AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 1 2013, Vol.339


風の変わり目(The Change of Winds)

南極の成層圏におけるオゾン層破壊と気候温暖化が結びついた結果、南半球の西からの表面風が極方向に移動させられるにつれて、海洋上層部と深海水との間の混合も変化した。Waugh たち (p.568) は、亜熱帯領域の緯度の海洋表面に源を有する海水は、20年前より高い割合で海洋深部にまで混合している一方、より高緯度地方が源の海水はその逆になっていることを示している。南半球で吹く夏の偏西風は、過去何十年かに渡り、南極方向に移動した。この理由について、Lee と Feldstein (p.563) は、温室効果ガスによる強制とオゾン層破壊とが、風のパターンに異なる特徴を与えることを示し、オゾン層破壊が、その観測される移動量の半分以上の原因となっていたと結論付けている。(Wt,ok,nk)
Recent Changes in the Ventilation of the Southern Oceans
Detecting Ozone- and Greenhouse Gas?Driven Wind Trends with Observational Data

カーボンナノチューブの活用(Exploiting Carbon Nanotubes)

欠陥のないカーボンナノチューブの一本一本は並外れた機械的,熱的,電気的な特性を示す。このため,カーボンナノチューブに対して多くの応用可能性が想定されている。しかしながら、不純物のないカーボンナノチューブや,またある種の応用のためには一種類のタイプだけからなるナノチューブを、大量に生産することが難しいためにカーボンナノチューブの幅広い利用が制限されてきた。カーボンナノチューブの幅広い利用が制限されてきた。De Volderらは(p. 535),カーボンナノチューブの生産規模拡大への取り組みについてレビューし,カーボンナノチューブ強化材料に関する多くのアプリケーションについて論議している。(MY,KU,ok,nk)
Carbon Nanotubes: Present and Future Commercial Applications

第3の途(The Third Way)

無機炭酸塩に比べ,有機炭素には軽量の炭素12同位体がより多く含まれているため,堆積岩中での炭素同位体量の記録の変動は,堆積物とし埋められた(それ故に、その後の炭素循環から切り離された)有機炭素量の変化を表しているものと考えられている。Schragらにより (p. 540; CanfieldとKumpによる展望記事参照),歴史的に見ると第3の構成源が重要であることが示唆された。それは自生炭酸塩(Authigenic carbonate)である。今日では、問題になるほどの量の自生炭酸塩が生成されることは全くないが、大気中の酸素レベルが低い時代には,はるかに多くの量が存在した。(MY,KU,nk)
【訳注】自生炭酸塩(Authigenic carbonate):太古の地球で地層が堆積した際の化学的変化で生じた炭酸塩
Authigenic Carbonate and the History of the Global Carbon Cycle

消耗するだけではない(Not Just Wasting)

マラウイでは栄養失調はよく知られており、その中でクワシオルコル(kwashiorkor)という深刻な一形態では、子供たちは単にやせ衰えるばかりではなく、浮腫や肝障害、皮膚潰瘍、そして食欲不振を患うことになる。Smithたち(p. 548; Relmanによる展望記事参照)は、マラウイの村落に住む双子のペアの微生物叢を精査し、クワシオルコルを患った子供たちの腸の微生物叢の組成に顕著な違いがあることを発見した。これらの子供たちの中で、腸疾患、炎症に関係するデスルフォビブリオ属(Desulfovibrio)の細菌種が際立っていた。健康状態にあるか、あるいは病に罹っている双子の糞便細菌叢(fecal flora)を無菌マウス(germ-free mice)のグループに移植すると、クワシオルコルのサンプルを受けたマウスは、双子の一方と同じように、体重が減り始めた。(TO,ok)
Gut Microbiomes of Malawian Twin Pairs Discordant for Kwashiorkor

ダイアモンド欠陥によるナノスケール核磁気共鳴(Nanoscale NMR with Diamond Defects)

核磁気共鳴(NMR)法は空間的画像を撮る手法であるが、検出器の感度が乏しく測定できる最小のサンプルサイズに限界がある。ダイアモンド表面近傍の窒素-空孔(NV)欠陥を用いて、非常に小さい体積の物質から発せられるナノテスラレベルの磁場を観測した結果が、2報報告されている(Hemmerの展望記事参照)。欠陥中のスピンは蛍光の変化で検出することができ、ダイアモンド表面上の僅か数ナノメータ厚の有機物質のプロトンのNMRが測定可能である。Maminらは(p.557)、電子スピンエコーとパルス化NMRによるプロトンのスピン操作を組み合わせて、微弱な磁場の検出を行っている。Staudacherらは(p.561)動的デカップリング手法を用いて、NVセンター近傍の104スピン集団の統計的分極を測定した。(NK,KU)
Nanoscale Nuclear Magnetic Resonance with a Nitrogen-Vacancy Spin Sensor
Nuclear Magnetic Resonance Spectroscopy on a (5-Nanometer)3 Sample Volume

