AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 20 2012, Vol.336


チクタクと分節化時計(Tic-Toc Segmentation Clock)

分子の発振器は脊椎動物の分節化には必須成分であるが、分節化した動物全体に通常これが存在するかどうかは十年近くも議論の的である。Sarrazin たち(p. 338, 3月8日発行の電子版、および Roth and Panfilioによる展望記事参照)は、昆虫の成長ゾーン中に分節化時計が存在することを実証した。顕微手術操作と胚の培養によって、甲虫のコクヌストモドキにおける分節化遺伝子 Tc-oddの周期的な発現が明らかになり、このことは分節化時計が動物の分節化に介在する広く共有されたメカニズムであることを示唆している。(Ej,KU)
A Segmentation Clock with Two-Segment Periodicity in Insects

もっとゆっくり行こう(Going More Slowly)

ヒマラヤの氷河は、それが有する雪と氷の量から、時折「第三の極」と呼ばれる。地球規模の視点から見た際の貯水槽としての重要性、またアジアの水力学における基本的役割にもかかわらず、その質量が地球規模の温暖化に対してどのように変化しているかという点はあまり知られていない。Bolchたちは(p.310)ヒマラヤ地域の氷河がどう変化しているかの全体的な状況を伝えるため、これまでデータが少なかった北西のカラコルム地域を含めて氷河変化の現況を報告している。ヒマラヤ氷河の殆どは、世界の他の地域の氷河と同じくらいの速度で後退しているが、その一方でカラコルム地域では前進している氷河がより一般的である。(Uc,KU,nk)
The State and Fate of Himalayan Glaciers

自然界に無い塩基(Unnatural Bases)

地球上のすべての生物の遺伝子の塩基は、窒素含有の4つのヌクレオチド塩基(これらをA, G, C,Tの記号で表す)を有すデオキシリボ核酸(DNA)から構成される。しかし、しかし、これには変異体が存在し、Pinheiro たち(p. 341; およびJoyceによる展望記事参照)は、不自然な核酸様遺伝子重合体の定向進化について述べている。DNAを効率的にanhydrohexitol (HNA)、cyclohexenyl(CeNA), locked (LNA), threofuranosyl (TNA)などの核酸(nuceic acid)類似体へと転写する変異体酵素が開発された。さらに、これら類似体を逆転写してDNAに戻すような変異体酵素も開発された。このように、人工的核酸類似体が設計・選択可能となり、それらは遺伝や進化といった自然のプロセスに類似した方法で機能する可能性がある。(Ej,KU,nk)
Synthetic Genetic Polymers Capable of Heredity and Evolution

古きプレートと海(Old Plates and the Sea)

海洋底の面積と年齢の推定は、マントルの対流に関する仮説と食い違っている。この仮説では、やがては新しい海底よりもむしろ古い海底の方が先に沈み込むことが示唆されている。これらの関係を説明するためのこれまでの研究は、地質学的な証拠と単純なモデルに基づいている。Coltice たち (p. 335) は、地球の球形形状、長期にわたる大陸と超大陸の存在、そして現実的なレオロジーを考慮して、より現実的な物理的境界条件を表わしている3次元の数値対流モデルを作った。大陸と海洋底のプレート様の挙動の組み合わせにより、プレートの面積と年齢との間の観測された関係を十分示すことができた。このことは、なぜある古い海洋の地殻がまだ残っているかを説明している。(Wt,KU,nk)
Dynamic Causes of the Relation Between Area and Age of the Ocean Floor

特異的な酸化的カタストロフ(A Specific Oxidative Catastrophe)

3つの異なる種類の抗生物質は、ヒドロキシラジカルの産生によるバクテリア細胞の死を誘発する。 ヒドロキシラジカルは生きた細胞中での強力な酸化剤であり、核酸の塩基であるグアニンを酸化して、潜在的に突然変異誘発性である8-オキソグアニンを形成する。というのは、これがシトシンとアデニンの両方と対を形成し、致死的な2重鎖DNAの破壊をもたらすからである。Foti たち(p. 315)は、8-oxo-dGTP を 8-oxo-dGMPに加水分解するヌクレオチド殺菌剤(sanitizer:好ましくないものを除去する)MutTを過剰生産することによって、細胞死に対して顕著な保護を与えていることを発見した。(Ej,KU,nk)
Oxidation of the Guanine Nucleotide Pool Underlies Cell Death by Bactericidal Antibiotics

原材料のままで合成(Bonded at the Source)

