AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 28 2014, Vol.346


栽培の出自を生合成経路が保持している(Biosynthetic pathway holds roots of domestication)

野生のキュウリは,トゲと苦みを持ち,今日私たちが菜園で育てているものの近縁種である.苦味はククルビタシンという物質に由来し,これは,この植物が草食動物から食べられるのを防ぐのに役立っている.ククルビタシンは抗腫瘍性があるため,人間にも有用である.今回,Shangたちは,ククルビタシンの生合成経路を解明した.その際に彼らはまた、キュウリの栽培化に至るプロセスの遺伝痕跡を見つけ,また,寒冷条件で育てられた場合,ある種のキュウリでは,何故苦味がより増すのかという謎を解明した.(MY,nk)
Biosynthesis, regulation, and domestication of bitterness in cucumber (Science, this issue p. 1084)

タイミングは見えていないものの構造を教えてくれる(Timing tells the structure of the unseen)

どんなものでも、光の速さより早く動くことはできない。しかし、ある種のガンマ線は、このルールを破っているように見える。物質を降着させているブラックホールの角運動量をバランスさせる強力なジェットは、画像では見分けることが難しい。そのため、天文学者たちは、しばしば、それらの輻射のタイミングを用いることで、作用している物理現象を明らかにしてきた。Aleksi たちは、活動銀河 IC 310 からのガンマ線が、それの銀河核に存在する超巨大質量のブラックホールの事象の地平を光が横切るのに必要な時間よりも高速に変動していることを見出した。そのジェットの基底部分での粒子加速は、この見かけ上の速さを実現できる可能性があり、それは、超巨大質量ブラックホールでいかにジェットが形成されるかという問題の解明に寄与するものである。(Wt,nk)
Black hole lightning due to particle acceleration at subhorizon scales (Science, this issue p. 1080)

グラフェン:ミクロな防弾チョッキ(Graphene: A miniature bulletproof vest?)

高速で飛来する弾丸を止める為には、止める素材を弾丸が貫通しないように、強度と靭性を併せ持った素材を用いる必要がある。さらに、同素材は吸収された運動エネルギーを消散する能力も必要である。Leeらは縮小版の弾道実験系を用意し、微小弾丸に対する積層グラフェンの挙動について調べた。この発見は、グラフェンの異常な強度と靭性を明らかにしている。(NK,KU,ok)
Dynamic mechanical behavior of multilayer graphene via supersonic projectile penetration (Science, this issue p. 1092)

高生産性への途は高汚染性でもある(Polluting the way to more productivity)

生物が利用可能な窒素の殆どは、有機物の再循環や生物による窒素固定を起源としている。しかしながら、大気中の人為的窒素---大気汚染物質---もまた、同様にこのような窒素の供給源となりうる。Kimたちは、過去40年間を通しての北太平洋での海水表層面の窒素含量の変化を再構成した。 窒素濃度は著しく増加していた。この傾向は、海洋における微生物の成長を促進し、やがては温暖化ガスである一酸化二窒素の生成を増加させる可能性がある。(Uc,KU,nk)
Increasing anthropogenic nitrogen in the North Pacific Ocean (Science, this issue p. 1102)

同時に過去の大統領を忘れている(Forgetting history one president at a time)

過去の出来事や有名人の記憶(そのいくつかは、我々が生まれる前に起こったことであったり、当時、生きていた人のものである)は時とともに色あせてくる。Roedigerと DeSotoは、かっての合衆国の大統領が忘れられている程度や割合を調べた(Rubinによる展望記事参照)。40年にまたがる学部卒学生の3っのコホート(1974年度、1991年度、2009年度卒)は同じように忘れていた:各々のグループはワシントンやリンカーンを、そしてまたもっとも最近の大統領(フォード、レーガン、オバマ)は覚えていた。(KU,ok,nk)
Forgetting the presidents (Science, this issue p. 1106; see also p. 1058)

皮膚障害に対する個別的細胞治療(Personalized cell therapy for skin disorder)

