AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 10 2015, Vol.349


穏和な、竹を食する動物(Laid-back bamboo eater)

パンダは食肉目の仲間であるが、ほとんど竹のみを食する、完全な草食性である。しかしながら、他のほとんどの草食種と異なり、彼らの消化管は、セルロースに富んだ植物に必要なゆっくりした消化を手助けする、長く曲がりくねった状態に進化していない。Nieたちは、野生と飼育下のパンダの両者で、エネルギー消費量を測定した。それは、他の哺乳類に比べて、極端に低かった。パンダの甲状腺ホルモンの水準もまた、哺乳類の標準に対してほんのわずかである。(Sk,kh)
Exceptionally low daily energy expenditure in the bamboo-eating giant panda (Science, this issue p. 171)

ステロール・センサーの構造(Structure of a sterol sensor)

ステロールの異常な蓄積は、心臓麻痺や脳卒中の一因である。小胞体に包埋さられている二つのタンパク質、Insig-1とInsig-2は細胞のステロール濃度を制御する細胞経路における鍵となる物質である。Renたちは、マイコバクテリアの Insig相同体の構造に関して報告している。生化学的実験結果と共に、その構造は、Insigがステロール制御経路の他の成分とどのように相互作用しているかを示唆している。(KU)
Crystal structure of a mycobacterial Insig homolog provides insight into how these sensors monitor sterol levels (Science, this issue p. 187)

アミロイド βからニューロンを守る(Protecting neurons from amyloid β)

神経系の発生では,分泌タンパク質【訳注】のリーリンが,移動ニューロン【訳注】を正しい行先に導く手助けをする.成体の神経系では,リーリンはシナプス可塑性【訳注】を高め,アミロイド βの毒性から孤立ニューロンを守る.アミロイド βの蓄積は,アルツハイマー病に特徴的な神経変性を引き起こす.リーリン欠乏と関係する発生時の障害を回避するため,Lane-Donovanたちはリーリンのノックアウトが引き起こされる【訳注】マウスを作った.成体時にリーリンを欠いたマウスは,アミロイドβの蓄積に応じて,シナプス可塑性,学習,記憶に不具合を示した.このように、リーリンは生体内でアミロイド βの神経毒性を防いでいる.(MY,nk)
【訳注】
・分泌タンパク質:細胞内で産生されたタンパク質のうち,細胞膜を通過して細胞外に放出されるタンパク質
・移動ニューロン:神経幹細胞から生まれたニューロンは所定の位置に移動して,その機能を開始する
・シナプス可塑性:ニューロン間の信号伝達特性が,短期的に加えられた条件により,長時間にわたって変化する性質のこと
・リーリンのノックアウトが引き起こされる:リーリンをコードする遺伝子がある時期までは正常に発現してリーリンが産生されるが.その後,その遺伝子が不活性化され,リーリンが産生されないようにされていること
Reelin protects against amyloid β toxicity in vivo (Sci. Signal. 8, ra67 (2015))

理論と整合していないブラックホール(Black hole out of kilter with theory)

ブラックホールとその宿主である銀河は、共進化すると信じられており、それには、星形成を誘発するブラックホールからのフィードバックが付随している。このようなシナリオは、ブラックホールと星形成にあずかるガスに対して、そのタイミングと質量に制限を課す。Trakhtenbrotたちは、宇宙がほんの約20億才だった時の、高赤方偏移銀河を観察した。彼らは、予想されるよりもずっと早期に成長して成熟し、その質量が全銀河質量のおよそ 10% になるブラックホールを発見した。この質量は、予想よりずっと多いものである。さらに、星形成は、それが停止すると予想されていた後も継続していた。(Wt,ya,kh)
An over-massive black hole in a typical star-forming galaxy, 2 billion years after the Big Bang (Science, this issue p. 168)

大陸全体の水のろ過(Continental global water filter)

