AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 18 2012, Vol.336


ケージ、ブック、プリズム(Cage, Book, and Prism)

液体の水の分子をつなぐ拡がった構造を支配する水素結合の配列は非常に複雑であるため、化学者たちは、しばしばより単純なクラスターを調べることにより、それを理解しようとしてきた。しかし、ほんの6個の水分子でさえ優先的にとられる配置を突き止めることは難題であった。理論モデルと分光学実験を相互に参照しつつ進める研究により、最低エネルギーの六量体構造は3っの異性体--それぞれ、ケージ、ブック、プリズムと命名された--に絞り込まれてきたが、それらの相対的なエネルギーは不確かなままであった。今回、Perez たちは(p. 897; Saykally と Wales による展望記事参照)、フーリエ変換マイクロ波分光法を用いた一つの実験で3っの異性体すべてを観測し、それらのエネルギーの順位を決定的に確定することができた。(Sk,ok,ogs,nk)
Structures of Cage, Prism, and Book Isomers of Water Hexamer from Broadband Rotational Spectroscopy

水が手助けするプロトンの拡散(Water-Assisted Proton Diffusion)

金属酸化物表面でのプロトン拡散は、多くの触媒作用のプロセスに重要な役割を果たしている可能性がある。また、水の存在はプロトン拡散を加速させると考えられている。Merte たちは(p. 889)、高速、高分解能の走査型トンネル顕微鏡を用いて、酸化鉄上のプロトン拡散を調べた。白金上に形成された酸素終端構造の FeO 単層膜上で、水分子はプロトン拡散を加速させた。密度汎関数理論の計算により、H3O+ の遷移状態が拡散プロセスに関係することが示された。(Sk,ok)
Water-Mediated Proton Hopping on an Iron Oxide Surface

メタノール合成の触媒反応のメカニズム(Mechanisms in Methanol Catalysis)

水素と一酸化炭素からのメタノールの工業生産は、アルミナからなる酸化物担体上の銅と亜鉛酸化物のナノ粒子を利用するものである。この触媒は、"構造敏感"である。すなわち、それの活性度は、それがどのように作られるかに依存して、何桁も変化する。Behrens たち (p.893, 4月19日付け電子版; Greeley による展望記事を参照のこと) は、バルクと表面に対し敏感な解析と可視化法とを用い、さらに密度汎関数理論による計算からの洞察をも活用して、いくつかの触媒(工業的に用いられているものと類似のものも含まれている)を調べた。高い活性度は、積層欠陥のような欠陥によって安定化された銅ナノ粒子の段差の存在に依存していた。亜鉛酸化物を伴う銅ナノ粒子が部分的に覆っていることが、HCO のような触媒表面にのみ存在する中間体の安定化と、メタノール生成へのエネルギー障壁の低下に決定的に重要であった。(Wt,KU,ogs)
The Active Site of Methanol Synthesis over Cu/ZnO/Al2O3 Industrial Catalysts

放射性元素の共鳴(Radioactive Resonance)

核磁気共鳴(NMR)分光法と、それに空間分解能を持たせた磁気共鳴画像(MRI)法は、化学や生物の分野での特性評価の研究において幅広い応用が見出されてきた。たいていの場合、これらの研究では、強力な磁場中で逆向きのスピンを持つ水素の原子核により生じるエネルギーの分裂を利用している。より一般的に、炭素-13、フッ素、リンを含む、多くのより重い元素でも同じ作用が現われるであろうか? 理論上は、研究者たちは50年にわたって、プルトニウムの原子核が NMR に反応する正味のスピンを持つことを知っていた。Yasuoka たちは(p.901; Albrecht-Schmitt による展望記事参照。)、今回ついに、二酸化プルトニウムの試料における同位体プルトニウム-239の共鳴を観測した。(Sk,ogs,nk)
Observation of 239Pu Nuclear Magnetic Resonance

距離を保つ(Keep Your Distance)

種の存在量が同種の個体間のネガティブな相互作用によって制限されるという、同種ネガティブ密度依存性(CNDD)は森林コミュニティーの樹木の構成とダイナミクスに重要な影響をもたらすと考えられているが、しかしながら、これらの研究は通常、少数の種と小さな領域に限られていた。Johnsonたち(p. 904)は、合衆国東部の森林における400万平方キロメートルにわたる面積での151種、300万本を超える樹木のデーターベースに基づく20万箇所以上でのCNDDを解析し、そしてCNDDの強さが樹木種の相対的存在量に大きく影響していることを見出した。同種の成木があたりを占めるようになった所ではその苗木は育ちづらくなるために、CNDDは森林の多様性を維持する一般的なメカニズムを与えるものであろう。(KU,ogs,nk)
Conspecific Negative Density Dependence and Forest Diversity

