AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 24 2016, Vol.352

多能な胚神経堤細胞 (Versatile embryonic neural crest cells)

神経堤細胞は、発生する脊椎動物胚を通してあちこちと動き回り、下顎や末梢神経といった組織を構築する。Simoes-Costaたちはニワトリ胚を調べることで、神経堤細胞の全てが同様というわけではないことを示している。僅かな数の転写制御因子の発現が、体幹部神経堤細胞と異なる頭蓋神経堤細胞に分化させている。これらの因子の幾つかの異所性発現が、体幹部神経堤細胞に頭蓋神経堤細胞として機能するように分化させた。このように、胚神経堤細胞は、定まってはいるが順応性のある下位の専門組織に分化する。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1570

RNAからの誤りなしDNAの作成 (Making error-free DNA from RNA)

DNAポリメラーゼは、DNAを同一のDNAの新しい鎖に複製する。逆転写(RT)酵素は RNAを DNAに複製する。多くの DNAポリメラーゼと異なり、RT酵素は新しく合成された DNAの誤りを照合する校正機能をもたない。Ellefsonらは、試験管内で指向性進化(directed evolution)とタンパク質工学を用いて、原核生物の DNAポリメラーゼから誤り訂正機能を備えた RTを構築した。RT「ゼノポリメラーゼ」は、天然の RTと比較して忠実度の増加を示しているので、トランスクリプトーム法の精度を能率化し高めるはずである。(NA,KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ゼノポリメラーゼ:DNAやRNAの代替えとなる核酸合成物をつくるポリメラーゼ
Science, this issue p. 1590

どのようにして適切な原子のみを選び出すか (How to single out the right atoms)

量子コンピュータが有用であるためには、その量子ビットが、外部刺激に応じて状態変化できなければならない。しかし、空間を最適に利用するように、多数の量子ビットが三次元(3D)構造中に詰め込まれた場合、一つの量子ビットの変化が、つい、他の量子ビットの状態を変化させる可能性がある。Wangたちは、Cs原子の3D配列中で、意図した量子ビットに対してのみ、高い信頼度で量子ゲートを作動させるうまい方法を考え出した。その操作は最初に他のいくつかの原子の状態を変えたが、追加の操作で元の状態を取り戻した。この技術は、他の量子計算の実行にも適用可能であろう。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1562

腸への防壁を取り付ける (Mounting the intestinal barricades)

腸内細菌相は健康で元気な体にとって重要であるが,それらの細菌相は制御され,また,害を与えないようにする必要がある.Birchenoughたちは,結腸の杯細胞系の細胞から保護粘液の分泌を引き起こす微生物分子を調べた.ひとたび,この分子が検知されると,自然免疫の信号伝達物質とインフラマソーム成分を経由して,これらの細胞から隣接細胞へ警告信号が送られ,それにより粘液をさらに産生し,侵入細菌を撃退する.その後,この見張り役の杯細胞は上皮から排出され,残った細胞もまた,保護防壁に加わる可能性がある.(MY,KU,kh)

【訳注】
  • 杯(さかずき)細胞:腸絨毛や気道粘膜の上皮細胞のなかに混じって存在する細胞で,粘液を分泌する
  • インフラマソーム:炎症反応に関連する生体分子複合体を表す造語
Science, this issue p. 1535

キナーゼを何時でも働ける状態に保持する (Holding kinases at the ready)

キナーゼの約60%だけが、分子シャペロン Hsp90とそのシャペロン補助因子 Cdc37の存在するところで活動状態に達する。シャペロンがキナーゼの機能をどうやって促進するのか、或いはいくつかのキナーゼのみが、なぜシャペロン依存的であるのかは不明である。Verbaたちは、キナーゼとの複合体における Hsp90:Cdc37の3.9オングストローム分解能の低温電子顕微構造を決定した。Hsp90 と Cdc37 は一緒になって、キナーゼを開いた、部分的にほどけた状態に保持する。この状態を取ることが、おそらく直接働くと言う機能上の利点を持つ。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1542

触媒作用が結び目で全てを連携させる (Catalysis gets all tied up in knots)

化学者たちは過去十年の間,金属イオン鋳型を用いて,さまざまな結び目のある分子鎖を作ってきた.今回Marcosたちは,そのような分子であるペンタフォイル・ノットの一つが触媒に適用できることを示している.このノット型分子は,亜鉛イオンにより(分子全体が)ピンと張った状態で保持された場合,ハロゲン炭素から塩素や臭素を捕捉することができ,それにより,ルイス酸触媒のような応用に,残りの陽イオンの反応性を解き放つのである.ノット型分子から亜鉛イオンを一つずつ除去すると,ハロゲン化物へのノットの親和性を下げ,これは,触媒作用を可逆的に調整する機構を提供する.(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ペンタフォイル・ノット:素材となる複数の分子が5箇所で結節して作られた大きな分子で,結節点がおおむね正5角形状に位置し,分子の全体形状も星形となる
Science, this issue p. 1555

