのメンバーのほとんどは、二量体
として微小管上を前進運動する。
しかし、Unc104/Kif1aキネシンが拡散過程によって単量体として運動したことが
観察された。
Tomishigeたち(p. 2263)は、Unc104/Kif1aは、強い二量体化能力をもつコイルドコイル
セグメントとの融合あるいは濃度の上昇によって二量体が
生成されると、通常のキネシンの前進運動ができるようになることを
示している。
観察した速度は、生体内の速度と同じようであるので、Unc104二量体がシナプス小胞の
高速輸送を制御するのかもしれないことを示唆する。
(An,hE)
<
Conversion of Unc104/KIF1A Kinesin into a Processive Motor After
Dimerization
Michio Tomishige, Dieter R. Klopfenstein, and Ronald D.
Vale
p. 2263-2267.
セリアック病治療の手がかり(Clues to Treating Celiac Sprue)
ヒトの自己免疫疾患はその原因が不明なので、治療が困難である。
セリアック病(熱帯性下痢症)というのは、よく見られる自己免疫疾患であり、
コムギ、オオムギやライムギなどに含まれるグルテンによって引き起こされる。
Shanたち(p. 2275;SchuppanとHahnによる展望記事参照)は、様々な生体内と試験管内
の方法を用い、主要な発生原因とみられる比較的に短いグルテンペプチドを同定した。
この多価グルテンペプチドは、細菌ペプチダーゼにさらされると解毒できたので、
セリアック病の治療としてペプチダーゼの経口補充という戦略を示唆している。
(An,hE)
BIOMEDICINE:
Gluten and the Gut--Lessons
for Immune Regulation
Detlef Schuppan and Eckhart G. Hahn
p. 2218-2220.
Structural Basis for Gluten Intolerance in Celiac
Sprue
Lu Shan, Øyvind Molberg, Isabelle Parrot, Felix
Hausch, Ferda Filiz, Gary M. Gray, Ludvig M. Sollid, and Chaitan Khosla
p. 2275-2279.
遺伝子発現の生涯の価値(A Lifetime's Worth of Gene Expression)
遺伝子発現のデータは、遺伝子機能や特定の発生プログラム制御の階層化やネットワーク
の同定をするための重要な資源である。Arbeitman たち(p. 2270;および表紙)はショウジ
ョウバエのDNAマイクロアレイ解析によって遺伝子の1/3を分析した。このゲノム全体に渡
る広い転写プロファイルによって、受精卵から加齢成熟個体まで、異なる成長段階におけ
る生物全体の遺伝子発現パターンが明らかになる。(Ej,hE)
Gene Expression During the Life Cycle of Drosophila
melanogaster
Michelle N. Arbeitman, Eileen E. M. Furlong, Farhad
Imam, Eric Johnson, Brian H. Null, Bruce S. Baker, Mark A. Krasnow, Matthew P.
Scott, Ronald W. Davis, and Kevin P. White
p. 2270-2275.
アルミニウム沈殿物の形成(Aluminum Floc Formation)
アルミニウムは汚染水中の重元素の輸送や析出に重要な役割を演じているが、水の中での
化学現象には解明されてないことが多い。鉱水や酸性雨のような酸性水が中性水と混合す
るとアルミニウムに富むフロック(綿状沈殿物)が生じる。Furrerたち(p. 2245)はこの
フロックを分析し、一連の研究室での実験によって、フロックの形成シミュレーションを
行った。その結果、多くの自然水では、4面体配位を有する13個のアルミニウムイオンがケ
ギン構造のヘテロポリ酸イオン(polyoxocation:
AlO4Al12(OH)24(H2O)127+
(aq)を形成することを示している。(Ej,hE)
The Origin of Aluminum Flocs in Polluted Streams
Gerhard Furrer, Brian L. Phillips, Kai-Uwe Ulrich,
Rosemarie Pöthig, and William H. Casey
p. 2245-2247.
Ruthenatesにおける電子軌道の順序(Orbital Ordering in Ruthenates)
3d遷移金属酸化物の広範な研究により、電子軌道間の強い相互作用によって、さ
まざまなエキゾチックな電子的および磁気的な相が、温度が低下するにつれ形成
される、ということが明らかにされてきた。これと比べて、4d遷移金属酸化物の
研究は比較的新しいが、より非局在化している4d電子によって引き起こされるよ
り弱い結晶場効果は、3d遷移金属酸化物の場合のような軌道の順序による効果が
必ずしも期待されないことを示唆している。しかし、Khalifahたちは、新たに形
成された層状のruthenate、La4Ru2O10において、ある軌道順序の遷移が生じてい
ることの強い証拠を示す構造および磁化率の測定結果を報告している(p. 2237)。
こうした結果は、縮合材料に関する理論家や実験家に対する新たなチャレンジを
提供するものである。(KF)
Orbital Ordering Transition in
La4Ru2O10
P. Khalifah, R. Osborn, Q. Huang, H. W. Zandbergen, R.
Jin, Y. Liu, D. Mandrus, and R. J. Cava
p. 2237-2240.
紡錘をチェックする(Checking the Spindle)
細胞分裂の過程では、染色体が正確に双極性の紡錘体上に並ばないと、有糸分裂
は、並び方が修正されるまで遅延される。Martin-Lluesmaたちは、対となるタン
パク質Mad 1とMad 2を凝縮した染色体の中心にある動原体に補充するタンパク質
Hec1の役割について記述している(p. 2267)。この相互作用は、動原体を紡錘体の
微小管に結合させるため、また紡錘チェックポイントの維持のために重要である。
Mad 1とMad 2は紡錘チェックポイントに関与していることがすでに知られていた
が、Hec1の寄与は予期されておらず、より高等な真核生物におけるチェックポイ
ント制御の複雑さの度合いが酵母におけるよりどれだけ増えているかを示唆する
ものとなっている。(KF)
Role of Hec1 in Spindle Checkpoint Signaling and Kinetochore
Recruitment of Mad1/Mad2
Silvia Martin-Lluesma, Volker M. Stucke, and Erich A.
Nigg
p. 2267-2270.