AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 5 2019, Vol.365

最大の異常発生 (The biggest bloom)

北大西洋の中央にあるホンダワラ属海藻の流れ藻は、15世紀にクリストファー・コロンブスによって最初に報告された。 これらの流れ藻は、大量に存在しているが、最近までは限定的で不連続であった。 しかしながら、Wang たちは、2011年以降このマットが密度と空間的範囲を増大させ、西アフリカからカリブ海およびメキシコ湾に及ぶ8850キロメートルの長さの帯を発生させたと報告している(Gower と King による展望記事参照)。 これは、世界最大の大型藻類の異常発生となる。 そのような頻発する異常発生は、新たな常態になるかもしれない。(Sk,kh)

【訳注】
  • ホンダワラ属:小さな浮嚢を有する海藻で、外洋に浮遊する種のものは、広範囲の海表面を高密度で覆いつくす流れ藻を形成することがある。
Science, this issue p. 83; see also p. 27

適応免疫を超えて (Beyond adaptive immunity)

原核生物のCRISPR-Casシステムは、細菌細胞をファージとプラスミドの感染から守る。 Strecker たちは、従来の外敵侵入に適応する免疫を超えて機能するCRISPR-Casシステムの特徴を明らかにした(Hou と Zhang による展望記事参照)。 シアノバクテリア由来のタイプV-K CRISPR-Cas は、Tn7様トランスポゾンおよび天然のヌクレアーゼ欠損エフェクターCas12k を連結していた。 Cas12k は、RNA-誘導Tn7 の転移を介して標的部位へTn7様トランスポゾンの挿入を指令した。 この系は再プログラムされて、in vitroでも大腸菌ゲノム中へも、効率的かつ特異的にDNAを挿入した。(KU,MY,kj)

【訳注】
  • トランスポゾン:ゲノム上の位置を転移できる塩基配列(動く遺伝子)。
Science, this issue p. 48; see also p. 25

世界的な森林被覆の可能性 (The potential for global forest cover)

地球規模で森林地を回復することは、大気中の炭素を捉え、気候変動を緩和するのに役立つかもしれない。 Bastin たちは、森林被覆の直接測量を用いて、地球全体にわたる森林の回復可能性のモデルを作成した(Chazdon と Brancalion による展望記事参照)。 それらの空間的に明示された地図は、既存の森林、農地および市街地の外側に、どれくらい多くの追加の樹木被覆が存在し得るかを示している。 ビジネス生態系は、追加の9億ヘクタールの持続的な森林を支えることができるかもしれない。 これは、5,000億本以上の木と、それらが成長した時の200ギガトン以上の追加炭素が含まれる、森林面積の25%以上の増加を意味するであろう。 このような変化は、大気中の炭素貯留を約25%削減する可能性を有している。(Sk,kh)

Science, this issue p. 76; see also p. 24

プロトン・ポンプを再充填する (Refilling the proton pump)

タンパク質は動的である。 側鎖の再配列、二次構造、それにドメイン群の全体は、機能の変移をピコ秒からミリ秒までの時間尺度で開閉する。 Weinert たちは、時間分解連続結晶解析法を用いて、プロトン・ポンプであるバクテリオロドプシンにおいて、ポンプ周期間でのプロトンの再分配を可能にする大規模立体構造変化を研究した。 彼らは、X線自由電子レーザーに対して用いられた方法を、シンクロトロンのX線源に応用した。 大きなループの動きとそれによる鎖状水分子の形成が、バクテリオロドプシンの開始状態を再生する中核をなしていた。(MY,kh)

【訳注】
  • プロトン・ポンプ:光エネルギーなどを使ってプロトンを能動輸送し、生体膜の内外に膜電位やプロトン勾配を作り出す機能。
  • バクテリオロドプシン:増殖に高濃度の塩化ナトリウムを必要とする好塩性古細菌が作り出す紫色の膜タンパク質で、光エネルギーを用いて細胞内から細胞外へ水素イオンを輸送する機能を持つ。
  • 自由電子レーザー:真空中で光速近くまで加速した電子を磁場の中で曲げたときに放出された光を光共振器と組合せて発振されるレーザー。
  • シンクロトロン:一定方向の磁場内におかれたドーナツ型真空容器内で円運動する荷電粒子に高周波電場を加え、繰返し加速する装置。
Science, this issue p. 61

小さいほど延性が増す (Smaller but more ductile)

マグネシウム合金は強力で軽量であるが、延性の乏しさが、自動車、電車、航空機分野における広範な活用を制限する一要因となっている。 この延性の乏しさを回避するための通常の方法は、他の元素を追加することだが、それは高価になる可能性がある。 Liu たちは、非常に小さな純マグネシウムの試料が、以前に信じられていたよりはるかに延性があることを示している(Proust による展望記事参照)。 小さい試料では、大きい試料で破断を引き起こす双晶変形が抑制されている。 この機構を回避することで、マグネシウムと他の金属との高延性の合金の開発が可能になるはずである。(Wt,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 73; see also p. 30

