AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 25 2015, Vol.349


原子系においてエッジ状態を可視化する(Visualizing edge states in atomic systems)

極低温原子を用いて固体状態をシミュレートする原子系においてエッジ状態の可視化は、魅力的な研究手法である。しかし固体中では、帯電した電子は外部磁場の影響を受けやすく、軌道が曲がったり、試料エッジに 沿って跳躍したりする。この現象を極低温原子で観測するには、中性原子に同様の効果をもたらす人工的磁場を必要とする(CeliとTarruellの展望記事参照)。Stuhlらは、長方向では光学格子になっていて短方向には 3 個の内部スピン状態の原子が並んだ格子格子構造において、ボゾン原子のスキップ軌道を実現した。補足的な研究で、Mancini等はフェルミオン原子にて同様の現象を観測した。(NK,KU,ok,kh)
【訳注】
・エッジ状態:グラフェンのジグザグ端に現れる磁気異常
Visualizing edge states with an atomic Bose gas in the quantum Hall regime (Science, this issue pp. 1514 and 1510; see also p. 1450)
Observation of chiral edge states with neutral fermions in synthetic Hall ribbons (Science, this issue pp. 1514 and 1510; see also p. 1450)

ミトコンドリアの入場門を解剖する(Dissecting the mitochondrial entry portal)

細胞の発電所であるミトコンドリアは,主として細胞質中で作られるタンパク質から構成されている.これらの新規に合成されるタンパク質は専用のタンパク質取り込み装置を通り,この細胞小器官の膜を横切って運び込まれる必要がある.Shiotaたちはミトコンドリア・タンパク質の取り込み通路の構造と仕組みを解明した.(MY,kh)
【訳注】
・細胞小器官:細胞内に存在する構造体で,ミトコンドリア,小胞体,ゴルジ体など幾つかが知られている.構造体ごとに一定の機能を持つ
Molecular architecture of the active mitochondrial protein gate (Science, this issue p. 1544)

タンパク質折りたたみを遅くする相互作用(Interactions that slow protein folding)

タンパク質が折りたたむ際に、タンパク質は、 非折りたたみ状態と折りたたみ状態を分離するエネルギー障壁を越えて拡散する。その転移の経路は、単一のタンパク質がどのようにしてその障壁を横断するのかを明白にし、それ故折りたたみの機構に関する重要な情報を含む。転移の経路は未だ実験的に観測されていないが、Chungたちは、タンパク質のどちらの構造的特徴が転移の持続時間に影響するかを発見した。タンパク質が折りたたむ際に、折りたたみ状態では存在しない塩橋が形成して分解するので、転移の経路に沿った拡散を遅くする。(KU,ok,kh)
Structural origin of slow diffusion in protein folding (Science, this issue p. 1504)

平べったいペロブスカイトの結晶(Flat perovskite crystals)

CH3NH3PbI3 のような無機-有機ペロブスカイト材料のかさのある結晶や厚膜は、太陽電池の活物質としての将来性を示している。Dou たちは、関連組成物である、(C4H9NH3)2PbBr4 の薄膜(一単電池または数単電池厚み)が、数マイクロメータ長さの辺を持った四角形を形成することを示した。これらの材料は、強くて変調可能な青色ルミネッセンスを示す。(Sk,kh)
【訳注】
・活物質:電池中で酸化/還元反応を行う物質
・単電池:化学エネルギーの直接交換で電気エネルギー源となる基本的な機能単位。電極、電解液、容器及び端子の集合で構成される
Atomically thin two-dimensional organic-inorganic hybrid perovskites (Science, this issue p. 1518)

重力波検知の限界を設定する(Placing bounds on gravity wave detection)

重力波は、ブラックホール連星系における大質量天体の相互作用によって生み出されると予想されている。重力波は時空を歪めるので、ミリ秒パルサーから放射されるパルスに割って入る時にその存在を確認できるであろう。しかしながら、Shannonたちは、Parkes電波望遠鏡で12年間、24個のパルサーを監視したにもかかわらず、パルサーの記録には検出可能な変化は認められなかった。この非検出という結果は、重力波の新しい検出戦略が必要であることを示している。(Wt,kh)
Gravitational waves from binary supermassive black holes missing in pulsar observations (Science, this issue p. 1522)

寄生DNAがゲノムのホームを標的にする(Parasitic DNA targets a genomic home)

