AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 28 2023, Vol.381

誰がマチュ・ピチュの使用人だったのか? (Who were the servants at Machu Picchu?)

有名なマチュ・ピチュは、インカ帝国の最も強力な皇帝の1人であるパチャクティのいなかの別荘であった。それは王族のための季節の保養地であり、その構成員は家臣である常駐職員に奉仕されていた。民族史的資料は、これらの家臣が全員非インカ人であり、多くの人々と比較して特権を与えられていたことを示唆している。しかしながら、彼らの起源と出身地についてはほとんど知られていない。これを調査するために、Salazaたちは、この場所に埋葬されている34人の家臣のDNAを分析し、彼らが帝国全土の各地から来た非常に多様なグループであることを発見した。アマゾン川流域出身の女性の確認は、その地域においてこれまで理解されていたよりもインカの存在が大きかったことを示唆している。(KU,nk,kh)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adg3377

相互作用効果を少しずつ引き出す (Teasing out the effects of interactions)

極低温原子気体は電気的に中性ではあるが、固体系で発現するホール効果をシミュレーションできる。この効果を研究する上でのトリックの1つが人工次元を導入することである。Zhouたちはこの手段を用いて、相互作用がホール応答にどのように影響を与えるのかを調べた。研究者たちは、フェルミ粒子であるイッテルビウム原子を一次元光格子に捕捉し、2つの原子超微細状態を直交する人工次元として用いた。電流を作るために格子を傾けることで、さまざまな原子相互作用の強さに対するホール応答を測定することに成功している。直近の理論予測と一致して、相互作用が十分に大きい場合、ホール応答は相互作用の強さに依存しないことが分かった。(NK,kj)

Science, add1969, this issue p. 427

単語の意味の拡張における共通点 (Commonalities in word meaning extension)

人間は当てはまる単語が無い新しい物事を創造的に述べるが、そのためには語彙の中の既知の単語に頼らざるを得ない。同じ単語を複数の意味に再利用するこの過程は、「単語の意味拡張」と呼ばれ、個人レベル(幼少期の短期的なもの)だけでなく、集団レベル(長期的な言語進化)でも起こる。長年の問題の1つは、子どもが既知の単語に新しい意味を付加する際に用いる様式(個人レベル)が、より長期的で歴史的な言語進化に関与する様式(集団レベル)と、同じであるかどうかということであった。Brochhagenたちは計算モデルを開発して、1400以上の言語において個人レベルと集団レベルの両方でこの疑問を検討した(Greenhillによる展望記事参照)。その結果、両レベルでの単語の意味の拡張は共通の基盤を有し、それは意味の拡張が単語の学習、記憶、理解における経験的知識に基づく優位性を持つからであることが判った。(Uc,nk,kj,kh)

Science, ade7981, this issue p. 431; see also adj2154, p. 374

複数の入力をもつプルキンエ細胞 (Purkinje cells with more than one input)

プルキンエ細胞は小脳の主要な出力ニューロンである。一般に1つのプルキンエ細胞は1つの登上線維から単シナプス入力を受け取っていると考えられているが、その登上線維はプルキンエ細胞と多数の興奮性シナプスを形成している。BuschとHanselは、想定されている普遍的な1対1の関係とは対照的に、成人の小脳のほとんどのプルキンエ細胞が多重の登上線維からの入力を受け取ることを見出した。マウスでは、多分岐プルキンエ細胞の25%が1本以上の登上線維入力を示す。この神経支配パターンは、単一のプルキンエ細胞内に独立した計算区画を生成する。これらの結果は、プルキンエ細胞には従来考えられていたよりも多い解剖学的で機能的な多様性が存在することと、マウスとヒトとでは多分岐プルキンエ細胞の割合の高さにかなりの差があって、ヒトではこの樹状突起型が優勢であることを示している。(Sh,MY,nk,kh)

【訳注】
  • プルキンエ細胞:小脳にある神経細胞で、小脳皮質の分子層と顆粒層との間にプルキンエ細胞層という薄層を形成している。分子層側に枝分かれた樹状突起を広げ情報を受取り、顆粒層を通りすぎ小脳髄質にある小脳核に達する軸索を通して情報を伝える。
  • 登上線維:延髄にある下オリーブ核の電気的に同期した活動を小脳へと伝える興奮性線維で、1〜10個のプルキンエ細胞とシナプスを形成し、運動と協調に重要な役割を果たす。
Science, adi1024, this issue p. 420

