AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 7 2020, Vol.369

切れ味を悪くする微細な道筋 (A hair-splitting way to get dull)

かみそりは、その刃が髭より約50倍も硬いにもかかわらず、髭剃りをしていくとやがて切れ味が悪くなってしまう。刃の硬質皮膜の端部の丸まりと脆弱な亀裂が原因であると考えられていたのに対して、Roscioliたちによる詳細な微細構造の調査結果は別の機構を示している。面外方向の曲げ、微細構造の不均一性、およびアスペリティ(滑らかなエッジに沿った微視的な刃こぼれ)の組み合わせは、条件が揃うと、割れを発生させる場合があった。髭と刃先のアスペリティの接触部分から始まるこの割れは、他の過程よりも速く刃を鈍らせる刃こぼれ状態を作り出した。(Sk,ok,kj,kh,KU)

Science, this issue p. 689

手元の課題作業に適合 (Adapted to the task at hand)

RNAに基づく触媒は、細胞内RNAの代謝において基本的な課題作業を遂行する。特に真核生物ではそうであり、そこでは、特化したリボ核タンパク質(RNP)が、リボソーム組み立ての部品やメッセンジャーRNAの調節あるいはスプライシングの部品としてRNAを切断する。そのRNA成分とタンパク質成分の両方が、これらの大きな触媒複合体がどのように対象RNA基質と相互作用するかを形作る役割を果たしている。Lanたちは、RNA分解酵素MRPと呼ばれる酵母RNPの低温顕微鏡構造を、単独および小さなRNA基質に結合した状態で決定した。関連するRNA分解酵素Pとの比較は、RNA分解酵素Pのように純粋にRNA基質の構造を認識するのではなく、RNA分解酵素MRPは、そのタンパク質とRNAの両成分で特定の配列モチーフを備えたRNA基質を認識可能にしている点で違いのあることを明らかにした。これらの構造は、どのようにRNPが進化したのか、および、何故それらが真核生物におけるRNAプロセシングの中心にあり続けるのかを考察するのに役立つ。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 656

双極子のらせん (A helix of dipoles)

磁性材料において、磁気双極子は通常、隣り合う双極子と同じ方向または逆方向を向く。一方、らせん秩序のようなより複雑な秩序性も生じることがある。Khalyavinらは、BiCu0.1Mn6.9O12材料において、らせん秩序が磁性双極子ではなく電気双極子から形成されうることを見出した。この材料は関連する構造的らせん秩序も有しており、対称性解析は外部電場印可によって切り替えることが可能であることを示唆している。(NK,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 680

大気汚染の蔓延 (Air pollution epidemic)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2型 (SARS-CoV-2)の激増に対応して中国内の殆どの都市で強制された封鎖は、自動車交通の事実上の停止をもたらし、数週間の間生産活動を急激に減少させた。Leたちは、いくつかの地域における想定外に高レベルの粒子状の物質量や深刻な霧の形成を含む、封鎖が大気汚染にもたらした、予想された および予想されなかった影響のいくつかについて報告している。この自然実験は、大気汚染緩和戦略の評価に役立つであろう。(Uc,KU,kh)

【訳注】
  • 自然実験 (natural experiment):自然的・経済的・社会的に生じた状況変化を利用して多数の要因が複雑に影響する事象から特定の要因による処置効果を識別するための分析手法の一つ。
Science, this issue p. 702

敵味方認識の切り替え (Switching perception of friend and foe)

植物のリジン・モチーフ受容体は、病原性の或いは共生の窒素固定微生物の存在を伝えるグリカンを認識する。Bozsokiたちは、これらの受容体のどの部分が特徴的な結合ポケットを形成するかを明白にしている(BisselingとGeurtsによる展望記事参照)。そのモチーフは、免疫応答を開始する受容体に進化的に保存され、検知するキチン断片の不変の性質を反映していた。逆に、共生の信号に応答する受容体におけるそのモチーフはより変わりやすく、それらが検知するリポキトオリゴ糖(Nod因子)のより大きな多様性を反映している。ドメイン交換により、著者たちは、2つのマメ科植物種由来の受容体のNod因子特異性を切り替え、さらに病原性微生物の検出専用になるはずのキチン受容体を、その代わりにNod因子を認識可能にした。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • ノッド因子:マメ科植物の根粒形成開始時に根粒菌として知られる細菌が産生するシグナル伝達分子。 マメ科植物は細菌を取り込み共生関係をつくり、根粒菌は植物のために窒素固定産物を生成する。
  • ドメイン交換(Domain-swapping):2個以上のタンパク質単量体分子がその構造要素(ドメイン)を交換して二量体に折りたたむプロセス。
Science, this issue p. 663; see also p. 620

