AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 5 2014, Vol.345


らせん状のナノワイヤのねじれを調整する(Tuning the twisting in helical nanowires)

無機ナノ粒子で複雑な構造を作るには、多くの場合、鋳型を必要とする。研究者たちは今回、マグネタイトの立方体ナノ結晶を用い、それらを結合あるいは分離する相互作用を調整して、らせん状のナノワイヤーを作り出すことに成功した。Singhたちはこのナノ結晶を液中に浮かせ、磁場によって整列させた。液体が蒸発した後には、種々のねじれたナノワイヤーが残った。らせん体の形状は、ナノ結晶の濃度、形状、および磁場の強さによって変化した。弱い力の競り合いがこの自己組織化を促し、同じねじれ方向の配列につながるのであろう。(Sk,ok,nk)
Self-assembly of magnetite nanocubes into helical superstructures (Science, this issue p. 1149)

低温で強くなる合金(A metal alloy that is stronger when cold)

合金は通常、主要な元素と特定の特性を改良するための少量の元素からできている。例えば、ステンレススチールは主に鉄からなり、ニッケルおよびクロムを含むが、微量の他の元素を含んでいてもかまわない。Gludovatz たちは、等量のクロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケルからなる高エントロピー合金の特性を調べた。この合金は優れた強度、延性、靭性を示すだけでなく、ほとんどの合金が延性から脆性に変化するような極低温で、これらの特性が向上する。(Sk)
【訳注】
・高エントロピー合金:原子レベルで均一に混ざり合った合金
A fracture-resistant high-entropy alloy for cryogenic applications (Science, this issue p. 1153)

赤ん坊を育てる(Bringing up baby)

食べ物は腸内微生物に影響を及ぼす。そして,免疫系の正常な発達には,腸内での微生物コロニーの形成が必要となる。霊長類の免疫系の形成に対し,食べ物がどの程度深く関与しているのか,あるいはその影響がどの程度,持続するのかについては不明確のままである。Ardeshirたちは,母乳とミルクで育てたサルの乳児が劇的に異なる免疫系を形成し,この違いは,同じ食べ物を取り始めてから少なくとも6ヶ月間は持続することを示している。これらの発見により,ある種の感染病に対する免疫系による保護機能が人により異なることと共に、免疫系が関与する身体状態の脆弱性が人によって変わる理由を説明できるかもしれない。(MY,ok)
A therapeutically targetable mechanism of BCR-ABL?independent imatinib resistance in chronic myeloid leukemia (Sci. Transl. Med. 6, 252ra121 (2014))

攻撃するジペプチド反復ペプチド(Dipeptide repeat peptides on the attack)

筋萎縮性側索硬化症 (ALS)を含む幾つかの神経変性疾患は、病気に関係する遺伝子のRNA転写物から翻訳された伸長したジペプしドと関係している(West and Gitlerによる展望記事参照)。Kwonたちは、遺伝子 C9orf72中の伸長した反復によってコードされたぺプチドが、細胞のRNA合成を妨害し、そして細胞を殺していることを示している。これらの効果は、この ALSの遺伝子型がどのようにして病気を引き起こすかを説明するものである。ショウジョウバエの研究から、Mizielinskaたちは、反復を含むRNAの影響とそのRNAがコードしているジペプチド反復ペプチドの影響を区別しようとした。この知見は、ジペプチド反復タンパク質が直接的に毒性をもたらすという証拠を与えるものである。(KU,ok,nk)
Poly-dipeptides encoded by the C9orf72 repeats bind nucleoli, impede RNA biogenesis, and kill cells (Science, this issue p. 1139 ; see also p. 1118)
C9orf72 repeat expansions cause neurodegeneration in Drosophila through arginine-rich proteins (Science, this issue p. 1192; see also p. 1118)

DNA損傷と線維症の関係(Connecting DNA damage to fibrosis)

