AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 9 2013, Vol.341


後成的な脳の姿(Epigenetic Brainscape)

発生の際の後成的な修飾とそれらの可能なさらなる変化は、高い関心が持たれているが、このような差を解析した研究は少ない。Listerたち (1237905, 7月4日号電子版; Gabel and Greenbergによる展望記事参照) は、複数の発生段階にあるヒトとマウスの前頭皮質におけるDNAシトシン修飾の全ゲノムの一塩基レベルでの解析とトランスクリプトーム解析に関して報告している。鍵となる発生段階におけるDNAシトシンのメチル化(5mC)とその酸化誘導体の一つ(5hmC)の高分解能のマッピングは、グリアに比べるとニューロンにおいてこれらの後成的な修飾が時間的にどう進行するかの全体的な情報を与えてくれる。そのデータは、メチル化のマークがヒトとマウスの双方で脳発生の際に活発に生じていることを示唆している。(KU,kj,nk)
【訳注】トランスクリプトーム解析:DNAからの転写によって産生される全RNA転写量を細胞や組織、或いは種のレベルで比較解析する手法
Global Epigenomic Reconfiguration During Mammalian Brain Development

強相関時計(Strongly Correlated Clocks)

アルカリ土類原子を用いた光格子時計により,最も安定な時間計測システムの1つが提供されている。そのような時計では通常,原子間相互作用の結果,遷移周波数がシフトする。この鋭敏性を強相関量子力学系の研究に使えないだろうか? Martinたちは (p. 632),量子多体効果の研究に1次元光格子時計を用いた。周波数シフト自体は平均場近似の範囲内でモデル化が可能であったが,スピンノイズなどの量は,多体全てを取り扱うことが必要であった。このシステムはエキゾチック磁性に対する量子シミュレーションに役立つ可能性がある。(MY)
A Quantum Many-Body Spin System in an Optical Lattice Clock

共有される支援(Help Shared)

胚中心は、リンパ節内の特殊化した構造であり、B細胞はそこで高親和性の抗体を生成するために必要とされる変化を行う。このプロセスは T 濾胞性ヘルパー(Tfh)細胞に依存している。しかしながら、Tfh細胞のダイナミック特性と、どのようにして Tfh細胞がB細胞の選択に影響するかは、良く理解されていない。Shulmanら(p. 673、7月25日の電子出版)はマウス・リンパ節に2光子レーザ走査顕微鏡を用いて、Tfh細胞が単一の胚中心に制約されているだけではなく、その代わりに同じリンパ節内の隣接胚中心に移住することを見出している。さらにまた、新たに活性化される T細胞は、既に確立された胚中心に入り、おそらく進行中のB細胞選択と分化に対して影響を及ぼす。このような活発な運動は B細胞応答の最大の多様化を確実にし、高親和性抗体の生成を促進するのであろう。(hk,KU)
T Follicular Helper Cell Dynamics in Germinal Centers

ゲートを高速化する(Faster at the Gate)

高速演算の主要なコンポーネントである金属酸化物半導体電界効果トランジスタ(MOSFETs)や浮遊ゲート(FG)MOSFETs の性能を向上し続けるために、さらに進んだ設計が必要とされている。Wang たちは(p.640)、トンネル電界効果トランジスタによって、正孔をドープした浮遊ゲートと電子をドープしたドレイン領域を結合させた、準浮遊ゲート(SFG)トランジスタを制作した。SFG に蓄積された電荷はトランジスタをスイッチングする電圧の閾値を変化させるために用いられ、それが次にその作動速度を速め消費電力を低減させた。これらの素子は超高速メモリーや光検出、画像処理に用いられた。(Sk)
A Semi-Floating Gate Transistor for Low-Voltage Ultrafast Memory and Sensing Operation

両面通行(Two-Way Street)

大気中で見出される多くの揮発性有機化合物 (VOCs) は大気化学で重要な役割を演じており,その研究はイソプレンのような主要化学種に集中してきた。VOCsには他に数千の種類があり,生物圏と大気圏の間でこれらがどのように行き来しているのかは明瞭ではなかった。Parkたちは(p. 643)高感度型の質量分析器と絶対値渦共分散法を用いて,500種以上のVOCsの流れを測定した。これらの化学種の大部分は大気圏と生物圏の間で活発にやり取りされ,四分の一以上の化学種が差し引きの量として生物圏に貯留(net deposition)していた。これらの結果は,大気の質や地球気候モデルの改善や,また,大気中のVOC化学に関する理解を高めるのに役立つであろう。(MY,KU,kj,nk)
【訳注】渦共分散法:乱流輸送に寄与する全ての渦を直接測定することで流動量を計測する手法
Active Atmosphere-Ecosystem Exchange of the Vast Majority of Detected Volatile Organic Compounds

多能性をうながす(Promoting Pluripotency)