もっとゆっくりしたバブル崩壊 (Slower-motion bubble collapse)

粘性のある気泡の崩壊は、地球物理学やガラス製造、食品加工にとって実際的な関心事である。これまでの研究では、重力、あるいは小さな傷によって、粘着性泡のしわが寄ってつぶれる役割を果たしているかもしれないことを示唆していた。Oratisたちは、色々な粘度の気泡を研究することにより、また、それらを横向きや逆さまに傾けることにより、重力は重要ではないと結論付けている。それよりも、加圧された液体の表面張力と動的な応力が、気泡の挙動としわ不安定性の主要な駆動機構であると思われる。(Wt,nk,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 685

海底下の生命に対するより低いエネルギー上限値 (Lower power limit to subseafloor life)

海底下の堆積物中の微生物は、何百万年もの間、極端なエネルギーの制約下で生き残ってきた。地球規模の生体エネルギー論的生態系モデルを用いて、Bradleyたちは、過去約260万年に堆積した海底堆積物における微生物のエネルギー使用速度ももちろんだが、有機物分解の速度と熱力学的特性も計算した。海底下の生物圏の総エネルギー使用量は、上層の海で光合成によって生成されるエネルギーの0.1%未満であることがわかった。海底下の微生物の大部分は、以前の細胞維持力の推定よりも2桁低いエネルギー流束で生存している。非常に低いエネルギー流束は、海底の堆積物に棲みつく生命体のほとんどすべてに言えそうである。(Sk,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aba0697 (2020).

アフリカでの異なる状況 (A different picture in Africa)

コロナウイルス病2019(COVID-19)の世界的流行により、専門家たちは、アフリカが圧倒的な感染数と死亡数に見舞われるであろうと予測したが、そのようにはなっていないようである。報告に関する潜在的な問題はあるが、アフリカ諸国にはCOVID-19低い死亡率に寄与している別の要因があるのかもしれない。展望記事において、Mbowたちは、アフリカの若年層の人々が、どのようにして重篤な疾患を抑え込めたのかを論じている。他の要因、特に他の感染症や寄生虫への曝露も関与している可能性があり、それがアフリカ人の免疫系を訓練してよりうまく感染に対処しているのかもしれない。さらなる研究が必要であるが、アフリカでのCOVID-19の経過は、疾患の危険因子への我々の理解を深め、もしかするとそれを予防および治療するための革新的な解決策を明らかにするかもしれない。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 624

古細菌における分裂のプロテアソーム制御 (Proteasomal control of division in Archaea)

真核生物において、細胞周期因子のプロテアソーム介在の分解は、有糸分裂の終了、DNA分離、及び細胞質分裂(ESCRT-IIIタンパク質に依存する分離で終わる過程)を誘発する。真核生物に近い古細菌における細胞分裂を研究することによって、Tarrason Risaたちは、古細菌のESCRT-III相同体による細胞質分裂の誘発におけるプロテアソームの役割を解明した。この古細菌における細胞分裂は、複合体 ESCRT-IIIに基づく分裂環の段階的再構築によって駆動された。そこでは、一個のESCRT-IIIサブユニットの急速なプロテアソーム介在の分解が、残りのESCRT-IIに基づく共重合体の収縮を誘発した。これらのデータは、真核生物の細胞分裂機構がその起源を古細菌にもつという主張を強める。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • プロテアソーム:タンパク質分解を行う酵素複合体
  • 細胞質分裂:真核細胞が分裂する際、核の分裂に引き続き起きる細胞質の分離現象。この過程によって細胞分裂が終結する。
Science, this issue p. eaaz2532

SARS-CoV-2の脆弱部位 (Sites of vulnerability in SARS-CoV-2)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)を中和する抗体は、コロナウイルス疾患2019(COVID-19)の治療において重要な手段となるかもしれない。Brouwerらは、3人の回復期にあるCOVID-19の患者から403個の単クローン抗体を単離した。彼らは、その患者が宿主細胞上の受容体に結合する複合体である、ウイルスの棘突起タンパク質に対する強い免疫応答を持っていたことを示している。抗体のサブセットはウイルスを中和することができた。抗体の競合試験と電子顕微法による研究により、これらの抗体は棘突起上の多様な抗原決定基(エピトープ)を標的としており、そのうちの2つの抗体は宿主受容体に結合するドメインを標的とした最も強力なものであることが示された。(ST,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 643

