AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 20 2019, Vol.365

絶滅が再構築を引き起こす (Extinction leads to restructuring)

おおかたの推測では、人間の活動は地球の6回目の大量絶滅をもたらしつつあり、大型哺乳類は最も危険性が高い中の1つである。 このような極めて重要な生態系要素の喪失は、生態系の構造と機能に相当な影響を与える可能性があるが、これらの影響を完全に理解することは困難である。 Tóth たちは、更新世における大型哺乳類の喪失に注目し、可能な群集形成効果を明らかにした。 彼らは、大型哺乳類の消滅が、群集構造の再編成をもたらし、群集構造の原動力が生物的から非生物的なものへと移る結果につながることを発見した。 過去の変化を理解することは、我々が現在促進しつつある絶滅の、群集段階の影響を予測するのに役立つかもしれない。(Sk,MY,kh)

【訳注】
  • 群集:同一地域に生息する多種類の生物のまとまり。
Science, this issue p. 1305

キャッチ・アンド・リリース (Catch and release)

シャペロンは、細胞内でタンパク質を適切に折り畳むために不可欠であるが、クライアント・タンパク質との相互作用は動的であるため、研究が困難である。 Jiang たちは核磁気共鳴分光法を使用して、シャペロンHsp70とHsp40がクライアントの結合と放出のサイクルにおいてどのように連携しているかを調べた。 Hsp40は複数の結合部位を介して動的に結合することにより、クライアント・タンパク質の折り畳み特性を変え、おそらく本来と異なる状態の折り畳みをほどく。 Hsp70はHsp40に結合して、ほどかれたこのクライアントを除去する。 放出されたこのタンパク質は、それが持つ本来の状態に折りたたまれるか、別のシャペロン・サイクルのために再束縛される可能性がある。(KU,MY,kj)

Science, this issue p. 1313

磁性ワイル半金属 (Magnetic Weyl semimetals)

ワイル・フェルミオンと呼ばれるエキゾチック準粒子を保持する材料、ワイル半金属(WSM)は、空間反転または時間反転の対称性のいずれかを必ず破る。 空間反転対称性を破るWSMは数多く特定されているが、ある材料が時間反転対称性を破るWSMであることを明確に示すことは難しい。 今回3つのグループが、磁性材料において後者の状態に対する分光学的証拠を与えている(da Silva Neto による展望記事参照)。 Belopolski たちは、角度分解光電子分光法を用いてCo2MnGaを調べ、エキゾチックな鼓膜型の表面状態が存在することを明らかにしている。 Liu たちは、同様の手法を用いてCo3Sn2S2 を研究し、これは、Morali たちによる走査型トンネル分光測定により補完された。 これらの磁性WSM状態は、エキゾチックな輸送効果に対する理想的な道具立てを提供する。(NK,MY,kj)

Science, this issue p. 1278, p. 1282, p. 1286; see also p. 1248

積極的忘却のための脳内経路 (A brain pathway for active forgetting)

睡眠は、いくつかの機構を介して記憶に影響を与える。 Izawa たちは、想定される脳内の新たな経路、すなわち、レム睡眠中に活動する視床下部のメラニン凝集ホルモン(MCH)産生神経細胞を特定した。 それはなかでも、海馬に投射している。 驚くべきことに、MCH神経細胞の遺伝子破壊により、マウスの記憶能力が向上した。 逆に、MCH神経細胞の遺伝子の薬理的活性化は記憶を害した。 生体外での生理学的実験は、海馬薄片のMCH神経細胞繊維の活性化が錐体細胞のスパイク発生を抑制することを示した。 これらの発見は、MCH経路が記憶調節の標的になるかもしれないことを示している。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 1308

線虫がオピオイド受容体への見識をもたらす (Worms yield opioid receptor insight)

μ-オピオイド受容体(MOR)は、モルヒネや強力な合成オピオイドであるフェンタニルなどの鎮痛剤の標的である。 致命的になるかもしれない副作用を抑制し、依存症の可能性を管理するには、受容体機構のより良い理解が必要である。 Wang たちは、線虫による選別を用いて、MOR機能に影響を与える遺伝子を見出した(Mercer Lindsay と Scherrer による展望記事参照)。 彼らは、GPR139と呼ばれる別の受容体を発見した。 この受容体の喪失は、マウスにおいてモルヒネの効果を増大させたが、禁断症状を減少させた。 GPR139は、オピオイド療法の安全性または有効性を改善するための標的になるかもしれない。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • オピオイド:痛み止めに用いられる強力な医療用麻薬であり、北米ではその乱用が社会問題となっている。
Science, this issue p. 1267; see also p. 1246

