AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 12 2013, Vol.341


荷電クラスターからなるイオン材料(Ionic Materials via Charged Clusters)

原子イオンまたは低分子イオンからなる塩形成メカニズムは、より大きな無機クラスターであっても原理的には再現可能なはずである。しかし、多くのクラスターは有機リガンドによって安定化され、イオンを形成するための電荷移動反応が阻害されてしまう。Roy等は(p. 157, 6月6日号電子版;Batailの展望記事参照)、クロム、コバルト及びニッケルのセレン化合物やテルル化合物のクラスターが、C60との電荷移動反応により塩の構造体を形成することを報告している。コバルト及びクロムのクラスターは、ヨウ化カドニウム(CdI2)に似た層構造を形成し、またニッケルクラスターは塩化ナトリウム(NaCl)に関連した構造を形成するという。(NK,KU,kj)
Nanoscale Atoms in Solid-State Chemistry

思いがけない磁気ハイウェイ(Unexpected Magnetic Highway)

ヘリオポーズは、ヘリオスフィア(太陽圏:太陽に起源を持つプラズマと磁場の泡)と、星間プラズマおよび星間磁場とを区切るものと考えられている。ボイジャー1号探査機は35年前に打ち上げられ、昨年の8月には、ヘリオポーズとして予想された位置に近い、太陽から185億km離れたところに到達した。Krimigis たち(p.144, 6月27日付電子版) は、ボイジャー1号が高エネルギーのイオンと電子を観測したことを報告している。これによると、およそ30日の間に、はっきりとしていて、かつ他と区別できる境界を5回横切ったことが示唆される。Burlagaたち (p.147, 6月27日付電子版) は、いずれの境界を横断する時も、磁場の方向は変化しなかったことを見出している。これは、ボイジャー1号がまだヘリオポーズを横切ってはいず、太陽系内から低エネルギーイオンが流出し、星間空間から銀河宇宙線が流入する、ヘリオスフィア領域内の一種の磁力線ハイウェイとして作用する領域に入ったことを示唆している。このヘリオスフィア領域は、太陽系内からの低エネルギーイオンが流出し、星間空間からの銀河宇宙線が流入する、磁気ハイウェイとして作用する。Stoneたち (p.150, 6月27日付電子版) は、この予想外の領域の低エネルギー銀河宇宙線のスペクトルについて報告している。(Wt,KU,ok,nk)
Search for the Exit: Voyager 1 at Heliosphere’s Border with the Galaxy
Magnetic Field Observations as Voyager 1 Entered the Heliosheath Depletion Region
Voyager 1 Observes Low-Energy Galactic Cosmic Rays in a Region Depleted of Heliospheric Ions

一工程での被覆(One-Step Coverage)

薄膜を制御して形成するには、多くの場合、ゆっくりとした成膜条件や複数回のコーティングが必要となる。Ejima たちは(p.154; Bentley と Payne による展望記事参照)、水溶液を用いて、Fe3+イオンと天然のポリフェノールであるタンニン酸の凝集物(coordination complex:配位錯体)からなる薄い生体適合膜で表面をコーティングする、簡単で汎用性のある方法を報告している。平らな表面やコロイド粒子、それにバクテリア細胞でさえコーティング可能であり、コーティング膜はその後 pH を変化させることにより分解可能である。(Sk,KU)
One-Step Assembly of Coordination Complexes for Versatile Film and Particle Engineering

下あごの生成(From Jawless to Jawed)

初期の脊椎動物には、下あごがなかった。過去の復元作業では、原始的な下あごの形態は、サメに見られるものとほぼ同様なものであると考えられてきた。Trinajstic たちは(p. 160, 6月13日号電子版; Kuratani による展望記事参照)、初期の下あごを持つ板皮類(甲板で覆われた有史以前の魚類の絶滅種)の化石の筋肉組織について記述しており、その化石は基本的構造がサメに見られるものとは異なり、頭蓋骨と肩帯の間に顕著な真皮の結合部を有することを示している。(Sk,KU,kj)
Fossil Musculature of the Most Primitive Jawed Vertebrates

炎症反応に関わるタンパク質複合体であるインフラマソームを食い止める(Keeping the Inflammasome in Check)

