AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 20 2013, Vol.341


マラリア・スポロゾイトワクチン(Malaria Sporozoite Vaccine)

毎年、数億人の人々が、マラリア原因の蚊媒介寄生虫である、熱帯熱マラリア原虫 (Plasmodium falciparum)に感染している。このため、予防ワクチンが強く求められている。Sederたち (p. 1359, 8月8日号電子版; Goodによる展望記事参照)は、被験者たちが完全に減弱化されたスポロゾイトワクチンを静脈内に接種された、臨床試験フェーズ1の結果を報告している。コントロールされたマラリア感染の後にマラリアの病状が進行した者の数は、ワクチンを4回投与された9名の被験者の中では3名、5回投与された6名については0名であった。抗体価 (Antibody titer)と細胞免疫反応の両方とも、投与したワクチンの用量と正相関しており、このことは適応免疫反応の両方の防御力は、観測された防御に関係していたことを示している。(TO,KU,nk)
Protection Against Malaria by Intravenous Immunization with a Nonreplicating Sporozoite Vaccine

併合するかみのけ座(Merging Coma)

銀河団は、物質の併合と降着とを通して成長し、宇宙で最も大きな重力的に結合した構造体になっていく。Sanders たち (p.1365) は、NASA の Chandra X-ray Observatory を用いて、かみのけ座銀河団の中心部の高温でイオン化したガスを探査した、長期間の高分解能な観測結果を報告している。このかみのけ座銀河団は、われわれに最も近く、また、最もよく研究された銀河団のひとつである。その観測データは、いくつかの大規模でフィラメント状の領域がX線で明るく輝いていることを示している。これは、銀河団が併合してきた歴史に対する洞察を与えるものである。(Wt,nk)
Linear Structures in the Core of the Coma Cluster of Galaxies

ポリマーのダイナミクス(Polymer Dynamics)

自由表面により、ポリマー鎖はバルク中より速く動くことが可能になるずであるが、サブストレートの存在によって両者間に引力が働けば、動きがスローダウンするだろう。Tressたち(p. 1371; Russellによる展望参照)は誘電分光法を用いて、希薄溶液からサブストレート上に沈着する「ポリマ−島(polymer islands)」を研究したが、そこでは幾つかの島は、ほんの数個の、あるいはたった一つのポリマー鎖のみを含んでいた。ポリマー鎖を小さい表面構造に閉じ込めても、サブストレートと直接接触しているセグメントは別として、実質的にポリマーのダイナミクスに何等の影響をも与えていなかった。(hk,KU)
Glassy Dynamics in Condensed Isolated Polymer Chains

リンによる引き抜き(The Pull of Phosphorus)

ルイス酸度は,主として,ボランのように,配位圏に全電子が満たせず,そのため,不足を補うため,電子供与体(ルイス塩基)を引き付ける化合物に関係した特性である。今回,Caputoたちは(1374; Gabbaiによる展望記事参照),4配位のホスホニウム塩類が,電子飽和しているにもかかわらず,意外にも強いルイス酸として作用することを見出している。フッ素置換基やフッ化芳香族置換基を有するリンカチオンは,アルキル炭素-フッ素結合のフッ素を引き離すことで結合を切断できる---シラン受容体を用いることで触媒的に反応が進むプロセスである。(MY,KU)
【訳注】配位圏:錯体中の金属イオンに直接配位子が結合する範囲のこと
Lewis Acidity of Organofluorophosphonium Salts: Hydrodefluorination by a Saturated Acceptor

警報(Alarm Bells)

哺乳類細胞のサイトゾル中におけるDNAの存在は、例えば、DNAを含む或るウイルスがその細胞に感染したことを示す危険シグナルである。このシグナルは自然免疫反応をトリガーし、これがⅠ型インターフェロンの発現を促し、そしてDNAワクチンへの抗ウイルス性免疫と応答に重要である。サイクリックGMP-AMP合成酵素 (cGAS)が、サイトゾルDNAのセンサーとして、最近同定された。Liたち (p. 1390, 8月29日号電子版)はノックアウトマウスを用いて、複数の細胞型において、in vivoでcGASがⅠ型インターフェロン応答に必要な主要なDNAセンサーであるという遺伝的証拠を与えている。(KU)
Pivotal Roles of cGAS-cGAMP Signaling in Antiviral Defense and Immune Adjuvant Effects

見えないNodファクター認識(Stealth Nod Factor Recognition)