文化を超えた正直さと利己心 (Honesty and selfishness across cultures)

経済問題への合理主義者の取り組み方は、人々は自身の利益を他人のそれより上に見積もる、と仮定する。 Cohn たちは、物質的な自己利益とより利他的なふるまいとの間の妥協点について調べたいと思った(Shalvi による展望記事参照)。 彼らは40の国々の365の都市で、何種類かの額のお金が入った17,000を超える財布をばらまいた。 経済問題に対する合理主義者の理論の予測とは対照的に、市民はより多くの金額が入った財布ほど返却する傾向にあった。 この発見はまた、世界各国での高水準の市民の正直さを明らかにしている。(Uc,MY,nk)

Science, this issue p. 70; see also p. 29

光解離の全景 (A panoramic view of photodissociation)

光パルスの時間が短くなるにつれて、それに対応して周波数範囲が広くなる。 Kobayashi たちはアト秒パルスのこの両方の特性を利用して、臭素とヨウ素の超高速スペクトル移動を同時に検出することにより、一臭化ヨウ素(IBr)の光解離を解明している。 先行光照射がI-Br結合を弱め、その後、原子が飛び離れるにつれて、それらは、結合の振動が電子の基底状態と励起状態を相互作用させることのできる配置に到達する。 広帯域の検出用光パルスが、この連結状態における各原子の電子構造の急速な変化を明らかにする。(Wt,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 79

メタ表面による偏光カメラ (A metasurface polarization camera)

物体から散乱された偏光を撮像することで、ある場所からの情報を得る自由度が追加される。 従来の偏光計は大きいことがあり、また多くの場合機械可動部品で構成されている(偏光度が分かるよう回転する偏光子と検出器からなる装置を伴う)。 Rubin たちは、従来用いられてきた偏光光学系と稼働部品のない、メタ表面に基づく全ストークス小型偏光カメラを設計した。 この成果は、偏光画像法の簡素化につながるであろう。(NK,MY,ok,kh)

Science, this issue p. eaax1839

東アフリカの遺伝的特徴と牧畜 (East African genetics and pastoralism)

家畜の起源と世界での広がりは、その土台となる人間集団の遺伝子構成にも影響を与えた。 しかしアフリカにおいて、移動する食料生産者と地元の狩猟採集者の間の相互作用の影響をすることは困難であった。 Prendergast たちは、農業と牧畜の開始時期と移動、そしてそれがアフリカの食料採集者共同体に与えた影響を見極めたいと考えた。 彼らはおよそ100年から4000年前に暮らしていた人々からの、41人分の昔の東アフリカの人のゲノムを配列決定した。 驚くべきことに、牧畜の普及と同時期には、比較的少ない遺伝的混合しか生じていない。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw6275

明らかにされたグリシンN-デグロン調節 (Glycine N-degron regulation revealed)

30年以上前から、N末端配列はタンパク質の安定性に影響を与えることが知られているが、そのN末端則経路のさらなる主役であるNデグロン経路のさらなる特徴が徐々に明らかにされている。 Timms たちは Global Protein Stability(GPS)技術を使用して、ヒト細胞においてこの経路をより広範囲に調べた。 意外なことに、N末端の露出したグリシンは強力なデグロンとして作用することができ、すなわち、 N末端グリシンを有するタンパク質は、基質アダプターZYG11BとZER1を介して、2つの Cullin-RING E3 ユビキチン・リガーゼによるプロテアソーム分解の標的とされた。 この経路は、例えば、細胞膜に適切に局在化できないタンパク質を分解したり、また細胞死の間に生成されたタンパク質断片を破壊したりするために重要なのかもしれない。(KU,kh)

【訳注】
  • N末端則経路:タンパク質の寿命を制御している分解経路で、酵素によって修飾されたN末端が、それを認識する酵素によりユビチキン化され、最終的にはプロテオソームにより分解される経路。
  • デグロン:タンパク質分解の固有の信号となるアミノ酸配列とそれによって作られる構造。
  • アダプター(タンパク質):シグナル伝達に関与するタンパク質の一種。
Science, this issue p. eaaw4912

一時的符号が回路形成の基礎となる (Temporal code underlies circuit formation)