自己免疫疾患である全身性硬化症(SSC)において、線維芽細胞による高いコラーゲン産生が皮膚と内部器官の「瘢痕」をもたらす。線維症と呼ばれる、このプロセスの際に、Wntシグナル伝達経路が頻繁に活性化される。Svegliatiたちは、SSCの患者からの血清中の抗体が、WIF-1(これは Wnt阻害因子をコードしている)の発現を抑制する或る経路を刺激し、そして正常な個人の線維芽細胞中でのコラーゲンの産生をトリガーしていることを見つけた。細胞が DNA損傷剤で処置されたときと影響は似ていた。SSC患者の線維芽細胞において、この経路の抑制は細胞の WIF-1発現をもたらし、そしてコラーゲン産生の低下をもたらした。線維症のマウスモデルにおいて、この経路の抑制は線維性の皮膚肥厚を防いだ。(KU)
Oxidative DNA damage induces the ATM-mediated transcriptional suppression of the Wnt inhibitor WIF-1 in systemic sclerosis and fibrosis (Sci. Signal. 7, ra84 (2014))

コーヒー,茶,チョコレートが収束する(Coffee, tea, and chocolate converge)

カフェインは植物種の中で複数回の進化を遂げてきているが,これらの事象に,同様の遺伝子が関与したのかについては分かっていない。Denoeudたちは,ロブスタ種コーヒーの木(コーヒー)のゲノム配列を決定し,保存された遺伝子の並び順を特定した(Zamirによる展望記事参照)。ロブスタ種コーヒーの木は,近縁種と較べてゲノム重複の数は少ないが,関連するカフェイン遺伝子では,本種内でカフェイン遺伝子数を増加させる直列重複が起きていた。科学者たちは,遠縁種の茶やカカオで同様でありながら、しかし独立して起きた遺伝子数の増加の存在を知っていた。このことは,カフェインがコーヒーの進化において,適応的役割を果たしていた可能性を示唆している。(MY,KU)
【訳注】
・保存された遺伝子:生物にとって非常に重要で,種を超えて共通に保存されている遺伝子
・ゲノム重複:ゲノムのコピー数が倍に増え,その結果,ゲノムの数が倍加すること。しばしば進化の契機となる
・直列重複:ゲノム上に同一遺伝子のコピーが2つ、あるいはそれ以上並ぶ遺伝子重複のこと。しばしば進化の契機となる
The coffee genome provides insight into the convergent evolution of caffeine biosynthesis (Science, this issue p. 1181; see also p. 1124)

時代が古くなると、気温も低くなる(Old and older, cold and colder)

最終退氷期の時代に 、グリーンランドの表面気温は劇的に変化した。その正確な値は不明であり、何がこれらの変化をもたらしたのかを困難にしている。Buizertたちは、グリーンランドの異なる3か所から今から19,000年から10,000年前に至る時期の温度再構築に関して報告し、そしてそれらを或る気候モデルを用いて説明している(Simeによる展望記事参照)。彼らは温度変動に関する広範な地理的パターンを提供し、そしてその変化とそれらの季節性のメカニズムを推測しているが、それは従来の見解と重要な面で異なっている。(KU,ok)
Greenland temperature response to climate forcing during the last deglaciation (Science, this issue p. 1177; see also p. 1116)

ゲノム編集により筋肉病を治す(Genome editing corrects a muscle disease)

デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者は、自分たちの筋肉成長が次第に弱まっていることを見いだす。研究により、その犯人遺伝子としてジストロフィンが同定され、このことは遺伝子-ターゲット治療法の研究に拍車をかけた。Longたちは、遺伝子的には将来この病を発症するに違いないマウスに対し、ゲノム編集を適用してこの病を引き起こす変異を「修正した」。 修正細胞の割合がごく少数のマウスにおいてさえ、この生殖系列編集治療法により筋変性が抑えられた。人への適用は未だ可能ではないが、この手法の概念実証がマウスにおいて成功したことにより、この病気に関与する特定タイプの細胞に対するゲノム編集への道が切り開かれた。(KU,nk)
Prevention of muscular dystrophy in mice by CRISPR/Cas9?mediated editing of germline DNA (Science, this issue p. 1184)