多金属ナノ粒子の合成 (Multimetal nanoparticle synthesis)

多成分のナノ粒子は、合成するのが困難な場合がある。混合物は、混じり合って一種類の粒子になるよりも、多くの場合、分離して別々の種類の粒子を形成する。Chenたちはディップ・ペン・リソグラフィーを用いて、反応物質を非常に狭い空間に押し込めて、5種類の異なる遷移金属イオンをいろいろな組み合わせで含む、単一粒子を形成保持する方法を示している。走査透過型電子顕微法とエネルギー分散X線分光分析により、そのナノ粒子の形状と、金属組成が粒子中でどのように変化しているのかが明らかになった。例えば、金、銀、コバルト、銅、およびニッケルを含む5成分粒子は、3種類の2元合金のドメインで構成されていた。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ディップ・ペン・リソグラフィー:コンタクトモードの原子間力顕微鏡の構成において、プローブをペンのように利用して、固体の基板上に、基板と化学的親和性の良い分子材料で極微細のパターンを作製する技術
Science, this issue p. 1565

薬剤治療試験用のミニ腸 (Mini-guts for testing drug therapy)

嚢胞性線維症は CFTR遺伝子の変異で引き起こされ,この変異はCFTRタンパク質の機能を低下させる.嚢胞性線維症用の新薬は CFTRタンパク質の機能を調節するが,薬効は,患者がどの CFTR変異を持っているのかに依存している.Dekkersたちは,嚢胞性線維症患者の直腸粘膜生検から得られた上皮細胞をミニ腸として培養したものを用いれば,患者個々に対してこの薬の効能が評価できることを示している.この直腸オルガノイドで観察された薬の応答は,どの患者がその薬に対して可能性のあるレスポンダーなのかの予測を助けることができる.この前臨床試験は,たとえ患者が極めてまれな CFTR変異を持っていても,CFTR調整薬療法へのレスポンダーを迅速に特定するのに役立つかもしれない.(MY)

【訳注】
  • CFTR:嚢胞性線維症膜貫通調節因子のことで,上皮細胞等に発現する塩素イオンチャネルで,細胞外への塩素イオン流出の機能を持つ
  • オルガノイド:特定の器官の細胞を三次元的に培養して作らせた立体組織のこと
  • レスポンダー:薬が効く人のこと
Sci. Transl. Med. 8, 344ra84 (2016).

ナノ粒子が寛容を回復させる (Nanoparticles restore tolerance)

Ⅰ型糖尿病のような自己免疫疾患は,免疫細胞が正常細胞を攻撃することにより引き起こされる.Ⅰ型糖尿病に対する治療法の1つは,炎症性T細胞の活動を抑制して(免疫)寛容を回復させるために制御性T細胞 (Treg)を活性化することにより,炎症性T細胞が膵臓 β細胞を破壊することを止めることである。Yesteたちは金ナノ粒子を用いて,Ⅰ型糖尿病のマウスモデルで寛容を誘発させた.マウスは,寛容を誘発させるタンパク質で被覆されたナノ粒子を投与されると,Treg細胞を増やし,重病症状を緩和した.ナノ粒子に基づく治療法は,他の自己免疫疾患においても同様に,寛容回復に有用かもしれない.(MY,KU,nk,kh)

【訳注】
  • 膵臓のβ細胞:インスリンを分泌する細胞
Sci. Signal. 9, ra61 (2016).

初期宇宙で明るく輝く (Shining brightly in the early universe)

宇宙の歴史の初期に形成された銀河は、紫外輻射の強力な源であった。この放射は、"再電離の時代"に周囲の銀河間物質をイオン化した。Inoueたちは、宇宙が現在の年齢のほんの5%であった時に見られたような、銀河の、高赤方偏移の原子輝線を検出した (De Breuckによる展望記事を参照のこと)。可視光や赤外光、また、サブミリ波の天文台からのデータにより、そのガスとダストの中身や、放射された紫外輻射量が決定された。このような方法による類似な銀河の研究は、最初の銀河が、どのように形成され、進化し、そしてその周囲にどう影響を与えたのかを、天文学者が決定することを可能にするであろう。(Wt,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1559; see also p. 1520

