AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 11 2022, Vol.375

水で制御されたマグマの深さ (Water-controlled magma depth)

マグマは、何かが噴火の引き金になるか、あるいは、冷えて深成岩になるまで、地下深くに蓄えられている。なぜマグマがその存在する場所に留まるかに関する一つの伝統的な見方は、マグマが周囲の岩石と同じ密度になり、結果としてその上昇を妨げるという仮説である。Rasmussenたちは、弧状マグマの中に含まれる水の量がその深度を決定することを見出した。水がぬけて粘度が変化することにより、マグマはまだ浮力が残るある深さで引き留められる。このような状況は、噴火の間、マグマを地表に送り出すための付加的な浮力を与える可能性がある。(Wt,ok,kh)

【訳注】
  • 弧状マグマ:ここでは、火山島や火山を含む山々の連鎖である火山弧に存在するマグマ群のことを言っている。具体的にはアラスカーアリューシャン、カムチャツカ、アンデス、イタリアなどの火山弧におけるマグマ群のデータが使われている
Science, abm5174, this issue p. 1169

生体内で細胞死を追跡観察する (Monitoring cell death in vivo)

プログラム細胞死とそれに続く細胞死骸の除去(エフェロサイトーシス)は、生物の成長と恒常性にとって不可欠である。しかし、生体内で、細胞の交替が速い組織内でさえ、未除去の死骸はめったに検出されない。Raymondたちは、CharONと名付けられた、遺伝子操作でコードされた二重レポーターを作り、発生中のショウジョウバエの胚内で、細胞死とエフェロサイトーシスを実時間で追跡した。CharONは、これまで認識されていなかった、生体内におけるマクロファージによるエフェロサイトーシスの特徴を明らかにした。それは、マクロファージ間での死骸負荷が甚だ不均一であり、加えて、複数の死骸を連続的に食するマクロファージの摂取と消化が連結していない、迅速除去である。高負荷となったこれらのマクロファージではまた、炎症性障害後の死にかけた細胞の除去能力が損なわれた。(MY,kj)

Science, abl4430, this issue p. 1182

生物はどのように鉱物を作るか (How organisms make minerals)

5億年以上の間、地球の生命体は生体鉱物形成作用(バイオミネラリゼーション)と呼ばれる過程を通じて炭酸カルシウムの構造体を作る能力を有してきた。そのような能力は骨格・殻・歯そして嘴の形成を可能にするが、分類門毎に異なる進化を遂げた。Gilbertたちは概説記事において、炭酸塩のバイオミネラリゼーションに対する統合機構モデルを提案している。確証された進化の歴史、オミクスそして同位体データのメタ解析から導かれる制約に基づき、このモデルは、単一で統一的な一連の過程の結果として、バイオミネラリゼーション過程を扱っている。著者たちの見解では、特定の過程の重要さは生物間で異なる。これは、さまざまな分類門のよく知られている分岐進化の諸経路を説明するだろう。著者たちは、この統一的な視点を提供することによって、過去の絶滅と気候変動に適応する生命の能力の両方に関するより優れた理解を提供することを目指している。(Uc,MY,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • オミクス:生体中に存在する分子全体を網羅的に研究する学問のこと。
  • メタ解析:複数の研究成果を統合して、より信頼性の高い結果を得ようとする統計解析手法のこと。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abl9653 (2022).

高音の鍵を叩く磁気 (Magnetism hits the high notes)

強磁性薄膜におけるマグノンやスピン波のような励磁状態の生成及び伝搬は、スピン依拠デバイス技術を開発する上での実験基盤を提供する。Koernerたちは、同一平面導波路からのマイクロ波磁場により干渉的に励起されたニッケル鉄薄膜の磁化挙動の測定について報告している。著者たちは、窒素空孔中心に基づく磁気測定と時間分解磁気光学カー効果を用いて、低励起周波数とわずかミリテスラの範囲の低バイアス磁場が、より高周波数で放出されるマグノンの生成をもたらすと報告している。そのような磁気励起周波数の高周波数化は、励起周波数の60倍音にも及んでいて、スピントロニクスの応用研究に役立つはずである。(NK,MY,kj,nk,kh)

Science, abm6044, this issue p. 1165

内因性のオピオイド・シグナル伝達を向上させる (Boosting endogenous opioid signaling)

