Science June 19 2025, Vol.388

太陽コロナの予報 (Forecasting the Sun’s corona)

太陽コロナは、太陽の希薄な上層大気であり、観測が難しい高温プラズマと磁場を含む。 これまで、光球(光学面)の観測データからコロナの状況を外挿するシミュレーションが試みられてきたが、それらは時間軸上の個別的スナップショットに限られていた。 Downsたちは、ほぼリアルタイムでコロナのシミュレーションを実行し、それを光球の磁気観測で1時間ごとに更新するデータ同化手法を開発した。 彼らのシミュレーションはコロナの時間変化の予測を与えるが、彼らはそのことを用いて、皆既日食中のコロナの見掛け形状を予測し、また他の各種観測量模擬値を算出した。(Wt,KU,nk,kh)

【訳注】
  • データ同化手法:数値シミュレーションと現実の観測データを組み合わせて、システムの状態や時間発展を推定する手法。
Science p. 1306, 10.1126/science.adq0872

後戻りなし (No take backs)

光酸化還元触媒は、様々な有機反応における汎用性のある活性化方法として浮上してきた。その原理は、触媒によって吸収される光のエネルギーを用いて基質との間で電子を授受し、それによってその反応を促進することである。しかしながら、特に高エネルギーの状況下では、電子の逆移動が目的の反応と競合することがある。Bainsたちは、電子伝達と脱プロトン化を組み合わせて逆移動を抑制する、光触媒を報告している。この触媒は、2つの光子からエネルギーを累積することにより、幅広い種類の難反応性アレーン基質を部分的に還元することができる。(Sk)

Science p. 1294, 10.1126/science.adw1648

有害汚染物質の追跡 (Tracking toxic pollutants)

水路には、栄養素、農薬、医薬品など、環境への潜在的な懸念がある数十万種類の化学物質が含まれている。これらの化学物質が人体や生態系の健康にリスクをもたらすかどうかを特定するには、害を及ぼすレベルよりも低いレベルで検出し、継続的なモニタリングを行う必要がある。Bubたちは、1958年から2019年までの水生化学物質汚染のリスク評価における米国水質ポータルの包括性を評価した。その結果、環境への潜在的な懸念がある化学物質のうち、リスク評価に必要なデータを有するものは1%未満であることが分かった。さらに、多くの化学物質(特に農薬)の検出限界は、分析限界が高すぎる。モニタリングは有機化学物質の増加に追いついておらず、リスク認識に偏りが生じている。(Uc)

Science p. 1301, 10.1126/science.adn5356

環から環を切りとる (Cut a ring out of it)

通常の有機合成は小型の前駆体から分子を組み立てる。Sanchez-Nayaたちは異なる手法をとり、二重結合や三重結合を標的として切断することにより、大型の大環状分子を大型の共有結合性有機構造体さえからも合成した。著者たちは、各リンカーが目標とする1個の大員環を含むよう出発材料を設計した。作られた化合物には、114-、138-、162-原子環を有する大環状ポリアミドと、114-原子環を有する大環状ポリイミドが含まれていた。(MY,kh)

Science p. 1318, 10.1126/science.adw4126

選択的注意の機構 (The mechanisms of selective attention)

我々の感覚には、認知処理できる以上の情報が絶えず押し寄せてくる。そのため、脳は行動に直結する情報を重視し、残りのものは無視する。Yuたちは嗅球に投射するコリン作動性軸索の活動を画像化することで、マウスが嗅覚作業に従事しているときに、これらの軸索がその応答パターンをすっかり変えることを見出した。その軸索はもともと動きに応答していたのだが、作業を始めて数秒もたたないうちに、軸索は替わりに作業に関連した匂い刺激に応答した。マウスがこの作業により強く従事している時は、匂い応答もより強かった。これらの神経細胞の不活性化は、匂い表現と作業成果を低めた。嗅覚作業の間のこの動的な動きは背側皮質へ投射するコリン作動性神経細胞には見られず、様式特異的な注意への潜在的機構を与えるものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 選択的注意:複数の情報にあふれているとき、その中の特定の情報に注意を向け、他には応答しないこと。
Science p. 1324, 10.1126/science.ads9152

海洋のコントラスト (Ocean contrasts)

海洋では、極地に向かって緑色がより濃くなり、亜熱帯では青色がより濃くなりつつある。Zhaoたちは、2003年から2022年にかけて衛星によって行われた海洋色の測定結果を報告している。観測データは、クロロフィル含有量の差がこの傾向を引き起こしていることを示すとともに、プランクトン・バイオマスの分布にも大きな変化が生じていることも示唆している (Kudelaによる展望記事参照)。この変化は北半球で最も顕著であり、高次栄養段階に波及し、漁業や国家経済に予期せぬ影響を及ぼす可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science p. 1337, 10.1126/science.adr9715; see also p. 1274, 10.1126/science.ady6102