腸内細菌相(腸内フローラ)と栄養不足 (Gut microbiota and undernutrition)

小さな頃の栄養不足は、その後の骨格や免疫、知的発達に重大な結果をもたらすことがある。食糧不足だけで栄養不良が起きているわけではないことを示す証拠を、Blantonらはレビューする。他の要因としては、授乳期間の長さから、ミルク・オリゴ糖の安定供給、腸病原体曝露、絨毛萎縮と腸のバリア機能喪失として表れる腸機能不全に及ぶ。残念ながら、抗生物質治療の有無に関わらず、栄養回復は長期的には有効ではないかもしれない。栄養状態が家族内で一致しないことの大半は、腸内細菌相の確立と成熟を親から継承する程度の違いで説明することができる。この証拠は、腸内細菌相に向けた治療法が、これらの子供の栄養回復に有望な手段であり得ることを示している。(Sh,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1533

DNA折り紙設計の簡略化 (Simplifying DNA origami design)

多くの込み入ったナノ構造体が DNA折り紙で作られてきた。このプロセスは、長い DNA足場材料が、短い止め金鎖とのハイブリダイゼーション形成後に特定の形状を作る時に生じる。しかし、ほとんどの設計法は塩基対形成を精緻化するための困難な反復手順を必要としている。Venezianoらは、任意の DNAワイヤー・フレーム構造の設計を自動化するアルゴリズムを報告している。多様なナノ構造の合成とその特性評価からアルゴリズムの確度が検証できる。(Sh,KU,kh)

Science, this issue p. 1534

量子が度量衡学を向上させた (Quantum enhanced metrology)

量子系の量子力学的特性の利用は、より高精度の測定や検出への応用のための装置開発の可能性を提供する。しかしながら、これらの装置は低雑音での検出能力を必要とし、それがその開発を妨げてきた。Hosten たちは、位相の揃った冷たいルビジウム原子の雲の操作を, 超高感度検出の要求を緩和しながら, 実現する方法について述べている。この一般的な方法は、他の干渉性の量子系に適用できるかもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1552

日照りがすぐ近くに来る (Coming to a drought near you)

干ばつや嵐のような異常気象現象が、毎日のように新聞見出しを飾る。気候変動がその発生や激しさに影響を及ぼしているのだろうか? Stottが展望記事で説明しているように、研究者たちは今や、個々の異常高温現象に対する気候変動の寄与を計算することが出来る。例えば、2013年中国東部の異常高温が、気候変動の結果、60倍起こりやすくなったことなどである。しかしながら、異常大雨現象に対する気候変動の寄与を求めることは依然として困難である。モデルが異常降雨を把握する精度が異常温度を把握する精度より低いことがその理由の一つである。(Uc,KU,kj,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1517

微生物がサンゴ礁健康のパズルを解く (The microbial key to coral reef health)

世界中のサンゴ礁は、地球温暖化、乱獲、および海洋汚染の脅威にさらされている。海洋の温暖化は特に危険であり、サンゴの死につながる可能性のある白化を引き起こす。展望記事の中で、Ainsworthと Gatesは、サンゴ礁に関係する微生物が、サンゴ礁の存続に重要であると説明している。より多くの病原菌を有するサンゴは、白化後に死に至る可能性が高い。有益菌の減少もまた、サンゴの病害の進行と、組織壊死に関係してきた。もし気候変動が、サンゴ礁のサンゴの多様性を減少させると、微生物の多様性が減少し、サンゴ礁をさらなるストレスに対し回復性の少ないものにする可能性が高い。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1518

移動度に気を付けろ (Mind the mobilities)

トランジスタのような素子の動作速度は、電荷キャリアが活性化した半導体物質中をどのくらい速く移動するかに依存している。McCullochたちは、展望記事において、有機半導体中の非常に大きなキャリア移動度についてのいくつかの最近の主張が、どんな方法で、その値を少なくとも一桁大きく誇張しているのかを論じている。そのトランジスタ素子自身に基づくこれらの間接的測定は、電流の流れのモデルが不適切であるため、不備である可能性がある。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1521

同一性の変化から癌へのきっかけ (Clues to cancer from an identity change)

前立腺と精嚢は密接に関連する発生上の歴史を持っており、両者とも同じアンドロゲンにより調節される。二つの組織の発生を制御している分子機構をより深く理解することが、なぜ癌が前立腺で頻繁に生じ、精嚢ではごくまれにしか生じないのかを解明するのに役立つはずである。細胞とマウスモデルの研究から、Duttaたちは、単一遺伝子のホメオボックス遺伝子 NKX3.1の強制発現が精嚢上皮を前立腺に分化させることを示している。NKX3.1は、G9aヒストン・メチル基転移酵素との相互作用により前立腺分化と関係する遺伝子プログラムの発現を調節する。この調節ネットワークの崩壊は、おそらく前立腺癌発生に寄与する。(KU,kh)