タンパク質作成中の姿を捉えた(Caught in the act of making protein)

リボソームは、大きな RNAタンパク質複合体であって、メッセンジャーRNA(mRNA)に貯えられた遺伝暗号をタンパク質へと転換する。Zhou たちは、mRNAを解読しているところを捉えた細菌のリボソームの構造を決定した。転移 RNA(tRNA)が mRNA中の遺伝暗号を解読し、リボソームが正しいアミノ酸を用いることを保証している。その構造が示しているのは、昔のコンピューターの出力テープを読むようにリボソームが mRNA を読んでいくにつれて、tRNA がタンパク質-構築結合ポケット間を順番に動かされる最中にあることである。(KF,nk)
How the ribosome hands the A-site tRNA to the P site during EF-G?catalyzed translocation (Science, this issue p. 1188)

γ線金属検出器で見つかったサプライズ(Surprise found by γ-ray metal detector)

タイプ-Ia 超新星は、通常、距離測定の標準ツールとして天文学者たちに用いられている。しかし、これらの明るい光源の物理は完全には理解されていない。熱核反応爆発による生成物の一つは、56Niであり、これは、おそらく超新星が作るガス雲の中心に存在している。Diehlたちは、初期の爆発後わずか約20日という、予想よりはるかに早期に 56Niからのガンマ線輻射を SN2014J中に検出した。このように、早期に見えるということは、爆発が非対称であり、かつ、予測よりはるか外側遠方の放出物質のなかで 56Niが生成されたことを示唆している。これらの発生源は、天文学者たちが、これまで超新星が研究されていた所より遠距離を測定するのに役立つであろう。(Wt,KU,nk)
Early 56Ni decay gamma rays from SN2014J suggest an unusual explosion (Science, this issue p. 1162)

チリ北部を揺さぶった地震(The earthquake that rocked northern Chile)

沈み込み帯によって、地球上で最大規模の地震がしばしば引き起こされる。2014年4月1日に北部チリの沿岸部沖の沈み込み帯の一つで、マグニチュード8.2の地震(イケキ地震)が発生したが、そこは1877年の9.0の地震以来大きな地震の無かった地震活動空白区域であった。Ruizたちは連続的な GPSデータを解析し、大きな地震の前後を含めて、この地域での長期間のプレートの挙動を分析した。ごく最近の大きな地震には、長期間に渡る一連のより小さい地震と沿岸部での西方向への緩やかな移動が先行して起こっていた。(Uc,KU,nk)
【訳注】
・イキケ(Iquique):チリ北部の都市
Intense foreshocks and a slow slip event preceded the 2014 Iquique Mw 8.1 earthquake (Science, this issue p. 1165)

超伝導を光で操る(Optically manipulating superconductors)

超伝導体中では、正反対のモーメントを持つ電子同士がペアを形成して、強相関状態を創りだし、何等の抵抗を受けることもなく流れていく。Matsunagaらは、NbN(窒化ニオブ)薄膜を通過する NbN 超伝導体中の同ペアの波動関数を電磁パルスによって制御することに成功している(Pashkin and Leitenstorferの展望記事参照)。同ペアを引きはがすのに必要なエネルギーに相当する超伝導ギャップは、電磁パルスの周波数の2倍で振動するという。周波数を超伝導ギャップの半分に設定した場合、素粒子物理におけるヒッグスボゾンに相当する、ヒックズモードと呼ばれる集団モードを超伝導体中に励起できると報告している。(NK,KU,nk)
Light-induced collective pseudospin precession resonating with Higgs mode in a superconductor (Science, this issue p. 1145; see also p. 1121)

栄養の限界に結びつく補助因子(Cofactors linked to nutrient limitation)