希な病である劣性栄養障害性表皮水疱症(RDEB)での極度のか弱い皮膚や痛い水ぶくれは、COL7A1遺伝子の変異が原因で引き起こされる.治療法は存在しない.しかしながら,今回,Sebastianoたちは,細胞治療が実現性のある選択肢になり得るかもしれないことを示している.著者たちは,RDEBの患者3人から生検用に皮膚検体を採取し,採取組織から iPS細胞を作った.この iPS細胞により,COL7A1の遺伝子的変異が是正され,正常なコラーゲン VIIを発現するケラチノサイト(皮膚細胞)が作られた.この"修復"ケラチノサイトは,マウス中でコラーゲンVIIを発現するヒト皮膚層を形成した.移植皮膚の寿命は僅か2,3週間であったが,患者独自の細胞を遺伝子的に是正でき,また,それを積層できることは,RDEBの治療に向けた重要な一歩となる.(MY,ok)
Human COL7A1-corrected induced pluripotent stem cells for the treatment of recessive dystrophic epidermolysis bullosa (Sci. Transl. Med. 6, 264ra163 (2014))

ヒト祖先の進化の秘密が明らかになった(Secrets of human ancestor evolution revealed)

大昔のヒトの研究は、現代のヒト集団に関する移動と進化の理解に役立つ。Seguin-Orlandoたちは、36,000年以上前に生きていた北ロシアからの古代人のひとり、K14のゲノムんに関して報告している。K14は、東アジ系統というよりも西ユゥーラシア人やヨーロッパ人により似ており、このことは既にこれらの集団が分岐していたことを示唆している。(KU,nk)
Genomic structure in Europeans dating back at least 36,200 years (Science, this issue p. 1113)

表面の下加工によって液体を寄せ付けない(Undercutting the surface keeps liquids at bay)

傘の形状は、落ちてくる液滴から傘を持つ人を保護し、また集まった雨水が人から離れて下に流れるように設計されている。LiuとKimはこの傘のアイデアを利用して、ほとんどどんな液体をもはじく表面を有する材料を作った。(hk)
Turning a surface superrepellent even to completely wetting liquids (Science, this issue p. 1096)

ミトコンドリアと有糸分裂の間の連動(Cross talk between mitochondria and mitosis)

ミトコンドリアは,それが属している細胞の発電所であり,自身のゲノムを保有している.にもかかわらず,それを構成するタンパク質の大部分は,細胞の核内遺伝子でコードされており,細胞質基質の中で翻訳される.細胞周期の間,細胞はその構成パーツや小器官の各々を複製する必要がある.驚くべきことに,ミトコンドリアのタンパク質取り込みが細胞周期とどのように連動しているのか,あるいは連動していないのかについて,今まで明らかではなかった.今回,Harbauerたちは (SchulzとRehlingによる展望記事参照),ミトコンドリアのタンパク質取り込み用の主導管の1つが,有糸分裂の間,リン酸化により直接的に制御されていることや,このリン酸化で,次に,呼吸活性が促進されることを示している.(MY)
【訳注】
・細胞質基質:細胞質から細胞内小器官を除いた部分
Cell cycle-dependent regulation of mitochondrial preprotein translocase (Science, this issue p. 1109)

腫瘍転移への障壁を維持する(Retaining a barrier to cancer metastasis)

癌が蔓延したり、転移するひとつの経路は、血管内皮細胞で裏打ちされている血管に侵入することによってである。Pignatelliたちは、侵入性乳癌の生体組織検査由来の細胞が、特に、マクロファージを用いて培養された時には、攻撃性のより低い乳癌のそれよりもより容易に血管内皮細胞の層を越えて侵入することを見出した(Kiersseたちによる展望記事参照)。マクロファージは、増殖因子 EGFを分泌することで乳癌細胞の侵入を促進する。それは、この因子により乳癌細胞がサイトカイン CSF-1を分泌するよう誘発され、このサイトカインがマクロファージや幾つかのタイプの癌細胞に作用するからである。このサイトカインは、マクロファージや幾つかのタイプの癌細胞に作用した。サイトカインCSF-1のその受容体への結合を阻止すると、癌細胞の培養された血管内皮を越えての侵入が妨げられた。(KU,nk)
Invasive breast carcinoma cells from patients exhibit MenaINV- and macrophage-dependent transendothelial migration (Sci. Signal. 7, ra112 (2014))
Targeting Cell-Intrinsic and Cell-Extrinsic Mechanisms of Intravasation in Invasive Breast Canc (Sci. Signal. 7, pe28 (2014))

マントル内部のペロブスカイトの鉱物名(A mineral name for mantle perovskite)

