AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science January 4 2013, Vol.339


ブラックホールでの整列現象(Black Hole Alignment)

ブラックホールの観測結果の解釈にあたり、ブラックホールの周りの降着円盤とそれが生み出すジェットが、どの程度までブラックホールの回転方向に整列しているのかを評価することが重要である。McKinney たち (p.49, 11月15日付電子版) は、磁気流体力学的な流れの数値シミュレーションに基づいて、降着円盤とジェットをブラックホールの回転軸に整列させるように働く、これまで知られていなかったメカニズムについて記している。以前のメカニズムとは異なり、この効果は厚い円盤に作用する。この厚い円盤のひとつは、われわれの銀河系の中心にある大質量ブラックホールの周りに存在すると考えられている。(Wt,nk)
Alignment of Magnetized Accretion Disks and Relativistic Jets with Spinning Black Holes

マイナスは熱い(Negative Is Hotter)

低温度になるほど冷たくなるというのが温度の常識的な見方である。しかし、絶対零度以下の負の温度という不思議な世界が存在し、驚くべきことに正の温度領域よりも熱いという。このような状態は実験室で実現することができ、低エネルギー状態に対し高エネルギーの状態をより多く占有している特徴を持つ。これはエネルギー準位スペクトルに上限と下限を持つような有限の系では比較的容易に実現することができる。Braunらは(p.52; Carrの展望記事参照)、そのスペクトルが上限、下限の一方しか持たない系においても負の温度を実現できることを報告している。ダイポールトラップと光格子中に置かれた反発し合う39Kのボゾン原子ガスから出発して、負温度でお互いに引き合う原子から成る最終状態に到達した。(NK,KU,nk)
Negative Absolute Temperature for Motional Degrees of Freedom

ウアバゲニンに酸素を配置させる(Placing the O's in Ouabagenin)

酵素が飽和炭素中心を選択的に巧みに酸化するのに対して、これらの酸化反応は化学者に大きな挑戦を突きつけている。Renataらは(p. 59),19ステップからなるウアバゲニンの合成において,ステロイド骨格に6つの水酸基を取り込んださまざまな独創的な間接合成法を示した。これらには固体状態での光化学的転換や,酸化のために本来あるべき位置にオレフィンを配置させる一連の脱水素化過程が含まれる。この合成経路により,また,試験的な医薬品化学における困難な様々な類似化合物を合成するための幾つかの中間体が生み出される。(MY,KU,ok)
Strategic Redox Relay Enables A Scalable Synthesis of Ouabagenin, A Bioactive Cardenolide

ほのかに輝く若い太陽(Faint Young Sun)

地球誕生後の最初のほぼ十億年の間、太陽は今日よりも大分暗く、我々の惑星に降り注ぐエネルギーは現在に比べかなり少なかった。それにもかかわらず、 地質学的記録によると、地球は液体の水を有し、減少した太陽エネルギーから予期されるような凍結もしていなかった 。この時代の地球における液体の水の存在は「若くて暗い太陽」パラドックスと呼ばれている。Wordsworth と Pierrehumbert (p. 64; Kasingによる展望記事参照)は、この謎に対する新たな説明を示唆しているが、それは加熱源として大気中のH2とN2 の衝突によって太陽光の吸収を誘発するということである。このメカニズムによると、地球の表面温度を 0℃以上に保つのに十分に余りある温暖化を提供したはずである。(KU,nk)
Hydrogen-Nitrogen Greenhouse Warming in Earth's Early Atmosphere

交差結合を構築する(Building Cross Connectivity)

シャンデリア細胞(Chandelier cells)は、錐体神経細胞からの軸索軸索起始部を刺激し、脳における錐体細胞回路を制御するよう配置されている。マウスのシャンデリア細胞は NKX2.1 転写制御因子の発現によって特徴づけられる。Taniguchiたち(p. 70,11月22日号電子版)は、これらのニューロンの発生を追跡し、そしてシャンデリア細胞が腹側の胚ゾーンから生じていることを見出した。この新生細胞は、特異的な発生経路に従って遊走し、そして皮質ニューロンと統合する。(KU,ok)
The Spatial and Temporal Origin of Chandelier Cells in Mouse Neocortex

