AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 13 2014, Vol.344


地中海の水が流出するとき(The when of Mediterranean water outflow)

ジブラルタル海峡が開通した後、地中海から大西洋に向けて流出し始めた細流は、200〜300万年前の鮮新世の終わりまでには、紛れもなく大きな流れとなっていた。それは、次に大規模な海洋循環に重大な影響を与え始めた。Hernandez-Molinaたちは、海洋掘削探査により収集された海洋堆積物のコアについて記している(Filippelli による展望記事を参照のこと)。その結果は、地中海から流出した水活動の時期に関する詳細な歴史を明らかにし、そして暖かく塩分の豊富な水が、より冷たく塩分の少ない大西洋の水に加えられると、気候変動や、深海水循環、プレートテクトニクスにどのように関わってくるのかを示している。(Wt,KU,ok)
Onset of Mediterranean outflow into the North Atlantic

タイミングの良い処置により脳卒中の回復を改善する(Improving stroke recovery by timing treatment)

脳卒中から回復中の患者は、脳卒中から回復中の患者はしばしば長期の骨の折れる戦いをし、その結果はさまざまである。ラットにおける脳卒中モデルにおいて、損傷した神経の再生に関する身体的な訓練の効果を調べることで、Wahlたちは、タイミングが重要であることを示している。まず、研究者たちはラットに脳卒中を引き起こした。その結果、ラットは前足を使って食料ペレットに辿りつくことができなくなった。研究者たちは次に、ラットに身体的な訓練を施し、神経再生を促す抗体を用いてラットを処置した。抗体の投与が済むまで、訓練の開始を待った場合の方がラットの回復が良好であった。どうやら、損傷した回路を再び働き出させる前には 若干の再成長時間を必要とするらしい。(KU,ok,nk)
Asynchronous therapy restores motor control by rewiring of the rat corticospinal tract after stroke

速すぎず,遅すぎず,どこかその中間(Not too fast, not too slow, somewhere in between)

昔の表現では,恐竜は尾を引きずってドシンドシンと歩いていた。もっと最近では,尻尾を上げ,そして走る恐竜の姿が推測された。この問題は詰まるところ,恐竜のエネルギーシステムは,速い代謝速度を持つ哺乳類や鳥類のようなものであったのか,それとも,体内で体温を調整する機能がない,動きが遅い爬虫類のようなものであったのかということに帰着する。しかしながら,絶滅した生物体の代謝速度を決めることは簡単な仕事ではない。Gradyたちは,体温と体長を考慮する手法を用いて,絶滅種と生存種の両方の成長速度に関する膨大なデータセットを解析した。恐竜の代謝は,速かった訳でも遅かった訳でもなく,どこかその中間であったらしい。---そのため,恐竜は完全に体内温度を制御したのではなく,しかしまた,全てが環境次第ということでもなかった。動きの遅い伝説の巨人ゴリアテでも、エネルギーに満ちあふれた爬虫類でもなかった。(MY,bb,ok,nk)
Evidence for mesothermy in dinosaurs

オスのチンパンジーは年と共により速く進化する(Male chimps evolve faster with age)

チンパンジーはヒトより速い速度で進化している。Vennたちは,西チンパンジーの3世代に渡る遺伝子を調べ,全体としての変異の速度は,ヒトとチンパンジーの間では似たようなものであることを見出した。しかしながら,ヒトの変異の速度は,男性の方が女性より3,4倍大きかったが,チンパンジーでは,性差はさらに大きく,オスの変異速度はメスよりも5,6倍大きかった。張本人は年を取っていくオス親だ。オス親の年が1年増すと,生まれたチンパンジーの赤ん坊には,ざっともう1つ余分な変異が見られた。この発見は,今後の霊長類の進化に関する研究に情報を提供するものとなるであろう。(MY,ok)
Strong male bias drives germline mutation in chimpanzees

急に傾けると原子は障壁を通り抜ける(Tilting just right makes atoms tunnel)

量子の世界で最も魅力的な現象の一つは、量子トンネル効果と呼ばれるプロセス、すなわちエネルギー障壁を通過する粒子の能力である。Meinertらは、強く相互作用している原子の光格子における量子トンネル効果の挙動を研究した。格子を急に傾けると、当初、格子のそれぞれの部位に位置していた原子が、隣接していない 離れた部位へ、トンネル効果で通り抜けた。(hk,KU,nk)
Observation of many-body dynamics in long-range tunneling after a quantum quench

癌のイメージ化をより広い視野で眺める(Taking a broader view of cancer imaging)

