AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 15 2019, Vol.363

B1、それともB2?B細胞抗原受容体におまかせ (B1 or B2? The BCR decides)

免疫学的B細胞は、一般に2つの主要なサブセットに分けられる。B2細胞は、二次リンパ器官において外来抗原に対する特異抗体を生成する。腹・胸膜腔に主に見出されるB1細胞は、そうではなく自然免疫系の一部として「自然」抗体を産生する。この分離を説明するための2つのモデルが存在する。即ち、両方のサブセットが異なる祖先を有する「系統モデル」と異なるB細胞抗原受容体(BCR)によって運命が決められる「選択モデル」である。Grafたちは、BCR特異性を変えることのできる遺伝子導入系を使用して選択モデルに対する支持を与えている。成熟B2細胞は、B1系統への事前割り当てがないときには、自己反応性B1 BCRを獲得したときに機能的B1細胞に分化した。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 748

弾性的なセラミック (Elastic ceramics)

エアロゲルは、断熱材の軽量代替品として期待されている。しかしながら、不十分な機械的安定性が、商品化へ向かう進展を妨げてきた。Xu たちは、それを圧縮した際に、圧縮方向と同時に、圧縮方向に垂直な断面も少しだけ縮小する機械的メタマテリアルを設計した。(Chhowalla と Jariwala による展望記事参照)これは、負のポアソン比を有する材料に特徴的なものであり、機械的安定性を劇的に改善する。その手品の種明かしは、セラミックのエアロゲルを構造化するために、三次元グラフェン構造を用いたことであり、優れた機械的特性を備えた超絶縁材料を生み出した。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • エアロゲル: ゲル中の液体成文を気体で交換して得られる, 多孔質の超軽量合成材料.
Science, this issue p. 723; see also p. 694

混雑を抜ける通路 (A path through a crowd)

表面上での触媒反応は、表面が吸着分子で完全に覆われる圧力のもとで起こる。この配置は、拡散過程を経由して反応物が互いに遭遇するのを妨げるように思われるかも知れない。Henβ たちは、高速走査型トンネル顕微鏡を用いて、一酸化炭素(CO)分子で完全に覆われたルビジウム表面上の、酸素原子の拡散を追跡した(Magnussen による展望記事参照)。酸素原子の拡散は、予想外に速かった。理論モデルは、COの拡散が、酸素原子の移動のための経路を開くように見えることを明らかにした。(Sk,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 715; see also p. 695

低電力有機トランジスタ (Low-power organic transistors)

モノのインターネット(IoT)への応用に対して、低電力で高い信号増幅(高利得)を提供するトランジスタは、電力を節約して電池寿命を延ばすのに役立つ。Jiang たちは、インクジェット印刷を用いて、銀金属接点が有機半導体との間で低ショットキー障壁(0.2電子ボルト未満)を構成する、有機トランジスタを製造した。このトランジスタは、1ナノワット未満の電力で理論的限界に近い利得を実現し、着用可能な素子を用いて皮膚からの電気生理学的信号を検出した。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • モノのインターネット:モノ(物理的な物だけでなく、自然現象や生物の行動等を含む)をインターネット接続し、情報収集・交換を可能にする仕組み。最近では、一般にIoTと呼ばれることが多い。1
Science, this issue p. 719

量子検出への統合ルート (An integrated route to quantum detection)

ダイヤモンド中の窒素空孔(nitrogen-vacancy NV)中心欠陥の量子特性は、量子強化技術のための構成要素として探究されている。しかしながら、欠陥に対処し、また、操作するには、通常、バルク光学を必要とするが、それが小型化を制限してきたようである。Siyushevたちは、NV 中心を光電子工学的に検出するオン・チップ技術を開発した。そのような検出および操作方法は、量子効果に基づく微細検知装置のための統合技術を開発する道筋を与える。(Wt,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 728

リボソーム救出の機構 (Mechanism of ribosome rescue)

