AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 21 2020, Vol.369

過去のパルス (Pulses of the past)

大気中に放出され、百年の時間規模で発生する二酸化炭素の爆発的発生は、最終氷期循環の寒冷期の間で観察されたが、それより過去でもより温暖な条件でも見られなかった。Nehrbass-Ahlesたちは、南極ドームC氷床コア採取(Ice Coring in Antarctica Dome C)のヨーロッパ・プロジェクトから読み取られた二酸化炭素濃度の記録を報告している。それは、このような二酸化炭素の急激な上昇が330,000から450,000年前の間の寒冷期と温暖期の双方の期間で発生したことを示している。彼らは、このようなパルスを氷床からの淡水排出によって引き起こされた大西洋子午面循環の中断に関連づけている。もし、地球温暖化がまた、この海洋循環パターンを途絶えさせるならば、このような急激な二酸化炭素の増加は将来も発生する可能性がある。(Uc,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1000

ウロモジュリンはどうやって細菌を流し出すのか (How uromodulin helps flush out bacteria)

尿路感染症(UTI)は、ヒトにおける最も頻繁に起こる細菌感染症の1つである。糖タンパク質ウロモジュリンは最も豊富な尿タンパク質で、何らかのUTIからの防御を提供することができるが、その正確な機構は不明であった。Weissたちは、ウロモジュリンが積み重なって魚の骨に似た線維を形成し、それがウロモジュリンの糖部に付着する粘着性線毛を持つ細菌病原体に対して、多機能のおとりとして働くことを見出した(Kukulskiによる展望記事参照)。その結果生じるウロモジュリンと病原体との凝集体は、尿路上皮の糖タンパク質への細菌付着を妨げ、尿排泄の際に病原体の除去を促進する。UTIに対するこの生得的防御は、乳児と子供では特に重要となる可能性がある。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1005; see also p. 917

ファージとがん免疫 (Phages and cancer immunity)

腸内細菌はT細胞免疫応答の養成に関与しており、腸の生態系は抗がん免疫に影響を与える。Fluckigerたちは、腫瘍細胞に関連する抗原と交差反応する可能性のある微生物抗原を報告している。彼らは、腸球菌と呼ばれる腸内細菌の一種が、免疫応答を調節するバクテリオファージを持っていることを見出した。マウスモデルにおいて、バクテリオファージを含む腸球菌の投与は、化学療法またはプログラムされた細胞死タンパク質1(PD-1)遮断による治療後のT細胞応答を増加させた。ヒトにおいて、バクテリオファージの存在は PD-1免疫療法後の生存率の改善と関連していた。自然に処理されたメラノーマ・エピトープに特異的なヒトT細胞の一部は、微生物のペプチドを認識できるようであった。この「分子模倣」は、腫瘍と微生物抗原の間の交差反応性を表わしているのかもしれない。(KU,ok,kh)

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Science, this issue p. 936

曲率を制御する (Controlling the curvature)

分子不斉はキラルな液晶相を作るのにしばしば必要とされるが、液晶は、屈曲型あるいはバナナ型の分子として知られている湾曲した細長い棒を用いても得られていた。Fernandez-Ricoたちは紫外光と光応答性重合体を用いて、棒の曲率変化を制御可能できる方法を開発した(Godinhoによる展望記事参照)。単一の出発原料組成から、曲率は異なるが、棒の厚さ、長さ、および長さ分布が全体として同様の一群の棒を得ることが出来る。彼らは、40年以上前に予想されたスプレー-ベンド(splay-bend)型ネマチック相を含む、一連の液晶相を探究した。(MY,ok,kh)

Science, this issue p. 950; see also p. 918

胚中心調節用のSOSTDC1 (SOSTDC1 for germinal center regulation)

T濾胞ヘルパー(TFH)細胞は、リンパ器官の胚中心(GC)における B細胞抗体産生および B細胞記憶応答を促進するCD4+ T細胞である。これらの活動は次に、出所不明のT細胞の集団である、T濾胞調節(TFR)細胞によって抑制される。Wuたちは、今回、TFH細胞の亜集団と線維芽細胞の網様細胞の両方がスクレロスチン・ドメイン含有タンパク質1(SOSTDC1)を生成することを示している。これは、Wnt-β-カテニン・シグナル伝達を抑制することによりTFR細胞の生成を駆動する。Sostdc1遺伝子を欠くマウスでは、TFR細胞数が大幅に減少し、GC応答が強化された。TFR細胞生物学とGC調節へのこれらの洞察は、自己抗体仲介の疾患と、自己免疫疾患に対する将来のワクチンと治療法の開発に重要な意味を持っているのかもしれない。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 984

