AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 3 2020, Vol.367

人間の樹状突起は特別 (Human dendrites are special)

人間の脳の特別な発生プログラムは、皮質層2/3の不均衡な肥厚化を促進する。 このことは、層2/3の拡大が、この層の多数の神経細胞とそれらの大きな樹状突起と相まって、我々を人間たらしめることに貢献しているのかもしれないことを示唆している。 そのため、Gidon たちは、手術により切除されたてんかん患者の脳組織から採取された薄片中の、層2/3錐体神経細胞の樹状突起の生理機能を調査した。 2チャンネル電気生理計測での細胞体樹状突起の記録は、これらの神経細胞の樹状突起における、これまで知られていなかった種類の活動電位を明らかにした。 それらの活動電位は、神経細胞の活動をこれまで考えられてきたよりもずっと複雑にしている。 これらの活動電位は、従来は多層の神経細胞網を必要とすると考えられていた、神経科学上の二つの計算問題を単一の神経細胞が解決することを可能にしている。(Sk,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 皮質層2/3:大脳皮質を構成する6層のうち、表層から2、3番目に存在する外錐体細胞層(L2/3とも表す)。
  • 計算問題:ここでは、 算術ではなく、論理演算 (AND, OR, XOR) のことを言っている。
Science, this issue p. 83

単一細胞分解能での化学的トランスクリプトミクス (Single-cell chemical transcriptomics)

単一細胞のトランスクリプトーム技術は、細胞の不均一性を個々の細胞の分解能で研究するための強力な手段として浮上している。 Srivatsan たちは今回、単一細胞のトランスクリプトミクスと、sci-Plexと呼ばれる方法のオリゴ・ハッシングおよび低分子スクリーニングを組み合わせることで、これまでと異なる種類の情報と複雑さを追加している。 多くの化合物のスクリーニングには多くの細胞のプロファイルを作成する能力が必要であり、かつスクリーニングはさまざまな方法で細胞を乱すため、実証実験として著者たちは3つのガン株における188の化合物の効果を試している。 sci-Plex方法は、1回の実験で数千もの実験条件からの遺伝子発現プロファイルを得ることができる。(KU,nk,kj)

Science, this issue p. 45

5回対称双晶への経路を見出す (Finding the fivefold path)

自然界で形成される結晶、あるいは実験室で合成される結晶は、双晶と呼ばれる配向の異なる領域を持つ。 5回対称のこのような領域を持つことは比較的よく見られるが、これらの5回対称双晶がどのように形成されるのかは依然謎である。 Song たちは、透過型電子顕微鏡によるその場観察とシミュレーションを組み合わせて、金、白金、パラジウムのナノ粒子中で5回対称双晶を形成する2つの異なる経路を見つけた。 この組み合わせはこのような双晶形成過程への重要な洞察を提供し、さまざまな応用に適したナノ粒子の開発に利用できるかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • 5回双晶:同種の単結晶5個が5回回転対称軸で接している双晶。
Science, this issue p. 40

あなたが気付いてない結び目だ (It's knot what you know)

なぜ、いくつかの結び目はしっかり結ばれたままであると思われるのに、他の結び目はすぐにほどけてしまうのだろうか? Patil たちは、結び目の安定性の理論的分析法を開発し、位相幾何学的因子(ねじれ模様、交差数、巻き方)と機械的安定性の間の関連を見出している。 この理論は、2本の絡み合ったひもが引き離される際に、結び目のいろいろな部分の局所的な応力差を光学的に示す色変化繊維に対するシミュレーションと実験を用いて確認されている。 著者たちは、なぜ、いくつかの普通の結び目が簡単に滑ってほどけるのに、他の結び目はしっかり結ばれたままなのかを示している。(Sk,MY,ok)

Science, this issue p. 71

粒子加速器の小型化 (Miniaturizing particle accelerators)

