AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 7 2014, Vol.343


急上昇を観測する(Observing the Upturn)

2本の平行な導電性のワイヤーがわずかな絶縁性の障壁を介して離間されている場合、電子-電子間の相互作用の働きにより、一方のワイヤーの電流が他方のワイヤーに正味の電荷の変位を引き起こすことが可能である。この作用に対するモデルのいくつかは、その結果生じるクーロンドラッグ電圧が、ある低い温度T*で急上昇するという、単調ではない温度依存性を持つことを予言している。Larocheたちは(p. 631, 1月23日号電子版)、15ナノメーター幅の障壁で離間され、垂直に結合された一対の量子ワイヤーにおいて、この急上昇を観測した。(Sk)
1D-1D Coulomb Drag Signature of a Luttinger Liquid

曲面状の結晶(Curving Crystals)

異なる格子パラメーターの組合わせを有する材料が、別の材料の結晶表面上に成長する場合、界面の応力が成長する結晶に影響を与える可能性がある。Mengたちは(p. 634)、曲面状の水滴の表面上でのコロイド結晶の成長を調べた。結晶の撓みによって生じる弾性応力のため、成長する結晶中には強い歪みが生じた。しかし、それにもかかわらず、幾何学的欠陥のない大きな単結晶のドメインが形成された。(Sk)
Elastic Instability of a Crystal Growing on a Curved Surface

予測可能な振る舞い(Predictable Behavior)

内部的な力によって強制された大規模の大気循環パターンのうち、周期的な振る舞いを見せるものはほとんどなく、そういう例外的なものは、熱帯地方に集中している。そうした周期的プロセスを同定することは、天候のダイナミクスを理解するのに重要である。ThompsonとBarnesは、南半球の大気循環中に、20日から30日間の周期性を見出した(p. 641)。この周期的振動は、南半球の中緯度の大部分にかけて、潜在的に大規模な気候変動を促進する可能性がある。(KF,KU)
Periodic Variability in the Large-Scale Southern Hemisphere Atmospheric Circulation

植物の転写制御因子LEAFYの進化(LEAFY Evolution)

遺伝子コピーに関する重複性が,タンパク質の新しい機能の進化を可能にしていると一般的に信じられている。しかしながら,重大な機能を有するシングルコピー遺伝子がどのようにして進化していくのかについてはあまりはっきりしていない。Sayouたちは (p. 645, 1月16日発行電子版; KovachとLambによる展望記事参照),植物にとって必須な転写因子 LEAFYの進化について検討した。通常 LEAFYはシングルコピー遺伝子として見出されている。陸生植物と藻類の主要な進化上の分岐を表す分類群中で,LEAFYホモログには LEAFYの結合部位が3種類あることが示された。LEAFYタンパク質中でのアミノ酸の変化が構造解析で確認された。ここは特定のDNAモチーフとの接点を担っており,特異的なアミノ酸の変化が陸生植物の進化に影響を及ぼすという推定を決着させる可能性がある。(MY)
【訳注】
・シングルコピー遺伝子:ゲノム中に1個しか存在しないタンパク質形成用塩基配列
・LEAFY:転写因子で,花芽の形成開始と花の成長をつかさどる主要制御因子
A Promiscuous Intermediate Underlies the Evolution of LEAFY DNA Binding Specificity

アクトミオシンの形成(Sculpting Actomyosin)

発生の際の胚形成には、大きなグループでの細胞の協調運動が関与している。このような集団的細胞運動の際に、アクトミオシンがどのように制御されているかはあまり理解されていない。発生中のツメガエルの中胚葉を用いた研究から、ShindoとWallingford (p. 649)は、平面内細胞極性タンパク質とセプチンがアクトミオシンの機構と結びついて、集団的な細胞運動を制御していることを見出した。(KU)
【訳注】
・平面内細胞極性(planar cell polarity):上皮細胞の頂部基部軸に直交する平面方向の軸に従って発達する極性。細胞の機能や組織全体としての機能に関与する
・セプチン:真核生物に保存された重合性グアノシン三リン酸(GTP)結合タンパク質ファミリー の総称
PCP and Septins Compartmentalize Cortical Actomyosin to Direct Collective Cell Movement

たやすいM(Easy M)

