AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 13 2017, Vol.358

銀河の遠い側を測る(Measuring the far side of the Galaxy)

天体への距離の直接測定は視差によるが、これは通常、比較的近傍の天体に対してのみ測定することができる。天の川銀河の遠方の側は、視差は非常に小さく、星間塵はそれらの領域からの可視光を遮断するので、正確な測定ができなかった。Sannaたちは電波干渉計を用いて、天の川銀河の遠い側の星形成領域までの、視差にもとづく距離を直接的に決定した。彼らはまた、横方向の動きから距離を推測する方法を用いたが、答えは同じだった。これにより、天の川銀河の渦状腕の一つを、全周に渡って追跡することが可能となった。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 227

ショウジョウバエの三次元的遺伝子発現についての見取り図 (3D gene expression blueprint of the fly)

細胞集団を見る場合、細胞の不均質性と局在性のような特徴は覆い隠される。しかしながら、単一細胞配列決定は、細胞の不均質性とまれな細胞型を明らかにする。原腸形成の開始段階において、ショウジョウバエの胚は、様々な遺伝子発現様式を持つ6000程度の細胞からなる。Karaiskosたちは、ほとんどの細胞の一つ当たり8000以上の遺伝子発現が測定されている対話式三次元「仮想胚」を作るためのアルゴリズムを開発した(StadlerとEisenによる展望記事参照)。この仮想胚は、転写因子と長鎖非翻訳RNAのような制御因子の局所発現から、シグナル伝達経路の空間的調節までの、発生機構への洞察を提供する。(MY,KU,nk,kj)

【訳注】
  • 原腸形成:動物発生の初期段階の過程で、胞胚の壁が陥入して、消化管原器となる腔所が作られること。
Science, this issue p. 194; see also p. 172

量子レベルの機械系(Mechanical systems at the quantum level)

量子力学の高い検知および計測能力を利用する技術を開発するために、多くのプラットフォームが追い求められている。混成系は、異なるプラットフォームを結合し、最適化するための自由度を提供する。Hongたちは、動きの光学機械的制御と単一音響量子の計数技術を結合して、ナノ機械の共鳴器中で、単一音響量子のフォック状態を確率論的に作り出した。Chuたちは、電気機械的結合を用いて、超電導量子回路を有するバルク圧電共鳴器に取り組んでいる。どちらの取り組みも、混成量子技術の開発が期待できる。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • フォック状態:波動の位相のゆらぎを増大させることで、振幅(量子数)のゆらぎを抑え、量子数の確定値を与える状態
Science, this issue p. 203, p. 199

偽装のために形を変える三次元の織物(3D texture morphing for camouflage)

頭足類のような、ある種の動物は、偽装や物体操作のために、軟組織を用いてかたちを可逆的に変化させる。Pikulたちは、シリコーン高分子弾性体に埋め込んだ固定長の網目状繊維を用いて、膜を膨張させることにより平面状の物体を三次元形状に変形させた(Laschiによる展望記事参照)。塗装した岩や植物の模型も作成され、完全に周囲に溶け込むように変形させることができた。(Sk,KU,nk,kj)

Science, this issue p. 210; see also p. 169

原形質類器官に対する痕跡事象(A signature event for organoids)

ヒト・ガンのゲノムは、症状には出ない変異痕跡を潜伏させる。この変異事象は、DNA修復過程で蓄積されたDNAの損傷および欠損の結果である。特有の痕跡がどのように始まるのかについての知識は、ガンの診断と予防に大きな影響を与えるかもしれない。この疑問に取り組む1つの方法は、遺伝子工学により実験系でこの痕跡を再現し、次に、この痕跡を自然発生ガンに見られるものに一致させることである。Drostたちは、CRISPR-Cas9による遺伝子編集を用いて、ヒト結腸の原形質類器官から、幾つかのDNA修復酵素を取り除いた。彼らは概念実証型研究で、塩基除去修復の欠陥が、以前にガン・ゲノム配列決定プロジェクトで同定された変異痕跡の原因であることを示している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 原形質類器官:特定の器官の細胞を三次元的に培養して作られた小型の臓器のこと。
Science, this issue p. 234

バランスを崩した森林(Forests out of balance)