粒子加速器は通常、国家的な大規模施設に置かれる。 光子は電子に運動量を与えることができるため、レーザーに基づいた粒子加速器開発の試みもある。 Sapra たちは、光と電子の間の相互作用を最適化するためにフォトニック逆設計法を用いて、一体化粒子加速器を開発した。 彼らは、特別に設計されたチャネルに沿って、わずか30マイクロメートルの距離で、80キロ電子ボルト(keV)の電子束に約0.9keVのエネルギーを追加できることを示している。 このような小型化された誘電体レーザー加速器は、粒子物理学を多くの科学分野に広げることができるだろう。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 79

中石器時代の料理 (Middle Stone Age cooking)

料理された澱粉質性植物の食料の早期の証拠はわずかであるが、澱粉質の根の消費は人間の日常食における重要な鍵となる技術革新であった可能性がある。 Wadley たちは、17万年前までさかのぼる、南アフリカのボーダー・ケーブから得られた、完全なヒポキシス属の炭化した植物の地下茎の同定について報告している。 この植物考古学的遺留物は、地下貯蔵組織を料理した最早期の直接的な証拠を示している。 食用ヒポキシスの地下茎はこの場所の中石器時代人によって、この洞穴で料理され消費されてきたように見える。 ヒポキシスは広範な地理的分布を有していて、このことはこの地下茎はアフリカにおけるホモサピエンスにとって手近な確かな炭水化物の源泉であり、おそらくは人間集団の移動を促進した可能性があったことを示している。(Uc,ok,kj,kh)・ヒポキシス:アマリリスに似た、球茎から生長し、葉のない茎に花をつける小さな植物。

Science, this issue p. 87

新しい転写ネットワークの生成 (Generating a new transcriptional network)

生物の新規性は転写回路の変化から生じる。しかし、最初に何が生じているのか、調節タンパク質の変化なのか或いはシス調節配列の変化なのか? Britton たちは、菌類のサッカロミケス亜門(Saccharomycotina)クレードにおけるMatα2タンパク質を調べている。 彼らは、この太古のホメオドメイン・タンパク質Matα2によるa-特異性遺伝子群の抑制を伴う新たに進化した転写回路が、数百万年ほど隔たった2つの段階で発生したことを示している。 最初の段階で、Matα2はいくつかの翻訳領域の変化とそれに続くシス調節配列の変化を獲得した。 このクレード特異的要件は、新しいa-特異性遺伝子群の抑制回路が生まれるずっと前に、Matα2の翻訳領域変化がどのようにして準備が済んでいたのかを説明する。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • ホメオドメイン:DNAに結合して遺伝子調節にはたらく領域。
  • シス調節配列:遺伝子の近傍にあって、その部分に調節タンパク質が結合すると遺伝子の転写が調節される領域。
  • a-特異性遺伝子群:Saccharomycotina クレードには二つの細胞型 a-とalpha-型細胞がある。
Science, this issue p. 96

記憶の神経基盤 (The neural substrate of memory)

記憶形成能力は、学習とそれによる知識の蓄積を可能にする不可欠の特性である。 しかし、記憶とは何だろうか? 脳内で記憶を形作る神経基盤を捜す長い歴史があり、新たな見方は、記憶の形成と読み出しの仕組みを記憶痕跡細胞団で説明するというものである。 Josselyn と Tonegawa はレビュー記事で、記憶の基盤としての記憶痕跡細胞に対する証拠を、特にげっ歯類において論じている。 すなわち、記憶形成、経時的な記憶読み出し、記憶の喪失などの記憶の特色に関して我々が今まで学んだことを、また、記憶が知識になる仕組みを理解するための今後の方向性を、論じている。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • 記憶痕跡細胞:記憶が蓄えられている脳内の特定の神経細胞群のこと。
Science, this issue p. eaaw4325

多様な人々の間のガン (Cancer in diverse populations)

