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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science January 8 2016, Vol.351
欧州のミイラの胃痛(Stomach ache for a European mummy)
5000年前の欧州アルプス山脈で、一人の男が矢で射られ、その後撲殺された。彼の体は、その後氷によってミイラ化され、1991年になって氷河の後退により発見された。その後、この古代の死体は、銅器時代の欧州人に関する多くの興味深い情報を提供してきた。今回、Maixner たちは、ミイラの胃の内容物中のヒト病原体ヘリコバクター・ピロリ菌を同定した。「アイスマン」を宿主とした菌株は、今日、中央および南アジアで見られる病原性アジア菌株に最もよく似ていると思われる。(Sk,nk)
【訳注】
・菌株:細菌の種類を表わす菌種をさらに細かく識別したもの
直列型太陽電池のためのペロブスカイト(Perovskites for tandem solar cells)
従来の単結晶シリコン太陽電池の性能を向上することは、それらの普及を拡大する手助けになるであろう。直列配置で積層させた安価な太陽電池によって、より短波長の光を吸収させることは、総合的な効率を改善することで、正しい方向への一歩を提供するだろう。無機−有機ペロブスカイト太陽電池は、適切なバンドギャップを持つように調整することが可能であるが、これらの組成は分解しやすい傾向がある。McMeekin たちは、臭化-ヨウ化・鉛太陽電池中でホルムアミジニウム陽イオンと共にセシウムイオンを用いると、熱および光安定性が向上することを示した。これらの改善は、単層型および直列型の太陽電池の高効率化につながる。(Sk,nk,kh)
造血幹細胞が胎児肝に群生する方法(How HSCs populate the fetal liver)
造血幹細胞 (HSC)は、骨髄中の決められた部位に移動する前に、胎児肝で劇的な増加を行う。Khanたちは、重要な HSCニッチ成分として門脈の血管に付随する Nestin+NG2+周皮細胞を同定している。門脈の血管ニッチと HSCは、フラクタルな幾何学模様に従って拡大し、このことはニッチ細胞が(ニッチ細胞により発現した因子ではなく)、HSCの増殖を促進することを示唆している。出生後に、動脈性門脈血管は門脈に形質転換し、Nestin+NG2+周皮細胞を失う。これが起こるときに、ニッチ細胞は失われ、HSCは新生児の肝臓から離れて移動する。(KU)
その差異は全て水にあった(The difference is all in the water)
氷期-間氷期サイクルは、地球の太陽周回軌道の幾何学によって決定される入射太陽エネルギーのパターンによってある程度支配される。しかしながら、ネバダ州デビルズ・ホールにおける最後から二番目の退氷期の標準的な記録は、いわゆる地球軌道フォーシングの推定と一致せず、退氷期が10,000年ほど早く始まったことを示唆していた。Moseleyたちは、デビルズ・ホールにおける新たな一連のデータの解析結果を示している。それは、退氷期が実際には地球軌道フォーシングに基づいて予期される時期に生じていたことを示している。以前の試料で見られた年代のズレは、明らかに地下水との相互作用で生じていた。それはより深い場所からの元の試料に選択的に影響していたが、新しい浅い場所からの試料には影響していなかった。(Sk,nk,kh)
【訳注】
・地球軌道フォーシング:気候変動に影響を及ぼす地球の公転軌道や自転軸の変化一般には、ミランコビッチフォーシングとよばれる
HIV予防の抗レトロウイルス療法(The ART of HIV prevention)
ヒト免疫不全ウイルス (HIV)に感染した人に対する抗レトロウイルス療法 (ART)の相応の成功にもかかわらず、新たに HIV と診断される人の割合はほぼ一定のままである。Ratmannたちは、オランダにおいて男性と性交した男たちの可能な伝染源を調べた。彼らは、彼らは、新たな感染は ART 療法の効果がないせいでも、医療レベルが低いせいでもないことを見出した。むしろ、もし伝染の危険のある男たちの中でより包括的な診察が適用されていたならば、このようなケースの多くは有効な ARTを用いて防ぐことができたであろう。これらの知見は、感染率を低下させる戦略として、より広範かつ頻繁な診察とそれに引き続く迅速な ART療法を支持するものである。(KU,nk,kh)
一にも二にも三にも位置だ(Location, location, location)
特定の疾病と関連するタンパク質凝集体は,神経変性に関わっている.今回,Woernerたちはこれらの凝集体の細胞中の正確な位置が,それによる病変にとって鍵になるかもしれないことを示している(Da CruzとClevelandによる展望記事参照).人工的な凝集性タンパク質は,細胞質で発現した場合は問題を生じたが,細胞核で発現した場合はそうでなかった.細胞質の凝集体は核・細胞質間の移入・移出を妨げた.おそらく,私たちが将来,病変に関わる凝集体を核へ追いやることができるなら,ある種の変性疾患を改善できるだろう.(MY,kh)
