AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 22 2018, Vol.360

雑種交配による偽装変異 (Hybrid camouflage variation)

カンジキウサギは、冬に茶色の毛から白色の毛に生え替わる。しかしながら、冬の雪がそれほど酷くない地域のいくつかの集団では、ノウサギは茶色の毛から茶色の毛に生え替わる。Jonesたちは、色素形成遺伝子アグーチの調節が、冬毛の色変化の原因であることを示している。ジャックウサギとの交配は、この遺伝子のあたりに遺伝子移入をもたらし、それが冬も茶色の毛色変態を促進する。雑種交配は、このカンジキウサギに重大な適応変異をもたらしたように思われる。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • カンジキウサギ:北アメリカ北部に生息するノウサギの仲間で、名前は長い後ろ足とそれを覆う長い毛に由来する
  • ジャックウサギ:北アメリカに広く分布する、耳と後ろ足の大きなノウサギ
Science, this issue p. 1355

中国の廃プラスチック輸入禁止 (China's plastic waste import ban)

世界一の廃プラスチック輸入国である中国は、2017年12月31日から非工業用の廃プラスチック輸入の永久的禁止を実施した。Brooksたちは、管理困難だった廃プラスチックを中国に従来輸出していた国々にこの禁止がどのように影響を与える可能性があるかについて検討した。国連商品貿易統計データベースから得られた28年間のデータ分析を通じて、彼らは、中国が1992年以来世界の廃プラスチックの45%を輸入していたことを見いだした。このことは、この禁止によって2030年までに推定1.11億トンの廃プラスチックの処理先が変更されなくてはいけないことを示している。この分析は更に、どのようにして高所得の国々がしっかりとした廃棄物管理のためのインフラを有していない低所得の国々に数十年もの間廃プラスチックを輸出してきたかに光を当てている。(Uc,ok,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat0131 (2018).

貴婦人の猿 (The noblewoman's ape)

人間活動は、幅広い分類群にわたって絶滅を引き起こしつつある。しかし、人間が、我々の親戚である類人猿の中で、直接的に絶滅を引き起こしているという証拠はなかった。Turveyたちは、中国の貴婦人のものとみなされている2200年から2300年前の墓で見つかった、テナガザルの一種について述べている。このこれまで知られていなかった種は、広く分布していたようであり、18世紀まで生き残っていたかもしれず、人間活動の直接の結果として絶滅した最初の類人猿種であるかもしれない。この発見はまた、アジア全域にわたり、未知の様々な霊長類が存在する可能性を示唆している。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1346

ナノ構造の量子シミュレータ (A nanostructure quantum simulator)

絶対零度で生ずる相転移、すなわち、量子相転移(quantum phase transitions QPT)は、普遍性クラスと呼ばれる大区分で分類することができる。その分類は、根底にあるシステムの微視的な詳細ではなく、その転移の特性に基づいている。Iftikharたちはこの事実を利用して、複雑な材料ではなく、QPTが最も頻繁に生じる不純物が混らず、シミュレーションに使えるナノ構造におけるQPTを研究した。単一のナノ構造内で、大きく異なる特性を有する2つの異なるクラスのQPTが研究され、包括的に特徴が明らかにされた。(Wt,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 普遍性クラス(universality classs): 臨界現象においては, 臨界点近傍での物理量の臨界挙動が, 系の詳細構造にはよらず, 空間次元数や対称性など少数の要素だけに依存する, 1 個の定数 (臨界指数) に依存するとされる. この指数に基づく系の分類のことを言う.
Science, this issue p. 1315

南極地殻の素早い跳ね返り (A quick rebound for Antarctic crust)

地殻は、氷河や氷床の負荷のもとで変形する。これらの質量が除去されると、上部マントルの粘性によって決定される時間尺度で、地殻は跳ね返る。BarlettaたちはGPSを用いて、西南極氷床下のマントルの粘性が予想よりずっと低いことを発見した。これは、氷が失われるにつれて、地殻が以前に予想されていたよりもずっと速く跳ね返ることを意味している。総氷減少量の推定値を上方修正しなければならないが、この驚くべき発見は、氷床が、破滅的崩壊に至らず安定であるかもしれないことを示している。(Sk,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 1335

銀河スケールでの一般相対性理論のテスト (Testing General Relativity on galaxy scales)

アインシュタインの重力理論である一般相対性理論(General Relativity GR)は、太陽系内で正確にテストされている。しかし、個々の銀河スケールで GR をテストすることは困難であった。Collettたちは、近傍の重力レンズ・システムを利用した。このシステムでは、遠方の銀河(光源)からの光が、前景の銀河(レンズ)によって曲げられている。レンズ(前景銀河)内の質量分布が、光源(遠方銀河)の歪んだ像から独立に決定されたレンズまわりの時空の曲率と比較された。その結果は GR を支持しており、いくつかの代替重力理論を退けている。(Wt,kj,nk)