ガンに対する特徴的な遺伝子変化と臨床特性について知られていることの多くは、高所得国における白色人種ガン患者の研究に由来している。 しかし、この内容は多くの社会における遺伝の多様性を反映しておらず、それ故、ガン患者全般を効果的に診断・治療することができない。 Rebbeck は展望記事で、サハラ以南アフリカにおけるガン患者のガンが、臨床的にまた分子的にはっきり異なるという新たな証拠について論じている。 これらの差異を理解することは、サハラ以南アフリカおよびそこから離散した人々の中のガン患者の治療を改善するはずである。 遺伝子変化の多様性の評価はまた、全ての人々におけるガンを診断・分類する方法の改善を可能にする。(MY,nk)

Science, this issue p. 27

アルテミシニン薬剤耐性の機構 (An artemisinin resistance mechanism)

マラリア原虫プラスモディム属の種は赤血球に生息し、kelch13と呼ばれる進化的に高度に保存された遺伝子を持っている。 この遺伝子の単一点変異は、最先端の抗マラリア薬であるアルテミシニン薬剤に対する耐性と関連している。 Birnbaum たちは、Kelch13および関連タンパク質が、宿主ヘモグロビンを摂食することに関連するエンドサイトーシスの区画を構成していることを見い出した(Marapana および Cowman による展望記事参照)。 アルテミシニン研究に関する活発な矛先もこの区画に向けられており、それにはタンパク質UBP1、AP-2μ、エンドサイトーシス・タンパク質Eps15の原虫相同体が含まれる。 Kelch13区画タンパク質の不活性化は、これらが宿主ヘモグロビンのエンドサイトーシスに必要であることを明らかにした。 アルテミシニンはヘモグロビンの分解生成物によって活性化され、それ故にこれらの変異は原虫をさまざまな程度で薬剤耐性にする。(KU,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 51; see also p. 22

光学的に歪めて新次元へ (Optically contorting into new dimensions)

人工次元の創出は、極低温原子物理学からフォトニクスに至るまで、科学の多くの分野で関心を集めてきた。 これが可能になると、実効的なゲージポテンシャルと、実際の系では実現が困難または不可能かもしれない新しいトポロジカルな物理学を実現するための汎用基盤が提供される。 Dutt たちは、構造化された光学環状空洞が1つ以上の人工次元を維持できることを示している。 変調を行うと、共振器内のさまざまな自由度の結合を用いることにより、2つの追加の人工次元が合成できる。 次に、著者たちは、通常では凝縮物質系に関連する多くの複雑な物理現象をまねることが可能となった。(Wt,kh)

Science, this issue p. 59

対掌性のマヨラナ粒子を探す (Looking for chiral Majoranas)

対掌性のマヨラナ・モードは、量子異常ホール絶縁体と超伝導体で構成されるヘテロ構造に存在すると予測されている。 Kayyalha たちは、このような試料を30個以上作製し、輸送測定を用いてマヨラナ・モードの痕跡を探した。 このデータは、以前はマヨラナ物理学に関連付けられていると考えられていた輸送の痕跡が、それらの試料では、よりありふれた機構を用いて説明されるかもしれないことを示した。(Sk,kh)

【訳注】
  • マヨラナ粒子:粒子と反粒子が同一の中性フェルミ粒子。
  • マヨラナ・モード:電子と正孔の混成形態。
Science, this issue p. 64

伝搬マヨラナ状態の可能性 (A possible propagating Majorana)

固体系のマヨラナ状態は、いつの日かトポロジカル量子計算の基盤になるかもしれないと期待されている。 これまで確認されてきた候補の多くはマヨラナ束縛状態のものであったが、理論家たちは伝搬型のマヨラナ状態も同様に存在することを予測してきた。 Wang たちは、FeSe0.45Te0.55 の表面にそのような状態が存在するかを探索した(Tewari と Stanescu による展望記事参照)。 走査型トンネル分光法を用いて、筆者たちはある特定の種類の磁壁に沿って、平坦でバイアスに依存しない状態密度が存在することを計測した。 これは、同材料における伝搬型マヨラナ状態の理論予測と一致していた。 本結果がトポロジカルに自明な起源によることの可能性を完全に排除することは困難ではあるが、本研究は今後マヨラナ状態の母材料としての鉄系超伝導体の関心を刺激しそうである。(NK,kh)