末端反復配列 (LTR)レトロトランスポゾンは、宿主ゲノム内部で飛び回ることのできる寄生DNAの一種である。常在性の遺伝子の損傷を避けるために、それらはタンパク質をコードする配列をまとめて取り出すよう選択された。例えば、分裂酵母の LTRレトロトランスポゾン Tf1は、遺伝子プロモーターにおけるヌクレオソームの無い領域に挿入する。Jacobsたちは、Tf1が特異的な DNA結合タンパク質、 Sap1(DNA複製フォークの障壁を形成する)によって挿入部位へ 導かれることを示している。(KU,kh)
【訳注】
・レトロトランスポゾン:真核生物のゲノム中に存在し、自身の配列から転写されたRNAの逆転写反応を介して転移するDNAの領域
・プロモーター:RNAの転写が開始されるDNA上の領域
Arrested replication forks guide retrotransposon integration (Science, this issue p. 1549)

ミトコンドリアは「私を食べて」のシグナルを送る(Mitochondria signal ‘eat me’)

ミトコンドリアは損傷すると、カルジオリピンが表面に露出する。このような環境下、露出が「私を食べて」のシグナルとなる。カルジオリピンはミトコンドリア内膜や細菌の膜で見出されるリン脂質である。Balasubramanianたちは、カルジオリピンが損傷した細胞を貪食するようマクロファージを刺激することを示している。しかし、マクロファージが細菌のリポ多糖(構造的にカルジオリピンに似ている)に遭遇するとき、カルジオリピンはまた、マクロファージからのサイトカイン産生を抑制する。(KU,kh)
【訳注】
・カルジオリピン:ミトコンドリアの機能発現に不可欠な酸性のリン脂質
・サイトカイン:細胞間の情報伝達を媒介するタンパク質の総称
Dichotomous roles for externalized cardiolipin in extracellular signaling: Promotion of phagocytosis and attenuation of innate immunity (Sci. Signal. 8, ra95 (2015))

気候変動が相利共生を引き離す(Climate change decoupling mutualism)

共進化した多くの種は,はっきりと調和がとれた形質をもっている.例えば,長い口吻(吸蜜用の吸い口)を持つマルハナバチは,花筒の長い花から蜜を吸うのにうまく適応している.Miller-Struttmannたちはコロラドの高地で研究し,長い口吻を持つマルハナバチが,過去40年間にわたって数が著しく減少したことを見出した.短い口吻を持つ種は多くの種類の花を吸うことができ,長い口吻を持つ種を置き換えつつある.この交代は花の利用可能性を減少させる夏の温暖化から生じた必然的な結果であると思われ,専門型よりも万能型のマルハナバチの方をうまく生かして、長年培われてきた相利共生の破壊をもたらしているのである.(MY,ok,kh)
【訳注】
・マルハナバチ:吸蜜するハチで多くの種が知られている.種によって口吻の長さが異なる
Functional mismatch in a bumble bee pollination mutualism under climate change (Science, this issue p. 1541)

治療のチャンスがやってくる(Therapeutic opportunity knocks)

ほとんどの成人の尿路には、JCポリオーマウイルス(JCV)が無症候の状態で持続的に棲みついている。免疫無防備状態にある個人では、JCVが日和見的に脳に感染して、衰弱をもたらし、時には死に至らしめる進行性多巣性白質脳症(PML)の原因となることがある。PMLには、現在利用できる治療法はないが、2つの論文が JCVへの免疫応答におけるギャップを同定し、利用している。Rayたちは、PML患者の脳脊髄液中で発見された JCV系統が、抗体の中和を妨げる変異をもつこと、またその盲点がワクチン接種で克服できる可能性があること、を報告している。Jelcicたちは、PMLから回復した患者に由来する幅広い中和抗体が、治療にも用いることができると示唆している。(KF,ok,kh)
【訳注】
・日和見感染:健康な人には感染症を起こさない微生物が原因菌となり発症する感染症のこと。一般的に病気などで免疫力が低下した人に起こる。
・中和:抗体が微生物などに結合することで、その微生物の感染力を低下させたり、毒性を減少させたりする働き
Broadly neutralizing human monoclonal JC polyomavirus VP1-specific antibodies as candidate therapeutics for progressive multifocal leukoencephalopathy (Sci. Transl. Med. 7, 306ra151 (2015))
JC polyomavirus mutants escape antibody-mediated neutralization (Sci. Transl. Med. 7, 306ra150 (2015))

細胞老化の転写性制御(Transcriptional control of cell senescence)