生細胞における核酸の追跡 (Tracking nucleic acids in living cells)

蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)は、細胞内の核酸を検出するための強力な分子技術である。 しかしながら、その技術は細胞の固定と変性を必要とする。 Wang たちは、CRISPR-Cas9が、細胞において標的DNAに結合した場合にのみガイドRNAを分解から保護することを発見した。 この標的依存的安定性の切り替えを利用して、彼らは、CRISPR LiveFISHと命名された標識技術を開発し、DNAとRNAをそれぞれCas9とCas13を有する蛍光発色団-結合ガイドRNAを使って検出した。 CRISPR LiveFISHは、S/N比を改善し、生細胞に適合し、ゲノム編集、染色体転座、および転写の実時間での動態を追跡可能にする。(KU,kj)

【訳注】
  • 蛍光 in situ ハイブリダイゼーション(fluorescence in situ hybridization:FISH):蛍光物質などで標識したオリゴヌクレオチド・プローブを用いて目的の遺伝子とハイブリダイゼーションさせ蛍光顕微鏡で検出する手法。
Science, this issue p. 1301

地球規模の気候を安定化する必要性 (The need to stabilize global climate)

気候変動は今後数年のうちに、人間と地球生態系に対する最大の脅威となるだろう。 それで自然科学と社会科学の展望全体から、温暖化の影響を理解し伝える差し迫った必要性が存在する。 Hoegh-Guldberg たちは、気候変動の影響に関する文献を概説し、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最近の報告書について詳しく述べている。 彼らは、物理系、生態系、農業そして人間の生活に対する 1°, 1.5°と2°C、もしくは更に高温の温暖化影響の証拠を提供している。 産業革命前の水準に対して1.5°C以下に気候変動を制限することの利益は、それを達成する費用を上回るだろう。(Uc,MY,ok,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw6974

研究に導かれた河川回復 (River restoration guided by research)

人間の活動により、地球の多くの河川の流れが変化し、生物多様性や水質、生態学的過程に悪影響を及ぼしている。 レビュー記事で Palmer と Ruhi は、流れの変化が及ぼす生物相と生態系の諸過程への影響に対する洞察に基づいて、回復設計が現在どのように自然の流況の生態学的に重要な側面を模倣しようとするかを説明している。 そのような取組みが成功するには、それは、洪水バルスを説明するにとどまらず自然の流れの変動性を回復し、川とその周辺との間の水文学的な接続性を達成せねばならない。(Wt,MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 洪水パルス:非洪水期には河川水域および氾濫原でそれぞれの生態系が育まれるが、洪水期には冠水によって両者で生成された有機物・栄養塩が交換を起こし、それが洪水終了後の河川の環境基盤を作り出すという概念。
Science, this issue p. eaaw2087

線虫の最終細胞を同定する (Identifying terminal nematode cells)

単一細胞RNA塩基配列決定は、ある生物体の発生過程の軌跡を同定する原動力を与える。 しかし、細胞発生の経時的系譜の同定は、大規模解析抜きでは困難なことがある。 Packer たちは、線虫であるCaenorhabditis elegans の胚に由来する8万個以上の細胞のRNA塩基配列を決定して、最終細胞型の発生へと向かわせる遺伝子の発現を究明した。 C. elegans の1個体中の全ての体細胞が対応付け(マッピング)されたため、著者たちは、遺伝子発現と細胞の系譜を、発生中の時間にわたって結び付けることができ、幾つかの場合における著しい転換について言及している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • Caenorhabditis elegans(カエノラブディティス・エレガンス):非寄生で体節構造を持たない細長い糸状の虫。成虫の体細胞の数は1000個程度と非常に少ない。
Science, this issue p. eaax1971

家畜の抗生物質耐性 (Livestock antibiotic resistance)

抗生物質の最大の使用は家畜向けであり、またそれは、世界の食肉に対する需要の高まりにつれて、ますます増加している。 家畜における薬剤耐性の発生と人間への危険性にとって、抗生物質の需要の高まりが何を意味するのかは不明である。 Van Boeckel たちは、過去20年にわたる系統的な再調査に基づいて、家畜における抗菌薬耐性の世界的負担を述べている(Moore による展望記事参照)。 鶏と豚で生じている耐性細菌株の数が明らかに上昇している。 今回の研究は、低および中所得国に対して切望されてきた基準モデルを提供し、また、今後のデータを追加できる「ワンヘルス」の視点を提供する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ワンヘルス(one health):人間・動物・環境は相互に関連しており、それらの健康を全体的に捉え、3者の健全性を維持することで真の健康が得られるという考え方。
Science, this issue p. eaaw1944; see also p. 1251