しばしばペロブスカイトと呼ばれてきた地球に最も豊富に存在する鉱物に、宇宙から飛んできた岩石によって、ついに名前がつけられた。鉱物名は、自然界で発見されて、構造が明らかになった標本がある場合にしか与えられない。Tschaunerたちは、テンハム L6と名付けられたコンドライト隕石からペロブスカイト構造のケイ酸マグネシウムを単離し、今回それをブリッジマナイト(bridgemanite)と呼ぶことにした(Sharpによる展望記事参照)。ブリッジマナイトは高圧、高温下で衝撃が加わった際に、この隕石内で形成された。ブリッジマナイトと一体になった他の鉱物により、衝撃の過程を理解し、圧力-温度条件を厳密に絞り込むことが可能である。この長く捜し求められていた標本により、ついにこの高密度で深い所にあるマントルのケイ酸塩の紛らわしい呼び方が解消された。(Sk,nk)
【訳注】
・ペロブスカイト:本来は灰チタン石(CaTiO3)の固有名。同じ結晶構造を持つ鉱物が、広くペロブスカイト(構造)と呼ばれる。
・コンドライト:ケイ酸塩鉱物を主組成とする石質隕石の一種
・ブリッジマナイト(bridgemanite):ブリッジマナイトは高圧物理学を開拓し、ノーベル賞を受賞したブリッジマン (P.Bridgeman) にちなんで名付けられました。
・マントルを構成するケイ酸マグネシウムは、高温・高圧環境により特殊な構造(ポストペロブスカイト構造と呼ばれている)を有すると考えられ、実験的には再現されていたが、自然界では採掘不可能であるため、鉱物名は付けられていなかった
Discovery of bridgemanite, the most abundant mineral in Earth, in a shocked meteorite (Science, this issue p. 1100; see also p. 1057)

惑星の歴史上の磁気モーメント(Magnetic moments in planetary history)

惑星形成時代における太陽系星雲の磁気の歴史を知るために、研究者は最も原始的な隕石に関心を向けている。Semarkonaコンドライトのような試料は、一部分はコンドリュールから構成されている。このコンドリュールはこの材料が最後に溶融したときの周囲の磁場の強さを反映している。Fuらは SQUID(超伝導量子干渉素子)顕微鏡を使用して、Semarkonaのある部分の残留磁化を測定した。これによって、原始惑星系円盤の内側で何が進行していたかをの手がかりが得られるのである。(hk,nk)
Solar nebula magnetic fields recorded in the Semarkona meteorite (Science, this issue p. 1089)

ゲノム工学の革命をもたらしたCRISPR-Cas系(CRISPR-Cas: A revolution in genome engineering)

細胞内および生物内のゲノム DNAを容易かつ正確に工学的に操作する能力は、生物学の基礎研究や医学、バイオテクノロジーにとって大きな価値をもつ。DoudnaとCharpentierは、内在性修復や組換え系に頼って目的とする変化を完了するゲノム切断エージェントに結びつくオリゴヌクレオチドや、自己スプライシングイントロン、Znフィンガーヌクレアーゼ、TAL効果器ヌクレアーゼなどの、ゲノム編集技術の歴史をレビューしている。彼らは次に、クラスター化された、規則的に間をあけて繰り返す回文構造の反復(CRISPR)とそれに付随した(Cas)ヌクレアーゼが、細菌における順応性免疫系を構成していることが、いかにして発見されたかを記述している。彼らは、CRISPR-Cas系が使いやすいゲノム工学ツールへと発展し、それが分子生物学のすべての領域を改革することになったいきさつを述べている。(KF,nk)
The new frontier of genome engineering with CRISPR-Cas9 (Science, this issue 10.1126/science.1258096)

破傷風を妨げる期待のペプチドとは?(A potential peptide to prevent tetanus?)

破傷風(TeNT)およびボツリヌス(BoNT)神経毒は、ヒトや動物において、破傷風やボツリヌス中毒の原因となる、強力な細菌タンパク質毒のファミリーである。それら毒素の侵入と軸索逆行性の輸送の原因となる分子機構は、集中的な研究テーマであった。しかしながら、破傷風およびボツリヌスの中毒は、少なくとも部分的にはシナプスへの高親和性結合のせいで、治癒できないままである。BoNTの受容体は分子レベルで最近特徴が明らかにされたが、神経筋接合部における TeNTのタンパク質受容体は、何も同定されていない。Bercsenyiたちはこのたび、TeNTが運動ニューロンへの結合のために、ナイドジェン-1および-2を活用していると示唆している。この結合は TeNTの内部移行と軸索逆行性輸送にとって必要とされる。ナイドジェンは、神経系などのいくつかの組織の完全性にとって必須の複数のタンパク質間相互作用に従事する細胞外マトリックスタンパク質である。ナイドジェンと TeNTの間の相互作用を、ナイドジェン由来の短いペプチド類を管理することによって妨害すると、神経筋接合部での毒素の結合はブロックされ、マウスは破傷風から守られることとなった。(KF)
Nidogens are therapeutic targets for the prevention of tetanus (Science, this issue p. 1118)