特殊化した哺乳類の細胞は、卵母細胞中に体細胞の核を移植したり、或いは外来性の多能性に関係する転写制御因子を加えることで、多能性の状態に戻すことができる。Houたち (p. 651, 7月18日号電子版)は低分子の混合物を用いて、体細胞を多能性に誘導する方法を開発した。このような化学的に誘導される多能性幹細胞を作ることができれば、再生医学における治療上のクローニングや薬剤開発においてもう一つの道が提供されることになるだろう。(KU)
Pluripotent Stem Cells Induced from Mouse Somatic Cells by Small-Molecule Compounds

太陽系の雪線(Solar Snow Lines)

われわれの太陽系の形成モデルは、凝縮線、あるいは、雪線と呼ばれる領域が惑星形成に好適な位置であることを示唆している。この雪線とは、これを超えると気体や液体が固体相に凝縮可能となるような、中心の恒星からの距離をさしている。CO が気相から凝縮する冷たい領域では、N2H+ の量が増加することを利用して、Qi たち (p. 630, 7月18日付電子版) は Atacama Large Millimeter/Submillimeter Array を用いて、うみへび座 TW星の周りの円盤中の CO の雪線を可視化した。この円盤は、太陽系が形成された原始太陽系星雲に類似のものである。この円盤の雪線は、われわれの太陽系では海王星の軌道に相当している。(Wt,Ym,nk)
Imaging of the CO Snow Line in a Solar Nebula Analog

宿主の微生物が種分化に?(Microbes → Host Speciation?)

生きている生物は単独ではない。個々の微生物叢は宿主の体細胞を数で上回る。寄生蜂の研究から、Brucker と Bordenstein (p. 667, 7月18日号電子版)は、腸の微生物叢が種分化と雑種致死に決定的な役割を果たしていることを示唆している。寄生蜂の単系統種(clade)での実験では、種間雑種は、抗菌処置された無菌の餌で育てられると(結果として腸の微生物叢がいなくなる)生き延びるが、しかし通常の餌や宿主の体で育てられると、高い死亡率となった。(KU,kj,nk)
【訳注】
・クレイド(clade):系統樹で同じ分枝に属する系統
・雑種致死(hybrid lethality):雑種が生育の途中で遺伝的に致死する現象
The Hologenomic Basis of Speciation: Gut Bacteria Cause Hybrid Lethality in the Genus Nasonia

制御されたポリマー(Controlled Polymers)

自然の世界ではDNAのようなポリマー合成において,精巧なシーケンス制御が実現されている。これに対し,合成ポリマーにおいては,特に,複数のモノマーが含まれる場合,化学的特性の同一性や鎖長分布の一様性に関して自然と対抗できるような例はほとんどない。Lutzたちは(1238149),重合度が高く複雑性が増したポリマーに対するシーケンス制御合成の進歩についてレビューしている。これらの発展は、合成化学手法と生物マシーナリー利用の双方の進展からもたらされた。(MY,KU,nk)
【訳注】生物マシーナリー(biological machinery):生体高分子による「生きている状態」での反応機能
Sequence-Controlled Polymers

ダブルはトラブルではない(Double Is Not Trouble)

倍数性を作るゲノムの倍加(複製)は、陸上植物では一般的であり、殆どの主要な顕花植物の系列はゲノム複製に関するある進化の歴史を示す。しかしながら、倍加したゲノムのその生理的利点はよく分かっていない。Chaoたち (p. 658, 7月25日号電子版)は、自然に倍加したゲノムを持つモデル植物シロイヌナズナの近交系統株(accessions)を同定し、そして人為的に誘発された倍数体シロイヌナズナと同様に、シロイヌナズナの自然な倍数体植物において、シュート(地上部の茎や葉)ではなく根の細胞型が葉のカリウムレベルを制御することで、耐塩性を高めていることを見出した。(KU,kj)
【訳注】アクセッション(accessions):遺伝系が安定している近交系統株、植物バンクから手に入る
Polyploids Exhibit Higher Potassium Uptake and Salinity Tolerance in Arabidopsis

スキルミオンを制御する

スピンが示す微小な渦パターンである磁性スキルミオンは、外乱に強いことからメモリーとしての応用が期待されている。スキルミオンは実験的に観測されているが、個々に制御することが求められている。Rommingらは(p. 636; 表紙参照)走査型トンネル顕微鏡によって作られるスピン偏極電子を用いて、パラジウム層に覆われた鉄薄膜中でスキルミオンを可逆的に生成・消滅させることに成功している。トンネル電子のエネルギーがこのプロセスの可能性を決める決定的な因子であった。即ち、薄膜中の原子欠陥がスキルミオンの固定サイトとして作用していた。この研究は、個々のスキルミオン操作の制御に対してスピン偏極トンネル電流利用の可能性を示すものである。(NK,KU)
Writing and Deleting Single Magnetic Skyrmions

リーダーに従う?(Follow the Leader?)

