AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 5 2017, Vol.356

人工知能がポーカーの達人になる (Artificial intelligence masters poker)

コンピュータは、チェスや碁のような複雑なゲームで人間を打ち負かすことが可能である。これらやそれに類似のゲームでは、情報が盤面に表示されるので,両方のプレーヤーが同じ情報にアクセスする。コンピュータは究極のポーカー・フェイスではあるが、プレーヤーが相手のカードを見ることができないポーカーで、コンピュータに上手になるように教えこむことは、一筋縄ではなかった。Moravčíkたちは、DeepStackというアルゴリズムを開発した。これは、ヘッドアップ・ノーリミット・テキサス・ホールデムと呼ばれる変形二人ポーカーにおいて、ポーカーを職業とするプレーヤーをなんとか打ち負かすことができた。DeepStackは戦略を事前に計画するのではなく、ゲームの現在の状態を考慮してステップ毎に戦略を再決定した。DeepStackの原理は、情報の非対称性を伴う現実世界の問題解決を進展させる可能性がある。(Wt,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 508

しーっ、あなたは生態系を乱している (Shhh, you're disturbing the ecosystem)

自然保護区内の多くの種が、人間による様々な形の侵入から受ける圧迫の増加を経験している。めったに議論されることはないが、絶えず続く型の圧力として、人間の生み出す騒音がある。Buxtonたちは、そのような騒音が米国の保護地域に与えた影響の程度を調べた。人間の生み出す騒音は、大部分の保護地域での背景騒音レベルを倍増させ、絶滅のおそれのある種にとって重大な意味を持つ生息域に深刻な影響を与えている。(Wt,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 531

バンツー語を話す人々の歴史について (On the history of Bantu speakers)

遺伝的多様性に関する多くの調査において、アフリカ人は標本数が不十分であり、このことが、人間の進化や現代人の公衆衛生について研究する我々の能力を妨げている。Patinたちは、サハラ以南のアフリカ人の1/3を占めるバンツー語を話す人々の遺伝的多様性を調査した。その後彼らは、バンツー語族の拡大期における移住と混血の時期をモデル化した。この分析は、具体的な免疫関連遺伝子を含み、おそらくは他のアフリカの人々に起源を有する遺伝子の「適応的移入」を明らかにした。この情報をアフリカ系アメリカ人に適用することにより、アフリカから南北アメリカへの遺伝子流動が、これまで考えられてきたよりも複雑であることが示唆される。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 543

IBDのスイッチを切る方法 (A way to switch off IBD)

潰瘍性大腸炎やクローン病のような炎症性腸疾患(IBD)は,インターロイキン-10(IL-10)シグナル伝達の欠損と関係している。IL-10は炎症の制御や消散に不可欠な役割を果たすが,その抗炎症性作用を担う機構は不明のままである。Ipたちは,炎症に反応してIL-10が,mTORの阻害剤DDIT4を誘導しブドウ糖摂取を妨げることで,マクロファージの細胞代謝を制御することを示している(KabatとPearceによる展望記事参照)。マウス・モデルと患者標本において,IL-10シグナル伝達の欠損は損傷マクロファージの蓄積を促進し,炎症シグナルを激化させた。このため,mTORC1を標的にすることが,IBDや関連疾患の治療に役立つかもしれない。(MY)

【訳注】
  • IL10シグナル伝達:免疫細胞の活性化や,炎症性サイトカインの抑制に関与するシグナル伝達経路。
  • クローン病:口から肛門まで、全消化管に炎症性の潰瘍などの病変が生じる疾患。
  • mTOR:哺乳類などの動物で細胞内シグナル伝達に関与するタンパク質キナーゼ。mTORは他のタンパク質と,mTOR複合体1(mTORC1)およびmTOR複合体2(mTORC2)を形成する。
Science, this issue p. 513; see also p. 488

水っぽい経路でメタンからメタノールを作る (A watery route from methane to methanol)

メタノール製造は、最初にメタンを一酸化炭素に過剰酸化する高コスト・高エネルギー消費の工程である。Sushkevichらは、ゼオライト中の銅部位を活用してメタンをメトキシ中間体に酸化し、続いて水を投入して銅を再酸化しながらメタノールと水を遊離した。この安価なプロセスは、天然ガス掘削現場において、現在のところ燃やして捨てられる過剰ガスから、簡便に貯蔵・移送が可能な液体形態を作るのに役立つことが分かるかもしれない。(NK,MY,kh)

Science, this issue p. 523

日々のタンパク質をください (Give us our daily protein)

タンパク質は我々の食物の必須成分であり、したがって、タンパク質摂取量は積極的に調整されなければならない。Liuたちは、ショウジョウバエにおいて、タンパク質を欲する空腹感をコードする神経回路を同定した。タンパク質不足の動物において、この回路は、タンパク質消費の促進と糖摂取の制限を同時に行うように作用した。タンパク質の欠乏は、この回路の、糖特異的ではなく、タンパク質特異的な分枝回路の変化を誘発した。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 534