T細胞に対して、刺激性のシグナルが加算されていく(Stimulatory signals add up for T cells)

T細胞活性化は動的プロセスである。T細胞は、感染の際に様々な時と解剖学的位置で、抗原や同時刺激分子、サイトカインなどの複数の入力シグナルに遭遇することになる。しかし、T細胞はこの情報を統合して、どれにどれだけT細胞を分けるかをいかにして決定しているのだろうか?それを見出すため、Marchingoたちは、培養中のマウス T細胞を違った入力の組み合わせで刺激し、また、インフルエンザウイルスに感染したマウスで、抗原特異的なT細胞応答を追跡したのである。彼らが発見したのは、T細胞は、自らが受け取る多様な刺激性入力を直線的にに加算し、自らの「区分けの運命」を決定しているということだった。(KF,KU)
Antigen affinity, costimulation, and cytokine inputs sum linearly to amplify T cell expansion (Science, this issue p. 1123)

世界中の菌類多様性を評価する(Assessing fungal diversity worldwide)

菌類は生態学的・経済的な影響の大きさにもかかわらず、きわめて多様的であるがあまり良くわかっていない。Tedersooたちは、世界中の365の地点から得られた約15,000の表層土のサンプルを収集し、それらのゲノム配列を調べた(WardleとLindahlによる展望記事参照)。総合的に検討した結果、彼らは、菌類の種の豊富さが赤道からの距離に従って非常に減少していることを発見した。けれども、いくつかの専門家のグループにとって、多様性はホストとなる植物の多様性や地理的条件よりも、ホストとなる植物の豊富さにより依存していた。この発見によって、既に知られておりかつ記述されている種と、世界の土壌中にある、独立の種として識別可能な菌類の実際の数との間にある大きなギャップが明らかにされている。(Uc,KU,nk)
Global diversity and geography of soil fungi (Science, this issue 10.1126/science.1256688; see also p. 1052)

DNAクロスリンクを解き放つジグザクの切開(Staggered incisions unhook DNA crosslinks)

DNAの2つの鎖を一緒に共有結合的に結合する変異は、ストランド間クロスリンク(ICL)として知られ、ゲノムを読むために DNA鎖を分離する必要のある多くのプロセスに損害を与える。たとえば、ICLは紫外線(UV)に曝されることによって、ごくあたりまえに皮膚に産み出される。Wangたちは、ICL修復経路上の中間物を模倣する、DNA分岐セグメントに結合した ICL修復エキソヌクレアーゼ FAN1の結晶構造を決定した。その酵素は、それ自身を DNAの切断末端に固定し、それから、ICLの解放にとって理想的パターンであるヌクレオチド3個分の間隔で、連続的に切断していく。FAN1は、少なくとも部分的には、DNA合成あるいは相同組換えのために結合する部位において作用するように進化してきたらしい。(KF)
Mechanism of DNA interstrand cross-link processing by repair nuclease FAN1 (Science, this issue p. 1127)

T 細胞における情報の流れを解読する(Deciphering information flow in T cells)

我々は今や、一個の細胞中で、複数成分からなる生化学的なシグナル伝達経路の活性状態を測定することができる。これにより、情報がどのようにしてそのような細胞制御経路を流れ、それが病気でどのように変化するのかを明らかにできる。Krishnaswamyたちは統計的手法を用いて、そのような単細胞での測定における、複雑さや変動(ノイズ)を打開した。彼らはこれらの手法を用いて、免疫系細胞において抗原認識に関与するタンパク質の間の情報伝達を定量化した。この方法は、基礎的な理解を深め、病気と闘うための有効な治療標的を明らかにするための、他のシグナル伝達回路の解析に役立つことが分かるであろう。(Sk,ok)
Conditional density-based analysis of T cell signaling in single-cell data (Science, this issue 10.1126/science.1250689)
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