神経炎症:臨床からの教訓 (Neuroinflammation: Lessons from the clinic)

いくつかの神経疾患は、脳内の炎症反応である神経炎症と関連している。Shiたちは、多発性硬化症、脳卒中、アルツハイマー病、パーキンソン病など、様々な神経疾患の進行における神経炎症の寄与について包括的な概要を提供している。著者たちは、様々な研究からの知見を統合し、疾患状態全体にわたる共通点と相違点、そして治療介入に対するその影響を浮き彫りにすることに成功した。(KU)

Science p. 1285, 10.1126/science.adx0043

ペプチジル-tRNAの加水分解機構 (Mechanism of peptidyl-tRNA hydrolysis)

タンパク質合成は、リボソームが終止コドンコドンに遭遇した時に終了し、解離因子(RF)を刺激して新タンパク質のその転移RNAキャリアからの遊離を促すRFがこの反応を引き起こす正確な機構は、特にRFにおける水と保存された配列様式の役割に関しては不明のままであった。Aleksandrovaたちは細菌リボソーム複合体の高分解構造を用いて、従来のモデルとは異なり、何らの触媒的な水もその反応には存在していないことを明らかにした。その代わりに、RFは転移RNAの構造変化を引き起こし、自身の2'ヒドロキシル基がその結合を攻撃して切断することを可能にする。これは、翻訳終結における普遍的に保存された段階を明らかにしている。(KU,kh)

Science p. 1289, 10.1126/science.ads9030

進化のとともに変化する発現 (Changing expression over evolution)

遺伝子発現は急速に変化するが、長い進化的時間尺度においても非常な制約を受けることがある。Largeたちは、2種の線虫、Caenorhabditis elegansとC. briggsaeおいて発生過程における遺伝子発現を調べた。この2種は決定論的な細胞系統を有しており、研究者が同等の細胞を比較することを確実にしたが、このことは、他の遠縁の生物では必ずしも確かではない。彼らは、発生に関わる遺伝子調節が高度に保存されているが、発現が低く細胞特異的な遺伝子の多くは時間の経過とともに変化することを見出した。神経細胞型も、他の組織と比較して分岐が増加していることが示された。このデータ群は、この重要なモデル生物における遺伝子発現の進化に関する重要な洞察を提供する。(KU,kh)

Science p. 1290, 10.1126/science.adu8249

揺り戻し睡眠の背後にある回路 (The circuits behind rebound sleep)

睡眠は恒常性維持力によって厳重に調節されており、睡眠不足は持続的で深い回復睡眠を引き起こす。しかしながら、睡眠に関する恒常性維持制御の基盤をなす経路は依然分かっていない。Leeたちは今回、哺乳類において初めてとなる恒常性維持のための睡眠回路について述べている(GiletteとLiptonによる展望記事参照)。この回路は、睡眠要求で活性化され回復睡眠に必要な、視床結合核に存在する一群の興奮性神経細胞から構成される。これらの神経細胞を刺激すると、先ず前睡眠挙動が引き起こされ、その後に、何時間も続き得る深い持続的な眠りが続く。この睡眠パターンは回復睡眠に類似しており、視床結合核の神経細胞の活性化が、睡眠負債の無い動物においてさえ睡眠圧を生み出すことを示唆している。睡眠遮断の間にこの回路を抑制すると、回復睡眠の長さと質が乱される。これは、その神経細胞の活性が睡眠要求発生の信号を送ることを示唆している。(MY,kh)

【訳注】
  • 睡眠負債:睡眠不足が数日から数週間単位で続いき、心身に悪影響を及ぼす状態のこと。
  • 睡眠圧:睡眠を引き起こす駆動力。
Science p. 1291, 10.1126/science.adm8203; see also p. 1276, 10.1126/science.ady6476

レジ袋を禁止して、プラスチック汚染を防止しろ (Ban bags, prevent plastic pollution)

大小さまざまなプラスチックが、我々の水域における懸念すべき汚染源となってきている。レジ袋の消費量を削減する政策は、州や国がプラスチック廃棄物の削減に取り組んできた取り組みの一つである。PappとOremusは、海岸清掃活動から得られた地域住民によるデータを用いて、レジ袋の禁止と課税が米国の海岸におけるレジ袋ごみに与える影響を評価した。レジ袋に関する政策は、海岸ごみに占めるレジ袋の割合を大幅に削減した。あまり一般的ではないが、レジ袋への課税や有料化は、禁止よりもさらに効果的かもしれない。他の使い捨てプラスチックに関する規制は、おそらくプラスチック汚染をさらに削減するであろう。(Sk)