嗅神経細胞は、それが発現する多くの嗅覚受容体の中のどの受容体かにより、様々な匂い物質に応答する。 発生中に、同じ嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞からの軸索は、同じ糸球体を共有するように集まる。 Nakashima たちは今回、マウスにおいて、神経細胞が活動の共有パターンに従ってこれらの結合を構築することを示している。 嗅覚受容体が誘発されると、それはその細胞を単に発火させるのではなく、特有のパターンで発火させる。 同じ符号を話す神経細胞は、結局同じ糸球体で結ばれることになる。(KU,MY,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw5030

タンパク質の折り畳み誤りと自然免疫を関係づける (Linking protein misfolding and innate immunity)

複数の自然免疫系感覚器は素早く会合して、シグナロソームとして知られている大規模複合体になる。 これは、微生物および危険信号に対する細胞応答の際の必須の過程である。 この過程が、強い毒性を持つ可能性のあるタンパク質凝集の蓄積を防ぐため、どのように調整されるのかはよく分かっていないままである。 Abdel-Nour たちは、ヘム調整阻害剤(heme-regulated inhibitor)、真核生物翻訳開始因子2α、活性化転写因子4、および熱ショックタンパク質B8 に依存する経路を特定した。 この経路は、自然免疫系感覚器の折り畳みと骨格形成を制御し、最適な炎症促進性シグナル伝達を可能にする(Pierre による展望記事参照)。 この経路は小胞体の非畳み込みタンパク質ストレス応答(UPR)と良く似ているようで、そのため、細胞内可溶質のUPR(cUPR)と名付けられた。 このcUPRは、細胞中でのタンパク質の折り畳み誤りを制御する一般的な機構を表しているかもしれない。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • シグナロソーム:細胞内の情報伝達複合体全体を表す造語。
  • 真核生物翻訳開始因子:真核生物において、mRNAがタンパク質へと翻訳される過程に関わる一群のタンパク質。
  • 活性化転写因子(ATF):標的遺伝子のプロモーター領域にある特定のDNA配列に結合し、その遺伝子の転写を誘導する一群のタンパク質。
  • 熱ショックタンパク質:熱、低温、酸素やブドウ糖濃度の減少などのストレスから細胞を保護する過程に関与している一群のタンパク質。
  • 小胞体ストレス応答:細胞内の小胞体に変性タンパク質が蓄積して細胞への悪影響生じることで細胞死が誘導されること。
Science, this issue p. eaaw4144; see also p. 28

ERファジーが細胞を健康に保つ (ER-phagy keeps cells healthy)

真核細胞では、全タンパク質の約3分の1が小胞体(ER)を目指すようにされていて、ここは分泌タンパク質に対する交通管理と品質管理の拠点として働いている。Cuiたちは、酵母細胞でのLst1、また哺乳類細胞でのSEC24Cとして知られていて、ゴルジ複合体へ送られる小胞への分泌積荷の積み込みに関与するタンパク質を研究した。飢餓や、誤って折り畳まれた凝集性向分泌タンパク質が引き起こすストレスに応答して、Lst1はERファジーという付加機能を促進するよう作用した。Lst1は、小胞体上のオートファジー受容体とともに、ERの分解用ドメインを標的にして、タンパク質凝集を防ぎ、細胞の健康を保った。(MY,kh)

【訳注】
  • ERファジー:オートファジーによる小胞体の分解のこと。
Science, this issue p. 53

界をまたがる酸素感知 (Oxygen sensing across kingdoms)

酸素濃度の変化を感知してそれに反応する能力はほとんどの生物にとってきわめて重要である。 今日まで、哺乳類におけるこの過程の機構的研究は、低酸素誘導因子と呼ばれる転写因子の酸素感受安定性に焦点を当ててきた。 Masson たちは、植物の低酸素に対する応答を制御する酵素である植物システイン・オキシダーゼと機能的に同一である酵素の酸素感知器をヒトにおいて発見した。 ヒトと植物にあるこの酵素は、基質タンパク質のN末端システインをシステイン・スルフィン酸に転換する。 これは、最終的にはこれらの基質タンパク質を分解の標的にする修飾である。 酸素感知は多くのヒト疾患で損なわれており、このヒト酵素の更なる研究は、治療介入のための戦略の開発に役立つ可能性がある。(ST,MY,kh)

【訳注】
  • 界:生物の最上位の分類単位。当初は動物界と植物界の2つであった。
Science, this issue p. 65

病気時の脳免疫細胞 (Brain immune cells in disease)

ミクログリアは恒常性のために重要な脳固有の貪食細胞である。 最近の研究は、ミクログリアが多発性硬化症やアルツハイマー病などの様々な脳疾患にも関与していることを示している。 展望記事で Priller と Prinz は、これらの病気に関わるミクログリアが、どのような方法で病気の種類に特異的な変化を示すかを議論している。 この特異性は、ミクログリアを脳病理を克服するための標的にできるかもしれない道を示唆する。(Sh,kh)

Science, this issue p. 32