生体内で血液幹細胞を作る (Engineering blood stem cells in vivo)

骨髄幹細胞は体内の全造血細胞(血液)の源である。血液疾患の患者にとって、健康な提供者の骨髄を用いた骨髄移植は、極めて良い結果をあげる治療法となり得、また、特定の症状に効く可能性がある。Bredaたちは、提供者からの骨髄幹細胞を必要とせずに、あるいは、化学療法や放射線療法などの潜在的に有害な移植前処置を用いずに、患者体内の骨髄幹細胞を直接再プログラム化する方法を考案した(FerrariとNaldiniによる展望記事参照)。静脈注射によりメッセンジャーRNAが脂質ナノ粒子の中に含まれて骨髄幹細胞に送達され、遺伝子編集と骨髄移植の両方を促進した。従来の移植方法を必要とせずに患者の体内で骨髄細胞の遺伝子操作ができることは、多くの遺伝性疾患に有望であるかもしれない。(MY)

【訳注】
  • 移植前処置:骨髄移植前に患者の骨髄細胞を薬剤で完全破壊する前処置。
Science, ade6967, this issue p. 936; see also adj0997, p. 378

アミノ酸合成に点火する (Lighting up amino acid synthesis)

多くの酵素は、反応性の基質と一緒にすると、それらの自然な反応の範囲を超えて不思議な働きをする能力を持っている。その混合物へ光を追加することは、ラジカル種を生成することで反応性をさらに拡大する戦略となる可能性がある。Chengたちは、操作されたトリプトファン合成酵素が有機光触媒と一緒に機能して、β-メチル基、エナンチオ選択性およびジアステレオ選択性を有するアミノ酸生成物を含む、一連の非標準アミノ酸生成物を生成できることを見出した。著者たちは、自然反応と部分的に並行する反応サイクルにおいて、光触媒によって生成されたラジカルがアミノアクリレート中間体を捕捉する機構を提案している。(KU,kh)

Science, adg2420, this issue p. 444

界面での予測を広げる (Expanding predictions at interfaces)

共進化は自然な過程であり、これによって2つの相互作用するタンパク質が時間とともに変化して、保存された接触界面で別の配列となる。この過程を分析することはタンパク質の構造予測にこれまで有用であったし、またこの機構をより深く理解することは界面の予測を増す助けとなるかもしれない。タンパク質複合体モデルを用いて、Yangたちは、アミノ酸が疎水性界面中の6つの位置で異なっている合成タンパク質のライブラリーを作った。酵母ディスプレイを用いた共進化計画によって、結合を保持した配列対を単離することができ、同じ出発骨格に基づくさまざまな相互作用を収集した。次に著者たちはその配列を共進化ネットワーク中に位置づけして、特異性の詳細を提供する10対の構造を決定した。次いで彼らは、あらかじめ訓練したタンパク質言語モデルを用いて、アミノ酸対の範囲を広げ、この実験とコンピュータのハイブリッド手法が、この系におけるタンパク質-タンパク質相互作用の有用な予測を与える能力のあることを示したた。(hE,kj)

【訳注】
  • 酵母ディスプレイ:酵母の細胞壁に組み込まれた組換えタンパク質の発現を利用して、抗体(本論文では低分子人工抗体を対象としている)の単離や操作をするタンパク質工学の手法。
Science, adh1720, this issue p. 412

TRIM11とタウ蛋白異常症 (TRIM11 and tauopathies)