我々の免疫系は極めて多様なレパートリの抗体分子を産生し、その各々は高頻度可変領域により特異的な外来性の抗原を認識し、結合する。しかしながら,そうではなく,Aタンパク質,Gタンパク質,Lタンパク質のように,抗体の進化的に保存された領域に結合し,多くの異なる抗体に結合できる細菌性抗原が幾つか存在する。これらが示す高親和性,広域スペクトル性の抗体-結合性は,抗体の精製,固定化,検出のために,実験室および産業で共に広く利用されてきた。今回,Groverたちは (p. 656),ヒトマイコプラズマの表面で見出されるMタンパク質を同定した。Mタンパク質は更に広域な抗体-結合特異性を示す。Mタンパク質の結晶構造から,Mタンパク質がどのように抗体の抗原結合部位をブロックしているのかが明らかにされた。マイコプラズマは,このメカニズムを体液性免疫反応から逃れるのに利用しているのかもしれない。(MY,KU)
【訳注】
・広域スペクトル:多くの抗原や抗体に作用を示すこと
A Structurally Distinct Human Mycoplasma Protein that Generically Blocks Antigen-Antibody Union

塩素イオンの変化をもたらす(Causing Chloride Changes)

細胞内の塩素イオン濃度が、GABAAチャネルによる電流の方向と大きさをほぼ決定するため、細胞内の塩素イオン濃度の安定性は一貫したシナプスの抑制を維持するのに重要である。Glykysたち (p. 670)は、遺伝子導入で発現したクロメレオン色素(clomeleon dye)による塩素イオンイメージング法を用いて、ニューロンにおける塩素イオン勾配が確立されるメカニズムを調べた。驚いたことに、細胞内の塩素イオンは輸送体によって一義的に決定されるわけではなく、その代わりに不動の陰イオンの細胞内勾配が逆の塩素イオン勾配をつくっていた。(KU)
Local Impermeant Anions Establish the Neuronal Chloride Concentration

切り換わらないスイッチ(The Switch That Doesn't)

哺乳類において、脳内のあるクラスのニューロンは、出生時に、興奮性から抑制性の機能へと通常切り換わる。Tyzioたち (p. 675; Zimmerman and Connorsによる展望記事参照)は、自閉症のラットとマウスモデルにおいて、これらのニューロンがどのように機能しているかを調べた。その結果は、通常はオキシトシンが機能の切り換えを加速しているが、 しかしこの自閉症の二匹の動物モデルでは、この切り換えが失敗していることを示している。この機能障害はオキシトシン受容体の拮抗物質を用いた正常な動物でも再現された。(KU,nk)
【訳注】
・オキシトシン:神経性下垂体ホルモンの一つで、9個のアミノ酸からの環状構造を持つペプチド
Oxytocin-Mediated GABA Inhibition During Delivery Attenuates Autism Pathogenesis in Rodent Offspring

雨風の丘(Weathering Heights)

土壌は岩石や鉱物の化学的な風化の結果としてできる。地殻の上昇によって新たな鉱物が地球の表層にもたらされている領域では、浸食や風化がより進む場合がある。化学的トレーサーを用いて、Larsenたちは(p. 637,1月16日号電子版; Heimsathによる展望記事参照)、世界で最も速い速度で隆起している山脈の一つであるニュージーランドの南アルプスにおいて、年あたり2mm以上の土壌の生成速度を計測した。化学的風化はCO2を消費するため、このような速い生成速度は長い年月の間には地球の気候に影響を与える可能性がある。(Uc,KU,nk)
Rapid Soil Production and Weathering in the Southern Alps, New Zealand

確率論的仕組みと細胞の運命(Stochasticity and Cell Fate)

確率論的機構によって、神経系における細胞の運命は多様な分化を果たす。ショウジョウバエの網膜では、色-感覚性光受容器の確率的分布が、Spineless転写制御因子のランダムなオン/オフの発現によって制御されている。JohnstonとDesplanは、Spinelessの各対立遺伝子が、広い範囲で作用する1つのエンハンサーDNA要素および2つのサイレンサーDNA要素に制御される内因性のランダムな発現選択をもたらしていることを発見した(p. 661)。Spinelessの対立遺伝子同士は、染色体間で活性および抑圧の機構を用いて情報交換し、発現頻度を決定し、発現状態を協調させている。こうした知見は、内因性のランダムな発現と染色体間の情報交換が、確率論的な細胞運命の決定において決定的役割を果たしていることを示唆するものである。(KF)
Interchromosomal Communication Coordinates Intrinsically Stochastic Expression Between Alleles

媒体中のメッセージ(The Message in the Medium)