増殖を停止した老化細胞は、その周囲の細胞に影響を与える分子を分泌する。老化によって活性化されるこの分泌性表現型の予防は、生命体の加齢を遅くするらしい。Kangたちは細胞老化の背景にある調節プロセスを探求し、DNA損傷が転写制御因子 GATA4の安定化をもたらすことを見出した(CassidyとNaritaによる展望記事参照)。老化細胞における GATA4の活性の増加が、分泌因子をコードする遺伝子を刺激した。GATA4はまた、老いたマウスや人間の脳に蓄積する。(KF,KU,kh)
The DNA damage response induces inflammation and senescence by inhibiting autophagy of GATA4 (Science, this issue p. 10.1126/science.aaa5612; see also p. 1448)

アミンを作るクリーンでグリーンなやり方(A clean and green approach to amines)

酵素は、水中で作用するよう、また、比較的無毒の試薬を用いて自身の基質を修飾するよう進化した。つまり、合成化学に酵素を適用する主要な利点は、環境に優しい条件との適合性である。Muttiたちは、2つの酵素、アルコール脱水素酵素とアミン脱水素酵素が、直列に働いて、アルコールをアミンに転換できると報告している。この反応は、アンモニウムを唯一の入力とし、水を唯一の副産物として進行する。この機構は、水素がニコチンアミド補酵素によって往還することを利用した、連続する酸化・還元反応に依存する。(KF,KU)
Conversion of alcohols to enantiopure amines through dual-enzyme hydrogen-borrowing cascades (Science, this issue p. 1525)

大容量化可能なフロー電池の溶液(A solution for scalable-flow batteries)

酸化還元反応を行う成分が、電池の反応部分から分離されたタンクに蓄えられるフロー電池は、大量のエネルギーを蓄える 大容量化可能な手段を提供する。その大規模化への開発の課題は、有毒な遷移金属イオンに頼った処方を回避することにある。Lin たちは、キノンがアルカリ溶液に溶解し、フェリシアン化合物と結合してフロー電池を作ることができることを示している(Perryによる展望記事参照)。このことは、非常に低いコスト、実用的な出力密度における高い性能、操作の単純さ、本質的な安全性を有するフロー電池の開発の機会を与える。(Sk)
【訳注】
・フロー電池:酸化還元反応を行う電解液をポンプで循環させることで、充放電を行う電池
Alkaline quinone flow battery (Science, this issue p. 1529; see also p. 1452)

トリオがアルコール中のC-H結合の活性化に一役買う(A trio helps activate C-H bonds in alcohols)

酵素は,うまく配置された水素結合を介して分子の特定部を活性化することで,化学反応を速めることを可能としている.Jeffreyたちは,合成という文脈の中で水素結合形成の威力をまざまざと示している.ここでは,アルコールのヒドロキシル基 (-OH)と結合する水素結合触媒を使用することで,アルコールの炭素中心における反応性が選択的に誘導される.今回,(アルコールのOH基の)隣にあるC-H結合が,他の2個の触媒により加速される反応に敏感となる.組み合わせることで,トリオの触媒が,一連の競合化学部位の中で,アルコール C部位での C-C結合の形成を促進する.(MY,kh)
【訳注】
・アルコールの炭素中心:アルコールのOH基が結合している炭素のこと
O-H hydrogen bonding promotes H-atom transfer from α C-H bonds for C-alkylation of alcohol (Science, this issue p. 1532)

気候変動による極端な事象(Extreme events under climate change)

熱波や干ばつのような異常気象は、人間集団に対して壊滅的な結果をもたらす可能性がある。これらの事象の多くは、気候変動下で更にありふれたものになりそうである。しかし、個々の気候事象が、気候変動によって引き起こされたというのは正しのだろうか? Solowは、本人の展望記事において、その事象の頻度(例えば、欧州での干ばつ状態の頻度)が増えたとしても、個々の事象が気候変動なしでも起きていたであろうかどうかを言うこ とは不可能であると主張している。気候変動の影響が大変大きくなってきたので、その疑問を投げかけても意味がないことなのかもしれない。(hk,KU,kh)
Extreme weather, made by us? (Science, this issue p. 1444)

深海を洗い流す(Flushing the deep ocean)

海洋循環の変化は、最終退氷期の間に起こった大気中二酸化炭素濃度の突然の増加の要因だったのだろうか? Chenたちは深海のサンゴから得られた、その時代の高分解能の放射性炭素の記録を示している。この記録は、二つの深海における「洗い流す」現象には、二酸化炭素の急激な増加と北半球の温暖化が伴ったことを示している。この期間に、これらの海洋プロセスと大気との間には明確な関係性が存在する。(Uc,KU,kh)
Synchronous centennial abrupt events in the ocean and atmosphere during the last deglaciation (Science, this issue p. 1537)
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