SARS-CoV-2の新しいツボを突く (Hitting SARS-CoV-2 in a new spot)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する治療用抗体の重要な標的は、このウイルスの棘突起タンパク質である。これは3量体のタンパク質複合体で、各単量体はS1とS2のドメインからなり、それぞれが、宿主細胞への結合と宿主細胞膜との融合を仲介する。S1は、受容体結合ドメイン(RBD)に加えて、N末端ドメイン(NTD)を持っている。中和抗体の探索では、RBDに焦点が当てられてきた。Chiたちは、回復期の10人の患者から抗体を単離して、このウイルスを強力に中和するが、そのRBDには結合しない抗体を同定した。低温電子顕微法により抗原決定基がNTDであることが明らかとなった。NTDを標的にするこの抗体は、RBDを標的にする抗体と組み合わせて治療用混合物において有用となるかもしれない。(MY,KU)

Science, this issue p. 650

幅広い防御を探求する (Seeking broad protection)

科学者たちが、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する治療用抗体とワクチンを開発している一方で、これから現れてくる別種のコロナウイルスの危険性は 幅広い防御抗体を特定することも重要にしている。Wecたちは、同族のコロナウイルスであるSARS-CoVにより引き起こされた2003年勃発の生存者の記憶B細胞から、SARS-CoV-2の棘突起タンパク質に対する何百もの抗体を単離して特性を明らかにした。これら両方のウイルスで、棘突起タンパク質は、ヒト細胞のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体に結合することで、ウイルスの侵入を促進した。これらの抗体は棘突起タンパク質の複数の部位を標的としたが、強い交差中和を示した9つのうちの8つはACE2に結合するドメインを標的にしていた。これらの8つの抗体はまた、コウモリのSARS同族のウイルスも中和した。交差中和抗体に結合するウイルス棘突起タンパク質上の抗原決定基に光を当てることは、 幅広い防御効果のあるワクチン設計に導くかもしれない。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 731

細胞壁の再構築による接ぎ木の成功 (Grafting success by cell wall remodeling)

大きな果実を生み出す植物が、必ずしも大きな根を持つとは限らない。丈夫な台木に実りが多い接ぎ穂を接ぎ木することで、農業家はこの課題や他の課題に対する解決策を得ている。Notaguchiたちは、ある種の植物の接ぎ木が、なぜ他よりもよりうまく機能するかを研究した(McCannによる展望記事を参照)。タバコの近縁であるベンサミアナ・タバコ(Nicotiana benthamiana:Nb)は、広範囲の進化上の科からの植物と接ぎ木を形成できる接ぎ木のスーパーヒーローであることがわかった。トマトの接ぎ穂とシロイヌナズナの台木の間の仲立ちとして配置された少しの Nbは、これら二つの交じり合ったことのない植物種間の接合を何とか成功させた。細胞外領域に分泌されるβ-1,4-グルカナーゼの発現が、細胞壁の再構築を促進する上で鍵となることがわかった。(Sh,kj,kh)

Science, this issue p. 698; see also p. 618

シリコンで単層の窒化物を安定化させる (Stabilizing monolayer nitrides with silicon)

遷移金属の炭化物および窒化物は、単層膜の形なら潜在的に有用な電子的および化学的特性を有する、非層状材料である。これらの単層膜は一般に、空気や水に対する安定性に乏しい表面欠陥のある薄片を生じてしまう、化学的エッチングによって作られる。Hongたちは、窒化モリブデンの化学蒸着成長中にシリコンを導入すると、表面が不動態化され、島状薄片の形成が防止されることを報告している。半導体MoSi2N4のセンチメートル規模の単層膜は、2つのSi-N二重層に挟まれたMoN2層として形成される。これらの層は、高い機械的強度と環境安定性を備えている。(Sk,kh)

Science, this issue p. 670

MOF中の金属の並び順を地図化する (Mapping metal sequences in MOFs)