不斉触媒反応は、実験室レベルでは比較的成熟した分野であり、有機化合物の選択的な成分置換に有用な一連の多様な技術を提供している。しかしながら、これらの技術を工業的な応用にスケールアップするには課題が多い。部分的には、多くの不斉触媒は費用をかけて修飾された試薬(このプロセスがしばしば、おびただしい廃棄物を作ることになるのだが)で最もよく作用するためである。Zbiegたち(p, 324,3月22日号電子版)は、無修飾のバルクな、ありふれた原材料(ブタジエン)とアルコールとの結合反応においてルテニウム-ベースの触媒を用いてこの課題に取り組み、炭素-炭素の結合を作り高度の選択性で複雑な生成物を合成した。(KU,nk)
Enantioselective C-H Crotylation of Primary Alcohols via Hydrohydroxyalkylation of Butadiene

あわてて水和する(Hydrated in a Hurry)

水はタンパク質やバイオ分子の立体構造に多大なる影響を与えることが知られている。しかしながら無数の水分子が水素結合ネットワークに介在しており、どの相互作用が最も重要な役割を果たしているのかを特定することは困難であった。Nagornovaらは(p.320)、気相中で孤立した10個のアミノ酸からなる環状化合物である、抗生物質Gramicidin Sに50個の水分子を一つ一つ追加していった際に生じる立体構造への影響を調べることでこの命題の答えを求めた。初めの水分子二つの追加だけで全体的な環状構造は大きく変わった。(NK,KU,nk)
Interplay of Intra- and Intermolecular H-Bonding in a Progressively Solvated Macrocyclic Peptide

丈夫な電極コーティング(A Sturdy Electrode Coating)

発光ダイオードのような有機デバイスを効率的に動作させるには、低い印加電圧で電子を放出したり、あるいは取り込む(すなわち、低仕事関数をもつ)電極を必要とする。これらの電極には、カルシウムのような金属を用いることが多く、空気中あるいは水蒸気中で不安定であり、環境ダメージから保護されなければならない。Zhouたち(p. 327, Helanderによる展望記事参照)は、脂肪族アミン基を含むコーティングポリマーが、いろいろなタイプの電極の仕事関数を1.7電子ボルトまで下げることができ、また種々のデバイスで使えることを報告している。(hk)
A Universal Method to Produce Low?Work Function Electrodes for Organic Electronics

古代のクマ(Ancient Bears)

シロクマはよく知られているように寒い北極の気候に適応した。ミトコンドリアDNAに基づいた、幾つかの最近の研究は、シロクマは比較的若い種であり、そして彼らの適応は極めて急速に生じたと結論付けた。ミトコンドリアDNAは進化の歴史を推定するために通常用いられているが、母系に偏った分散や雑種形成等の幾つかの顕著な欠点を有している。このため、Hailerたち(p. 344)は、かなり多くのシロクマ、ヒグマ及びクロクマのサンプルからのゲノムに広範囲にまたがって分布している中立の遺伝子データを調べた。化石に基づいた研究と一致して、この解析から、シロクマは総てのヒグマの姉妹系列であり、推定された分岐の年代は30万年から90万年前であることが明らかになった。このように、シロクマは、実際により古い系列であり、ミトコンドリアDNAに基づいたごく最近の推定は、ヒグマとの過去の雑種形成によって影響されたのであろう。(KU)
Nuclear Genomic Sequences Reveal that Polar Bears Are an Old and Distinct Bear Lineage

タンパク質の運命の岐路(Protein Tipping Point)

アミロイド繊維は不溶性のタンパク質凝集体で、様々な神経変性疾患を引き起こす。最近の実験は原繊維の構造に関する洞察を与えているが、しかしながらその凝集のメカニズムは不明のままである。Neudeckerたち(p. 362,Eliezerによる展望記事参照)は、凝集をもたらすことが知られているタンパク質SH3領域での過渡的な折りたたみ中間体の構造を報告している。その中間体は本来はありえない相互作用によって安定化され、凝集しやすいβ鎖が露出する。かくして、このタンパク質において、中間体の状態からの折りたたみが凝集と拮抗する。(KU)
Structure of an Intermediate State in Protein Folding and Aggregation

ミツバチにとっての悪いニュース(Bad News for Bees)