アンジオテンシン変換酵素(ACE)は脳組織でも発現されるが、脳内でのACEの中心的な機能は謎めいていることが判明している。Trieuたちは、ACEが脳内の内因性オピオイド・シグナル伝達を支配する上で非標準的な役割を果たしていることを発見した。ACEは、Met-Enkephalin-Arg-Phe(MERF)と呼ばれる従来と異なるエンケファリンを切断して分解する。従来のエンケファリン・ペンタペプチドとは異なり、MERFはACEにより選択的に分解され、側座核にあるµ-オピオイド受容体の活性化を高める。これが、ACE阻害薬を服用した患者における阻害薬の抗うつ作用を説明しそうである。(MY)

【訳注】
  • アンジオテンシン変換酵素:血圧の低下や血液量の減少などの刺激により、肺の血管内皮細胞によって産生・放出されたアンジオテンシンⅠのC末端を分解してアンジオテンシンⅡへ転換するタンパク質分解酵素として普通は知られている。
  • エンケファリン:生体内で産生される麻薬性鎮痛薬(オピオイド)の一種で、5つのアミノ酸からなるペプチド。
  • µ-オピオイド受容体:3種のオピオイド受容体の1つ。脳内では扁桃体や帯状回、腹側被蓋野、側坐核などの部位に高密度に存在している。オピオイドによる鎮痛作用は、主にµ-オピオイド受容体を介して発現する。
Science, abl5130, this issue p. 1177

非連動を明らかにする (Uncovering an uncoupling)

大気中のCO2量と地球上の生物圏の生産性は密接に関係しているが、時には 必ずしも共変しないことがある。Yangたちは、過去80万年間の酸素三重同位体の記録を与えている。それは、生物圏の生産性がその期間にどのように変化してきたかを明らかにし、典型的には氷河後退期の前の、大気中のCO2輸送量と海水準との非連動を助長しうる負のフィードバック機構を与えている(LeQuéréとMayotによる展望記事参照)。この知見は、低CO2が地球上の光合成を抑制し、さらなるCO2下降を少なくするという考えを支持するものである。(Wt,MY,ok,kh)

Science, abj8826, this issue p. 1145; see also abo1262, p. 1091

染色体末端を見つけ出して継ぎ足す (Finding and replenishing chromosome ends)

テロメアは真核生物の染色体の末端を覆っており、ゲノムの安定性を維持するために不可欠である。酵素テロメラーゼは、各細胞分裂で発生するテロメアの短縮を補うのに役立ち、それによって細胞の寿命を延ばす。Sekneたちは、テロメアDNAおよびテロメラーゼ補充因子に結合した、ヒト・テロメラーゼの低温電子顕微鏡構造を報告している。その構造は、この補充因子がどのように、テロメアの効率的な伸長のために、テロメラーゼのテロメアDNAとの関わりを促進するかを明らかにしている。(Sk)

Science, abn6840, this issue p. 1173

ヒトとマウスの皮質微小回路 (Cortical microcircuits in humans and mice)

局所的新皮質回路の組織と動態に関する洞察は、脳処理を理解する上での主要課題である。巨視的コネクトーム分析も超微視的コネクトーム研究のいずれもそのような情報を提供することはない。脳薄片電気生理学を用いて、Campagnolaたちは非常に大きなデータ群を収集して、マウスとヒトの皮質微小回路の組織を研究した。彼らは、化学的および電気的接続の強度と確率を分析した。その分析は、シナプス応答の反応時間および動的特性、そして、形態、固有の生理学、トランスジェニック・マーカー、皮質層などの細胞分類からの特徴である。著者たちはまた、素量的放出と短期可塑性をモデル化した。シナプス可変性は、サブクラス間の違いの主な駆動要因であった。マウスにおける接続と比較して、ヒトの興奮性シナプスは可変性が低かった。(KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • コネクトーム:神経系のすべての神経細胞が接続することでできた神経回路の全体。
  • 素量的放出:神経からの電気的刺激が神経繊維を通って神経終末部に達すると、シナプス顆粒のあるものはその内容物を素量quantumとしてシナプス間隙に放出する。
Science, abj5861, this issue p. 1144

タンパク質の追跡 (Tracking proteins)

タンパク質が、ヒト細胞内でどのように組織化されているかについての理解の向上は、細胞がどのように機能するかについてのシステム・レベルでの我々の理解を深めるはずである。ChoたちはCRISPR技術を用いて、そこに内在するほぼ全ての1000を超えるタンパク質に対し様々な標識を付けて発現させた。これらの標識は、タンパク質の位置の蛍光イメージングと、相互作用するタンパク質パートナーの免疫沈降および質量分析の両方を可能にした(MichnickとLevyによる展望記事参照)。大規模なデータは対話的なウェブサイトで利用可能になり、機械学習によるクラスタリングと分析を可能にする。この研究は、RNA結合タンパク質の異常な特性を強調し、タンパク質の局在化が非常に機能特異的であり、機能を予測できる可能性があることを示している。(KU,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 免疫沈降法:免疫沈降反応を利用して抗原を検出・分離・精製する、生化学の実験手法。
  • クラスタリング:ある集合を何らかの規則によって分類すること。
Science, abi6983, this issue p. 1143; see also abo2360, p. 1093