線状のノードのトポロジー (The topology of line nodes)

トポロジカル物質のバンド構造の縮退は、線状の形、あるいは、相互に接続されたループ状の鎖の形で現れることができる。 Wu たちは、これらの節線について、また、システム変数の変化につれてどのようにそれらが成長するかについて、理論的に研究している。 彼らは、弱いスピン軌道結合を持ち、反転対称性と時間反転対称性の組み合わせが重要なある部類の材料に焦点を当てている。 非可換トポロジー電荷は、これらのライン配置に制約を与えるような材料の節線に結び付いている。 計算によると、ひずみが存在するもとでの中性のスカンジウムが、この従来にないトポロジーのテストとなる系を与える可能性のあることを示している。(Wt,kj,kh)

Science, this issue p. 1273

18員の炭素環 (An 18-member carbon ring)

炭素の同素体はC60 フラーレンとC70 フラーレンなどの分子種を含む。 Kaiser たちは今回、5ケルビンの塩化ナトリウム表面上に吸着することで反応性が抑制された有機前駆体からの、大炭素環のシクロ[18]炭素の組み立てを報告している(Maier による展望記事参照)。 原子間力顕微鏡の探針で酸化炭素環分子であるC24O6 を巧に操作することで、一酸化炭素分子が除去され、所望の全炭素環の形成に至った。 高分解能撮像で、「全二重結合」構造と比較して、「交互の一重結合と三重結合」構造であることが明らかにされた。(MY,kh)

【訳注】
  • 同素体:単体元素が複数の異なる構造を持ち、化学的・物理的性質が異なる物質同士の関係となっていること。
  • シクロ[18]炭素:18個の炭素だけから作られた環状化合物。
Science, this issue p. 1299; see also p. 1245

老年期における抵抗力の減少 (The decline of resistance in old age)

感染、免疫、および人口統計学は、絡み合っているにもかかわらず、同時に測定されることはほとんどない。 Froy たちは、大西洋の遠く離れた島、セントキルダのSoay sheepにおける腸内寄生虫(helminth)感染への抵抗力の免疫マーカーを測定した(Gaillard と Lemaitre による展望記事を参照)。 彼らは、野生で管理されないまま放置された800頭の既知の個体から2000の血液サンプルのライブラリーを使用した。 羊が年を取るにつれて抵抗力が減少し、冬を生き延びる羊の可能性を低下させる。 Helminth は、ヒトを含む多くの自然システムの重要な要素であり、したがって、年齢とともに健康への負荷が増加する可能性がある。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1296; see also p. 1244

遺伝子調節由来の冠水抵抗力 (Flood-resistance from gene regulation)

ある植物は他の植物よりも洪水に耐える。 Reynoso たちは、冠水に適応しているイネの、冠水によって活性化される遺伝子調節ネットワークと、あまり冠水に適応していない種のそれとを比較した。 洪水に関連する遺伝子の調節は、転写と同様にクロマチン接近可能性により特徴づけられていた。 洪水応答回路は乾燥地の種でも同様に明らかであるが、その活性化は湿地のイネでより大きい。(ST,kh)

Science, this issue p. 1291

読み方の習得が脳をどのように変えるか (How learning to read changes the brain)

読み方を習得するには、知覚能力と認知能力の微調整が必要であり、ある程度視覚皮質内の文字について敏感な脳領域に依存すると考えられている。 Hervais-Adelman たちは、この脳領域が脳の隣接領域に属する皮質領域を奪うかどうかを試験するため、さまざまな程度の読み書き能力を持つ個人を対象にした磁気共鳴機能画像法による大規模な研究を行った。 文字刺激とそうでない視覚刺激に対する皮質の反応を調べることにより、彼らは、読み書き能力が他の視覚カテゴリーに敏感な皮質組織の範囲を縮小するのではなく、初期の視覚反応を高めることを見出した。 このように視覚処理を担う脳領域は、文字に属するおよび他の視覚カテゴリーに属する対象への二重の表現能力を発達させる。(Sh,MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 視覚カテゴリー:人の視覚野では、顔や物体、風景など目に見えるもの全てを分類し、分類した視覚カテゴリーごとに脳領域を分けて視覚処理をしている。
Sci. Adv. 10.1126/sci adv.aax0262 (2019).