ヌクレオチド結合とオリゴマー形成領域 (Nucleotide-binding and oligomerization domain:NOD)様受容体(NLR)は、自然免疫系の細胞による病原体の検出において重要な役割を演じている。いくつかのNLRのファミリーメンバでは、活性化すると、自己抑制を解き、オリゴマーを形成し、シグナル伝達の成分分子を補充し、それらを一緒にして大きな多タンパク質複合体であるインフラマソームを作る。インフラマソームは細胞死とサイトカイン分泌を誘発することによって宿主細胞を保護する。しかしながら、NLR活性化と抑制を調整する特異的分子機構は、十分解明されていない。Huたち(p. 172:6月13日号電子版)は、自己抑制された NLRファミリーメンバであるNLRC4の結晶構造について報告している。その報告において、NLRC4を不活性な状態に保つアデノシン二リン酸との相互作用において重要な領域と、活性化においてこのタンパク質のオリゴマー形成を媒介する領域とを明らかにしている。(hk,KU,ok,kj)
Crystal Structure of NLRC4 Reveals Its Autoinhibition Mechanism

嫌な奴から味な奴へ(From Nasty to Tasty)

私たちが好んで食べる作物の中には,ひどい味のものや,さらには有毒でさえある野生近縁種に由来するものがある。長年にわたる栽培化により,栄養阻害成分の量が少ない変異種が選択されてきた。しかしながら,他の特質、例えば病原菌への抵抗性など、に関して野生種の価値は依然として高い。しかし,味がよくないという抜き難い欠陥のため作物開発への適用は簡単でない。Itkinたちは (p. 175, 7月20日発行電子版),じゃがいもとトマトの代謝経路と,幾つかのこれら栄養阻害成分の合成を指示する遺伝子について明らかにしている。(MY,nk)
Biosynthesis of Antinutritional Alkaloids in Solanaceous Crops Is Mediated by Clustered Genes

内側に向いたアンチポーター(Inward-Facing Antiporter)

カチオンアンチポーター(対向輸送体)は,細胞膜を横切る Ca2+の移動を触媒する他のカチオンによる電気化学的勾配を利用し,細胞質カルシウム濃度を制御する上で重要な役割を果たしている。最近,外向きの Na+/Ca2+アンチポーターの構造が決定された。今回,Nishizawaたちは (p. 168, 5月23日発行電子版),内向きの H+/Ca2+アンチポーターの結晶構造を報告している。構造の比較から,どのようにして構造変化により親水性空間を細胞内側と外側に交互に形成し、それによりカチオンの移動を促進しているかが示されている。(MY、KU)
Structural Basis for the Counter-Transport Mechanism of a H+/Ca2+ Exchanger

ケナガイタチにおけるトリインフルエンザ(Avian Flu in Ferrets)

中国東部の人における H7N9型トリインフルエンザの最近の激増は、ヒトからヒトへ感染しているか、伝染病の大流行を引き起こす潜在能力を持つかの証拠を探して厳重に監視されている。 Zhuたちは (p 183, 5月23日号電子版)、ヒトインフルエンザに関する哺乳類のモデルとしてケナガイタチにおけるトリウイルスの振る舞いについて調べた。このウイルスはケナガイタチによって排泄され、接触によって容易に感染する可能性があるが、空気感染については限定された感染力を示した。H7N9の病理学的振る舞いは H1N1によく似ており、そしてこのウイルスの本来の病原性以外の要素が、報告されている高い死亡率の原因となっているように見える。(Uc,KU,kj,nk)
Infectivity, Transmission, and Pathology of Human-Isolated H7N9 Influenza Virus in Ferrets and Pigs

動かすものと揺らすもの(Movers and Shakers)

我々は、地震を地球の地殻での自然に移動する歪みによってもたらされる予知不能な現象として見がちである。しかしながら、実際の所一連の人間活動もまた、地震を誘発する。Ellsworth (10.1126/science.1225942)は、人間活動によってもたらされる地震の原因とメカニズムに関する今日的な理解と地震に関連するリスクを減らす手段をレビューしている。顕著な例は、深部の岩層中への排水の注入と水圧式破砕等の石油やガスの採取に関連して浮上した科学技術を含んでいる。深部への流体注入といった人為的活動は、局所的な地震活動の増加の直接的な原因になるほか、地震に関わる別の現象を派生させるかもしれない。Van der Elstたち (p. 164; Kerrによるニュース解説参照)は、合衆国の中西部において、人による地震の増加した幾つか土地では、大きな、遠方の地震由来の地震波がきっかけとなって更なる地震が起こしやすくなることを実証している。核廃棄物深部処理場近くでの改良された地震モニターリングと注入データは、遠方の地震がトリガーとなりやすい土地を同定したり、そしておおまかに言えば、人為活動を少なくても一時的に止めるべき期間を示唆するのに役立つであろう。(KU,ok,kj,nk)
Injection-Induced Earthquakes
Enhanced Remote Earthquake Triggering at Fluid-Injection Sites in the Midwestern United States

癌による神経への打撃(Cancer Hits a Nerve)

