AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science January 9 2015, Vol.347


同時感染が治療を複雑にする(Co-infection complicates treatment)

感染症は,単独に起こることは稀であり,ある病原体への治療措置は,他の病原体に対して予測できない影響をもたらす可能性がある.EzenwaとJollesは野生のアフリカ水牛を対象に研究を行い、寄生虫駆除によって免疫抑制が解消されるため,そのような措置で結核の低減がもたらされるかもしれないと期待した。その理由は,追加的な治療介入をしなくても,免疫抑制の解消で2次感染が一掃されると考えられるからである.しかし,そうではなかった.駆除は寄生虫に感染した個体を改善したが,一方,集団内での結核の広がりを増加させた.実際に起きた事実は明らかで、寄生虫を持たない水牛は長生きしたのだが,結核に感染したままで,そのためより長期にわたって結核の感染を群れに広げたのである。(MY.kh,nk)
Opposite effects of anthelmintic treatment on microbial infection at individual versus population scales (Science, this issue p. 175)

デカントラップ噴出の影響の年代(Dating the influence of Deccan Traps eruptions)

インドにおけるデカントラップの洪水玄武岩は、100万立方キロメートルを越えて噴出した溶岩である。これら大量の噴出は、6千5百万年前の、あの有名なすべての非鳥類の恐竜を一掃した白亜紀末の大量絶滅とほぼ同じ時代に起こった。Schoeneたちは、この噴出の主要な局面の正確な年代と持続期間を決定したが、それによると750,000年以上持続し、そして白亜紀-新生代第三紀の境界の正に250,000年前に起こった。大量絶滅へのこれらデカントラップの噴出とメキシコのチクシュループでの隕石衝突(Chicxulub impact)の相対的寄与は、不明であるが、しかし両者は絶滅メカニズムの可能性を与えるものである。(KU,kh,nk)
【訳注】
・トラップ:トラップはスウェーデン語で階段を意味し、玄武岩高原の景観が階段状の丘を見せることによる。「ウイキペディアから」
U-Pb geochronology of the Deccan Traps and relation to the end-Cretaceous mass extinction (Science, this issue p. 182)

BATという風変わりな方法で前立腺癌に対抗する(Going BATty to fight prostate cancer)

初期前立腺癌の多くの症例は,男性ホルモンの活性を阻止することで治療可能であるが,腫瘍はしばしば,耐性を獲得し,再成長する.標準的なホルモン療法はすべて,アンドロゲンの遮断を伴うものであって,前記の耐性・再成長段階では効果がない.今回,Schweizerたちは,低濃度アントロゲン条件に適応した癌細胞が,高濃度テストステロンには勝てないという根拠に基づいた取り組みについて記載している.患者の血液中のテストステロン濃度を著しく高くすることと低くすることを交互に行うBAT法 (bipolar androgen therapy:二極アントロゲン療法)の臨床治験から, 十分に許容できるものである.直接的な制癌効果に加え,断続的なテストストロン治療はまた,抗アンドロゲン薬剤の腫瘍への利きが回復し,これにより,患者治療法の選択肢が広がった.(MY,KU,nk)
【訳注】
・アンドロゲン:男性ホルモン
・テストストロン:代表的な男性ホルモン
Effect of bipolar androgen therapy for asymptomatic men with castration-resistant prostate cancer: Results from a pilot clinical study (Sci. Transl. Med. 7, 269ra2 (2015))

原子ガスの対称性を破壊する(Breaking the symmetry in an atomic gas)

相転位によって物理系を冷却する場合、通常は対称性を下げる。冷却が非常に遅い場合、この対称性変化は系全体にわたって均一である。また、高速に冷却した場合、系は均一性を失いドメインを形成する。冷却速度を高めると、より小さいドメインとなる。Navon等は、この過程を凝縮相転位点付近のルビジウム極低温ガスで研究している(Ferrariの展望記事参照)。筆者らは、相転移点近傍ではドメインサイズは時間に依らず一定のサイズを示し、かつそのサイズの値自体は冷却速度に依存することを実験的に観測し、理論と一致することを報告している。(NK,kh,nk)
Critical dynamics of spontaneous symmetry breaking in a homogeneous Bose gas (Science, this issue p. 167; see also p. 127)

