AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 9 2015, Vol.350


ウイルスの乗っ取り劇を画策する(Orchestrating a viral takeover)

幾つかの病原性ウイルスにおいて,新しい系統のウイルスが現われ,その土地固有の系統を置き換えると,大流行が起きる.しかしながら,そのようなウイルスの乗っ取りが分子レベルでどのように起こるのかは不明のままである.Manokaranたちは,1つの例である1994年にプエルトリコで大流行を引き起こした新分岐のデングウイルス(DENV) の出現について調べた.大流行を起こした系統は,ウイルスのゲノム RNA量と比べて,ウイルスの非コード RNAであるサブゲノミックフラビウイルス RNA(sfRNA)を多く産生した.sfRNAは,宿主の抗ウイルス応答を活性化するのに重要なタンパク質である TRM25に結合し,それを抑制した.そして,そのようにして宿主の免疫を低下させ,それ自身の適応性の向上を可能にした.(MY,kh,nk)
【訳注】
・サブゲノミックRNA:ウイルスのゲノムRNAの一部が転写されて作られるRNA
・フラビウイルス:一本鎖のプラスRNAとエンベロープ(ウイルス粒子を覆う膜)から構成されるウイルスの分類群.デング熱ウイルスや日本脳炎ウイルスなどが含まれる
Dengue subgenomic RNA binds TRIM25 to inhibit interferon expression for epidemiological fitness (Science, this issue p. 217)

氷河が磨り減らす仕方(The glacial way of wearing away)

氷河が地形を侵食する速度は重要であるが、まだ他の物理量からの拘束が十分に理解されていない関係性である。Hermanたちは、ニュジーランドのフランツ・ジョセフ・アルペン氷河を考察することでこの問題に取り組んでいる。氷河のへりに積もる堆積物の量が侵食速度を与え、一方リモートセンシングにより氷河の動きを同時に追跡することを可能にした。その結果は非線形の関係であり、高速に動く氷河が地形を削り取る上ではるかに有効であることを示唆している。このことは、長期的な侵食速度が、より永久氷河を持つ極地において何故それほど低いのかという矛盾した事柄を説明できるかも知れない。(KU,kh,nk)
Erosion by an Alpine glacier (Science, this issue p. 193)

秩序を無秩序の中で解明する(Elucidating order within disorder)

いくつかの材料において、結晶格子の構造が磁気配向を妨げる。それらのスピンは、磁気的相互作用をしているが、一見無秩序のままであり、いわゆるスピン液体を形成する。Paddisonらは、スピン液体化合物 Gd3Ga5O12の別のモデルを提案している。中性子回折測定と数値計算法が、この物質の個々のスピンは無秩序であるが、それらは10個から成るループを形成して、 そのループ同士は互いに相関していることを明らかにした。この「隠れた秩序」の性質は、従来技術による直接検出では見逃すようなものであった。(hk,KU,kh,nk)
【訳注】
・スピン液体:スピン空間での量子液体状態のことで,通常ならばスピンが固まる絶対零度でも格子上のスピンが動き回る状態である。
Hidden order in spin-liquid Gd3Ga5O12 (Science, this issue p. 179)

活性サイトの反応性を比較する(Comparing active site reactivity)

貴金属ナノ粒子はしばしば,同じ材料の原子版や巨視的版とは異なる挙動を示す.例えば,金属酸化物の支持体上に分散された金や白金は,酸素や水による一酸化炭素(CO)の酸化反応に対して著しい低温反応性を示す.Dingたちは赤外分光法を用いて,ゼオライトや酸化物支持体上に分散された孤立した白金原子、或いはナノ粒子に吸着された COを同定した.温度制御された脱離反応に関する研究は,COが孤立した金属原子に吸着された場合に対してナノ粒子に吸着された場合にはるかに低温で反応することを示した.(MY,kh)
Identification of active sites in CO oxidation and water-gas shift over supported Pt catalysts (Science, this issue p. 189)

素早く作られる二次細胞壁(Secondary cell walls built with speed)