微生物は、環境から乏しい養分を獲得するために、独創的な方法を必要とする。たとえば、溶解された有機物からリンを獲得するのを触媒する酵素は、活性部位中の複雑な金属補助因子に頼っている。Yongたちは、蛍光菌(Pseudomonas fluorescens)由来の PhoXアルカリホスファターゼの結晶構造を決定した(Mooreによる展望記事参照)。その金属中心は、2個の鉄原子と1個のカルシウム原子が酸化物イオンによって架橋された三角形構造中に自らを配列している。それ自身がほとんどの環境において微量栄養素である鉄の存在が、リン獲得に限界をもたらすことを示唆している。(KF)
A complex iron-calcium cofactor catalyzing phosphotransfer chemistry (Science, this issue p. 1170; see also p. 1120)

方解石中の核形成経路を観察する(Watching nucleation pathways in calcite)

結晶化の初期段階である核生成は、重要なプロセスであるが、それに関係する長さと時間のスケールの小ささのため、観察することが困難である。Nielsenらは炭酸カルシウムの結晶化を調べたが、これは十分に研究された材料ではあるが、しかし多様な核生成理論がある材料である。異なるカルシウムと炭酸塩の溶液は液体セルの内部で混合され、透過型電子顕微鏡内での液体セルを用いて画像化された。核形成の際に競合する経路が作用しており、一つは溶液内のイオンが直接に結晶核に結合する過程、そしてもう一つは非晶質炭酸カルシウムから結晶多形への変換および様々な結晶質多形間の変換という経路である。(hk,KU,ok,nk)
In situ TEM imaging of CaCO3 nucleation reveals coexistence of direct and indirect pathways (Science, this issue p. 1158)

自分を破壊するエージェントと一緒に(Bringing in the agent of your own destruction)

細胞は、自分に感染する病原体を検出し無害化する仕組みを必要とする。Tamたちはこのたび、血液中の病原体に結合するタンパク質である補体 C3が、その病原体とともに標的細胞に入り込むことができることを示している。ひとたび細胞内に入ると、C3の存在によって、免疫シグナル伝達と内部に入り込んだ病原体の分解が引き起こされる。この経路の発見は、細胞が、多様な病原体群に対して作用する、侵襲の早期警告システムをもっていて、個々の特異的病原体分子に対する認識の必要がないことを明らかにするものである。(KF,nk)
Intracellular sensing of complement C3 activates cell autonomous immunity (Science, this issue 10.1126/science.1256070)

変形可能な基材上の液晶(Liquid crystals on a deformable substrate)

液晶材料におけるその分子の配向は,基材かまたは外部場の変化に応答して変化する。これが液晶デバイスの原理である。小胞は脂質二重層で囲まれた液体の袋で,溶媒条件や圧力に応じてその大きさや形が変わる。Keberたちは,小胞表面に配置されたネマチック液晶間の多くの相互作用について報告している。例えば,小胞のサイズを変えて、液晶分子に合わせることができる。しかしながら,それとは逆に,小胞の形状もまた,ネマチック分子の動きに応じて変化する。(MY,KU,ok)
Topology and dynamics of active nematic vesicles (Science, this issue p. 1135)

ラン藻のストレスのタンパク質マーカー(Protein markers of cyanobacterial stress)

鉄や窒素、リンなどの養分が海洋の一次生産性を制限している。プロクロロコッカス(Prochlorococcus)属などの大量にあるラン藻が、海洋環境の至る所にある栄養ストレスにいかに順応しているかを決定するには、分子レベルでの正確な分析が必要である。Saitoたちは、海水中の混合されたコミュニティーの中から特定の代謝性生物マーカーを標的にできる、プロテオミクスとメタプロテオミクスによるアプローチ法を開発した(Mooreによる展望記事参照)。プロクロロコッカスのタンパク質は、太平洋の広い範囲にわたっての栄養の主要な制約の指標になっている。しかしながら、彼らはまた、同じ区域に重なって生存している生物群に対する複数の栄養素の制約が、さらなるストレスを生み出していることも示している。(KF,ok,nk)
【訳注】
・プロテオミクス:主にタンパク質の構造と機能の大規模な研究
・メタプロテオミクス:微生物群の構造と機能の変化をタンパク質レベルで解明する研究
Multiple nutrient stresses at intersecting Pacific Ocean biomes detected by protein biomarkers (Science, this issue p. 1173; see also p. 1120)
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