接合部を越えて長旅をする(Traveling a long way past the junction)

ダイオードは、現代の電気回路の中心的な部品である。それらは基本的に、一方は電子の欠乏した(p)、他方は電子が過剰となった(n)という、二種類の半導体が接合されてできている。Najafiたちは、超高速電子顕微鏡を用いて、一兆分の一秒の時間スケールでシリコンダイオード中の動力学を調べた。彼らは、光でダイオードの電荷キャリアを励起したとき、それらのキャリアが p-n 接合部分を通り越して、標準モデルから導かれるよりずっと遠くまで移動することを見出した。著者らはその結果を、弾道輸送モデルを用いて説明している。(Sk,kh)
【訳注】
・弾道輸送(ballistic transport):キャリアが散乱を受けずに伝導すること
Four-dimensional imaging of carrier interface dynamics in p-n junctions (Science, this issue p. 164)

腸内微生物が炎症に耐える(Gut microbes resist inflammation)

我々の腸内微生物相が,しばしば非常に似ている有害な微生物から区別されることは,我々人間の健康にとって極めて重要である.Cullenたちは,バクテロイデス門に属する,ある主要な共生体のセタイオタオミクロン(thetaiotaomicron)が,どのように識別されるのか解析をはじめている.我々の腸は,サルモネラのような病原菌に感染した場合に,強力な抗菌ペプチドを放出する。これらの腸内共生体は、リポ多糖体からなる外皮膜を形成するが,この膜はわずか1つのリン酸塩分子だけ病原菌のものと異なっている.宿主の免疫応答に対しての耐性ができるには,酵素によるこのリン酸基の除去でよく,これにより,腸内共生体は損傷から免れることができる.(MY,KU,kh,nk)
Antimicrobial peptide resistance mediates resilience of prominent gut commensals during inflammation (Science, this issue p. 170)

私はあなたのプログラムを見てから賭金を上げよう(I'll see your program and raise you mine)

チェスと二人でやるポーカ(two-handed poker)をする際の基本的な違いの一つは、チェス盤とその上のピースはゲーム全体を通して見えているが、ポーカでは相手のカードが見えていないということである。この情報が十分に見えないことが、「raise:以前ポットに置かれたチップの金額を上げる」または 「fold:ゲームの途中で手を止める」, あるいは「call:最後にポットにあったチップの額と同じにする」を行う最適な判断を計算する際の複雑さと不確実性を増している。Bowlingらは、リミット・テキサス・ホルデム(Limit Texas Hold 'em)として知られているポーカーを二人でやる場合の手をうまく計算できるコンピュータプログラムを開発したことを報告している(Sandholmによる展望記事参照)。(hk,KU,kh,nk)
Heads-up limit hold'em poker is solved (Science, this issue p. 145; see also p. 122)

切断されたDNA修復のための因子(A factor for repairing broken DNA)

DNA 二重鎖の非プログラム的切断はゲノム安定性にとって極めて危険である。非相同的末端結合(NHEJ)修復系は、生命の全ての領域で存在しており、そしてこれらの潜在的に致死的な損傷の処理を助けている。Ochiたちは、既知の NHEJタンパク質に構造的類似性を持ったタンパク質を探し求め NHEJに関与する新たな因子を発見した。具体的には、XRCC1と XLFのパラログである PAXXは、鍵となる修復経路のタンパク質、Kuと相互作用し、切断されたDNAの結合促進に役立っている。(KU,kh,nk)
【訳注】
・パラログ(paralog):遺伝子重複によって生じた遺伝子、あるいはその遺伝子から作られたタンパク質
PAXX, a paralog of XRCC4 and XLF, interacts with Ku to promote DNA double-strand break repair (Science, this issue p. 185)