熱帯樹木のサイズ分布(Size distributions of tropical trees)
熱帯林における樹木サイズの分布は,所在地に関わらず,べき乗則に従っている.このパターンは機構的説明を必要としないように非常にうまく、これまで避けてきた。Farriorたちは,パナマのある森林区画から得られた30年間の樹木統計と成長データを用いて,倒木により形成されたギャップのように自然に起きる局所的攪乱の後に,べき乗則のサイズ構造が現われることを示している.森林の動的変化のモデルは,べき乗則分布を支配する構造パラメータを特定する.熱帯林構造の動的変化に対する機構的な理解は,森林の炭素循環の研究に益をもたらすだろう.(MY,KU,ok,nk)
【訳注】
・ギャップ:林床の暗い森林に出来た、林床まで光が差し込む隙間のこと
植物が細菌の模倣物を送り出す(Plants send out a bacterial mimic)
細菌は,クオラム・センシング経路を使って,バイオフィルムの形成のような群落レベルの相互作用を調整する.Corral-Lugoたちは,植物のありふれた化合物がクオラム・センシング信号を模倣することを確定した.ロスマリン酸が,植物やヒトに対する病原体である緑膿菌のクオラム・センシング経路中の転写制御因子の活性を刺激し,バイオフィルムの形成を増大させた.ロスマリン酸はクオラム・センシング早発性応答を刺激する可能性があるため,この化合物は細菌の情報交換を戦略的に混乱させることができる.(MY,nk,kh)
【訳注】
・クオラム・センシング:周囲の同種の菌の生息密度を感知して、それに応じて物質の産生をコントロールする細菌が持つ機構のこと
・バイオフィルム:微生物が自身の産生する粘液とともに作る膜状の集合体
熱変換の出力が高まる(Heat conversion gets a power boost)
熱電材料は排熱を電力に変えるが、高い変換効率は高温領域だけに限定されている。Zhaoらは、熱電材料であるセレン化スズに少量のナトリウムを加えることでこの課題に取り組んでいる(Behniaの展望記事参照)。これが出力係数を高め、この材料が優れた変換効率を維持しつつ、より大きなエネルギーを発生することを可能にする。この効果は広い温度領域において維持され、新しい用途の拡大が期待できる。(NK,KU,kh)
人類新時代の証拠(Evidence of an Anthropocene epoch)
人類は、疑問の余地なく地球上の多くの地質学的プロセスを変えつつあり、それはかつてもそうであった。しかし「Anthropocene」と呼ばれる、人類が支配的なこの新しい時代をその前の完新世と正式に区別する地層上の証拠は何だろうか? Watersたちは、堆積物やアイスコア内の気候的な、生物学的な、かつ地球化学的な人間活動の徴候について評価している。人類が引き起こした堆積プロセスの変化ばかりでなく、新材料や放射性核種の堆積物も総合的に考慮すると、人類の時代は二十世紀半ばのある時期を開始時期とした新しい時代として、層位学的に他と明確に区別される。(Uc,KU,nk,kh)
心して植林せよ(Reforest with care)
熱帯地方全域の草地は、植林の対象になっている。Bondは彼の展望記事の中で、そのような活動が古くからの高度な生物多様性を有する生態系を危険にさらすと主張している。たしかに森林伐採の結果による草地もあるが、広大な領域が数百万年の間、草地と森林のモザイク状を維持してきた。その例には、南ブラジル、南アフリカ、マダガスカルの草地が含まれる。これらの草地の多くは、それらを維持するため頻繁な火災を必要とする。植物は、例えば、広く伸びた根系を発達させることにより、火災を生き残るように進化を遂げてきた。これらの古くからの熱帯の草原生態系を保護する努力が極めて重要である。(Sk,nk,kh)
脳内の微調整された情報流(Fine-tuned information flow in the brain)
特徴がはっきりした興奮性入力の提供に加えて、嗅内皮質はまた海馬へ長期抑制性投射を送る。Basuらは、この入力について詳細に記述し、学習と記憶に対してのその入力の役割を特徴づけた。多相的感覚刺激は、生体内での長期抑制性入力を活性化する。この入力は、大脳皮質・海馬回路内の正確に時間調整された情報の転送を可能にする。このように、長期抑制投射は、恐怖条件付けの対象を狭めて特異化する上で重要な役割を果たし、従って、恐怖条件づけが過度に一般化することを防ぐ助けとなる。(hk,ok,nk,kh)
造血体系を整備する(Adjusting hematopoietic hierarchy)
成人では、3000億以上の血液細胞が毎日補充される。この生成物の由来は、幹細胞が一連の多系統前駆細胞が分化した結果の, 単系統前駆細胞群が生成する 10以上の異なる成熟血液細胞型からなる細胞体系である。Nottaらは、胎児肝臓、臍帯血、および成人の骨髄からもたされる幹細胞および前駆細胞の33の異なる細胞集団からのほぼ3000個の個別細胞の分化能を図に表現した(Cabezas-Wallscheid とTrumppによる展望記事参照)。胎児期には幹細胞および前駆細胞集団は多系統性で、単系統前駆細胞は殆ど存在しなかった。成人では多系統細胞分化能は幹細胞集団でのみ観察された。(hk,nk,kh)