【訳注】
  • ホメオボックス遺伝子:動物、植物、菌類の発生の調節に関連する相同性の高いDNA塩基配列
Science, this issue p. 1576

自動運転車の管理規範 (Codes of conduct in autonomous vehicles)

道徳原則に基づく意思決定を機械プログラムに組み入れることが可能になった時,優先するのは私利だろうか,それとも公益だろうか? Bonnefonたちは一連の調査で,調査参加者は,乗員を犠牲にして,ほかの人たちを救うかもしれない自律走行車に賛意を示すのだが,同時に自分はそのような車には乗りたくないと思っていることを見出した(Greeneによる展望記事参照).調査回答者はまた,自己犠牲を義務付ける法規にも賛成しないだろうし,そのような法規は,自動運転車を買うことをためらわせることになるだろう.(MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1573; see also p. 1514

物質は2次元では無秩序化を拒否する (Bosons refusing to thermalize in 2D)

相互作用がランダムである量子力学系は理論的に解析することが困難である。一次元系においては、その数値計算ができて、実験では、十分に強い不規則性によって、相互作用している粒子の輸送が妨げられるという理論的予測を最近、確認した。しかし、2次元系では理論的青写真がまだ構築されていない。Choiらは、光格子にトラップされた低温87Rb原子の単一格子イメージング法を用いて、同様の局在化が二次元系でも生じることを確認した。この研究結果は、量子シミュレーションが、古典的計算手法では現在解くことができない問題を解くことができる能力を際だたせている。(NK,KU,kj,ok,kh)

Science, this issue p. 1547

免疫抑制には位置が重要 (Location matters for immunosuppression)

腸内において,食物抗原や常在微生物が,不要な免疫応答を引き起こすことがある.腸内における制御性T細胞(Treg)や上皮内Tリンパ球(IEL)などの免疫抑制細胞型は,不要な免疫応答の抑制に役立っている.Sujinoたちは,腸内の特定の解剖学的位置が,そこに在住する抑制性T細胞集団の性質を形成することを報告している(ColonnaとCervantes-Barraganによる展望記事参照).彼らはマウスを用いて,Tregはもともと粘膜固有層に在住していることを見出している.Tregは腸上皮に移動し,ここで細菌相や特定の転写因子の欠失に依存する過程でIELに転換する.TregとIELはまた,小腸炎を抑制する上で,別個ではあるが相補的な役割を果たしている.(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 粘膜固有層:粘膜の表面を覆う薄い組織層の下にある結合組織の層
Science, this issue p. 1581; see also p. 1515

高度に分岐したポリマーが運ぶ (Highly branched polymers deliver)

ほぼ実現しそうもない期待を持たせて患者を焦らすことが、ヒト病気に対する遺伝子治療につきまとう。成功への幾つかの障壁の中で、標的細胞への効率的遺伝子送達が未解決のままである。Zhouたちは、新しい部類の送達ベクターの合成により障壁の一つを打ち破った。その手法は、多段Michael付加反応を用いて、高度に分岐したポリ(β-アミノ・エステル) (HPAE)の合成に導いた。既存のベクターを越えた HPAEの導入効率は、3桁ほども大きく改善した。HPAEによる遺伝子送達は、劣性栄養障害性表皮水泡移植マウスモデルにおいてその遺伝的欠陥を直すことができた。(KU,kj,ok,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1600102 (2016).

単一核の遺伝子発現 (Single-nucleus gene expression)

単一細胞の核レベルで発現した遺伝子の同定は、我々がヒト脳をより深く理解するうえで役立つ可能性がある。Lakeたちは単一核の配列決定技術を開発し、それを検死用の脳からとった古典的に定義された Brodmann領域における細胞に適用した。3000余りの遺伝子発現をグループ分けすると、グループの発現源の細胞はまとまって大脳皮質上に領域をつくり、定義した16のニューロン亜型に分かれた。興奮性と抑制性のニューロン亜型の双方は領域に差があり、はっきり異なる皮質領を定義しており、そして遺伝子発現群は異なる皮質領の違いを区別しているらしいことを示す。この方法は、病気に侵された脳や興味深い他の組織で発現した遺伝子のサンプリングと言った広範なサンプリングの道を開く。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1586