切り詰められた或いは切断されたメッセンジャーRNA(mRNA)上で停止している細菌のリボソームは、トランス翻訳(trans-translation)によって救済される。2つの因子、トランスファー・メッセンジャーRNA(tmRNA)と低分子量タンパク質B(SmpB)が、できかけているポリペプチドを分解のためにタグ付けし、そしてリボソームの解放を促進することによって停止中の複合体を分解する。Raeたちは、重要なトランス翻訳中間体の構造を決定した。その構造は、SmpBが停止したリボソームをどのようにように認識するのか、大きな、環状のtmRNA分子がリボソームをどのように通過するのか、そして、翻訳が切り詰められたmRNAからtmRNAにどのように移り変わるのかを明らかにしている。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • トランス翻訳(trans-translation):リボソーム上でタンパク質への翻訳に異常が生じて途中で停止した場合に翻訳を再開して完了させる機構。この結果できたタンパク質は異常たんぱく質として分解される。
Science, this issue p. 740

輸送すべきか、すべきでないか (To transport or not to transport)

細胞内への治療薬送達は、細胞内外から多様な化合物を輸送するABCB1(P糖タンパク質とも呼ばれる)のような膜タンパク質によって複雑にされる。Alamたちは、基質である抗癌剤タキソール(Taxol)、またはABCB1阻害剤ゾスキダル(zosuquidar)のいずれかに結合したABCB1の高分解能低温電子顕微鏡構造を決定した。薬剤輸送を促進する立体構造変化が、アデノシン三リン酸(ATP)の加水分解によって引き起こされる。その構造は、タキソールとゾスキダルが同じ部位に結合するが、わずかな構造的差異が、ATP加水分解の原因であるヌクレオチド結合領域ドメインの立体構造変化をもたらすことを示している。(KU,ok,kh)

【訳注】
  • P糖タンパク質:細胞膜上に存在し細胞毒性を有する化合物の細胞外排出を行う。がん細胞にも発現し、抗がん剤を排出してがん細胞を薬剤耐性にする。この作用を抑えるのがゾスキダルである。
Science, this issue p. 753

鎮痛用ナノ粒子薬に向かって (Toward a painkilling nanomedicine)

アメリカでのオピオイドの過剰投与のまん延が、オピオイド代替品を探し出すための、大規模な取り組みにつながってきた。しかし、慢性疼痛の多くの症例に対して、使用可能なオピオイドの代替品は存在していない。鎮痛治療の持ち球を増やすための努力の一環として、Feng たちは、ロイシン・エンケファリンをスクアレン脂質と結合させた。エンケファリンは、エンドルフィンと同様に、ヒトの脳内に生まれながらに存在するペプチドである。それらはオピオイド受容体に作用して疼痛を管理するが、治療目的で利用することは困難であることが分かっていた。ロイシン・エンケファリンは、スクアレンと共にナノ粒子中に組み込まれると、より制御されて炎症組織に局在した放出を示した。これは、非オピオイド疼痛治療にとって有望なニュースである。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • オピオイド:本来は、中枢神経や末梢神経に存在するオピオイド受容体への結合を介してモルヒネに類似した作用を示す物質の総称であり、内因性(もともと体内にある)のものを含むが、ここでは麻薬性鎮痛薬を指している
  • ロイシン・エンケファリン:内因性オピオイドの一種であるエンケファリンのうち、C末端のアミノ酸がロイシンのもの
  • エンドルフィン:脳内で機能する神経伝達物質のひとつ
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau5148 (2019).

薄膜磁性の究極 (The ultimate in thin-film magnetism)

原子の磁気特性の向きを揃えると、利用可能な多くの単純でエキゾチックな特性が現れる。材料の次元が下がり、例えば単原子層のようになると、熱ゆらぎが無視できなくなり、磁気秩序が保てなくなると広く考えられていた。GongとZhangらは、近年発見された2次元磁気素材により切り開かれた新しい分野の研究について概説している。単原子層において安定な磁性を誘発するために磁気異方性を用いることができることを評価して、筆者らは、利用可能な材料とその結果の物理的解釈の概要を紹介し、またそれら結果を広範な実応用にどのように活用するかについて議論している。(NK,KU,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. eaav4450

アミロイド・ペプチドの背後にある機構 (The machinery behind amyloid peptides)