細胞がシグナルを産生し、自身の細胞表面上にある受容体を活性化するという、自己分泌シグナル伝達のポイントは何だろうか? ある細胞が隣り合う細胞に自分の様子を知らしめることに意味がないなら、自己シグナルの方が単純なように思える。YoukとLimは、ある細胞はシグナルを分泌でき、また感知できるが、他の細胞は隣接細胞からのシグナルを感知できるだけである、という2種類の酵母細胞からなるシステムにおいて、シグナル伝達がどのような結果になるかを広い範囲で探求した(10.1126/science.1242782; またLeeとYouによる展望記事参照)。2つの細胞型の応答が区別できるよう、細胞に遺伝子工学的操作を施した。実験と数学的モデル化によれば、回路がどう構成されているか、すなわちどれだけの受容体が存在しているか、シグナル分子がどのように分解されるか、フィードバックの有無、細胞培地の密度などなど、に依存して、幅広い振る舞いが可能だった。ある条件下では片方の細胞型の活性化が他方よりも優先された。別の条件下では、集団内の応答のタイミングと一貫性が変化した。明らかにされた原理は、他の生物学的文脈においても、また望まれた調節性特徴をもつ合成生物学的細胞系のデザインにおいても適用可能であろう。(KF,nk)
Secreting and Sensing the Same Molecule Allows Cells to Achieve Versatile Social Behaviors

相互作用とトポロジー(Interacting and Topological)

バンドギャップと堅牢な伝導性表面準位が時間反転対称性によって保護されたトポロジカル絶縁体 (TIs)は、通常弱い電子-電子相互作用を示すとともに、バンド理論によって記述できる材料として知られている。相互作用が存在する系において、このような対称性によってもたらされるトポロジカル相(SPT)を実験的に観測することが長年の目標となっている。Wangらは (p. 629) 理論的手法を用いて、3次元中で相互作用するフェルミオン中のSPT相を分類し、非相互作用相に加えて異なる6つの相が存在することを突き止めた。この結果は、将来ミクロスコピックなモデルを構築するための礎となり、また新材料を探求する指針となるであろう。(NK,nk)
Classification of Interacting Electronic Topological Insulators in Three Dimensions

ウイルスのESCRT(Viral ESCRT)

ESCRT(輸送に必要なエンドソーム並べ替え複合体)タンパク質複合体は、多小胞体への出芽や細胞質分裂、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の出芽において役割を果たしているが、ESCRTがどのようにウイルスの出芽を促進しているか、その詳細ははっきりしていない。このたび、高分解能の光学および電子顕微鏡の画像処理技術を用いて、Van Engelenburgたちは、HIV出芽におけるESCRTタンパク質の役割を詳しく調べた(p. 653, 1月16日号電子版)。得られた知見からは、感染細胞からのHIV粒子の切断に必要なESCRT機構は、ウイルス粒子のコアの中にあり、従来研究に基づいて期待されていたような、ウイルス出芽に関与する膜切断イベントの細胞側にあるのではない、ということが示唆される。(KF)
Distribution of ESCRT Machinery at HIV Assembly Sites Reveals Virus Scaffolding of ESCRT Subunits

チャネルからセンサーへ(From Channel to Sensor)

電位活性化型のカルシウムチャネルと、シナプス小胞に関するエキソサイトシス(開口分泌)のカルシウムセンサーとのカップリングが、伝達物質遊離のタイミングと効率を決定する主要な因子である。中枢神経系の成熟したシナプスにおいて、このカップリングがどれほど密接かは、ほとんど不明なままである。VyletaとJonasは、苔状線維終末ボタンが、内在性カルシウムバッファーを高濃度で含んでいることを発見した(p. 665)。内在性カルシウムバッファーとは、神経伝達物質の放出に関わるカルシウムセンサーに達するカルシウム量を正常に制限するものである。結果として、遊離の引き金を引くのに使えるカルシウムシグナルは、初期活動電位にとっては小さなものである。しかしながら、高頻度の刺激の後では、内在性カルシウムバッファーがカルシウムと結合し、カルシウムの流入を和らげることができなくなり、それによってより多くのカルシウムがカルシウムセンサーに達することを可能にし、神経伝達物質放出とシナプスの促通を増加させる。(KF,KU,nk)
【訳注】
・エキソサイトシス(exocytosis):細胞内の小胞体で作られたタンパク質等を膜に分泌、あるいは取り込むこと、その逆作用はエンドサイトシス
・苔状線維終末ボタン:軸索の末端で細かく分岐しその先端が膨らみを持って終末ボタン(terminal button)となって細胞に密着する
・シナプス促通(synaptic facilitation):細胞から細胞への伝達が起こりやすくなる現象
Loose Coupling Between Ca2+ Channels and Release Sensors at a Plastic Hippocampal Synapse
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