多くの人は,腫瘍を可視化する最もよい方法は,特定の癌を分子レベルでイメージ化する薬剤の開発を推進することと考えている。Kuoたちは,これと違う考えを持っている。彼らは,アルキルリン酸コリン (APC)類似体と呼ばれる新しいクラスの低分子物を開発した。これらは,従来のような分子選択性なしに,ほとんど全ての癌に広く取り込まれる。正常な細胞と比べ,癌細胞はAPC類似体を強く捕集する性質を有している。APC類似体に蛍光標識や放射性標識を付けることで,この分野の研究者は、動物モデル中で50以上の異なるヒト癌を、人間の患者中の脳,肺,肝臓の腫瘍と同様に、画象化することができた。これらのAPCをベースとした広く適用可能なイメージ化剤---また,おそらく治療に対しても---は,現在,臨床治験にさらに進む準備がなされている。(MY,ok,nk)
Alkylphosphocholine Analogs for Broad-Spectrum Cancer Imaging and Therapy, Sci. Transl. Med. 6, 240ra75 (2014)

遷移帯を越えて循環する水(Cycling water through the transition zone)

水循環とは、大気や海洋、そして地表水の間を循環する水だけを含むわけではない。海洋の地殻が隣接するプレートの下にもぐり込み、或いはスライドし、そしてマントルの中へと沈み込む際に海水も一緒に運び込まれるので、水循環の範囲は地球内部深くにまで達している。Schmandtたちは、北米地下の地震計測結果と地球力学的なモデリングや高圧・高温下の溶融実験結果とを合わせて分析した。彼らは、マントル遷移帯(地球表層から410〜600km下)が、大規模な貯水槽として作用していると結論している。(Uc,KU,nk)
Dehydration melting at the top of the lower mantle

乳癌の転移と銅(Copper for breast cancer metastasis)

乳癌患者の多くは、癌細胞が最初の腫瘍部位から他の部位へと拡がる、転移により死ぬ。細胞をある位置から他の位置への移動を助ける細胞内タンパク質の幾つかは、酸化という化学修飾によって活性化される。MacDonaldたちは、酵素 Memoが銅に結合し、細胞の移動に関与しているタンパク質の酸化を高めていることを見つけた。Memoを欠如した乳癌細胞から形成された腫瘍を持つマウスは、肺への腫瘍転移は少なく、そして高レベルの Memoを持ったヒト乳癌患者は、より腫瘍転移を起こしやすかった。(KU,ok)
【訳注】
・Memo:細胞移動に重要な役割を果たしている進化的に保存されたタンパク質酵素
Memo Is a Copper-Dependent Redox Protein with an Essential Role in Migration and Metastasis, Sci. Signal. 7, ra56 (2014)

多様な上皮幹細胞(The versatility of epithelial stem)

幹細胞は、身体の組織や器官の維持に非常に重要である。Blanpainと Fuchsは、自然系列に限定した上皮幹細胞とコミットされた前駆体の様々な集団がまた、どのようにして顕著な可塑性を示すかをレビューしている。これらの細胞は、生理的、かつ再生条件の際に長期にわたる自己更新の能力と多系列への分化能力を再獲得する。これらの能力は、幹細胞が自分にふさわしい特定場所にとどまっているか、或いは傷を修復するために動員されているかに依存する。このような細胞の可塑性は、再生医学や癌治療に対して有意義である。(KU,ok,nk)
Plasticity of epithelial stem cells in tissue regeneration

多粒子の非局所性を検証する(Testing nonlocality for many particles)

量子力学的な系における離れた部分同士は、古典的概念では記述できない方法相関することが可能であり、それは非局所性という概念として知られている。Tura たちは、多粒子の系における非局所性を簡単に検証する方法を提案した。その検証には、例えば冷たい原子の実験によって、簡単に測定可能であろう分量しか必要としない。これは、現在の実際に実験することが困難な検証法より優れている。(Sk,ok,nk)
Detecting nonlocality in many-body quantum states

量子測定における反作用を回避する(Avoiding back-action in quantum measurements)

量子系を測定するというそのプロセス自体が、反作用のプロセスを通してその系自体に影響を与える。Suhたちは、反作用を回避する仕組みを用いて、その動きの影響を受けずに微小発振機の動きをモニターした(Bouwmeester による展望記事参照)。その仕組みは、測定に伴う原理的な限界を理解する手助けになるであろうし、低温用温度計や極端に弱い力の計測用プローブを提供するという実際的な意味も持つであろう。(Sk,KU,nk)
Mechanically detecting and avoiding the quantum fluctuations of a microwave field

シグナル伝達が軸索伸長をどのように命令しているかを調べる(Dissecting how signaling directs axon growth)