ネパールの地震で発生した地滑り災害(Nepal's quake-driven landslide hazards)
大きな地震は、地理的に広い領域におよぶ危険な地滑りの引き金となりうる。2015年にネパールのカトマンズの近くで起きた、マグニチュード7.8の Gorhka地震も例外ではない。Kargal たちは遠隔観測を用いて、地震によって引き起こされた土石流の大部のカタログを編集した。衛星に基づく観測結果は、災害救援を支援する緊急対応チームからのものである。Schwanghartたちは、カトマンズは、ネパール第二の大都市、ポカラの近くの西暦1100年、1253年、1344年に起きた地震に関連する歴史的壊滅地滑りを免れたことを示している。これら2つの研究は、地震の多い山岳地帯での斜面の安定性を定量化することの重要性を力説するものである。(Wt,nk,kh)
分解が微生物界の動物園を生み出す(Decomposition spawns a microbial zoo)
大型動物の死は微生物にとって食の宝庫を意味する.Metcalfたちは,マウスやヒトの死体分解の際の微生物の活動を監視した.土壌の種類,季節,あるいは種に関わらず,分解中の微生物の変遷は,死後の時間予測が可能な尺度であった.横たわる死体は,土壌や昆虫と結びついた菌類や細菌が育つのを可能にさせる栄養分を滲出させる.これらの微生物はタンパク質や脂質を、カダベリン,プトレシン,アンモニアのような,悪臭化合物へと転換させる代謝の専門家である.それらの化合物は死体が取り除かれた後もその痕跡が土壌中に長くとどまることがある.(MY,nk)
【訳注】
・カダベリン:動物の組織の腐敗で生成される悪臭のある無色でネバネバした物質
・プトレシン:腐肉の臭いの成分となる物質
有糸分裂の際のミトコンドリアの遊走(Mitochondria migration during mitosis)
細胞分裂のたびに、細胞は、すべての成分の娘細胞への、確実に適切な分配をするという課題に直面する。このことは、ミトコンドリアとその中のDNAを含む核様体のような、比較的数の少ない成分にも当てはまる。Jajooたちは、単一の酵母細胞の定量的微速度蛍光顕微検査を用いて、このことがどう作用しているかを調べた。染色体や巨大分子と異なり、ミトコンドリアと核様体は、個々の娘細胞が受け取る細胞質の容積に比例して分配される。ミトコンドリアの体積を等しく分け、配分の前に核様体をほぼ等しい間隔に配置することで、低ラーが維持される。(KU,ok,nk,kh)
マントルの鉱物は変形を共有しないだろう(Mantle minerals won't share the strain)
混合した材料からなるブロックの変形は、それが作られる成分の強度に依存している。つぶされたり延ばされたりする混合物の中で、弱い材料は強いものよりは大きく変形するだろう。Girardたちは、地球の下部マントルを構成する2つの基本的鉱物の間で強度に大きな差異があることを見出した (Chenによる展望記事を参照のこと)。対流するマントルの変形は、結果として境界層でのみ起きるのかもしれず、大部分の領域はもしかしすると影響を受けないままとなっている。これは、地球内部が長寿命の化学的貯蔵庫であることや下部マントルでは地震学的な異方性が欠如していることを説明できる可能性がある。(Wt,kh)
ケモカインの甘ったるい解放(A chemokine's sugary release)
免疫細胞が体を調べて病原体を探し求める際に、免疫細胞は血液を通して循環し、リンパ系を通して遊走する。後者の経路は、組織とリンパ節(免疫系の中心的ハブ)が情報交換することを可能にする。Kiermaierたちは、免疫細胞の動きの維持に単糖類シアル酸の重要性を明らかにしている。複数個のシアル酸が免疫細胞上の表面の CCR7を装飾している。CCR7は、細胞が体のどこに移動するかを指令するケモカインと呼ばれるタンパク質を認識する。CCR7上のシアル酸は、リンパ節の血管内皮細胞に存在する1個のこのようなケモカインを抑制された状態から解放し、免疫細胞がリンパ節に入ることを可能にする。(KU,nk,kh)
BAMに加わる(Going in with a BAM)
細菌の外膜にある内在性膜タンパク質は、栄養移入や感染力に役割を果たしている。このタンパク質は β鎖から構成されるバレル(樽)型に折り畳まれ、βバレル組み立て機構(BAM)複合体によって外膜に挿入される。Bakelarたちは、4成分 BAMの部分複合体の結晶構造を決定した。BAM中の中心βバレルの構造は、アクセサリ成分の存在下で変化して, BAMのタンパク質外膜挿入方法に関係している可能性がある側面開口を作る。(KU,kh)
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