熱帯森林は大気中二酸化炭素の正味の供給源、或いは正味の吸収源のどちらなのだろうか?このような根本的な問いが存在するが、かなりの量の吸収源からあまり大きくない供給源までの何でもありを示す様々な研究の存在により、この答についてはいまだ合意に達していない。Bacciniたちは、地上の樹木の多い、活動的植生の炭素濃度が、全体の熱帯地域を通じて年率ベースでどのように変化したかを決定するため、12年間のMODIS衛星データを用いた。彼らは、森林伐採と未伐採森林内での炭素濃度減少による損失(ロス)が、森林成長の結果として生じる獲得(ゲイン)の2倍であり、熱帯地域が正味の炭素供給源であることを見出している。(Uc,KU,nk.kh)

Science, this issue p. 230

発熱、TRPVチャネル、および先天性異常(Fevers, TRPV channels, and birth defects)

心臓と頭蓋顔面の先天性異常は一般的なものであるが、その多くは特定の突然変異に帰することができない。これらの先天性異常に関連する環境的引き金は、妊娠第1期中の母体熱である。ニワトリとゼブラフィッシュの胚を用いて、Hutsonたちは、高熱により神経堤細胞における温度感受性のTRPV1とTRPV4のイオン・チャネルが活性化し、結果としてこの先天性異常によって影響される組織を生じることを見出した。ニワトリ胚の神経堤細胞におけるこれらのチャネルのいずれかを一時的に活性化すると、発熱によって誘発される先天性異常に類似した心臓と頭蓋顔面の先天性異常が生じた。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • TRPVチャネル:細胞で様々な生理的刺激に対してセンサータンパク質として働くイオンチャンネル Transient Receptor Potential(TRP)の1ファミリー、
Sci. Signal. 10, eaal4055 (2017).

新生児の脳の画像化をより簡単にする(Newborn brain imaging made easier)

脳波記録法(EEG)と脳機能画像化は、脳の機能を解明して異常を明らかにするために用いることができる。しかしながら、その大きさ、可搬性の不足、およびコストの面から、これらの技術を臨床で用いることは難題である。Demene たちは、新生児の脳微小血管系の連続的ビデオ-EEG録画と、高速での超音波画像化が可能な、fUSI (機能的超音波画像化)と呼ばれる、可搬性があり、注文仕様の、そして非侵襲性の装置を開発した。彼らは、これを応用して、異常な皮質発達のある二人の新生児の脳活性と神経血管の変化を観察することにより、臨床監視のためのFUSIの価値を実証した。(Sk,kj)

Sci. Transl. Med. 9, eaah6756 (2017).

明領域と暗領域の死の動態 (Light- and dark-zone death dynamics)

胚中心(GC)は、成熟B細胞が拡大し、正常な免疫応答の際に分化するリンパ器官内の領域である。GCは、2つの解剖学的区画、すなわち、B細胞が分裂して体細胞高頻度突然変異を受ける暗領域、およびT濾胞ヘルパー細胞との相互作用後に親和性増強突然変異のために選択される明領域とに分離される。 Mayerたちはアポトーシス・レポーター・マウスを研究し、両方のGC領域が非常に高いアポトーシス率を有することを見出した(BryantとHodgkinによる展望記事参照)。しかしながら、その根底にある機構は異なり、ミクロ解剖学的には分離されされている。 明領域のB細胞は、それが正の選択によって救出されない限り、既定でアポトーシスを受けた。対照的に、アポトーシス暗領域のB細胞は、ランダムな抗体遺伝子突然変異によって損傷された遺伝子を有する細胞中で高度に濃縮された。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • アポトーシス・レポーター・マウス (apoptosis reporter mice) :生体中でのアポトーシス観察を可能にした実験用マウス.
Science, this issue p. eaao2602; see also p. 171

メタンからメタノールへの急進的なラジカル経路(A radical route from methane to methanol)

メタンの多様な化学薬品への転換は、通常、高温経路を通る過程で進行する。この経路は最初に、より反応性の高い一酸化炭素と水素を形成する。Agarwalたちは、過酸化水素の水溶液中でメタンを92%の高収率でメタノールへと酸化する、50℃の低温経路を報告している。彼らは、金-パラジウムからなるコロイド・ナノ粒子を触媒として用いた。主要な酸化剤は酸素分子である。過酸化水素がメタンを活性化してメチル・ラジカルにし、続いてこのラジカルが酸素分子を取り込むことを、同位体標識による解析が示した。(MY,kh)