Science, this issue p. 1342

シナプス間の強さを再調整する (Rebalancing strength between synapses)

ニューロン経路の活性化は、周囲経路の抑制を伴う。局所的に調整されたシナプス可塑性が、どのように生体内で起こるかは知られておらず、またニューロン応答の形成におけるその役割も知られていない。El-Boustaniたちは、単一ニューロンの光遺伝的刺激を視覚的入力と組み合わせて、ニューロンの受容野を目標位置に向けて変えることができた。構造的長期増強を発現したスパインは、目標刺激と重複する受容野を有していたが、目標から離れた受容野に発現するスパインに囲まれた。(KU,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 受容野:ニューロンの神経応答に変化を生じるような刺激が提示される空間領域
  • スパイン:多くのニューロンで見られる樹状突起に存在する小さな突起
Science, this issue p. 1349

オオカバマダラはどこへ行ってしまったのか? (Where have all the monarchs gone?)

北アメリカのオオカバマダラの個体数は、近年、メキシコの越冬地で減少している。米国とカナダのオオカバマダラの夏の繁殖地については、その状況はより不鮮明である。展望記事において、AgrawalとInamineは最近の調査結果を報告し、幼虫が利用できるトウワタの量の減少、移動中の圧迫、メキシコの越冬地のモミ林の崩壊を含む、いくつかのストレス要因が、オオカバマダラの個体数に影響を及ぼしていると結論づけている。移動の成功度は年ごとに大きく変化し、オオカバマダラの個体数を維持する努力を複雑にしている。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • トウワタ:キョウチクトウ科の多年草(オオカバマダラ幼虫の食草)
Science, this issue p. 1294

一致しない出アフリカ (Out of Africa, with a difference)

近年のアフリカ起源モデルによれば、現生人類は約20万年前までにアフリカ大陸に出現した。 彼らは世界の他の地域に広まり, その途中次々と旧人類集団に取って代わった.Galway-WithamとStringerは展望記事で、新たな証拠によりこの影響力のあるモデルの修正が求められることを示している。現生人類は、以前考えられていたよりも長期にわたって進化してきた可能性があることを、化石の証拠が示している。現生人類と、ネアンデルタール人とデニソワ人のような旧人類集団との間の交雑に関する遺伝学的証拠が、現生人類と旧人類との間の種の境界を明確に描くことを困難にしている。アフリカ大陸の1万5千年より古い人類化石のゲノム・データが、これらの問題を解決する手助けになるだろう。(MY,kh)

Science, this issue p. 1296

植物免疫のネットワーク (Networks in plant immunity)

病原体に対する植物の防御は伝統的に、病原体の病原性遺伝子に対する宿主植物の抵抗性遺伝子の1対1の対応関係(Florの遺伝子対遺伝子説)と見なされてきた。Wuたちは展望記事で、 植物の免疫応答が (重要な結節点が多様な病原体因子への宿主応答を協調させる) ネットワークとして機能していることを示す, 新たなデータについて議論している。(MY,KU,kh)

Science, this issue p. 1300

脳関連の病をブレインストーミングする (Brainstorming diseases)

神経精神疾患の首尾一貫した分類には、病因の誤解につながる可能性があるので問題を含んでいる。Brainstorm Consortiumは、25の脳関連障害および17の表現型について、200,000人を超える患者から得られた複数の全ゲノム関連解析の結果を調べた。概して言えば、精神障害と神経障害に共通の危険遺伝子は比較的わずかしかないようである。しかしながら、異なる独立した経路が、似たような臨床症状(例えば、統合失調症とアルツハイマー病の両方で生じる精神病)をもたらすことがある。統合失調症は多くの精神障害と相関があったが、一方免疫病理学的病気のクローン病では相関がなかったし、外傷後ストレス症候群も各個人の根底にある形質とはほとんど無関係であった。本質的に、障害の発症が早ければ早いほど、より遺伝的であるように見える。(KU,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • Brainstorm Consortium:何十万人ものゲノムを解析して精神疾患間、及び精神疾患と性格的特徴との間の遺伝的重複を研究するコンソーシアム
  • クローン病:主として口腔から肛門までの全消化管に、非連続性の慢性肉芽腫性炎症を生じる原因不明の炎症性疾患
  • 外傷後ストレス症候群:強い精神的衝撃が原因で起こる障害
Science, this issue p. eaap8757

薬剤作用の機構 (Mechanisms of drug action)

先進的質量分析方法はタンパク質中の何万ものリン酸化部位の 監視を可能にする。この技術は、望ましくない副作用を生じる細胞内シグナル伝達経路から、良い効果をもたらす細胞内シグナル伝達経路を区別できる可能性がある。Liuたちは、カッパ・オピオイド受容体(Gタンパク質共役型受容体)の色々な作用薬でマウスを処置し、異なる脳領域におけるリン酸化の経時変化を 監視した。リン酸化のパターンはさまざまな脳組織におけるシグナル伝達の異なるパターンを明らかにし、その幾つかは望ましくない副作用と関係していた。(MY,kh)