植物の細胞壁は,木材,綿繊維,多くのバイオ燃料に不可欠のセルロースを提供する.セルロースはセルロース合成酵素により細胞膜の外側に合成される.木材の丈夫さを担う二次細胞壁の多くは,植物の芯に埋め込まれている木質細胞により形成される.Watanabeたちは異所性発現をてこに,植物の表皮表面に木質型のセルロース合成酵素の活性をもたらした(SchneiderとPerssonによる展望記事参照).この観察容易性の改善と蛍光標識法の組み合わせで,二次細胞壁が一次細胞壁よりも高速に形成されることが分かった.これは多分,セルロース合成酵素複合体の移動速度と密度が増大したためである.(MY,kh)
【訳注】
・二次細胞壁:植物細胞の生長後に一次細胞壁の内側に形成される細胞壁のこと
・異所性発現:本来発現する場所以外で遺伝子が発現してタンパク質が生成すること
Visualization of cellulose synthases in Arabidopsis secondary cell walls (Science, this issue p. 198, see also p. 156)

降着現象が普遍的物理現象である証拠(Evidence of a universal physics of accretion)

初期の星から超大質量ブラックホールに至るまで、宇宙の多くの天体は、物質のゆるやかな降着現象によって成長する。この降着過程の一つの重要なサインは、ある天体物理学的な物体から放射されるエネルギーの輝度変動の振幅である。Scaringi は、白色矮星、および、若い星状天体への降着の輝度変動が、輝度に対して同一の関数関係に従うことを示している。これまでにこれらと同じ関数関係が、超大質量ブラックホールを含む、ずっと大きな天体に対する輝度に関して成立していることが示されており、それゆえ、この結果は降着現象の物理の普遍性を示唆するものである。(Wt,kh)
Accretion-induced variability links young stellar objects, white dwarfs, and black holes (Science Adv. 10.1126.sciadv.1500686 (2015))

ほんのすこしの数学に劇的効果あり(A little bit of math goes a long way)

幼児に現れる言語能力は、家で保護者が彼らに読み聞かせをすることで支えられている。しかしながら、数学能力はしばしば学校に任せられている。Berkowitzたちは、家庭に少しばかり数学を持ち込むことについて保護者を支援するモバイル・デバイスのアプリを開発した。小学校の生徒たちにおいて数ヶ月以内で、数学能力の向上が明らかであった。数学について心配していることを報告していた保護者がいる家族において、数学能力の向上は最も劇的であった。(Uc,KU)
Math at home adds up to achievement in school (Science, this issue p. 196)

癌免疫療法は個々人の問題か?(Is cancer immunotherapy a private affair?)

免疫チェックポイントの閉鎖は、比較的新しい癌治療法であり、患者の部分集合の生存期間を大幅に伸ばす。以前の研究で、腫瘍が最大数の変異体を隠し持っている患者(結果として、免疫系によってよそ者として認識される多くの「ネオ抗原」を産生する)が、最も恩恵を受けるらしいことを示していた。これらのより初期の研究を拡大することで、Van Allenたちは、100人を越えるメラノーマ患者を調べ、同じような相関を見出した(Gubin and Schreiberによる展望記事参照)。しかしながら、ある特定のネオ抗原配列が、応答した患者によって共有されていたという証拠は何等なかった。(KU,kh,nk)
【訳注】
・免疫チェックポイント:免疫応答が過剰に働くことを抑制する身体のチェック機構
Genomic correlates of response to CTLA-4 blockade in metastatic melanoma (Science, this issue p. 207, see also p. 158)

致命的パンチを防ぐ(Blocking a fatal punch)

骨髄移植とは、不健康な骨髄を健康なドナーのそれで置き換えることである。しかし、ドナー由来の免疫細胞が、移植患者を外敵と認識し、攻撃することで、結果として移植片対宿主病(GVHD)を引き起こすこともある。Zhangたちは、GVHDの血清マーカーである腫瘍形成能2タンパク質の抑制 (sST2)を中和抗体によって遮断すると、GVHDの症状の重さと死亡率が小さくなると報告している。その遮断は、移植片による抗白血病効果の活性を維持しつつ、炎症誘発性サイトカインの産生を減少させ、抗炎症性分子と細胞の数を増加させた。したがって sST2を標的とすると、骨髄移植後の GVHDを減少させるかも知れない。(KF,KU,kh)
【訳注】
・移植片対宿主病(いしょくへんたいしゅくしゅびょう):臓器移植に伴う合併症の一つ
ST2 blockade reduces sST2-producing T cells while maintaining protective mST2-expressing T cells during graft-versus-host disease (Sci. Transl. Med. 7, 308ra160 (2015))