ほとんどの金属有機構造体(MOF)は、有機配位子を結びつける結節点に1種類の金属だけを含んでいる。複数の金属を含有する多変量MOFは、吸着特性と触媒特性における選択性をより広くすることができるが、これらの材料中の金属の配置を決定することは困難である。Jiたちは、三次元アトム・プローブ法が、コバルト、カドミウム、鉛、マンガンのイオンの組み合わせからなるMOF-74の単結晶に対して、金属の並び順を明らかにできることを見出した。このMOF中で金属は、有機物リンカーによりつながってハニカム格子をつくる、酸化物の棒を形成する。この得られた並び順は、金属の比率と合成温度を変えることで調整されるのだが, 無秩序, 長短の繰り返し、そして単一金属の挿入となることがあった。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 三次元アトム・プローブ法:試料を先鋭な針に加工し、高電界を印加してパルスレーザを照射しすることで、試料先端表面からイオン原子を脱離させ、対抗する平板検出器に飛行するイオンの飛行時間から原子種を同定し、検出器上の座標から原子位置を同定する方法。原子位置をナノメーター以下の分解能で決定できる。
Science, this issue p. 674

太陽のコロナ中の磁場 (The magnetic field in the Sun's corona)

太陽コロナは、太陽大気の最外層であり、高温で広範囲に広がった高電離プラズマで構成されている。この領域の磁場は、その多くの物理特性を駆動していると予想されるが、観測による測定はこれまで困難であった。Yangたちは近赤外線イメージング分光法を用いて、コロナ中の電子密度と電磁流体波の速さを決定した。これらの測定を組み合わせることで、彼らは観測可能なコロナ全体の磁場地図を導き出した。この方法は、潜在的には、太陽表面ですでに利用可能な磁場地図と類似した、定常的なコロナの磁場地図の作成に用いることができるだろう。(Wt,kh)

Science, this issue p. 694

インターフェロンは肺の修復に干渉する (Interferons interfere with lung repair)

インターフェロン(IFN)は、抗ウイルス免疫の中核である。ウイルス認識はIFN産生を誘発し、これが次にIFN刺激遺伝子(ISG)の転写を引き起し、さまざまな抗ウイルス機能に関与する。I型IFN(IFN-αとIFN-β)は広く発現し、ウイルス感染時に免疫病理をもたらすことがある。対照的に、III型IFN(IFN-λ)応答は主に粘膜表面に限定されており、損傷を与える炎症誘発応答を活発にすることなく抗ウイルス保護を付与すると考えられている。したがって、IFN-λは、コロナウイルス疾患2019(COVID-19)と他のそのようなウイルス性呼吸器疾患の治療薬として提案されている(Grjales-ReyesとColonnaによる展望記事を参照)。Broggiたちは、COVID-19患者の罹患率が、肺でのI型とIII型IFNの高発現と相関していると報告している。さらに、合成されたウイルスRNAに曝露されたマウス肺の樹状細胞から分泌されたIFN-λは、致命的な細菌重複感染が起き易くなる肺上皮損傷をもたらす。同様に、インフルエンザ感染のマウス・モデルを用いて、Majorたちは、IFNシグナル伝達(特にIFN-λ)は、p53を誘導し、上皮の増殖と分化を阻害することによって、肺の修復を妨げることを見出した。この状況を複雑にはしたが、Hadjadjたちは、重度で重篤なCOVID-19患者の末梢血免疫細胞がI型IFNを減らし、炎症性インターロイキン6と腫瘍壊死因子α主導応答を増強することを観察した。これは、IFNの局所産生とは対照的に、IFNの全身性産生が有益である可能性があることを示唆している。この3つの研究の結果は、IFN曝露の場所、時機、および期間が、ウイルス性呼吸器感染症の治療法の成功または失敗の根底にある重要な要因であることを示唆している。(Sh,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 706, p. 712, p. 718; see also p. 626

複雑な環を短経路でつくる (Short path to a complex ring)

ヌクレオチド類似体は、DNA合成などのプロセスに干渉するその能力のため、価値ある手段でありかつ薬物治療法である。これはDNA合成が、急速に分裂する細胞と急速に複製するウイルスに不可欠のためである。これらの分子は化学的に合成することが困難である。Meanwellたちは「リボース・ラースト(ribose last)」合成戦略を開発した。この戦略では、フッ素化非環状核酸が L-または D-プロリン触媒アルドール反応によって形成される(Millerによる展望記事参照)。この中間体は次に環化され、環化条件に基づくアノマー構造の制御により核酸類似体をワン・ポット反応で得ることができる。この戦略による入手可能なヌクレオチド類似体は、C2'位およびC4'位で修飾されたもの、プリンおよびピリミジン、およびロックされた生成物および保護された生成物を含む。(KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • アノマー(anomer):単糖が環状構造をとる(例えばグルコースがグルコピラノース構造をとる)と,カルボニル基が新たに不斉炭素原子となり、新しく光学異性体ができるが,この異性体をアノマーという。
Science, this issue p. 725; see also p. 623