β-アミロイド・ペプチドは、アミロイドの前駆体タンパク質(APP)から生じ、アルツハイマー病に特徴的な老人斑を脳内に形成する。Zhouたちは、ヒトγ-セクレターゼに結合したAPPの膜貫通部分に対する高分解構造を報告している(LichtenthalerとGunerによる展望記事参照)。ヒトγ-セクレターゼは膜貫通性タンパク質分解酵素であり、APPを切断してβ-アミロイド・ペプチドを与える。APPに対するγ-セクレターゼの触媒サブユニットであるプレセニリン-1中の疾病関連変異は、基質APPがどのように結合され、結果として、アミロイドをより多く生成するものを含めて、どのようなペプチドが生成されるかに影響していそうである。今や基質結合の特徴を利用して、阻害剤を作ることが可能かもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • β-アミロイド・ペプチド(Aβ):アミノ酸40個程度からなるポリペプチド。アミノ酸数の異なる種類が知られていて、これらの種類で、Aβが会合して生じる線維状凝集体の作り易さが異なる。42個と43個のアミノ酸からなるAβ42とAβ43は、特に凝集体を作り易いことが知られている。
Science, this issue p. eaaw0930; see also p. 690

如何にジペプチド反復が病理を引き起こすか (How dipeptide repeats cause pathology)

第9染色体のオープン・リーディング・フレーム72(C9orf72)遺伝子の反復拡大は、前頭側頭型認知症と筋萎縮性側索硬化症という2つの神経変性疾患の最も一般的な既知の原因である。この拡大は、反復ジペプチドの異常なタンパク質生成をもたらすが、病因に対するその寄与は不明のままである。Zhangたちはマウス・モデルを遺伝子操作して、脳におけるこれらのジペプチドの一つ、プロリン・アルギニン・ジペプチド反復タンパク質(poly(PR))の影響を研究した。彼らは、poly(PR)が運動障害や記憶障害だけでなく、ニューロンの喪失も引き起こすことを発見した。これらの有害な影響は、遺伝子発現を抑制するDNAの密に詰まった形状であるヘテロクロマチン機能のpoly(PR)に誘発される乱れから生じた。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • オープン・リーディング・フレーム:翻訳可能領域
  • ヘテロクロマチン:凝縮されたクロマチンの形状で、転写されず、短い配列の繰り返し構造。
  • ジペプチド:2 個のアミノ酸がペプチド結合したもの
Science, this issue p. eaav2606

細菌の弾頭はDNAを標的とする (Bacterial warhead targets DNA)

細菌性毒素コリバクチンは、二本鎖DNA切断を引き起こし、ヒトにおける細菌誘発性大腸がんの発生と関連している。しかしながら、コリバクチンの単離は困難であり、その作用機序はよく分かっていない。Wilsonたちは、コリバクチン生成に関連する pksと呼ばれる生合成遺伝子島を含む大腸菌を研究した(BleichとArthurによる展望記事参照)。彼らは、ヒト細胞中でpks+ 大腸菌を培養した結果生じるDNA付加物を同定した。直接分析のためのコリバクチンの不足を克服するために、pks生成物の模倣物が合成された。その結果としての合成アデニン-コリバクチン付加物から、シクロプロパン「弾頭」によるアルキル化がDNA鎖を切断することが明らかになった。類似のDNA付加物が、その後、pks+ 大腸菌に感染したマウスの腸上皮で同定された。(KU,kh)

Science, this issue p. eaar7785; see also p. 689

クラスターの異性化 (Cluster isomerization)

原子規模における構造の再配列は、小分子に対する異性化から結晶の固体・固体相変態まで及びうる。Williamsonたちは、硫化カドミウム(CdS)結晶からなるマジック・サイズの結晶集団(約2ナノメートルの直径で、二座配位したオレイン酸塩で被覆された表面原子の大多数が露出している)が可逆的な異性化反応を行うことを示している。最初のα-Cd37S20相は、ウルツ型類似の結晶構造をとるが、メタノールへ暴露すると閃亜鉛鉱類似の構造をとるβ-Cd37S20に異性化し、その後、真空下で元へと変態する。この転移は配位子シェルの歪みによって駆動され、クラスターの励起子エネルギー・ギャップを変化させる。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • クラスター:原子・分子が数個から数十個集まった凝集体。構成原子のかなりの部分が表面にあるため、液体・固体とは異なる性質が現れる。
  • マジック・サイズ・クラスター:特定の構成原子数の時に顕著な安定性を示すクラスターのこと。
  • オレイン酸:二重結合を1つ含む長鎖不飽和脂肪酸。
Science, this issue p. 731

塞がれたマントル対流を推論する (Inferring blocked mantle convection)