インターネットは、我々の判断が周囲でなされた判断に影響される可能性を増大させてきた。一方では、集団での意思決定はより良い判断につながることもあるが、しかし金融崩壊を引き起こした“群集効果”につながることもある。Muchnik たちは(p. 647)、ランダム化された実験を通して、集団の情報の影響を検討した。それには、掲載されたコメントに対して読者が投票したりコメントすることができる、社会的ニュースを集計するウェブサイトとの共同研究が含まれていた。データは、10万件以上の投稿についての最初のコメントとして、ウェブサイトの管理者が無作為にポジティブかネガティブ(または無視)な投票をした後、集計され分析された。偽のポジティブな書き込みはそれに続く賛成投票を増大させ、偽のネガティブな最初の投票はほとんど長期的な影響を及ぼさなかった。コメントされる対象のトピック、および投稿者とコメントする人の関係は、どちらも重要であった。社会的な先入観に対処するため、社会的な世論調査や他の情報収集システムにおいて、いかにそのような影響を補正するかを解決していくには、今後の努力が必要である。(Sk,kj)
Social Influence Bias: A Randomized Experiment

核の孔を深掘りする(Poring Over the Nuclear Pore)

核膜孔とは、多様な核タンパク質やRNAという積荷が出入りしなければいけない核膜の、対になった膜を横切る巨大分子複合体である。Szymborskaたちは、超高分解能の顕微法に単一粒子平均法を組み合わせることで、核膜孔複合体の構造骨格を作り上げているタンパク質の位置を1ナノメートル以下の精度で特定した(p. 655, 7月11日号電子版)。そうした分子の位置的制約は、核膜孔の構造についての対立するモデルを明確にし、また、タンパク質複合体の構造的組織化が、細胞全体における生体内原位置での光学顕微法によって調べられることを実証するものである。(KF)
Nuclear Pore Scaffold Structure Analyzed by Super-Resolution Microscopy and Particle Averaging

Pol IIのミクロなクラスター(Pol II Micro Clusters)

高等真核生物においては、メッセンジャーRNA(mRNA)合成には、転写工場と呼ばれるクラスター化された RNAポリメラーゼII(Pol II)の集中した部位が関わっていると考えられてきた。しかしながら、クラスター化されたPol IIは、生細胞中では明らかになっておらず、生体内でのその存在と、核組織化や遺伝子発現制御における何らかの役割があるのかどうかについての議論も引き起こされている。Cisseたちは、生細胞内でクラスターを形成しているPol IIの分布と動力学を明らかにする、生体内での単一分子解析法を開発した(p. 664;7月4日号電子版; またRickmanとBickmoreの展望記事参照)。Pol IIクラスターは、回折限界(<250 nm)よりも小さなものだった。Pol IIクラスターの遷移状態の動力学と転写における変化との相関は、伸長におけるよりも転写開始において役割があることを示すものだった。(KF,kj)
Real-Time Dynamics of RNA Polymerase II Clustering in Live Human Cells

染色体の振り付け(Chromosome Choreography)

染色体の転位は、壊れた染色体末端同士の非正統的な対形成を介して生じるもので、多くの癌においてよく見られるものである。Roukosたちは、標識付けされた染色体を含むヒトの組織培養細胞において超高速処理微速度撮影イメージングを用いて、きわめて稀な転位イベントを捉えた(p. 660)。DNAにおける二重鎖切断は、互いに空間的に近づきあう末端の部分による初期の「パートナー探索」を経て、持続性の対形成およびDNA修復箇所の融合に帰結することになる。対となった末端のほとんどは、近くにあった切断同士で生じるが、ときたま、ずっと離れた切断箇所同士から転位によって形成されることもあった。このDNA修復機構のタンパク質は、対形成および/または転位のプロセスに影響を与えることができるのである。(KF,kj)
Spatial Dynamics of Chromosome Translocations in Living Cells

分化のための別の周期(A Different Cycle for Differentiation)

転写制御因子の制御された発現によって、細胞分化の際に細胞運命が決定される。転写制御因子 PU.1は、造血前駆細胞のリンパ球、あるいは骨髄系細胞への分化における重要な決定要因であり、そこでは、発現が高ければマクロファージの分化が誘発され、発現が低ければBリンパ球の発生がもたらされる。しかしながら、PU.1の発現レベルが細胞の運命決定の際にいかにして制御されているかは、よく理解されていない。Kuehたちは、マウスにおいて、PU.1の転写の減少が発生中のBリンパ球におけるその発現の減少をもたらす一方、マクロファージにおいては、細胞周期の延長によってPU.1が安定的に蓄積できるということを発見した(p. 670, 7月18日号電子版)。前駆体におけるPU.1の外来性発現は細胞周期の延長とマクロファージの分化を支持したし、数学的モデルは、そのようなフィードバックループによってマクロファージの発生上のゆっくりした分割状態が維持できることを示唆するものだった。(KF)
Positive Feedback Between PU.1 and the Cell Cycle Controls Myeloid Differentiation
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