集団の力(The Power of the Collective)

周囲の環境を感知することは、一般にかなりの認知的な標本抽出(cognitive sampling)と比較検討が必要と考えられている(時間については言うまでもないが)。しかし、認知能力あるいは時間的能力を必ずしも持たない種もまた、彼らの環境を感知し、そして評価する点で熟達していることが証明されている。Berdahlたち(p. 574)は、コイ科のshinersに属する群れる性質を持つ種は、付近にいる個体に単に誘われ、そしてその方向に向かっての移動によって、光が変化する環境の中で(も)群れが好む暗闇を追跡できることを示している。(TO,KU,ok)
Emergent Sensing of Complex Environments by Mobile Animal Groups

ファージの侵入(Phage Invasion)

バクテリオファージは、感染への抵抗のために淘汰を強いること、新しい細菌への宿主遺伝子の遺伝子水平転移を生じさせることの両者により、細菌の進化の多くの原因となっている。しかしながら、我々はファージ感染の開始に関して、驚くほどわずかのことしか知らない。Hu たちは(p.576, 1月10日号電子版)、高スループットの低温電子断層撮影法とサブボリューム分析を用いて、野生型と変異体T7のバクテリオファージの両者に感染させた大腸菌のミニ細胞を調べた。感染の異なる段階でのファージ構造の高解像の観察像により、細胞質内にDNAを輸送する経路を形成するため、内部の頭部タンパク質が放出されて、伸びた尾を新たに形成していることが明らかになった。(Sk)
The Bacteriophage T7 Virion Undergoes Extensive Structural Remodeling During Infection

微小管の安定性を調べる(Dissecting Microtubule Stability)

タキソール(taxol)のような微小管-安定化剤(microtubule-stabilizing agents:MSAs)は、細胞分裂を抑制し、かつ癌化学療法に広く用いられている。Protaたち(p. 587,1月3日号電子版)は、有糸分裂阻害剤の作用に関する分子メカニズムの構造データを報告している。MSAsであるザパノライド(zampanolide)とエポシロン Aとの複合体におけるチューブリンの構造から、外側のチューブリン相互作用に影響を与えることで、MSAsが微小管の組み立てと安定性をどのように促進しているかという一般的なメカニズムが明らかになった。(KU,ok)
【訳注】チューブリン:微小管を構成している二量体のタンパク質
Molecular Mechanism of Action of Microtubule-Stabilizing Anticancer Agents

腫瘍細胞の多様性を解明する(Dissecting Diversity)

固形腫瘍は機能的に多様な腫瘍細胞から構成されている。この「腫瘍内不均一性」は腫瘍増殖の際の変異の蓄積によるもので、結果として、遺伝学的に区別される複数の細胞のサブクローンが生じ、化学療法といった選択圧に異なる仕方で応答することになる、というのが大方の見解である。Kresoたち(p. 543,12月13日号電子版;Marusyk and Polyakによる展望記事参照)は、マウスにおいて代々受け継がれてきたヒト直腸結腸癌細胞の遺伝的プロファイルと増殖の振舞いを同時にモニターした。均一な遺伝的系列内での個々の腫瘍細胞は、生存や増殖の挙動、および化学療法剤への応答において広範囲の変化を示した。このように、後成的な制御とか微小環境の可変性とかいう付加的な多様性-産生のメカニズムが、遺伝的クローン内に作用し、腫瘍細胞内の小集団が、特にストレス環境下で、しっかりと生き残る可能性を与えている。(KU,ok,nk)
Variable Clonal Repopulation Dynamics Influence Chemotherapy Response in Colorectal Cancer

質量と時間を関連付ける(Linking Mass and Time)

原子時計の精度は、2つの明確に定義されたエネルギー準位間の遷移(その振動周波数)に基づいている。我々は、相対性理論から質量とエネルギーが等価であることを知っており、量子力学からはエネルギーが周波数に関係することを知っている。したがって、時計の刻みは原理的には粒子の質量に結びついていることになる。粒子の振動周波数はそのコンプトン周波数として知られており、その高い周波数と原子の安定性から、質量と時間を組み合わせた時計は非常に高い精度を提供するであろうと言われてきた。通常、コンプトン周波数は非常に高く、直接の励起では利用することができない。Lan たちは(p. 554, 1月10日号電子版; Debs らによる展望記事参照)、関連するパラメータ、低温のセシウム原子の位相積算率、を利用したコンプトン時計の作動を実証した。原子干渉計と光周波数コムを用いて、コンプトン周波数を実験的に利用可能な状態にすることで、質量と時間を直接に結びつけることができた。(Sk)
A Clock Directly Linking Time to a Particle's Mass