地球の内部で異なる物性を有する岩石の境界は、結晶構造の変化、あるいは、化学組成の変化のいずれかによってもたらされる。Wuたちは、地球上部と下部のマントル間の境界の粗さを調べた。この境界は、鉱物の構造変化から形成されると考えられている (Houserによる展望記事を参照のこと)。驚くべきことに、いくつかの場所では、境界がその上下でいくらかの化学的な相違を必要とする小規模の粗さを有している。この観察結果は、部分的に閉塞されたマントル循環の証拠を与えるものであり、この部分閉塞が上部マントルと下部マントルの間の化学的な相違を導く。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 736; see also p. 696

ヒトPスプライソソームの構造(A human P spliceosome structure)

幾つかのメッセンジャーRNA前駆体のスプライシングは、細胞型に固有なスプライシング因子により調節される。Ficaたちは、スプライシング反応後のヒト・スプライソソームの低温電子顕微鏡構造について述べている。驚くべきことに、この構造はスプライシング因子であるPrp18を欠いている。Prp18は、酵母スプライソソームにおいてはエクソン連結で必須の役割を果たしている。その代り、後生動物固有のスプライシング因子であるFAM32AがPrp18を補完し、活性部位を貫き、5'のエクソン部位と3'のスプライス部位を直接つなぐことによりエクソン連結を促進する。これらの結果は、組織固有の選択的スプライシングを制御する方法を示唆する。(MY,kh)

【訳注】
  • スプライシング:遺伝子からの一次転写で合成されたmRNA前駆体に含まれているタンパク質のコードに関係しない部分を取り除く一次転写後の工程。
  • エクソン:遺伝子中でタンパク質をコードしている領域のこと。また、mRNA前駆体に転写されたエクソン部のことも指す。
  • スプライソソーム:スプライシングを行う酵素複合体で、複数の低分子RNAとタンパク質からなる。
  • 選択的スプライシング:スプライシングでできた複数のエクソンを特定の組み合わせでつなげることで特定のmRNAが作られること。同一遺伝子から、エクソンの異なる組み合わせで異なるmRNAが生成でき、遺伝子産物に多様性を与える機構となる。
Science, this issue p. 710

ヌクレオソームの障壁を乗り越える (Getting over nucleosomal barriers)

真核細胞でRNAポリメラーゼII(RNAPII)は、ヌクレオソームにかぶせられたクロマチン内でDNAを転写する。ヌクレオソームは、転写に対する大きな障害を与えることがある。細胞は転写伸長因子を用いることによりこの問題を解決する。Eharaたちは、転写伸長因子Elf1とSpt4/5と共にヌクレオソーム-すなわち転写しているRNAPIIの低温電子顕微鏡構造を解明した。Elf1とSpt4/5は協調して、複数の超らせん位置[SHL( -6)、SHL(-5)、およびSHL(-2)]でのRNAPIIの停止を抑制し、前進に有利に働くようヌクレオソームの位置を調節することによって、SHL(-1)を通過するRNAPIIの進行を促進する。(Sh,kh)

【訳注】
  • ヌクレオソーム:真核生物に見られる染色体の基本単位で、ヒストン八量体からなるコアにDNAが巻きついたもの。
  • RNA ポリメラーゼ II:真核生物の遺伝子を読み取るタンパク質複合体。転写によってタンパク質合成の鋳型となるメッセンジャーRNA を作る。
  • 超らせん:DNAの二重らせんに、さらにねじれを導入したときに生み出される高次のらせん構造。超らせん位置はヌクレオソーム上の位置に番号を振ったもの。
  • 低温電子顕微鏡:サンプルを非晶質の氷に埋め込んだ状態で、電子顕微鏡によって生体高分子等の立体構造を解析する手法。2017年のノーベル化学賞の対象技術。
Science, this issue p. 744

人間のように学ぶ (Learning like a human)

人工知能(AI)の基礎となる深層ニューラルネット・システムは、人間の脳回路と細胞結合の階層構造についてわれわれが現在の理解をきわめて単純化された形で反映している。これにより目覚ましいAIシステムの形成が実現可能になったが、人間のような学習と認知に関して重要な問題が残されている。展望記においてUllmanは、脳がどのように機能しているかの我々の理解から、さらに多くを、AIを改善するために適用可能かどうかを議論している。(Uc,KU,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 692