神経系の発生の際に、神経細胞は軸索という細長い突起を伸ばす。軸索は適切な標的に向かって導かれる必要がある。ネトリンは受容体に結合する分泌タンパク質で、成長中の軸索を誘因したり、はねつけたりする。Xuたちは、ネトリンと二つの異なる受容体、ネオゲニンと DCCとの複合体が異なる構造体であることを示すx-線構造を報告している。ネトリンがどのようにして信号を出しているかは、詳細には分かっていないが、ネトリンが異なる構造体をつくることができるということは、おそらくネトリンの介在する多様なシグナル伝達の結果にある役割を果たしているのだろう。(KU,ok,nk)
Structures of netrin-1 bound to two receptors provide insight into its axon guidance mechanism

ネイティブなメキシコ人の集団構造(The population structure of Native Mexicans)

土着のメキシコ人の遺伝的性質は、かなり地理的な構造を示していて、ヨーロッパ人やアジア人の現存の集団がそうであるように、互いに多岐にわたって違っているところもあった。さまざまな集団からのメキシコ人ネイティブのゲノム全体にわたる解析を行なって、Moreno-Estradaたちは、コロンブス到達以前のメキシコの部分的な構造をうまく再現することができた。この祖先構造は世界各地に在住するメキシコ人の間にも明白に認められ、そしてそれは彼らがメキシコ亜大陸のどこの出身であるかと、また肺機能の医学的に重要な側面と相関している。この知見は、混血人の遺伝的寄与を理解することの重要性を例証するものである。(KF,KU,ok,nk)
The genetics of Mexico recapitulates Native American substructure and affects biomedical traits

遺伝子発現の制御の休止(Pausing for control of gene expression)

遺伝子転写の際の休止は、遺伝子制御において決定的役割を果たしている。Vvedenskayaたちは、活発に成長している大腸菌中のゲノム全体にわたっての休止部位をマップ化した (Robertsによる展望記事参照)。これまで記述されていなかった何千もの休止部位が、うまく転写された遺伝子中で同定された。これによって、RNAポリメラーゼと、鋳型DNAおよび新生RNA転写物との特異的な相互作用に依存するコンセンサス休止配列の定義が可能になった。(KF)
【訳注】
・コンセンサス配列:他の生物のDNAを比較したときに、ほぼ似た配列をもち、同じ機能をもつ領域
Interactions between RNA polymerase and the “core recognition element” counteract pausing

結合の多さは、健康にとって悪いばかりではない(Many connections are not always bad for health)

非常に密に関係した集団は、孤立した集団よりも、予期に反して、感染症の悪影響はより少ない。自然母集団において病原体に何が起きるかは不十分にしか研究されてこなかったが、それは、破滅的な病の集団発生が滅多に生じないからである。目立たない真菌-植物病系についての長期的研究のおかげで、我われはこのたび、驚くべき洞察をいくつか得ることとなった。12年間の研究において、Jousimoたちは、寄り集まり、つながりあった宿主-植物区画の集合では、より分離された植物区画に比べて、真菌によるダメージが少なく、真菌の絶滅率がより高くなることを発見した(Duffyによる展望記事参照)。この現象は、つながった植物区画内における、高い遺伝子流動と、宿主抵抗性の急速な進化によって説明される。バルト海の Aland諸島に生育する地味なオオバコ属の草の集団は、どの年にあっても、ウドンコ病の菌 Podosphaeraに10%以下しか感染しなかったし、感染からの回復も高かった。これら知見は、生態学、疾病生物学、保存、そして農業に対し、広範な意義をもつものである。(KF,KU,ok,nk)
It helps to be well connected

暗闇を恐れるザリガニ(The crayfish that was afraid of the dark)

不安などの複雑な情動は、哺乳類あるいは他の認知的に複雑な脊椎動物だけにしか生じない、と想定しがちである。しかし、周囲の変化を敏感に察知し、新奇なまたは危険な環境を回避することは、どんな動物種にとっても助けになる。Fossatたちは、ストレス性の電場に曝されたザリガニが、明暗からなる迷路中の暗い通路に、電場が移されてしまった後でも入ることを拒むようになることを示している。ザリガニは、ヒトの不安を治療するのに使われる抗不安薬を投与されると落ち着いて、普段通り、暗い通路に入った。ストレスを与えられたザリガニは、脳の神経伝達物質であるセロトニンの濃度を増大させ、コントロール群のザリガニへのセロトニンの投与は、不安様の行動を誘発させた。つまり、この無脊椎動物は、脊椎動物の示すより複雑な情動と共通する仕組みで、原始的なタイプの不安を示すのである。(KF,nk)
Anxiety-like behavior in crayfish is controlled by serotonin
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