過酸化した脂質が血管を拡張する(Peroxidized lipids dilate blood vessels)

大脳動脈は,たとえ血圧が絶えず変動しても,脳への血流を一定に維持する必要がある.Sullivanたちは,大脳動脈を補強している血管内皮細胞に特有なシグナル経路について特性解析した.活性酸素(ROS)により,脂質過酸化反応を引き起こす.大脳動脈の血管内皮細胞中で,局所的に生成されるROSが脂質を酸化し,これが,イオンチャネル TRPA1を通ってカルシウムイオン流入のトリガーとなった.次で,このカルシウムイオンの流入がカリウムイオン透過性チャネルを活性化し,それにより,大脳動脈の拡張がもたらされた.(MY,kh)
Localized TRPA1 channel Ca2+ signals stimulated by reactive oxygen species promote cerebral artery dilation (Sci. Signal. 8, ra3 (2014))
< hr size = 6>

RNAスプライシングにおける欠陥の予測(Predicting defects in RNA splicing)

殆どの真核生物のメッセンジャーRNA(mRNA)は、スプライスされてイントロンを除去する。スプライシングにより、タンパク質に翻訳される非分断オープンリーディングフレーム(ORF:翻訳可能領域)が産生される。スプライシングは、しばしば高度に制御されており、異なる組織における変異タンパク質をコードする別のスプライス型を産生する。mRNA中の特異的な配列に結合する RNA-結合タンパク質はスプライシングを制御している。Xiongたちは、任意のmRNAの配列に対するスプライシング制御を予測する、コンピュターモデルを開発した(Guigo and Valcarcelによる展望記事参照)。彼らはこのモデルを用いて、ヒトゲノムにおいて50万を越える mRNAのスプライシング配列変異体を解析した。彼らは、17個の新たな自閉症関連の遺伝子を含む、多くの新たな病の候補と同様に、数千もの既知の病を引き起こす変異を同定している。(KU,kh)
The human splicing code reveals new insights into the genetic determinants of disease (Science, this issue 10.1126/science.1254806; see also p. 124)

内なる希望の光(銀の裏打ち)を眺める(Watching the silver lining inside)

ある種の電池は、カソード材料である Ag2VP2O8のように、遷移金属と還元性の金属の両方を含んでいる。動作中に Agイオンと Vイオンの両方が還元され、Ag原子はワイヤを形成して内部の導電性が高まる。Kirshenbaum たちは、様々な速度における電池の放電状態を調べ、そして、その場観察が可能なエネルギー分散型X線回折により、Ag原子の形成を追跡した(Dudney と Li による展望記事を参照のこと)。彼らは、放電速度が、Agと Vのどちらが優先的に還元されるのか、また、銀原子の分布に対してどのように影響するのかをしめした。そして次に、それをより大きな放電速度における電池容量のロスと関係付けた。(Wt,KU,nk)
In situ visualization of Li/Ag2VP2O8 batteries revealing rate-dependent discharge mechanism (Science, this issue p. 149; see also p. 131)

2Dから3Dへの材料とデバイスの飛躍(Popping materials and devices from 2D into 3D)

湾曲した、薄い、しなやかで複雑な三次元(3D)構造を、小さな寸法で作ることは非常に困難である。Xuたちは、複雑な幾何学的 3Dメソ構造の微細加工を実現する、巧妙な設計方法を開発した。それは、もともと平面構造であったものに生じる、構面外座屈(out-of-plane buckling)という現象がもとになっている( Ye と Tsukruk による展望記事参照)。力学的な有限要素法による解析により、二種類の2Dの模様が設計できた。その後、それを予め張力をかけた基体と何箇所かで接着する。基体の張力を緩めると、模様をつけた材料には屈曲や座屈が生じ、3D形状になる。(Sk,KU,kh)
【訳注】
・メソ構造:マイクロとナノの中間くらいのスケールの構造体
・構面外座屈:力を加える方向と変形の方向が異なる変形
Assembly of micro/nanomaterials into complex, three-dimensional architectures by compressive buckling (Science, this issue p. 154; see also p. 130)