液相におけるアト秒科学 (Attosecond science in liquid phase)

液体水の多くの物性は、液相に関係する高速の挙動のために未解決のままである。Jordanらは、アト秒時間分解光電子分光法を用いて、液相における水からの電子の光電子放出が、気相からの光電子放出に比べて約50~70アト秒の時間遅延を示すことを見出した。この差異は溶媒和効果によるものとされ、そして測定された遅延に寄与する様々な要因を解析し、そして異なる大きさの水クラスターの理論的シミュレーションを用いることで立証された。(NK,KU,kh)

Science, this issue p. 974

光捕集のための構造(Architectures for light harvesting)

結局のところ、光エネルギーの化学エネルギーへの変換が、地球上のほとんどの生化学を推進している。光合成生物は、さまざまな化学的および生物学的構造を用いて、さまざまな環境状況の中で光を捕集している。Croceとvan Amerongenは、酸素発生型光合成生物の光化学系複合体に関する最近の構造的および分光学的研究を統合した。光を最もよく捕らえるために、光化学系は、反応中心を含むコア複合体に向けて電子励起をやりとりする色素の複雑な網状組織を備えた補助光捕集複合体を含んでいる。高解像度X線と低温電子顕微鏡での観察による構造に見られるような色素の配置とそれらの接続性は、分光測定から算出されるエネルギー移動速度に関する我々の理解に情報を与えてくれるし、その逆もしかりである。現れてくるモデルは、外側の集光性複合体から反応中心へのエネルギー移動のための、多くの平行かつ接続されていない経路のうちの1つである。明らかになったモデルは、外側の光捕集複合体から反応中心へのエネルギー移動に多くの平行かつ相互接続されていない経路の統合体である。(Sk,ok,kj,kh)

Science, this issue p. eaay2058

役に立つロボットにする (Making robots useful)

さまざまな仕事を実行できる、普遍性を有する知的ロボットを創るという目標は、大きな挑戦的課題である。特に、どのようにロボットが学習してその環境に迅速かつ非破壊的に適応するかをプログラミングすることは、とりわけ困難である。展望記事において、Pack Kaelblingは認知神経科学からの着想に基づく機械学習における進歩について考察している。特に、高い報酬を得る選択が強化される強化学習の応用について、また、どのようにロボットが一般的な練習を学ぶことができて多くの状況に応用するかについて検討されている。(Wt,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 915

老化した血管の再構築 (Remodeling senescent blood vessels)

網膜は、光を神経細胞の信号に変換する、目の奥にある神経組織の薄い層である。網膜は視覚に不可欠であり、血管の網状組織によって維持されている。視力喪失の一般的な原因である糖尿病性網膜症では、これらの微小血管が変性し、異常な方法で再生する。このような変性と 再生は、網膜神経細胞の機能を損なうことがある。Binetたちは、病変した血管の血管内皮細胞が急速な増殖の後、細胞老化に関連する分子経路に関与していることに気付いた(Podrez と Byzova による展望記事参照)。老化した血管部分は炎症反応を引き起こし、そこでは好中球が好中球細胞外トラップを病変した血管に放出してそれらの血管を再構築する。この内因性修復機構は老化血管の排除を促進し、有益な血管再構築につながるかもしれない。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 好中球:5種類ある白血球のうちの1種類
  • 好中球細胞外トラップ:感染により活性化した好中球が特徴的な細胞死を引き起こし、自身のDNAを細胞外へ放出して形成する網状の構造 物
Science, this issue p. eaay5356; see also p. 919

BTN3A1は抗腫瘍反応を支配する (BTN3A1 governs antitumor responses)

Tリンパ球は、ガンマ・デルタ(γδ)受容体またはアルファ・ベータ(αβ)受容体を介して活性化される免疫細胞である。両方のT細胞型はヒトがんに見出されているが、現在の免疫療法はそれらの協調した抗腫瘍活性を利用していない。Payneたちは、BTN3A1とBTN2A1(タンパク質ブチロフィリン・ファミリーの2つのメンバーである)が、末梢血中においてγδ T細胞の最も豊富なサブセットを活性化するための仲間であることを見出した。BTN3A1を標的とする抗体は、γδ T細胞にがん細胞を攻撃するように方向を変えると同時に、腫瘍特異的αβ T細胞の活性を増加させる。したがって、異なるT細胞サブセットによる確立された腫瘍の殺害は、BTN3A1標的化を介して達成することができ、がん免疫療法の新しい戦略を提供する可能性がある。(KU,kh)