ゲール・クレーターにおける古代の湖沼系(Ancient lake system at Gale crater)

キュリオシティー探査車は、2012年以来、過去の水の存在、気候、生物生存可能性に関する手掛かりを探りながら、火星の露頭をせっせと調査している。Grotzingerたちは、現在シャープ山がそびえているゲール・クレーター近くの堆積岩の広大な区域の解析結果について述べている(Chanによる展望記事参照)。これらの堆積物内部の特徴は、地球上の三角州、小川、湖の堆積物によく似ている。それぞれの湖はたぶん一時的なものであったが、10,000年に至るまでの間、衝突クレーターのようなくぼ地を満たすのに十分な水が存在したであろう。風による浸食がこれらの堆積物の多くを運び去り、シャープ山を作り上げた。(Sk)
【訳注】
・露頭:野外において地層・岩石が露出している場所
Deposition, exhumation, and paleoclimate of an ancient lake deposit, Gale crater, Mars (Science, this issue p. 10.1126/science.aac7575, see also p. 167)

ナノ粒子溶液の解法(Solutions for nanoparticle solutions)

溶液中のナノ粒子の相互作用は、それらの生体分子への結合、電子物性、より大きな結晶形成への 詰め込みに影響する。しかしながら、それらの相互作用はお互いに線形的に足し合わされないため、より大きなコロイド粒子を記述する理論は、ナノ粒子に対しては適用できない。またナノ粒子は複雑な形状を持ち、溶媒分子に近い大きさをしている。Silvera Batista たちは、ナノ粒子の相互作用の非加法的性質を 扱うことが可能で、溶液中のナノ粒子に関する、より完全な理解をもたらす研究方法の検討を報告した。(Sk,kh,nk)
Nonadditivity of nanoparticle interactions (Science, this issue 10.1126/science.1242477)

Vps34タンパク質複合体を開口する(Opening up Vps34 protein complexes)

細胞内膜輸送の際に、大きなタンパク質複合体は、クラス III ホスファチジルイノシトール3キナーゼ Vps34のような、シグナル変換酵素の活性を制御して適応させる。これらの大きな酵素複合体はすべての真核細胞中に存在し、神経変性、加齢、及び癌において幅広い重要性を持っている。しかしながら、構造的理解が欠如していた。Rostislavlevaたちは、自己貪食、エンドサイトーシス・ソーティング、細胞質分裂に必要な Vps34を含むタンパク質複合体の構造に関する原子レベルの分解能の洞察を与えている。V形状の複合体は開口運動を行うことができ、それによって複合体が膜に順応して、膜をリン酸化する事が可能になる。(KU)
Structure and flexibility of the endosomal Vps34 complex reveals the basis of its function on membrane (Science, this issue p. 10.1126/science.aac7365)

メンデル、再訪(Mendel, revisited)

150年前、グレゴール・メンデルはエンドウ豆の種の優性と劣性の形質に関する彼の研究を発表すべく準備していた。その研究は、メンデルが遺伝学の父として認められた、20世紀の変わり目まで忘れられていた。科学者の中には、メンデルのデータが「あまりにも良すぎて真実ではない」と結論付けるものもいたが、データー操作の可能性という懸念は根拠がないことが判明した。とはいえ、Radickが展望記事で考察したように、メンデルの研究を調べようという議論においては、潜在的不正行為に関する論争が支配的であった。例えば、メンデルの遺産に関するより寛容な批評は、遺伝形質の多様性を許さない、彼の二元的な遺伝範疇をより綿密に見るべきである。(KU,kh,nk)
Beyond the Mendel-Fisher controversy (Science, this issue p. 159)

凝集物で癌細胞を殺す(Killing cancer cells with aggregates)