マメ科植物と窒素固定細菌との共生的な相互作用により、この植物に窒素が供給される。しかし、多くの主要な穀物植物ではこの共生関係を確立できず、そのため農業は外部から供給する肥料に頼っている。驚くべきことに、Liangたち (p. 1384, 9月5日号電子版)は、シロイヌナズナ, トマト、トウモロコシなど数種類の非マメ科植物が、大豆において微生物との共生をもたらす同じ根粒形成因子に応答することを発見した。(TO,kj)
Nonlegumes Respond to Rhizobial Nod Factors by Suppressing the Innate Immune Response

痛みと依存性(Pain and Dependence)

μ-オピオイド受容体の性質と機能は、内在性と外来性のリガンドの結合に関して徹底的に研究されてきた。しかしながら、オピオイド受容体の恒常的な、リガンド-非依存性の活性化に関しては殆ど知られていない。マウスにおける研究から、Corderたち (p. 1394)は、一過性の末梢性炎症後に脊髄の後角においてμ-オピオイド受容体の長期の恒常的活性化を観測した。この結果は、μ-オピオイド受容体の恒常的活性化が長期間にわたって痛覚(痛みの感覚)を抑制し、そして細胞および身体レベルで内因性オピオイドのシグナル伝達に依存するようになる。 (KU,nk,kj)
【訳注】オピオイド:アヘンやケシから抽出される鎮痛作用のある薬物
Constitutive μ-Opioid Receptor Activity Leads to Long-Term Endogenous Analgesia and Dependence

深層の断層を描く(Delineating Deep Faults)

最も巨大で損害の大きい地震は地殻で発生し、そこでは摩擦や脆性破壊がエネルギーの放出を支配している。強力な地震はマントルでも発生するが、高い温度や圧力がより重要な役割を果たすため、破壊の動的挙動を把握することが難しい。Yeたちは (p. 1380)、2013年のオホーツク海で発生したマグニチュード8.3の地震(今日まで最も深い地震の記録である)で発生したP波と、その余震を解析した。この地震は断層沿いに180kmを越える長さに渡って破壊し、そして沈み込んだスラブからは構造上の不均一性が原因となって大量の歪みエネルギーが解放された。補完的な実験室で行った一連の変形実験において、Schubnelたちは (p.1377)、深層地震と良く似たアコースティツク・エミッション(AE)現象の核生成をシミュレーションした。これらのAE現象はカンラン石から尖(せん)晶石への瞬間的な相転移によって生じている。この現象はオホーツク地震と同じくらいの深さで起きそうであり、他の深層地震によって観測されたような巨大な歪みの解放をもたらすだろう。(Uc,KU,nk)
【訳注】
・沈み込んだスラブ:プレートの沈み込んだ部分
・アコースティツク・エミッション(AE)現象:局所的に溜まっているひずみエネルギーが急速に解放されたときに発生する音波の放出
Energy Release of the 2013 Mw 8.3 Sea of Okhotsk Earthquake and Deep Slab Stress Heterogeneity
Deep-Focus Earthquake Analogs Recorded at High Pressure and Temperature in the Laboratory

メタセシスを押し進める(Pushing Metathesis Forward)

オレフィンメタセシス触媒の開拓者にノーベル化学賞が授与されてから8年が経過した。もともとこれは,一対の二重結合中の4つの炭素を組み換える手法であり,これにより,数多くの複雑な有機化合物--大きな環を含む化合物に対してとりわけ--の効率的な合成が可能となった。また。また,この方法は,特殊ポリマー合成用の ROMP(ring-opening metathesis polymerization:開環メタセシス重合)プロセスの根幹となるものである。(三重結合を有する化合物である)アルキンに対しても同様に,メタセシス法が適用されてきている。Furstner (1229713)は,汎用性が特に高いこの部類の反応に対して継続的に行われている最適化の最近の進展をレビューしている。標準的触媒では,長年にわたり,立体選択性がない短所があり,反応生成物の二重結合軸の同じ側(Z)、あるいは反対側(E)へ意図的に置換基を配置させることができないでいた。しかしながら,最近導入された触媒では,高いZ選択性が実現できる明るい見通しが示された。(MY,KU)
Teaching Metathesis “Simple” Stereochemistry

合成生物学に向かって(Toward Synthetic Biology)