Science, this issue p. 942

防御のための中和抗体 (Protective neutralizing antibodies)

コロナウイルス病2019(COVID-19)の生存者により作り出された抗体は、治療法の開発に活用されるかもしれない。最初の段階は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する強力な防御作用をもたらす中和抗体を特定することである。Rogersたちは高速処理パイプラインを用いて、回復期の提供者からモノクローナル抗体を単離し、特性を明らかにした。抗体は、ウイルス棘突起タンパク質に結合するように選択された。このタンパク質は、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体に結合することにより宿主細胞への侵入を容易にする。ほとんどの単離された抗体は、受容体結合領域(RBD)の外側のスパイク部位に結合した。しかしながら、RBD結合抗体の大部分は中和しており、ACE2結合部位と重なる部位で最も強力な結合をしていた。この中和抗体のうちの2つがシリアン・ハムスターで試験され、SARS-CoV-2感染に対する防御を与えた。(Sk,kh)

【訳注】
  • パイプライン:ここでは、回復した患者の血漿採取から、最終的な抗体の単離までの一連の処理の流れを意味している
  • モノクローナル抗体:単一の抗体産生細胞に由来するクローン(同じ遺伝情報を持つ細胞)から得られた抗体
  • アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体:コロナウイルスがヒト細胞に侵入する際に結合すると考えられているヒト細胞側のタンパク質
  • 受容体結合領域(RBD):コロナウイルス側の結合する領域
Science, this issue p. 956

離れたC-H結合を標的にする (Targeting a distant C?H bond)

酵素は反応の最適化のために、分子の一部分を離れた部分に結合させる複雑な活性サイトをもっていることが多い。この種の配向効果は、小分子触媒において遙かに困難であることが証明されてきた。Reyesたちは今回、水素結合している尿素によりアミドやエステルの反応物質を適切な位置に配置しながら、同時にピリジン置換基を通じてイリジウム触媒に結合できる、単純な配位子を報告している。結果としてこの触媒は、第2のキラル配位子が高エナンチオ選択性を誘導しながら、反応物質中のカルボニル基から3炭素離れた部位のみをホウ素化する。(MY,ok)

Science, this issue p. 970

マクセンの表面を修飾する (Modifying MXene surfaces)

グラフェン及び遷移金属ジカルコゲン化合物とは異なり、二次元遷移金属炭化物(マクセン:MXene)は、化学的に修飾可能な多くの表面部位を持っている。母材 MAX相のTi3AlC2が積層した物質のアルミニウム層をフッ化水素酸でエッチングすると、さまざまな表面終端を持つマクセンTi3C2になる。溶融塩では均一な塩素終端の達成が可能だが、さらなる修飾は困難である。Kamysbayevたちは、溶融臭化カドミウム中でMAX相をエッチングすると臭素で終端化されたマクセンとなり、これはその後、空格子点部位同様に酸素、イオウ、セレン、テルルおよびNH基で置換することができる。これらの表面基は電子輸送を変えることができる。例えば、Nb2Cマクセンは表面基依存の超伝導を示す。(MY,KU,kh)

Science, this issue p. 979

ヒト脳の現在の地図帳(A present-day atlas of the human brain)

脳領域を定義し、それらの空間的範囲の境界を画定することは、神経科学の重要な目標である。脳細胞構造の当今の地図である細胞構築地図帳は、3次元での領域地図を提供し、脳の区分化に関する最近の知識を統合し、個々の脳間の差異を考慮し、再現可能な作業の流れに依存し、他の情報源とデータベースへのインターネット上のリンクを提供するべきである。Amuntsたちは、脳の連続的な組織切片に基づいてそのような地図帳を作成した。彼らはマップ構築のための計算の枠組みを開発し、細胞構築様式に基づいてヒト脳の現在の境界を見直した。この手法は、他の種の動物の脳地図帳または他の臓器や他のデータ様式での空間的構造、またはより大きな空間規模における関心領域の複数データ様式での地図を作り上げるために簡単に転用できる。この研究は、同時に同様の将来の試みを再現可能かつ融通の利くものにする。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 細胞構築:大脳皮質において,個々の部位の神経細胞構成およびその様式を調べること
Science, this issue p. 988