タウ蛋白異常症として総称されるアルツハイマー病および20を超えるその他の認知症と運動障害は、微小管結合タンパク質タウを含む細胞内の糸状封入体によって定義されている。しかしながら、これらの疾患において、タウがどのように可溶性単量体から不溶性凝集体に変換されるのかは不明のままである。Zhang たちは、70以上のヒト三者モチーフ (TRIM) タンパク質を分析し、タウ凝集体を減少させるかもしれないいくつか(のタンパク質)を同定した(NobleとHangerによる展望記事参照)。これらの中で、TRIM11は、標準的なタンパク質品質管理因子とは機構的に異なる方法で、タウを機能的な可溶型に維持することができた。TRIM11は、散発性アルツハイマー病の脳で著しく減少されており、病因に関与している可能性があることが分かった。実際に、脳内でのアデノ随伴ウイルスを介したTRIM11の送達は、タウ蛋白異常症の複数のモデル・マウスにおいて、タウ病状、認知機能低下、および運動障害に対する強力な保護作用を提供した。(Sk,kh)

【訳注】
  • TRIM(三者モチーフ):RBCCと呼ばれる3つのドメイン(RING、B-box、Coiled-Coil)から構成されるタンパク質ファミリーであり、生体防御を始めとするさまざまな生命現象および疾患に関与している。
  • タウ蛋白異常症:細胞内のタウ蛋白質が異常に蓄積し、神経原線維が変化する神経変性疾患の総称。
  • アデノ随伴ウイルス:非病原性で、増殖・非増殖細胞いずれにも感染可能であることから、ベクターウイルスとして脳神経回路の標識や操作にも用いられている。
Science, add6696, this issue p. 413; see also adj0256, p. 377

インド・ヨーロッパ語の出現 (Emergence of the Indo-European language)

インド・ヨーロッパ語族の言語は世界人口のほぼ半数で話されているが、それらの起源と広まりの様式については争点となっている。Heggartyたちは、現代使われている109と年代が較正された歴史上の52のインド・ヨーロッパ語のデータベースを提示し、それらについてベイズ系統樹推定のモデルで分析した。彼らの結果は、現在からおよそ8000年前にインド・ヨーロッパ語族が出現したことを示唆している。これはこれまで考えられていたよりも古い起源の年代であり、最初の起源であるコーカサス山脈の南、それに続く北方のステップ地域への分岐と一致する。これらの知見は、現在の言語学的証拠と、肥沃な三日月地帯東部(本来の起源として)とステップ(二次的な故郷として)の両方からの古代DNAの証拠を両立させる「ハイブリッド仮説」へ導く。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ステップ:平らな乾燥した土地を意味し、ここではユーラシア・ステップのうちのカスピ海北部地域を指している。
Science, abg0818, this issue p. 414

高速進行の亀裂よりも速く (Faster than a speeding crack)

張力がかかると、亀裂の先端に近い領域内では、材料のなかの応力が増幅される。そして、そのポテンシャル・エネルギーが材料の破壊エネルギーを超えると、亀裂は破断に向かって伝播する。一般に、移動する亀裂の最大速度はレイリー波の速度を超えることはできないと考えられている。Wangたちは、モデル材料として脆性ヒドロゲルを使用した。このゲルでは、亀裂先端の前の構造の中の弱い層が、それ以外は理想的なヒドロゲル板に一種のネックを形成した(Marderによる展望記事を参照)。著者たちは、せん断波の速度よりも速く進む亀裂を観察した。そして、超せん断の動力学が、古典的な亀裂の理論とは異なる挙動を示すことを見出した。(Wt,nk,kj,kh)

Science, adg7693, this issue p. 415; see also adj0963, p. 375

DNA集合における曲げを自動化する (Automating bends in DNA assemblies)

DNAナノ構造体は、機能材料のボトムアップ自己集合のゆえに関心を集めてきた。しかし、頂点や湾曲などの重要な特徴を作ることは課題が大きく、間違いを起こしやすい。Pfeiferたちは、分子シミュレーションに基づくアルゴリズムを利用して、DNA集合における頂点、急な湾曲、およびわずかな曲りの設計を自動的に行う手法を確立した。これらのアルゴリズムを使いやすいグラフィカル・インターフェイスに実装することで、自由な幾何学形状を数分内で作ることができる。著者たちは、ナノ程度の大きさの数学的曲線、ノズル、ト音記号、ぜんまい、の形状を作り出すことにより、この手法を検証した。これらの結果は、DNA集合が人工材料の複雑な構造および形状を模倣する設計枠組みを可能にするかもしれない。(MY,kh)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adi0697