固形腫瘍は彼らの微小環境を作り変えて、増殖や転移能を最大にする。このような概念は腫瘍血管新生で最もよく分かりやすく説明されるが、腫瘍はこのプロセスにより新たな血管の成長を誘発し、酸素や血液が運ぶ栄養の供給が増加する。Magnonたち (10.1126/science.1236361; Isaacsによる展望記事参照)は、腫瘍増殖と転移への他の微小環境成分、即ち発生中の自律神経線維によって行われる重要な寄与に注目している。前立腺癌のマウスモデルにおいて、交感神経の外科的切除や化学的破壊により、初期段階の腫瘍増殖が抑えられたが、一方副交感神経の薬理学的抑制により腫瘍播種が抑えられた。ヒト前立腺癌被験者に関する数少ない研究において、腫瘍組織や周囲の高密度の神経線維の存在が芳しくない臨床結果と相関している。これらの結果は、自律神経系をターゲットとする薬剤が前立腺癌の治療可能性を持っているという希望を持たせるものである。(KU)
Autonomic Nerve Development Contributes to Prostate Cancer Progression

ハンセン病;古代と現代(Leprosy: Ancient and Modern)

中世ヨーロッパでは、ハンセン病は非常に恐れられていた。患者は鈴を付けなければならず、そして社会から遠ざけられ、隔離された。ハンセン病はヨーロッパでは16世紀には大部分消滅したが、世界のその他の地域では、効果のある薬剤が利用できるにもかかわらず、毎年およそ25万事例がいまだに報告されている。Schuenemannたちは、10世紀から14世紀にかけての骨格化石から得られたDNAについてのゲノムキャプチュアーーに基づくアプローチ(a genomic capture-based approach)によって、ハンセン病桿菌の起源を探求した(p. 179, 6月13日号電子版; また、6月14日のGibbonsによるニュース記事、p. 1278参照)。このハンセン病菌の独特のミコール酸が菌のDNAを保護するので、一人のデンマーク人の試料で、100回以上のゲノムカバーレッジが可能だった。その配列決定によって、古い時期の十字軍の帰還によってその病原体が伝播したという社会歴史的予測に整合する、中東と中世ヨーロッパの系統間のリンクが示唆される。引き続き、ヨーロッパ人はその細菌を西方のアメリカにまでもちこんだ。全体として、古代および現代の菌の系統は、著しく類似していて、病原性遺伝子の明らかな損失は見られないが、これはヨーロッパでのハンセン病の衰退をもたらしたのは、おそらく社会的条件の改善であることを示すものである。(KF,KU,kj)
Genome-Wide Comparison of Medieval and Modern Mycobacterium leprae
On the Trail of Ancient Killers

助けとなるマグネシウム(Magnesium to the Rescue)

Mg2+欠損を伴うX連鎖免疫不全や、エプスタイン・バーウイルス (EBV)感染症、そして新生物 (neoplasia:XMEN)病をもつ個人は、マグネシウム輸送体である MAGT1の発現に遺伝的欠損がある。Chaigne-Delalandeたちは、なぜ、それら個人がEBVに高ウイルス量で慢性的に感染し、リンパ腫を発生しやすいかを、よりよく理解するよう試みた(p. 186)。EBV感染を防ぐのを助けるCD8+ T細胞とナチュラルキラー細胞は、Mg2+が不足すると、EVBとの連結の際に、細胞溶解の引き金となる細胞表面受容体 NKG2Dの発現の低さのせいで、細胞障害性の減少を示していた。試験管内で、また2人の XMEN患者に対してマグネシウム補充することで、フリーなMg2+のレベルは回復され、NKG2Dの発現は増加し、EBV+細胞の量は減少という結果となった。これは、このやり方がXMEN患者に対する効果的な治療法である可能性を示唆するものである。(KF,KU,kj)
Mg2+ Regulates Cytotoxic Functions of NK and CD8 T Cells in Chronic EBV Infection Through NKG2D

階層と表現(Hierarchy and Representation)

対象についての神経細胞的表現は、後頭側頭皮質領の階層を介して精巧に生み出され、ある特徴が「新規」であるとの認識は、局所的な信号処理によって皮質領に出現し広まると、一般に考えられている。Hirabayashiたちは、皮質階層の前段階の領域で微小回路が少数の前駆的表現を作り出し、その表現が次に引き続いた領域で増殖することによって広まるので、特徴表現は所与の領域で広く行なわれているとする、別の可能性を検証した(p. 191)。この概念を支持するものとして、マカクサルの側頭皮質の2つの領域における複数の単一ユニット記録によって、対象と対象との結合が起こっていることを示す決定的な微小回路の存在が観察されたのである。(KF,kj)
Microcircuits for Hierarchical Elaboration of Object Coding Across Primate Temporal Areas
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