次世代の生物地理学(Next-Generation Biogeography)

1876年に、アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace)は、広範囲に定義された哺乳類ファミリーの分布と分類学的関係に基づいて、世界の動物地理学の領域をマップ化した。動物地理学的領域に関するウォレスの分類は近代の生物地理学の礎石であり、全世界的な生物多様性と保存の科学等、多様な生物学分野の基点となった。Holtたち(p. 74,12月20日号電子版)は、ウォレスの動物地理学的領域の次世代マップを報告しており、そこでは20,000を超える脊椎動物種の系統発生データを取り込んで、それらの自然界での生物地理学的パターンを識別し、特徴づけている。(KU)
An Update of Wallace’s Zoogeographic Regions of the World

全てノイズ次第(All About Noise)

個々の細胞がより大きな「標準的」な集団の中で振る舞うやり方には驚くべきものがある。Wakamotoらは (p. 91),プロドラッグであるイソニアジドに暴露された単一のマイコバクテリア細胞の表現型変異性結果を調べる方法を開発した。イソニアジドはバクテリアのカタラーゼで活性化される必要がある。イソニアジド-マイコバクテリア系では,カタラーゼ活性のランダムな変動が細胞生存に対して大変重要であった。カタラーゼは必須酵素であるため,完全に除くわけにはいかない。しかし、カタラーゼ活性はマイコバクテリア中でランダムに脈動する状態になっていた。それゆえ、個々の細胞からなる亜集団は活性化された抗生物質による死滅から何とか逃れるのである。(MY,nk)
【訳注】 プロドラッグ:活性の低い形態で投与され生体内で活性化する薬物
イソニアジド:抗生物質の一種で,結核菌の発育や増殖を阻害する作用がある
マイコバクテリア:バクテリアの一種で結核菌が含まれる
Dynamic Persistence of Antibiotic-Stressed Mycobacteria

年を取るほど賢くなる(Older and Wiser)

我々の成長は、いつか止まるのだろうか?Quoidbachたち(p. 96)は、人の性格や価値、および選択に関する評価を引き出し、例えば、33歳の人たちが次の10年で自分がこのぐらい変わるだろうと信じたことと、43歳の人たちが過ぎた10年で自分がこれほど変化したと報告した内容とを比較した。18歳〜68歳にまたがるグループのすべての年代で、人々は10年前に予想したであろうよりも過去10年でもっと変わったと記述している。(KU,nk)
The End of History Illusion

変化する定数か?(Varying Constant?)

時間変化する基本定数の探求は、素粒子物理学の標準モデルの先にあるものを調べる手段を提供する。Bagdonaite たちは(p. 46, 12月13日号電子版)、70億年前の銀河で観測されたメタノール遷移の周波数を、実験室で測定されたそれと比較することにより、陽子と電子の質量比について、ありえる時間変化の新たな限界値を定めた。両者の値は、10E-7 以内で一致しており、宇宙年齢の間には変化していないという見方と矛盾しない。(Sk,nk)
A Stringent Limit on a Drifting Proton-to-Electron Mass Ratio from Alcohol in the Early Universe

原子のスピントランスファートルク(Atomic Spin-Transfer Torque)

磁気の効率的な電気的制御は、スピンベースのエレクトロニクスの主な目的である。多くの装置では、スピン偏極電流が磁性層の磁化を切り替えるのに用いられる。スピントランスファートルク(ST T)として知られるこの現象は、主に、大きなスケールで研究されてきた。Khajetoorians たちは(p.55)、原子スケールで研究を行い、金属表面に吸着した5〜7個の磁性原子の構造における ST T を観察した。スピン偏極走査トンネル顕微鏡(STM)のチップが、スピン偏極電流源として作用し、STM 電圧の符号の反転により、優先的なスピン方向が反転させられた。温度を変化させることにより、いろいろな量子プロセスの役割が解明された。これらの結果は、スピントロニクスの部品がより小型化される際に、重要な意味を持つであろう。(Sk)
Current-Driven Spin Dynamics of Artificially Constructed Quantum Magnets

エルニーニョ南方振動の可変性(ENSO Variability)