Science, this issue p. 223

ハロゲン結合を可視化する(Visualizing halogen bonding)

ハロゲン原子は電気陰性度が極めて高いが、電子供与性体と共有結合したハロゲン原子との間で非共有結合が形成されることがある。そのような相互作用は、ハロゲンの共有結合における電子欠乏領域の形成ーフッ素原子では最も起こりにくい状態ーによって促進される。Hanらは原子分解能を持つ非接触走査型トンネル顕微鏡を用いて、ハロゲン原子の大きさと分極率が、銀表面に吸着したハロゲン化ベンゼンによる複合体形成にどのように影響を与えるかを調べた。密度関数理論の助けを借りて、彼らは、ファンデルワールス力、静電反発力、ハロゲン結合といった幾つかの弱い相互作用が構造にどのように影響を与えるかを示している。(NK,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 206; see also p. 167

ブリオスタチンへのグラム規模の経路(A gram-scale route to bryostatin)

かつて科学者たちは、14トンもの、赤く、多分岐した、房の付いた海の生き物であるフサコケムシを集め、18グラムのブリオスタチン1を抽出した。この大環状有機化合物は、HIV、ガン、アルツハイマー病の治療に向けて研究中であるが、いら立たしいほど量が少ないことが分かってきた。Wenderたちは、29段階からなるブリオスタチン1の化学合成を報告している。この方法は、4.8%の全収率で進行し、グラム量のブリオスタチン1を提供する(Lanmanによる展望記事参照)。この経路途上の中間体は直接的に化学修飾されて類似体を作ることができ、このうちの2つは、反応途中で合成され、試験管内で研究された。(MY,KU,kh)

Science, this issue p. 218; see also p. 166

部位を切り替えるよう酵素に教える(Teaching an enzyme to switch sites)

不自然な化学反応を合成化学触媒よりもより手際よく、或いはより選択的に行うための酵素改変が、最近にわかに活発になってい。Hammerたちは、効率的触媒反応がほとんど見られない酸化反応へのシトクロムP450変異体の応用を報告している。彼らは定向進化を用いて、スチレン類中のC=C二重結合の置換されにくい炭素に酸素を付加し、アルデヒド生成物を形成するように酵素を変異させた。それにより、彼らは、広範に使用されているパラジウム触媒作用のWacker-Tsuji酸化反応のそれと逆の部位選択性を達成した。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 215

無秩序タンパク質の拡大図(An expanded view of disordered proteins)

無秩序タンパク質は高次構造の集団の一実現であるサンプルである、この高次構造が水中でどのぐらい密になっているかは不明なままであった。高分子物理学は、回転運動の半径(Rg)を、より貧溶媒中でより多くの分子鎖凝縮が生じるという, 溶媒特性に関係づける。Ribackたちは、単一の小角X線散乱測定から溶媒品質とRgを導き出すための分析手順を開発した。この方法を適用することで、彼らは、正味電荷の低い、そして疎水性の高い無秩序タンパク質でさえ、水中で膨張したままであることを見出した。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 238

III型インターフェロンが好中球を準備する(Type III interferons prime neutrophils)

I型インターフェロン(IFN)は、抗ウイルス免疫において十分に確立された役割を果たす。Espinosa らは、III型IFN(IFN-λ)が抗真菌応答を引き起こすのに不可欠な役割を果たすことを見出した。彼らは、I型またはIII型のIFN受容体を欠くマウスでアスペルギルス・フミガタス(Aspergillus fumigatus )に対する免疫応答を研究した。単球由来のI型IFNは、IFN-λ産生の鍵となる因子であった。著者らはIFN-λの供給源を特定できなかったが、IFN-λの機能的標的として好中球を同定した。 好中球でのIFN-λ受容体の選択的欠失は、マウスをアスペルギルス・フミガタス感染症に罹りやすくしたた。(Sh)

【訳注】
  • 好中球:白血球全体の約60%を占めている顆粒白血球の一種で、体内に侵入した細菌や異物を白血球内に取り込んで消化する食細胞
  • アスペルギルス・フミガタス:コウジカビ属(アスペルギルス属)に属するカビの一種で、胞子の吸入と体内での増殖によって日和見感染症であるアスペルギルス症の最も一般的な原因となる
  • 単球:未成熟な顆粒白血球の一種で、組織内に移るとマクロファージに変化する。
Sci. Immunol. 2, eaan5357 (2017).