LAMPの光がジカ・ウイルスを検出する (LAMP shines a light on Zika virus)

感染性因子を探知するための迅速で簡単な検出法は、新たに発生した伝染病を追跡する鍵である。Chotiwanらは、疾患を伝染する媒介昆虫である蚊からはもちろん、血清や精液のようなヒトの生体液からもジカ・ウイルスのRNAを検出するループ媒介増幅(LAMP)検出法について記述している。 この検出法は、アフリカ系ジカ・ウイルスから、アメリカでの最近の流行に関わるアジア系ジカ・ウイルスを首尾よく区別した。この手法は、アジア系株が地理的に新しい場所に移動する際の追跡を可能にするはずだ。(Sh,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • LAMP法:栄研化学が開発したDNA、RNAの増幅による遺伝子検出法。従来のPCR法と異なり、二本鎖DNAを熱変性で解離することなく一つの温度設定(65℃)で迅速に増幅できる。詳しくはhttp://www.loopamp.eiken.co.jp/lamp/anim.html
Sci. Transl. Med. 9, eaag0538 (2017).

脆弱X症候群の薬を見つける (Finding drugs for fragile X syndrome)

脆弱X症候群と呼ばれる知的障害は、シナプスの異常形態と関連している。Kashimaらは、この疾患のハエ・モデルの過敏活動運動を行動マーカーとして用いた高速薬物選別を行った。 この病気の発症に関わるキナーゼLIMK1に対する阻害剤は、ハエ・モデルにおいて神経学的および行動的表現型を改善し、そしてまた、マウス疾患モデルにおいて過敏活動性を低減した。この方法は、現在のところ治療選択肢がほとんどない脆弱X症候群に対する将来の薬物開発を支援するかもしれない。(Sh,nk,kj,kh)

Sci. Signal. 10, eaai8133 (2017).

高分子が金属のように振る舞う場合 (When polymers behave like metals)

二元ブロック共重合体は,2つの似ていない分子鎖が化学結合しており,数多くの形態構造を示すことが可能である。これらは通常,これらの分子鎖に熱力学的に有利な配列を見出す時間を与える徐冷により達成される。Kimたちは,徐冷を用いるのではなく,それらの材料を無秩序状態から急冷し,その後,低中温でアニールした(Steinによる展望記事参照)。さまざまな処理経路が多様な, 金属合金ではもっと一般的な, 低次元相への会合を引き起こした。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 520; see also p. 487

水を含み、柔らかく、ぐにゃぐにゃで、しかも調整可能 (Wet, soft, squishy, and tunable)

ハイドロゲルは、水で大きく膨潤する、高度に架橋した高分子網目構造である。ハイドロゲルは、細胞や組織を培養するための、機能的で、調整可能で、分解可能な材料として用いられてきた。ZhangとKhademhosseiniは、幅広い用途に使用するための、改良された機械的強度とより大きな柔軟性を持ったハイドロゲルの製造における進歩を総説している。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. eaaf3627

感覚毛のための自己組織化 (Self-organization for sensory brushes)

ショウジョウバエの背中の感覚毛は、整然と列を作っている。この配列の規則正しさは、この感覚毛群の組織化された仕様に基づくモデルを後押ししてきた。Corson たちは、今回、発生がこのモデルほど正確ではなく、かつ、より効果的であることを示している。数学モデルを用いて、彼らは、発生中の表皮が、それぞれ一本の線に並び、十分な列数の毛へと組織化されていく際の遺伝子の影響を再現した。彼らの研究は、感覚領域が、表皮の大きさに適応できる自己組織化のパターン形成によって発生することを示唆している。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. eaai7407

メチル化CpGの積極的影響と消極的影響 (Positives and negatives of methylated CpG)

DNA塩基のシトシンとグアニンとがお互いに隣り合っている場合、通常ではメチル基がピリミジンに付加され、mCpGジヌクレオチドを形成する。 この修飾により、DNA構造が変化するだけでなく、転写因子(TF)の結合を抑制することで機能にも影響を及ぼすことがある。Yinたちは、542個のヒトTFの結合に及ぼすCpGメチル化の影響を系統的に分析した(HughesとLambertによる展望記事参照)。 いくつかのTFの結合を抑制することに加えて、彼らは、mCpGが他の、特にホメオドメイン・タンパク質といった発生に関与するTFの結合を促進できることを見出した。(KU,kh)

【訳注】
  • ホメオドメイン・タンパク質:ホメオボックス(多細胞生物の発生における形態形成、器官形成、細胞分化などに関わる遺伝子に含まれる)に特異的に結合するタンパク質。
Science, this issue p. eaaj2239; see also p. 489

DNAメチル化の, 前にはなかった場所での誘発 (Inducing DNA methylation where it wasn't)