明らかにされた葉緑体のトランスロコン(Chloroplast Translocon Revealed)

生体膜を越えてのタンパク質移行には、トランスロコンと呼ばれる超分子複合体が必要である。葉緑体は、サイトゾル中で合成された何千もの核-コード化タンパク質を移入するため、その二重外被膜(double-envelope)中にトランスロコンを必要とする。しかしながら、葉緑体の内側外被中のトランスロコン(TIC)の正体は、長らく議論の対象だった。2つのタンパク質、Tic20とTic110が、内側外被膜を越えてタンパク質移行を行なうに際して中心的なものだと提案されてきた。タグ付けされたTic20を発現するよう遺伝子導入されたシロイヌナズナを用いて、Kikuchiたちは、内側外被を越えるタンパク質移行に関与している、Tic56とTic100、Tic214からなる1メガダルトンの複合体の単離を報告している(p. 571)。徹底的な試験管内での生化学的な実験と生体内での遺伝的実験によって、単離されたそのトランスロコンは、核-コード化成分と細胞小器官-コード化成分の双方を含むことが示唆された。Tic110は、その単離されたトランスロコンの要素ではなかったのである。(KF,ok)
Uncovering the Protein Translocon at the Chloroplast Inner Envelope Membrane

移り変わる細胞(Cells in Transit(ion))

上皮間葉転換(EMT)は、粘着性の上皮細胞を遊走性の間葉系状態へと転換する発生のプログラムである。この細胞運命の変化は、前臨床モデルにおいて、腫瘍転移に結び付けられてきた。EMTがヒトの癌で生じているかどうかを研究するため、Yuたちは、乳癌患者から(体内)循環する腫瘍細胞(CTC)を単離し、原位置でのRNAハイブリッド形成法とRNA配列決定を用いて、上皮性および間葉性のマーカーの発現を分析した(p. 580)。双方の型のマーカーを発現する双表現型細胞は、一次乳腺腫瘍では稀だったが、CTCの中では、間葉性マーカーだけを発現する細胞と同じように、より豊富であった。ある患者からの一連の血液試料によると、間葉系状態にあるCTCは、患者が治療に応答した際には減少し、病気が進行し始めると再び増えるという、さまざまな治療が処置された際に繰り返されるパターンを示した。つまり、EMTは、ヒトにおける腫瘍細胞の播種を促進する可能性がある。(KF,ok)
Circulating Breast Tumor Cells Exhibit Dynamic Changes in Epithelial and Mesenchymal Composition

ストレスのモデル化(Modeling Stress)

遺伝子転写に関与するさまざまな因子(転写因子や後成的因子)については、多くのことが知られているが、定量的なレベルでの発現を予測することは困難である。Neuertたちは、シグナルによって活性化される遺伝子制御の時間的なダイナミクスを単一分子、単一細胞の分解能で捉え、予測し、理解するための、実験および計算の統合的手続きを開発した(p. 584)。このアプローチは、様々な複雑さのモデルを探索し、クロス検証によって、モデルが簡単すぎて正確でなかったり、或いは複雑すぎて正確でないようなモデルを評価し、除外する。こうしたアプローチで、細胞ストレス状態にある酵母での、マイトジェン活性化プロテインキナーゼシグナル伝達によって活性化される3つの遺伝子のメッセンジャーRNAの定量的なダイナミクスを記述し、予測するあるモデルが同定され、確証されたのである。(KF,KU)
【訳注】マイトジェン(mitogen):細胞の分裂や増殖を促進する因子
Systematic Identification of Signal-Activated Stochastic Gene Regulation

脱ユビキチン化酵素の修飾(Modifying Deubiquitinases)

タンパク質のユビキチン化は細胞制御における広範囲なメカニズムであり、そして新たな制御因子は価値ある研究ツールとなり、治療上の低分子を作るのに有益となるであろう。Ernstたち(p. 590,1月3日号電子版)は既知の結晶構造を用いて、ユビキチン-特異的プロテアーゼとユビキチン化される基質との間の相互作用領域を大雑把に定義し、次にこれらの残基中で変化を受けた変異体をスクリーンし、細胞中でユビキチンの経路制御を変えるであろう強力、かつ特異的な制御因子として作用する変異体を見出した。(KU)
A Strategy for Modulation of Enzymes in the Ubiquitin System
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