Science, this issue p. 104; see also p. 23

複雑な形状の微妙な起源 (Subtle origin for complex shapes)

食虫植物のお椀形状の葉が、平らな葉を持つ祖先から進化することは何度も起きた。 Whitewoods たちは、瘤付きタヌキモ、すなわちオオバナイトタヌキモにおける食虫植物の捕虫嚢の発生を研究し、平らな葉の表面に発現する遺伝子と類似した遺伝子を特定した(Moulton と Goriely による展望記事参照)。 非正常位置での発現と計算によるモデル作成が、わずかな遺伝子発現領域の変化が、いかにして平坦な葉と回旋状の捕虫嚢構造の違いを生むかを明らかにしている。 直交した極性場での成長率の柔軟性が、発生を通して形成される形状の多様性を可能にしている。(Sk,kh)

【訳注】
  • タヌキモ:世界中の湖沼や湿地に生育する食虫植物。
  • 極性:葉の発生初期に、植物の葉の表/裏に対応した向軸/背軸という極性が確立され、この極性に基づいてさまざまな細胞が分化する。
Science, this issue p. 91; see also p. 24

チューブリンの自己調節機構 (Mechanism of tubulin autoregulation)

細胞は、リボソームやシャペロン等の重要な調整因子の量を厳密に制御して、恒常性に必要な最適水準にそれらを維持する。 ほとんどの量制御機構には、mRNA転写のフィードバック制御が含まれているが、チューブリン等の他のものは、高度に特異的なmRNA分解によって制御される。 Lin たちは、過剰なチューブリンが存在する場合、テトラトリコペプチド・タンパク質5(TTC5)が翻訳中のリボソーム上の新生αおよびβチューブリンに結合し、それらに付随しているmRNAの分解を誘発することを見い出した(Shoshani および Cleveland による展望記事参照)。 TTC5仲介のチューブリン自己調節がない場合、細胞は(チューブリン濃度に決定的に依存する過程である)染色体分離で間違いを起こしやすい。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. 100; see also p. 29

静電気が発色団のねじれを導く (Electrostatics guide chromophore twist)

光異性化—光の吸収に応答しての分子内結合のねじれ—は、生態で光を感知するために活用され、撮像応用に使われる蛍光タンパク質の光物理特性に影響を与える可能性がある。 Romei たちは、光切り替え可能な緑色蛍光タンパク質Dronpa2に非天然アミノ酸を導入し、結果、発色団の電子特性を体系的に変更して、その挙動を研究した(Hu たちによる展望記事参照)。 一連のこれら変更物の結晶構造と分光分析は、発色団とその周囲環境との間の静電相互作用が、光異性化反応の際の異なる結合の周りのねじれの障壁高さに影響を与えるモデルを支持する。 これらの洞察は、望ましい特性を備えた光切り替え可能なタンパク質の今後の設計を導くかもしれない。(Sh,nk,kh)

Science, this issue p. 76; see also p. 26

禁制幅を操作する (Manipulating the gap)

クプラート超伝導体は、概して大量の空間的不均一性を持ち、その一部は化学ドーピング過程の不均一性に由来する。 特に、分光学的禁制幅の大きさが、1つの試料の全体にわたって広範囲に変化することがある。 Massee たちは、走査トンネル顕微鏡の探針を使って、Bi2Sr2CaCu2O8+x クプラート族に属するある化合物の表面上の原子を操作した。 ビスマス原子を上下に動かすことで、隣接する原子の横方向への移動がもたらされ、その箇所の分光学的禁制幅の大きさの可逆的な局所変化を引き起こした。 この手法は、他の相関系物質の電子状態に及ぼす局所格子の影響を探るのに用いることができると期待される。(MY,kh)

【訳注】
  • クプラート:銅を中心金属とする陰イオン錯体。
Science, this issue p. 68