DNAのプリンとピリミジンの特定の順序はタンパク質をコードするのだが、化学的に修飾された塩基は遺伝子発現の調節に重要である。哺乳動物では、CpGジヌクレオチドで存在する場合、シトシンのほとんどがメチル化される。しかしながら、CpGアイランド(CGI)と呼ばれる、高頻度のCG配列を含む哺乳類DNAの進展部分は、通常メチル化されない。CGIのメチル化を妨げる機構は不明である。Takahashiたちは、ヒト多能性幹細胞のCGI中へのCpGを含まないDNAの標的挿入により、CpGに富んだ配列を分断した。その結果、安定した、遺伝性のメチル化を誘発した。いくつかの障害が異常なメチル化から生じる。つまりこの研究は、発生と疾患におけるCGIメチル化を理解するためのモデル系を開発するためのエピゲノム・編集ツールを提供する。それはまた、異常なインプリンティング疾患を矯正する治療戦略を可能にするかもしれない。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • エピゲノム(epigenome):DNAメチル化等によって後成的にゲノム機能を変化させること。
  • インプリンティング:ゲノム刷り込みともいい、遺伝子発現制御の一つで、両親から受け継いだ遺伝子の中で一方の親から受け継いだ遺伝子のみが選択的に発現する。
Science, this issue p. 503

pHと将来の生産性の調和 (Reconciling pH and future productivity)

海洋植物プランクトンの生産性に対する海水のpH低下と二酸化炭素の増加の相異なる影響は、解決されていない。Hongたちは、以前の実験が金属濃度の変化やアンモニアの混入を考慮していないことを見つけた。これらの変数の影響を制御した後、実験、タンパク質発現分析および野外データから、低いpHは、外洋における環境の鉄利用の低さと相まって窒素固定を抑制するが、一方で、増加したCO2はプランクトンを繁茂させることが示された。全体として、pH低下の有害な影響が、CO2増加の有益な影響に優っている。したがって、将来のより酸性の海洋において、植物プランクトンの生産性は抑制されるようだ。(KU,nk,kj)

Science, this issue p. 527

遺伝子相互作用が選択を駆動する (Genetic interactions drive selection)

ほとんどの個体は,少なくとも何らかの有害でありうる突然変異をゲノム中に持っている。しかし,個体に対するこれらの突然変異の影響はよく分かっていない。Sohailたちはヒトとハエのゲノムで,機能喪失型突然変異(LOF)を調べた。彼らは有害性LOFがゲノム中で,偶然で予測される頻度以上に,互いに隔たっていることを見つけた。このことは,遺伝子相互作用が選択を駆動していることを示唆する。したがって,突然変異の付加は相加的効果を表さず,淘汰の選択パラメタ—は全体として,ゲノム内の突然変異の総数だけで駆動されない。これは,種の中で高水準の突然変異が何故保持され続けられるのかや,性や組換えが何故有利なのかを説明する。(MY,nk)

Science, this issue p. 539

相互で先天性の協力 (Inter-innate cooperation)

免疫系のさまざまな分岐は,油をうまく差した機械のように一体となって働くが,どのようにしてこの協調が生じるのかは十分分かっていない。Narni-Mancinelliたちは,そのような機構の1つを見つけた。すなわち,副補体経路と,ナチュラルキラー(NK)細胞および自然リンパ球(ILC)との間の対話である。彼らは,副補体経路に対する正の調節因子である補体因子P(CFP)が,NKp46に結合することを報告している。NKp46はNK細胞とILC細胞の一部で発現される受容体である。CFPを欠いた患者は髄膜炎菌により感染しやすく,また,マウスにおいてこのCFPによる防御は,NKp46とグループ1に属するILCに依存していた。このように,ILCと副補体経路は協力して,細菌感染を撃退する。(MY,kh)

【訳注】
  • 副補体経路:補体経路は病原体を排除する際に抗体で活性化され,病原体の表面に結合してその細胞膜を分解する液性タンパク質群を作り出す経路のこと。一方,副補体経路は抗体を必要とせずに前記補体経路に至る経路のこと。
  • ナチュラルキラー細胞:先天免疫を担うリンパ球の一種で,全身の細胞を監視し、ガン化した細胞やウイルスを殺す作用を有する免疫細胞。
  • 自然リンパ球:サイトカイン産生などにより生体防御の初動部隊として機能する免疫細胞。抗原受容体を持たない。産生するサイトカインにより3つのグループに分類される。
Sci. Immunol. 2, eaam9628 (2017).

気候の極端現象が生態系を圧迫する (Climate extremes stress ecosystems)

突発的温暖化または急速な凍結・融解の繰り返しのような気候の衝撃は、生態系を圧迫し、多くの場合、炭素・栄養循環に不利な影響を与える。Mooshammerたちは、土壌中の微生物群落をそのような衝撃に曝し、圧迫応答の根底にある仕組みを明らかにした。微生物組成とそれらの酵素の化学作用の変化は、生物地球化学において観察された炭素、窒素およびリンの変化の原因である可能性が高い。これらの知見は、悪化の一途をたどる気候変動の、環境への影響を予測する能力を向上させるかもしれない。(Sk,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1602781 (2017).