機構的に柔らかな神経の移植(Mechanically soft neural implants)

物質を体内に埋め込む際には、それは適切な機能的特性をもつ必要があるだけでなく、自然な組織や器官に適合する機械的特性をもっている必要がある。その物質が柔らかすぎると、機械的に劣化することになるし、硬すぎると、瘢痕組織で覆われるかも知れないし、周囲の組織を傷つけるかも知れない透明なシリコーン基体から始めて、Minevたちは、薬剤輸送を可能にする微少流体管(microfluidic)、電気的興奮を伝達し、電気生理学的シグナルを伝える柔らかい白金/シリコーン電極および延伸可能な金の相互接続子をパターン化した。脊髄移植の試験において、柔らかい神経の移植は、中枢神経系内における生物化学的統合と機能の実現を示した。(KF,kh)
Electronic dura mater for long-term multimodal neural interfaces (Science, this issue p. 159)

アミノ酸感知における特異性の獲得(Getting specific about amino acid sensing)

タンパク質キナーゼ複合体 mTORC1は、成長と代謝を制御していて、その活性は細胞のアミノ酸の存在量に応答して制御されている。Jewellたちは、グルタミンへの応答における mTORC1の制御は、ロイシンなどの他のアミノ酸を感知することに関与している GTP分解酵素(GTPase)を必要としない、と報告している(Abrahamによる展望記事参照)。グルタミンの感知には、別の GTPase、Arf1が必要である。このように、異なった仕組みが、mTORC1複合体によるシグナル伝達を多様なアミノ酸に結合しているらしい。(KF)
Differential regulation of mTORC1 by leucine and glutamine (Science, this issue p. 194; see also p. 128)

競い合う二量体が2つの目的に役立つ(Dueling dimers serve dual purposes)

細菌とミトコンドリアの双方は、アミノ酸生合成のため、また活性酸素を除去するために、NADPHを産生している。NADPHを作り出す酵素は、膜を越えて水素イオンを転位置し、水酸化物を NADHから NADP+へと伝達しなければならない。これらのプロセスは、およそ40オングストローム離れて起きている。この複雑な位置関係を理解するために、Leungたちは、高度好熱菌トランスヒドロゲナーゼの酵素と膜領域の全体構造を解明した(KrengelとTornroth-Horsefieldによる展望記事参照)。酵素全体は、反対向きになった2つの膜領域をもつ二量体として存在している。一方の膜領域は水素イオン転位置のために膜成分と相互作用し、他方の領域は、別の大きな可溶性領域中の NAD(H)と水酸化物を交換するのである。(KF,kh,nk)
Division of labor in transhydrogenase by alternating proton translocation and hydride transfer (Science, this issue p. 178; see also p. 125)

リソソームにおいてアミノ酸を感知する(Sensing amino acids at the lysosome)

mTORC1タンパク質キナーゼは、成長と代謝の制御のために機能するタンパク質複合体である。mTORC1の活性度は、アミノ酸の存在量に対して敏感であるが、アミノ酸の感知が mTORC1の制御にどのように結びついているかは、はっきりしないままであった。Wangたちは、mTORC1の制御因子と相互作用すると予想されている膜タンパク質を探索した。彼らは、現在 SLC38A9という名前だけでしか知られていないタンパク質がその膜たんぱく質であると同定した。SLC38A9と mTORC1制御因子との相互作用は、アミノ酸の存在に対して敏感であった。SLC38A9は、アミノ酸輸送体に配列類似性があった。培養されたヒト細胞における SLC38A9の調節の効果が示すのは、それが、アルギニンとロイシンの存在量を mTORC1活性に結びつけるセンサーであるということである。(KF,KU,nk)
Lysosomal amino acid transporter SLC38A9 signals arginine sufficiency to mTORC1 (Science, this issue p. 188)
[インデックス] [前の号] [次の号]