移動性の地表水及び土壌水は、地球規模で割合と分離されている。陸地の水は、結局は海洋への表面流出によって失われるか、或いは最終的に蒸発散過程を経て大気中に戻される。Goodらは、大陸の水蒸発の65%が、植物によって取り込まれ、そして蒸散される水を含む、土壌からのものであると決定した(Brooksによる展望記事参照)。大陸全体の地表水の内、土壌を通過するのはほんのわずかだが、個々の河川の生態系は近くにある土壌中の水質変化に影響される可能性がある。(hk,KU,nk,kh)
Hydrologic connectivity constrains partitioning of global terrestrial water fluxes (Science, this issue p. 175; see also p. 138)

多成分からなる被膜(A coat of many components)

被膜輸送小胞の形成は、最も基本的な細胞プロセスの一つである。COP1輸送小胞は、ゴルジ体と小胞体における逆行性膜輸送に関係している。Dodonovaたちは低温電子断層撮影法を用いて、出芽した小胞上のその完全に組立てられた形状の COP1被膜の構造を決定した(Noble and Staggによる展望記事参照)。彼らは構造データと架橋結合質量分析とを結びつけて、完全な分子モデルを作った。そのモデルは被膜タンパク質が、膜上にタンパク質の籠を作るのではなく、柔軟性のある相互作用を通して群がるという、被膜組立機構を示唆している。(KU,nk,kh)
A structure of the COPI coat and the role of coat proteins in membrane vesicle assembly (Science, this issue p. 195; see also p. 142)

ジャックを効率的にジャンプさせる(Making jack jump efficiently)

将来、柔軟性のある体のロボットが、狭い空間に入り込んだり、押しつぶされる可能性のある環境で働くことができるかもしれない。しかしながら、柔軟性のある体をした装置で、効率的な力の伝達を確保する ことは難しい。一つの有望な解決策は、効率的な重量対出力比のエネルギー源を使い、ロボットを動かすのに爆発を用いることである。三次元印刷を用いて複数の材料を互いに融合させることによって、Bartlettたちは内燃機関のロボットを作った。そのロボット は、固い中心部から柔軟な外装まで, 硬度が推移する。彼らは、体の素材の硬度の連続的な変化によって頑強さも改善した、効率的にジャンプするロボットを作り上げた。(Sk,kh)
【訳注】
・タイトルは ジャンプする操り人形の "Jumping jack" をもじっている
A 3D-printed, functionally graded soft robot powered by combustion (Science, this issue p. 161)

失われた磁性の謎が解けた("Missing magnetism" puzzle solved)

プルトニウムの複雑な構造特性を古典的なバンド構造理論を用いて調べると、実験とは全く対照的に磁性を生じることが知られている。Janoschekらは中性子分光法を用いて、プルトニウムの磁性は消失しているのではなく、動的であることを見出した。つまり, 局在化電子配置と遍歴電子配置の量子力学的な混合である電子基底状態の特徴である。この知見は、プルトニウムの複雑な構造、磁性、電子特性に対する自然な説明を与える。(NK,KU,kh)
【訳注】
・遍歴電子配置(itinerant electronic configurations):結晶中を遍歴する磁性を担うd電子に関する電子配置
The valence-fluctuating ground state of plutonium (Sci. Adv. 10.1126. sciadv.1500188 (2015))

神経活動を説明するより分かりやすい方法(A better way to explain neuronal activity)

外側頭頂部内(lateral intraparietal (LIP))領域と呼ばれる脳領域は、霊長類の意思決定に関与している。LIPにおける神経細胞の発火を説明するための有力なモデルは、ニューロンが、アレかコレかどちらかの行動に有利な感覚情報をニューロンがゆっくり蓄積することを想定する。Latimerたちは、、そうではなく、動物の意思決定状態における不連続な変化を反映して、動物の発火速度に急速な立ち上がり、或いは跳躍を示すという仮説を立てた。彼らは、運動弁別課題を行っているマカクザルの LIPニューロンからのスパイク列を記録した。殆どの細胞の LIPスパイク列は、低速の情報統合型挙動というよりも不連続な立ち上がり挙動を含んでいた。(KU,nk,kh)
Single-trial spike trains in parietal cortex reveal discrete steps during decision-making (Science, this issue p. 184)