【訳注】
  • カッパ・オピオイド受容体:モルヒネ様物質(オピオイド)と特異的に結合し、鎮痛などの作用を発現する細胞表面受容体タンパク質の1つ。中枢神経や末梢神経に存在する。
  • Gタンパク質共役型受容体:7回膜貫通性で、細胞内に三量体Gタンパク質が結合した受容体タンパク質。細胞外の神経伝達物質やホルモンを受容してそのシグナルを三量体Gタンパク質の変化として細胞内に伝える。Gタンパク質の変化やその後のシグナル伝達には、リン酸化が関係する。
Science, this issue p. eaao4927

誘惑に負ける少数派を見つける (Finding the vulnerable minority)

アルコールを飲む人々の内で10~15%ぐらいの人「だけ」が、アルコール関連の問題を進行させていく。アルコールを飲む機会に直面する人々には、この薬物報酬から健康的な代替物に至る間で、行動レパートリーに多数の選択肢がある。Augierたちは、ラットのアルコール中毒に陥り始める際の選りすぐりの手順を明らかにした(Spanagelによる展望記事参照)。彼らは、少数の異系交配ラットが、通常なら大好きな代替物(砂糖など)が入手可能であってもアルコールの自己投与を続けることを発見した。その少数派ラットは、アルコールを得るという高い意欲を含む、ヒトの臨床状態に似た行動特性の顕著な布置を示すとともに,有害な結果にもかかわらず使用を継続した。その原因は、中央扁桃体におけるGABA(γ-アミノ酪酸)除去障害であった。死後の組織分析は、ヒト・アルコール依存症においても、似た病理 が起きている可能性を支持した。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1321; see also p. 1298

電子放出の時間と場所 (Time and place of electron exit)

約10年前までは、レーザー誘導イオン化は瞬時に起こると考えられていた。それ以来、アト秒レーザー・パルスの応用により、原子および表面からの電子放出の正確な時間的経過に影響を与える複数の捉えにくい、複雑な要因が明らかにされた。Vosらは、二原子分子である一酸化炭素における解離性光イオン化に対応するアト秒ダイナミクスを測定した。帯電した断片を画像化することにより、その時間的経過は、電子波束が出現した分子の特定の空間部分と相関関係を示すことができた。(NA,KU,ok,kh)

【訳注】
  • アト秒=10-18
Science, this issue p. 1326

スピンを求めて鏡像分子を取り込む (Taking enantiomers for a spin)

鏡像分子、すなわちエナンチオマーを識別するのに、一般的な2つの方法がある。1番目の方法は、円偏光との相互作用がエナンチオマーで異なることによるもので、2番目の方法は、ある他の分子の純異性体との相互作用によるものである。今回Banerjee-Ghoshたちは、概念的に異なる不斉分割への取り組みを報告している。実験は、磁化方向に依存して、不斉オリゴペプチド、不斉オリゴヌクレオチド、および不斉アミノ酸が、強磁性体表面上の初期吸着速度においてエナンチオ特異的な差を示すことを示した。この効果は、エナンチオ特異的な誘起スピン偏極に起因する。(MY)

【訳注】
  • スピン偏極:スピンが空間的にある特定の方向に偏ること。
Science, this issue p. 1331

水の表面誘電率 (Water's surface dielectric)

固体表面近傍に存在する水分子の回転運動の抑制が水の局所的誘電率を下げることが、理論的研究から予測されている。Fumagalliらは、導電性グラフェン上の絶縁性六方晶窒化ボロンに薄い流路を形成した。1ナノメートルから300ナノメートルの範囲で高さを変えた流路に水を満たし、窒化ボロン層で蓋をかぶせた。原子間力顕微鏡探針による電気容量測定結果をモデル化することで、水の表面層誘電率は、バルク水の80に対し、2であることが明らかとなった。(NK,KU,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 1339; see also p. 1302

表面抗体の成熟 (Surface antibody maturation)

B細胞における親和性成熟は、更に増強された抗原結合特性を持つ抗体を生成する。Imkellerたちは、マラリア原虫であるPlasmodium falciparum(PfCSP)のスポロゾイト周囲タンパク質に対する防御抗体を発現するヒトB細胞の成熟を研究した。 PfCSPの反復構造は、PfCSPに対する2つの反復結合抗体間の直接的な相互作用を促進するB細胞の変異を誘発し、それが抗原親和性とB細胞活性化を増強する。そのような相互作用は一般に、結合を最適化し、表面抗体のクラスター形成を促進し得る。(Sh,KU)

【訳注】
  • 親和性成熟:抗原との親和性が高い中心細胞が選択される過程
  • スポロゾイト:マラリアの感染源で、マラリア原虫など原生動物が作る胞子。
Science, this issue p. 1358