査察官の導入(Bring In the Inspectors)

カリフォルニア州における就業と健康の実態の影響を評価するために、Levineたちは、査察を受けていない400社以上の企業と、それに対応するランダムに選択された査察を受けた企業とを比較した(p. 907)。査察を受けた企業の従業員が負傷する頻度は少なく、結果的に査察済みの企業では、負傷関連のコストが少なく済んでいた。確かなことは、査察を受けた企業とそうでない企業との間では、売り上げや雇用のレベルなどのその他の経済的結果には有意な差がなかったことである。(KF,ok)
Randomized Government Safety Inspections Reduce Worker Injuries with No Detectable Job Loss

究極の封鎖(Ultimate Blockade)

リュードベリ原子はイオン化準位に近い高い励起エネルギー準位を有することで知られている。このような原子の集合体は、一つの励起された原子がその他の原子の励起を妨げる封鎖効果を誘導するほど強い相互作用を示す場合がある。DudinとKuzmichは(p.887、4月19日号電子版、Grangierの展望記事参照)、メソスコピックな大きさの極低温原子集合体において、わずか1個のリュードベリ原子しか許さない多体励起の生成を実証した。主量子数が70を超えた時、励起エネルギーは光子として放出されるという。この新しい励起状態生成の制御法により、量子情報ストレージや相関光子源の実現に弾みがつくと期待される。(NK,KU,nk)
Strongly Interacting Rydberg Excitations of a Cold Atomic Gas

Lacオペロンの利益と損益の会計学(Accounting for Lac)

大腸菌がlacオペロン(ラクトースを吸収して代謝するための一連のタンパク質をコードする遺伝子群)を発現する際に、これらのタンパク質の発 現によってもたらされる増殖率の増加と、これらのタンパク質の発現に必要な資源を確保することによって引き起こされる増殖率の低下、この二つの間のバランスをとる必要がある これらの固有のトレードオフ関係を研究するために、EamesとKortemme(p. 911)は、lacオペロンに関連する利益と損益とを調べ、そして驚いたことに、この系における主要な束縛要因は、一連のタンパク質の発現にではなく、そのうちの一つLacY遺伝子によってコードされたラクトース透過酵素の活性化によって引き起こされていることを見出した。(KU,ogs)
Cost-Benefit Tradeoffs in Engineered lac Operons

冬眠中のリボソーム(The Hibernating Ribosome)

細菌が静止期に入ると、彼らのリボソームは不活性化される。大腸菌において、リボソーム調節因子(RMF)は70Sリボソームの二量体形成を引き起こし、そしてその二量体は冬眠促進因子(HPF)によって安定化される。さもなければ、静止期のタンパク質であるYfiAが70Sリボソームを不活性化する。Polikanovたち(p. 915)は高度好熱菌における、これら3つの因子が各々に結合した70Sリボゾームの高分解能構造を報告している。その構造から、RMF結合が初期のメッセンジャーRNA(mRNA) 結合を妨げることでタンパク質合成を抑制し、そしてHPFとYfiAが重なり合った結合部位を有し、双方がmRNA、転移RNA(tRNA)および開始因子の結合を妨害していることが示唆された。(KU,ogs,nk)
How Hibernation Factors RMF, HPF, and YfiA Turn Off Protein Synthesis

一日一錠のアスピリン?(An Aspirin a Day?)

タンパク質キナーゼAMPK(アデノシン一リン酸−活性化タンパク質キナーゼ)は、細胞のエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP)やそれらの代謝物であるアデノシン二リン酸(ADP)およびアデノシン一リン酸(AMP)らの細胞内濃度変化で反映される細胞内エネルギー貯蔵量を直接モニターしている。その標的のリン酸化により、代謝、極性、自己貪食、および細胞増殖の制限の制御を助けている。AMPKの活性化は、またがんや糖尿病等の病気の治療にも有益であることが提唱されている。Hawleyたち(p. 918,4月19日号電子版;Shaw and Cantleyによる展望記事参照)は、AMPKが高濃度のサリチル酸(この化合物は広く一般的に用いられている薬剤、アスピリンから誘導される)によって活性化されることを報告している。マウスにおいて、サリチル酸塩はAMPK依存的な方法で脂肪酸と糖代謝を促進した。(KU,ogs,nk)
The Ancient Drug Salicylate Directly Activates AMP-Activated Protein Kinase