細胞のシグナル伝達経路を制御し,これにより細胞機能に指示を与える回路を作製する場合,細胞経路に立ち入り,他の細胞プロセスへの誤った影響を最小化する適正点を探すことが課題だった。Gallowayたちは(1235005, 8月15日発行電子版; Sarkarによる展望記事参照),出芽酵母に対するこのような挑戦の最近の進歩について報告している。酵母細胞を3つの細胞運命の1つに向かわせる分子制御システムが開発された。他の細胞制御が破壊されるのを避けるため,内在性の制御回路にインターフェースで結合する外来性のリボザイムをベースとしたコントローラが用いられ,細胞への遺伝的な変化が回避された。回路動作の信頼性を向上させるためにフィードバックループにより制御回路を強化したのち,その回路は、酵母細胞の運命決定に対して重大な制御因子として作用する特定成分の量を調整するのに用いられた。これにより,選択された化学刺激に応答して細胞運命の方向性が可能となった。この方法により,哺乳類細胞の生理的状態を同じ方向性に向かわせることに適用できるかもしれず,例えば,合成生物学の治療への応用の道が拓かれるかもしれない。(MY,KU)
Dynamically Reshaping Signaling Networks to Program Cell Fate via Genetic Controllers

静電気を散らす(Dissipating Static)

高分子や他の絶縁体に蓄積される静電気は人間にとってはさして深刻なものではないが、デリケートな電子機器を破壊してしまう。故に、電気伝導を向上させて静電気の蓄積を防いだり、電装品の核心部との接触前に静電気を完全に放電させる技術が必要である。Baytekinらは (p. 1368)、高分子表面において表面電荷がラジカルと共在し、フリーラジカルスカベンジャーの付加により表面電荷が放電し、電荷が除去されることを示している。静電放電によるダメージから電子回路を守るコーティング材を作るのに本技術が適応された。(NK,KU)
Control of Surface Charges by Radicals as a Principle of Antistatic Polymers Protecting Electronic Circuitry

CCR5-Maraviroc構造(CCR5-Maraviroc Structure)

ヒト免疫不全ウイルス1型 (HIV-1)感染の際の共同受容体としてよく知られているGタンパク質結合受容体の1つ、ケモカイン受容体 CCR5は、多様な生理的プロセスにおいて重要である。Tanたちはこのたび、HIV-1侵入阻害剤 Maravirocに結合したCCR5の高解像結晶構造を報告している(p. 1387, 9月12日号電子版; Klasseによる展望記事参照)。その構造が示唆するのは、Maravirocは、HIV-1およびケモカインの結合部位とは別のCCR5の領域に結合することによって、非競合的な阻害剤として作用するということである。CCR5の構造を、別のHIV-1共同受容体であるケモカイン受容体CXCR4と比較することによって、HIV-1ウイルスによる共同受容体選択性についての洞察がもたらされるのである。(KF)
Structure of the CCR5 Chemokine Receptor?HIV Entry Inhibitor Maraviroc Complex

アミロイドの結合パートナー(Amyloid Binding Partners)

アミロイド-β(Aβ) は、アルツハイマー病の病理にとって決定的に重要だが、正常な生理におけるその役割は不明なままである。Kimたちは、マウスの対になった免疫グロブリン様受容体B (PirB)とそれのヒトにおける相同分子種である白血球免疫グロブリン様受容体B2 (LilrB2)の双方が、オリゴマー化したAβに結合することを発見した(p. 1399; BenilovaとDe Strooperによる展望記事参照のこと)。マウスの発生の初期段階で、眼球優位性の可塑性が、オリゴマーのAβとPirBとの相互作用によって影響を受けている。アルツハイマー病のマウスモデルから得られた海馬の脳切片では、Aβによって誘発される長期増強の減少にPirBが必要とされた。さらに、アルツハイマー病のマウスモデルの特徴である記憶欠損は、PirBの機能に依存していた。Aβの多くの結合パートナーは同定されてきたが、これらの知見がどの程度、治療に活用できるかは、いまだに不明である。(KF)
Human LilrB2 Is a β-Amyloid Receptor and Its Murine Homolog PirB Regulates Synaptic Plasticity in an Alzheimer’s Model

細胞外の制御(Extracellular Regulation)

線虫の発生の際に、ハーマフロダイト(雌雄同体)-特異的神経細胞(HSN) は移動し、次いで軸索をその機能の標的に向けて伸ばしていく。ヘパラン硫酸プロテオグリカンの翻訳後修飾が、HSN発生にとって重要であるので、Pedersenたちは、線虫の発生におけるコンドロイチンとヘバラン硫酸合成の中断と減少の効果を検証した(p. 1404)。 その結果が示唆するのは、プロテオグリカン生合成はマイクロRNA経路によって密接に制御されて、神経細胞移動の方向を示すのに必要な細胞表面の糖鎖付加構造を形成しているということである。(KF,kj)
An Epidermal MicroRNA Regulates Neuronal Migration Through Control of the Cellular Glycosylation State
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