DNAウォーカーは分子荷物を扱う (DNA walkers handle molecular cargos)

分子の長距離移動を制御することは困難である。細胞は、ダイニンやキネシンなどの分子モーターと微小管などの細胞骨格の特性を使って、荷物の大きさに比べて長距離にわたる能動輸送を実現している。これらの自然の仕組みから着想を得て、Ibusukiたちは、モータータンパク質ダイニンにDNA結合モジュールを装備して、モーター・タンパク質ダイニンが人工のDNAレールをつかんでそれに沿って移動できるようにした(GandavadiとHariadiによる展望記事参照)。DNAレールは正確に設計された構造を採用できるので、この仕組みは魅力的であり、DNA結合要素はさまざまな塩基配列に対して特異性を生み出す。これらの特性を用いて、著者たちは2つのレール間で荷物を分離できる仕分け機構と、2つの荷物の流れをまとめることができる統合機構を作製した。設計されたモーターの平均速度は毎秒約220ナノメートルで、細胞内のいくつかの分子モーターに匹敵する。(Sh,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • DNAウォーカー:DNAで構成された”足”で、レールに沿って指向性運動を行う人工分子。
  • ダイニン、キネシン:細胞中にある直径約 25 nm の管状の構造である微小管に沿って、小胞などを細胞の決められた場所に運搬するモータータンパク質。微小管は極性構造で、一般にマイナス端は細胞中心に向かって、プラス端は細胞表面に向かって伸びている。ダイニンは微小管上をマイナス端に向かって、キネシンはプラス端に向かって移動できる。
  • *参考:https://www.nict.go.jp/press/2022/03/11-1.html

Science, abj5170, this issue p. 1159; see also abn9659, p. 1089

ポリエチレン合成の画像化 (Imaging polyethylene synthesis)

オレフィンの重合成長に対して長く受け入れられてきた機構は、重合体が、重合鎖を活性触媒に固定する金属-炭素結合へのオレフィン挿入を介して、一方の端で伸長するというものである。Guoたちは、その場走査トンネル顕微鏡を用いて、鉄(110)から形成された鉄炭化物表面上で、ポリエチレンに対するこの過程を可視化した(Wintterlinにおる展望記事参照)。2つの隣接炭化物領域間の境界にある三角配置した鉄(Fe3)のサイトは、室温でエチレン分子をオリゴマー化することができ、成長鎖の実時間画像化を可能にした。(MY,kh)

【訳注】
  • 鉄炭化物:ここでは合成用の触媒として鉄単結晶上に設けられた縞状に並んだ鉄炭化物(Fe3C)薄膜を用いている。活性サイトは2つの縞の境界に存在するFe3となる。
Science, abi4407, this issue p. 1188; see also abo2194, p. 1092

直接であろうとなかろうと、保護する (Protection, whether direct or not)

ワクチン接種は、ワクチン接種を受けた人々の直接的な保護と、ワクチン接種を行った地域社会に住む人々の間接的保護の両方を提供する。イスラエルのデータに基づく2つの研究が、ファイザー/ビオンテックのメッセンジャーRNAワクチンに関する、有効性と間接的な保護について調査した(DeanとHalloranによる展望記事参照)。Prunasたちは、統計的手法を用いて、2020年6月から2021年7月までの家庭内での伝播を分析した。ワクチン接種を受けてその後感染した人は、ワクチン接種を受けていない人よりも 他者を感染させにくかった。さらに、ワクチン接種を受けた家族のいる家庭では、ワクチン接種を受けていない家族だけの家庭よりも伝播が生じにくかった。しかしながら、伝播を防ぐワクチンの能力は、時間とともに、そしてデルタ変異株の出現とともに低下した。Hayekたちは、年長のワクチン接種を受けた家族が、まだワクチン接種の資格がない年少の子供たちへの感染の危険性を減らすかどうかを調査した。家族の規模に関係なく、親のワクチン接種は、12歳までの子供が感染する危険性を大幅に減少させた。この間接的な効果は、子供たちを重篤な病気の危険性から保護し、感染連鎖の伝播を減少させるであろう。(Sk,ok,nk,kh)

Science, abl4292, abm3087, this issue p. 1151, 1155; see also abo2959, p. 1088