温暖化する気候、溶ける氷、上昇する海面(Warming climate, melting ice, rising seas)

気候が温暖化するに従い、海水面が上昇することは良く知られている。にも関わらず、どの程度海水面の上昇が起こるかという点に関する正確な予測は、現代の観測結果だけに基づいて行うことは困難である。氷床や海水面が、過去の温暖期間にどの程度変化しているかを分析することは、氷床がより高い温度に対してどの程度敏感かという点についてのより良い理解に役立つ。Duttonたちは、過去300万年以上にわたる異なる4つの温暖期から得られたデータに基づいた、この問題の理解に関する近年の多分野にまたがる進歩を調べた。彼らの洞察は、我々が構築した進歩と未だに存在する未解決の問題点に関する明確な描写を与える。(Uc,KU,nk,kh)
Sea-level rise due to polar ice-sheet mass loss during past warm periods (Science, this issue 10.1126/science.aaa4019)

正しい方向への前進(Steps in the right direction)

ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)は急速に変異し、人々をウイルスが繰り返す全ての変異から守るようなワクチンを設計することを困難にしている。成功する可能性のあるワクチン設計とは、HIV-1の三量体外被糖タンパク質 (Env)上の特異的領域を標的とする、幅広い中和抗体 (bNAb)を誘発するようなワクチンである (Mascolaによる展望記事参照)。Jardineたちは、特定の bNAbの生殖系列を復帰した重鎖を発現するよう遺伝子操作したマウスを用い、そしてそれらに、その bNAbの前駆物質に結合するよう設計された Envをベースにした免疫原を用いてそのマウスに免疫を与えた。Sandersたちは、未変性様の高次構造をもつ Env三量体で免疫を与えたウサギとサルを比較した。双方のケースで、免疫を与えられた動物は、bNAbとの類似性を共有する抗体を産生した。それら動物に他の免疫原での追加免疫は、そうした抗体が長く探し求められていた bNAbへとさらなる変異を促進する可能性がある。Chenたちは、Envタンパク質の細胞質領域を保持することが、 bNAbを引きつけるのに重要だと報告している。細胞質領域を除去すると、免疫応答が乱され、代わりに Env上のエピトープを標的とする抗体を産生し、防御につながらないことになる。(KF,KU,nk,kh)
The modern era of HIV-1 vaccine development (Science, this issue p. 139, 10.1126/science.aac4223; see also p. 191)
HIV-1 neutralizing antibodies induced by native-like envelope trimers (Science, this issue 10.1126/science.aac4223; see also p. 191)
Priming a broadly neutralizing antibody response to HIV-1 using a germline-targeting immunoge (Science, this issue p. 156; see also p. 191)

単一細胞測定が免疫性を図示する(Single-cell measurements map immunity)

個々の細胞の複数の特徴が、細胞型とその生理的状態を規定する。Spitzerらは、マウスの免疫系の個々の細胞上の39種もの異なった細胞表面タンパク質あるいは転写制御因子の量を定量化した。彼らはその測定結果を用いて、類似した個々の細胞を、細胞型や機能に対応するグループへと束ねた地図を作成した。彼らの実験データ処理方法は拡張性に富んでいて、他のデータタイプや別の研究室で得られたデータを組み込んで分析することも可能にすることになろう。(KF,nk,kh)
An interactive reference framework for modeling a dynamic immune system (Science, this issue 10.1126/science.1259425)

グラフェンを基にした生体センサー(Graphene-based biosensors)

中赤外(mid-IR)領域は、タンパク質、脂質、DNA のような、生命体の生化学的な構成要素を同定する分子振動を包含しているため、生体計測に特に好適である。しかしながら、結果として得られる光信号は極端に弱く、生物学的な検出性能を高めるには、しばしば複雑な技術を必要とする。Rodrigo たちは、電気的ゲートの開閉により広いスペクトル範囲にわたって動的に調整した、グラフェンを基にした生体センサを発表した。著者たちは単一の素子を用いて、異なる中赤外線周波数でタンパク質分子を選択的に精査した。(Sk,nk,kh)
Mid-infrared plasmonic biosensing with graphene (Science, this issue p. 165)