光線療法を補強するために臨床的に用いられる薬剤、ベルテポルフィンは、癌の化学療法にも有用である可能性がある。Zhangたちは、低酸素で養分を奪われる条件下で培養された細胞およびマウスにおいて、ベルテポルフィンが、直腸結腸癌細胞を選択的に殺すタンパク質オリゴマー蓄積の引き金を引くことを明らかにした(AvrilとChevetによる「焦点」記事参照)。培養中の、およびマウスからの腫瘍に隣接した組織切片中の正常細胞は、自己貪食を介してそのオリゴマー凝集物を取り除き、生き延びた。ベルテポルフィンは、このように腫瘍選択的なタンパク質毒性を引き起こし 、それは固形腫瘍のある患者にとっての有用な治療法になる可能性がある。(KF,kh,nk)
Putting it all on pigmentation: Heuristics of a bold and stochastic cell fate decision (Sci. Signal. 8, ra98 (2015))
Tumor-selective proteotoxicity of verteporfin inhibits colon cancer progression independently of YAP1 (Sci. Signal. 8, fs17 (2015))

線状物末端におけるキラリティー(Handedness at the edge of a line)

トポロジカル絶縁体は、導電性の境界状態により特徴づけられる。それらが2次元(2D)材料として存在する場合には、その境界は線状であり、その末端電流は 1Dであり、そして2つのスピン成分は反対方向に流れる。このキラリティーがまた、1Dトポロジカル系の末端状態にも当てはまるるかどうかを解明するために、Cheonらはインジウム原子をシリコン表面に堆積させ、2本のジグザグ状の鎖からなるワイヤーを作製した。その鎖はひずみの影響を受け、ある条件下で出現するソリトンと呼ばれるトポロジカル末端状態をもたらした。ソリトンは3種類あり、そのうち2つは明瞭なキラリティーを示した。(NK,KU,kh)
Chiral solitons in a coupled double Peierls chain (Science, this issue p. 182)

表面配位数に対する計算(Accounting for surface coordination)

第一原理計算を用いて不均一系触媒を探し出すことは、原子や考えられる表面幾何構造が数多くあるという理由で困難なことがある。Calle-Vallejoたちは、最適な反応性を評価する、より単純な測定基準(第2近接距離の原子を含む表面配位の加重平均)について述べている(Stephens たちによる展望記事参照)。計算結果は、白金(111)表面にくぼみを設けて、燃料電池で用いられる酸素還元反応の性能を向上させるための三つのやり方を明らかにした。(Sk,kh,nk)
【訳注】
・不均一系触媒:固相のまま用いられる触媒
Finding optimal surface sites on heterogeneous catalysts by counting nearest neighbors (Science, this issue p. 185, see also p. 164)

管制されない交通の一例としての癌(Cancer as a case of uncontrolled traffic)

健康な細胞は、熟練した航空管制官のようなものである。彼らは、通常事故もなく、内膜の精巧なシステムを介して、タンパク質が必要とされる細胞の目的地との間でそれらを絶え間なく行ったり来たり移動させている。Wheelerたちは、この交通制御システムにおける突然の異常が、細胞を悪性腫瘍の状態においやることがあることを明らかにした(Fergusonによる展望記事参照)。従来、内膜輸送に関係づけられていたタンパク質である RAB35が、良く知られた発癌性シグナル経路の主要な制御因子である。ある種のヒトの腫瘍に発見された RAB35の変異は、この経路を異常に活性化させ、細胞増殖を促進する因子の局在化失敗の原因となる。(KF,KU,kh,nk)
Identification of an oncogenic RAB protein (Science, this issue p. 211, see also p. 162)

ストリガは過敏な受容体を用いる(Striga uses a hypersensitive receptor)

ストリゴラクトン・ホルモンは、植物の成長と発生を支配する。たちの悪い寄生雑草であるストリガは、このホルモンをほんの僅かな量でも感知して、その標的を同定する。ストリガから得られたいくつかのストリゴラクトン受容体を機能的に特徴づけた後、Tohたちは、その中でも特に感受性の高い1つの結晶構造を解析した。その構造は、予想外に大きなリガンド結合ポケットを示しており、それによって、ストリガがピコモル濃度の一連のストリゴラクトンをどのようにして検知しているかを説明できるかもしれない。(KF,KU,kh,nk)
【訳注】
・ストリゴラクトン:植物から得られる一群のラクトン構造を有するカロテノイド誘導体。分枝を抑制する機能を持つ。
Structure-function analysis identifies highly sensitive strigolactone receptors in Striga (Science, this issue p. 203)
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