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Science p. 1292, 10.1126/science.adp9274

ポリ(A)cDNAはウイルス感染を阻止する (Poly(A) cDNA thwarts viral infection)

逆転写酵素(RT)は、RNA鋳型から相補的DNA(cDNA)を合成する酵素であり、バイオテクノロジーで広く用いられているプロセスである。防御関連逆転写酵素(DRT)は、細菌の抗ウイルス 免疫における立役者として出現した。Songたちは、細菌のRTであるDRT9が、ファージ感染によって引き起こされる細胞内のdATP濃度の増加を感知し、ポリ(A)に富む一本鎖cDNAを合成することで応答する抗ウイルス機構を発見した。これらの反復性ポリ(A)cDNA分子は、ファージの一本鎖DNA結合タンパク質を隔離し、ウイルス複製を阻害する可能性がある。この発見は、逆転写の既知の機能を拡張し、テロメラーゼを介したDNA伸長との類似点を示し、細菌の免疫防御におけるcDNAの予想外の役割を明らかにしている。(Sh,kh)

【訳注】
  • ポリ(A)[=ポリアデニル酸]:RNA塩基(アデニン,ウラシル,グアニン,シトシン)のうち、アデニンを構成塩基とするヌクレオチドであるアデニル酸[=アデノシン一リン酸]の多量体。RNA分子の一部として重要な役割を果たす。
  • dATP[=デオキシアデノシン三リン酸]:塩基アデニンと五炭糖デオキシリボースとリン酸基から構成されるデオキシリボヌクレオチドの一種で、DNA合成の前駆体の1つとして機能する。
  • テロメラーゼ:真核生物の染色体末端に存在する酵素で、特異的繰り返し配列を持つDNAとタンパク質複合体であるテロメアを伸長する役割を持つ。
Science p. 1293, 10.1126/science.ads4639

自己免疫およびがんに対する生体内CAR-T細胞療法 (In vivo CAR-T cells for autoimmunity and cancer)

キメラ抗原受容体(CAR)-T細胞療法は、B細胞悪性腫瘍の治療において大きな成功を収めており、自己免疫疾患の治療にも可能性を秘めている。しかし、複雑な製造および移植前処置が、その利用しやすさと拡張性を制限している。Hunterらは、抗CD19 CAR mRNAを担持したCD8標的脂質ナノ粒子を投与することで、生体内でCAR-T細胞を生成する遺伝子送達システムを報告している(PecheとGottschalkによる展望記事参照)。げっ歯類および非ヒト霊長類(NHP)モデルのデータは、腫瘍制御を実証した。自己免疫モデルでは、NHPの血液および組織においてB細胞の深刻な一過性枯渇が観察され、「免疫リセット」が起きた。このような戦略は、試験管内CAR-T細胞免疫療法に代わる、即納の非ウイルス性かつ拡張可能な代替手段となる可能性がある。(hE)

【訳注】
  • CAR-T細胞療法:自分自身の免疫細胞(T細胞リンパ球)に遺伝子改変を行い、がん細胞を攻撃させる治療で、がん免疫遺伝子治療と呼ばれる
Science p. 1311, 10.1126/science.ads8473; see also p. 1273, 10.1126/science.ady7928

酸敗味が好きな鳥もいる (Some birds like it sour)

多くの生物は、強い酸敗味は魅力的でないと思っており、これは、未熟あるいは腐った果物と関連している可能性が高い。しかしながら、一部の鳥類は、強い酸性の、酸敗味を受け入れるようになってきた。Zhangたちは、鳥類における酸敗味の知覚の遺伝学的基盤を調査し、カナリアとハトのOTOP1遺伝子の対立遺伝子が、哺乳類の対立遺伝子とは異なる反応を示すことを見出した(RowlandとSchneiderによる展望記事参照)。実際、カナリアのOTOP1の対立遺伝子のマウスへの遺伝子ノックインは、それ以外には味覚に影響を与えることなく、酸っぱさへの耐性を誘発した。すべての鳴鳥類に共通する変異は、他の鳥類にわたって見られる酸っぱさへの耐性を向上させていると思われ、食餌の選択肢を多様化させることによって鳴鳥類の種の拡散に寄与してきたのかもしれない。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • OTOP1:酸味受容体細胞に酸味を検出する能力を与えるタンパク質
  • 遺伝子ノックイン:生物のゲノムDNAの特定の場所に外来のDNA配列を挿入する技術
Science p. 1330, 10.1126/science.adr7946; see also p. 1271, 10.1126/science.ady6105