産業革命の英雄(The heroes of the Industrial Revolution)

数少ない偉大な発明家や科学者が産業革命を牽引したのだろうか,それとも,そのような才能あふれた人たちとは関わりなく起きたのだろうか? 展望記事でMokyrは,恐らく本当のところはその中間にあると論じている.ごく一部の人たちだけが,経済を革新するような新技術や機械を創出したり、適用したりすることに関与した.最近の研究は,大百科事典(the Grande Encyclopedie)の予約購読者から,フランスの諸都市のこのような知識エリートの規模を見積もっている.ある都市に購読者が多ければ多いほど,その都市のその後の産業化過程は速く進行した.科学と技術の創造性を醸成することを目ざす現代社会は,国民教育のレベルを向上させる以上のことをする必要があるかもしれない.(MY,nk,kh)
Intellectuals and the rise of the modern economy (Science, this issue p. 141)

神経回路網における記憶装置(Memory storage in neural networks)

神経回路網は、離散的記憶を貯え、検索することができるが、しばしば貯えた順列の検索に失敗する。これは、静的なアトラクターのおかげでエラーは時間が経つと減少するが、パターンそれ自身を検索するのではなく、順列上の次ぎの項目を検索するように訓練された場合などには、時間が経つとエラーが劇的に増大するからである。PfeifferとFosterは、覚醒しているが動いていないラットにおける脳の活性を研究した。海馬体中の多数の場所細胞からの情報を同時に記録することで、彼らは、内部で産生された順列は、記憶の強化のために同じ場所に留まっている期間と、新たな場所に突然移行する期間との間を、交互に行き来していることを発見した。(KF,kh)
Autoassociative dynamics in the generation of sequences of hippocampal place cells (Science, this issue p. 180)

流れに逆らう(Bucking the trend)

気候変動への対応は多くの種で観察されている.一般的な傾向は,種がその生息域を極方向や高地に移すことである.しかしながら,必ずしもすべての種がそのような移動を起こすことができる訳ではなく,そのような種は,より急激に数を減少させる恐れがある.Kerrたちは,過去110年以上にわたる北米とヨーロッパ各地のマルハナバチ【訳注】のデータを調べた.マルハナバチは北方に移動したのではなく,生息域の南端で分布を縮小しつつある.そのような移動の失敗は,マルハナバチがより涼しい気候を起源とするためかもしれず,また,急激な気候変動に対するマルハナバチの感受性の高さを示唆している.(MY,KU,kh)
【訳注】
・マルハナバチ:農作物をはじめとする植物に対する主要な花粉仲介者となっている,北方を起源とするミツバチよりやや大型のハチ
Climate change impacts on bumblebees converge across continents (Science, this issue p. 177)

サイトカインの急性発症を鎮める(Calming the cytokine storm)

自然免疫反応は、病原性の侵入者に直面すると急速に作用するよう待ち構えている。しかしながら、このプライミングはサイトカインの急性発症を引き起こすことがある。すなわち、宿主を害する炎症性サイトカインの過剰産生である。Coonたちはこのたび、ユビキチン E3連結酵素である HECTD2が、抗炎症性タンパク質 PIAS1を分解し、この炎症性効果を増強していると報告している。HECTD2遺伝子に多形性のある人は炎症が少なく、急性呼吸促迫症候群から保護されている。さらに、HECTD2の小分子阻害剤はマウスの肺炎を減少させた。こうした知見は、炎症によって誘発される肺損傷の治療標的としてHECTD2の存在を示している。(KF,KU)
【訳注】
・プライミング:初回免疫
・サイトカイン:感染に応答してつくられる一群の物質
The proinflammatory role of HECTD2 in innate immunity and experimental lung injury (Sci. Transl. Med. 7, 295ra109 (2015))
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