自殺的なB細胞(Suicidal B cells)

感染への応答として、免疫B細胞は成熟プロセスを経て、侵入してきた病原体によりよく結合し、殺傷する免疫グロブリン(Ig)の産生をもたらすことになる。これは、体細胞変異とIg遺伝子のクラススイッチ組換を介して生じるものであり、活性化誘発脱アミノ酵素(AID)を必要とする。Peronたちは、H鎖座位の3'シス制御領域が転写され、AIDによって仲介される変異と組換えを行っていることを観察した(p. 931,4月26日号電子版)。その結果としてのIgH鎖の遺伝子クラスターの欠失により、細胞表面にもはやIgを発現できないB細胞が産生される。細胞表面のIg発現はB細胞の生存にとって必須であるので、このプロセスは「座位の自殺的組換え」(LSR)と名付けられ、またBエフェクター細胞の分化と恒常性のダイナミクスの形成において重要である可能性がある。(KF,KU,ogs)
【訳注】H鎖:イムノグロブリン(Ig)タンパクを構成している4本のポリペプチド鎖のうち2本が長く(=分子量が大きい=重い=H鎖)、残りの2本は短い(=分子量が小さい=軽い=L鎖)
AID-Driven Deletion Causes Immunoglobulin Heavy Chain Locus Suicide Recombination in B Cells

深いところでの呼吸(Deep Breathing)

生きている微生物が、海底堆積物を何メートルも奥に入ったところに発見されている。北太平洋還流の研究航海で、Royたちは、海底の堆積物の何十メートルも中に入った場所で酸素が生じていることを発見した(p. 922)。それら堆積物中で生きている細菌は酸素を呼吸していたが、それは、海水中を通して落下してくる有機物の供給よりもゆっくりしたペースであるので、それら古くからの深い海底にある堆積物が酸素を含んだ状態に保たれることが可能なのである。モデル化によれば、特定の炭素の呼吸の速度は堆積物の深さ、つまり年代が古くなるにつれて減少していることがわかった。つまり、この有酸素性代謝は深い海底質中でも持続可能なのである。(KF,Ej,og)
Aerobic Microbial Respiration in 86-Million-Year-Old Deep-Sea Red Clay

色と運動(Color and Movement)

ヒトから昆虫まで、色と運動の情報は、効率的な視覚処理のために別々の経路に振り分けられていると考えられてきたが、色の付いた運動する刺激の知覚をより良く行なうために、それら経路が相互作用しているのか、しているとすればいかにしてか、はっきりしていなかった。ショウジョウバエの洗練された遺伝学や細胞内電気生理学、2光子イメージング、そして行動性実験を用いて、Wardillたちは、処理段階の初期において、色の光受容器が運動経路に影響を与えていること、そしてその入力が飛行実験でのハエの視覚から運動への性能を改善していることが見出されたのである(p. 925)。(KF,ogs)
Multiple Spectral Inputs Improve Motion Discrimination in the Drosophila Visual System

特徴的な後成的標識(Distinguishing Epigenetic Marks)

真核生物のDNA中のシトシン塩基のメチル化(5mC)は、遺伝子サイレンシングとゲノム安定性に関与する重要な後成的標識である。メチル化されたシトシンは、酵素的に酸化されて5-ヒドロキシメチル ・シトシン(5hmC)になり、これは、おそらく多能性に関与している別の後成的標識として機能する可能性があり、また活動的なDNA脱メチル化における仲介物にもなりうるのである。ゲノム全体にわたって5hmCを単一塩基の分解能で検出できるようにするため、Boothたちは、5hmCを選択的に5-ホルミル・シトシンへと酸化し、次いで5mCを不変のままウラシル化する、5hmC配列決定の化学的仕組みを開発した(p. 934,4月26日号電子版)。この方法を用いて、マウスの胚性幹細胞ゲノムDNAが配列決定され、5hmCが遺伝子内のCpGアイランドと長い散在反復配列であるレトロトランスポゾンに豊富に見出されることがわかった。(KF,ogs)
【訳注】CpGアイランド:シトシン(C)とホスホジエステル結合(p)を介してグアニン(G)が結合しているジヌクレオチド配列が、高頻度で現れる領域
Quantitative Sequencing of 5-Methylcytosine and 5-Hydroxymethylcytosine at Single-Base Resolution
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