エルニーニョ南方振動 (ENSO: El Nino-Southern Oscillation )とは、もっともエネルギーの強い、準周期的な、地球規模の気候の周期的変動であって、2,3年ごとに、赤道近くの太平洋の海洋表面の大きな部分を高温化し、地球全体での気温と降雨のパターンに影響を与えるものである。喫緊の疑問は、地球温暖化の文脈において、人類による温室ガス放出を原因とする大気温上昇の影響をENSOが受けているかどうか、である。複数の気候モデルは、この問いに対する答えでは一致していないが、地球の気温がいかにENSOに影響しているかについてのデータを探るべき場所の一つは、過去のENSOの変動記録である。Cobbたちは、過去7000年にわたってのENSOの変化の記録を提示し、これと同じ期間における日射強制力への応答をよりよく定義しようとしている(p. 67)。この知見が明らかにしていることは、ENSOの動きの高い可変性には日射への明確な依存はないことであり、これは、温暖化との関連は、存在するにしても、検出が難しいということであった。(KF,nk)
Highly Variable El Nino?Southern Oscillation Throughout the Holocene

クロコダイルはいかにして鱗を得るか(How the Crocodile Got Its Scales)

哺乳類の体毛や鳥類の羽毛、爬虫類の鱗(ウロコ)は、遺伝的に制御された単位から、分化、成長していく。3次元(3D)コンピュータグラフィクスと計算生物学を用いて、鱗の産生を研究することで、Milinkovitchたちは、クロコダイルの顔と顎の鱗が、この原則に従っておらず、張力場にある発生中の皮膚の物理的なき裂によって出現している、と明らかにした(11月29日オンライン発行されたp. 78; また表紙参照のこと)。つまり、クロコダイルの頭部の鱗は、遺伝的に制御された発生上の単位ではなく、角質化した皮膚における、自己組織化的な物理的プロセスで産み出されるランダムな多角形領域なのである。(KF,ok)
Crocodile Head Scales Are Not Developmental Units But Emerge from Physical Cracking

ポリプロリンの翻訳(Translating Polyproline)

メッセンジャーRNAのタンパク質への翻訳は、リボソームによって、遺伝子発現における決定的段階の制御に関わる可能性を提供する種々のアクセサリー因子と一緒になって、実行される(BuskirkとGreenの展望記事参照のこと)。Udeたちは細菌遺伝学および試験管内で再構成された翻訳システムを用いて(p. 82,12月13日号電子版)、Doerfelたちはペプチド結合形成のためのモデル・アッセイを用いて(p. 85,12月13日号電子版)、遍く保存されている細菌性伸長因子P (EF-P)(これは古細菌および真核生物の翻訳開始因子5Aと祖先が共通の遺伝子である)が、ポリプロリンを含むポリペプチドの効率的翻訳に必要であることを発見した。そのように短いポリプロリンの一つながり(2個ないし3個以上のプロリン残基からなる)は、さもなければ、リボソームの停止の原因となるかもしれない。(KF)
Translation Elongation Factor EF-P Alleviates Ribosome Stalling at Polyproline Stretches

有毒化する経路(Poisoned Pathways)

50年前、パラアミノサリチル酸(PAS)は、抗結核性薬剤として開発された。それ以降PASは、パラ-アミノ安息香酸(PABA)がジヒドロプテロイン酸合成酵素(DHPS)の葉酸経路に入ることを競合的に抑制すると、想定されてきた。奇妙なことに、よく知られたDHPSの阻害剤であるスルホンアミド薬剤は、他の病原性微生物には効果があるにもかかわらず、結核の処置には無効である。Chakrabortyたちは、生きた結核菌の葉酸経路に対する、PASやPABAといくつかのスルホンアミドの効果を比較することによって、この難問に取組んだ(p. 88,11月1日号電子版)。結核菌はPAS以外のスルホンアミドをたくみに失活させるらしく、またPASはPABAと実際に競合しているわけではないようだった。その代わり、PASは葉酸経路を介して、一連の有毒な中間物を産生するようにカスケードしているのである。(KF,nk)
Para-Aminosalicylic Acid Acts as an Alternative Substrate of Folate Metabolism in Mycobacterium tuberculosis
[インデックス] [前の号] [次の号]