がん治療のためにSTINGを標的にする (Targeting STING for cancer therapy)

環状ジヌクレオチド代謝産物によるSTING(インターフェロン遺伝子の刺激因子)タンパク質の活性化は、抗腫瘍免疫に重要な役割を果たしている。合成STINGアゴニストの開発は、それゆえにがん治療に対する戦略として追求されつつあるが、ジヌクレオチド固有の不安定性が現在の努力を制限している。PanたちとChinたちは、天然のSTINGリガンドである環状グアノシン一リン酸-アデノシン一リン酸に類似した「閉じた」高次構造で作用する安定なSTINGアゴニストを特定した(GajewskiとHiggsによる展望記事参照)。この小分子は経口投与することができ、腫瘍内投与を必要とする以前に開発されたSTINGアゴニストよりも優れている。マウスに経口投与または全身投与した後、アゴニストはSTINGおよび多様な免疫細胞型を活性化して、抗腫瘍免疫を促進した。これらの研究は、がん免疫療法のための臨床で実施可能なSTINGアゴニストに向けての進展を示している。(KU)

Science, this issue p. eaba6098, p. 993; see also p. 921

SARS-CoV-2に対する抗体カクテル (An antibody cocktail against SARS-CoV-2)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のウイルスの棘突起を標的とし、ウイルスの宿主細胞への侵入を防ぐ抗体が緊急の関心がある。Hansenたちは、ヒト化マウスと回復した患者からの棘突起タンパク質に対する抗体の大きな比較表を作った。この比較表から、彼らは、受容体結合ドメイン(RBD)への結合に競合することのないにペアを含む、いくつかの中和抗体を同定した。Baumたちは、これらの抗体のうち4種に焦点を当てた。4種はすべて、既知の棘突起変異体に対して効果がある。しかし、個々の抗体存在下で棘突起を発現する疑似ウイルスを増殖させることによって、著者たちはその抗体に耐性のある棘突起変異体を選び出すことができた。対照的に、RBDへの結合に関して競合しないか部分的にしか競合しない抗体ペアの存在下で疑似ウイルスを増殖した場合は、逃避変異体は選び出されない。そのようなペアは、治療用抗体カクテルで使用される可能性がある。(Sh,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ヒト化マウス:一部の細胞や組織をヒトのものに置き換えたマウス。
  • 逃避変異体:T細胞などの免疫系の監視を回避するよう変異したウイルス変異体。
Science, this issue p. 1010, p. 1014

その時、すべて一緒に (All together then)

地球全域にわたって地理的に分散した多くの記録は、最終氷期の間に亜間氷期事象と呼ばれる突然気候変動の発生を明らかにしている。これらの事象は同時に発生したように思われるが、その記録の多くで絶対的な年代決定の困難さが、その説を証明することを困難にしてきた。Corrickたちは、これらの亜間氷期事象の同期性を確証する、正確に年代決定された63個の洞穴堆積物の結果を提示している。彼らの結果はまた、突然の気候変動のモデル・シミュレーションを検証し、氷床コア年代学のような他の時系列を較正するための手段を提供している。(Sk,KU,kh)

【訳注】
  • 亜間氷期:氷期もしくは間氷期が続く間の、更に細かな気候変動のうちの温暖な時期
  • 氷床コア年代:氷河や氷床から取り出された氷の試料中の安定同位体比を測定して決定される年代
Science, this issue p. 963

高血圧に対する子宮内治療 (In utero treatment for hypertension)

胎児発育期の慢性的低酸素は、子供の心血管リスクを増加させる。羊を用いた実験で、Bottingらは、ミトコンドリア標的ユビキノン(MitoQ)の子宮内輸送による低酸素-誘発性ミトコンドリア・ストレスの抑制が、成長制限と心血管系機能障害を防ぐことを見出した。治療された羊の子は、成年になってから発症する高血圧から守られた。ニワトリの胚では、MitoQ治療は低酸素に起因する構造的および機能的な心臓障害を予防した。このように、胎児の低酸素曝露を緩和する子宮内治療は、成人になってから発症する心血管系機能障害を防ぐかもしれない。(ST,KU,kh)

【訳注】
  • ユビキノン:ミトコンドリアの内膜に存在する化合物。呼吸鎖複合体との電子の仲介をする
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abb1929 (2020).