ネオニコチノイド(neonicotinoid)殺虫剤は1990年代初期に導入され、世界中で最も広く用いられた作物殺虫剤の一つであった。これらの化合物は昆虫の中枢神経系に作用し、環境や植物組織内にいつまでも留まることが示されている。最近、ネオニコチノイドと昆虫の死の関係に関しての議論が行なわれたが、しかしながら昆虫の潜在的な死の根底にあるメカニズムが不明であった。Whitehornたち(p. 351,3月29日号電子版)は、マルハナバチ(bumble bee)の発生中のコロニーを低レベルのネオニコチノイドのimidaclopridに暴露させ、そして次に自然条件のもとで彼らを餌探しに放った。処置されたコロニーはコロニー成長の減少と生殖成功の低下を示し、更に次の世代を作りための女王蜂の大きな減少をもたらした。Henryたち(p. 348,3月29日号電子版)は、野生の蜜を集めるミツバチに、別のネオニコチノイドのthiamethoxamの低用量、非致死性の中毒の影響を調べた。高周波の同定タグを用いて、処置されたミツバチの飛行決定の成功を調べたが、彼らの帰巣成功は未処置のミツバチに比べ遥かに劣っていた。(KU)
Neonicotinoid Pesticide Reduces Bumble Bee Colony Growth and Queen Production
A Common Pesticide Decreases Foraging Success and Survival in Honey Bees

徹底的にMOD化した酵母(Thoroughly MODern Yeast)

酵母におけるプリオン誘導が本当に生理的役割に結び付いているのか、はっきりしていない。Suzukiたちは、酵母のプリオン蛋白Mod5(転移RNAのイソペンテニル転移酵素)が、凝集したアミロイド型に転換することで環境のストレス要因に応答し、これによって細胞代謝と薬剤抵抗性における表現型の変化がもたらされていることを明らかにした(p. 355)。Mod5アミロイドの酵母への導入によって、優性遺伝性のプリオン状態[MOD+]が形成され、そこにはMod5が凝集している。[MOD+]酵母は、高いエルゴステロールレベルを示し、またいくつかの抗真菌薬への抵抗性を獲得した。抗真菌薬の非プリオン[mod?]酵母への選択圧は、[MOD+] プリオン状態やアミロイドの形成、さらに細胞生存の増加を誘発した。(KF)
A Yeast Prion, Mod5, Promotes Acquired Drug Resistance and Cell Survival Under Environmental Stress

意見の組み合わせによる意思決定(Joint Decisions)

多くの場合、比較的均質な(2人以上からなる)複数のグループによる意思決定は、人がもっとも自信のある選択肢を中心に出されることになるが、これはすなわち、自分自身で選択を決定する際に個々人が行なう意思表明のサンプリングによることになる。Koriatは、グループのメンバーが正確な判断を行なえるとすると、自信と正確さとは一致し、全体によるコンセンサスとしての選択も正確なものになることを発見した(p. 360; またHertwigによる展望記事参照のこと)。対照的に、正しい解を知る人がほとんどいなければ、人々の代表者たちの間での不一致こそが、正解へ至るより確かな経路を提供することになるようだった。(KF)
When Are Two Heads Better than One and Why?

上部マントルの転位(Upper Mantle Dislocations)

プレートテクトニクスの背後にある推進力は、比較的弱い上部マントルに作用し、衝突するプレートによって地殻に蓄積される応力は、深くなるにつれて散逸していく。橄欖石などのよくあるマントルの鉱物の物性は、マントルのレオロジーを制御する際に重要だが、それらを直接測定することは難しい。Farlaたちは、上部マントルにおける圧力と温度の条件下で、ランダムに向いた橄欖石結晶の変形をモニターした(p. 332)。転位として知られる、線状の欠陥が、海洋地殻の下や活発に沈み込んでいるスラブ周辺などマントルのいくつかの領域で、通常は安定であるべき試料中のエネルギーを散逸させていた。従来のモデルとは対照的に、転位は、地球内部を横切っていく低周波数の地震波を減衰させている可能性がある。(KF,KU)
Dislocation Damping and Anisotropic Seismic Wave Attenuation in Earth's Upper Mantle

すべての山に登れ(Climb Every Mountain)

ヨーロッパ全体にわたっての山頂の植物相は、植物各自の生育高度が上がっていくという意味で、気候変化に応答したものになっている。Pauliたちは、ヨーロッパ全体の66箇所の山岳地帯にある標準化された永続的区画から集められたデータを系統的に分析した(p. 353)。平均すると、山頂に育つ種の数は、最近十年で有意に増加してきた。しかしながら、この増加は、増えたものと減ったものの差し引きによっており、とりわけ、地中海領域の山々とそこでの固有種では減少の影響が大きい。この転換は、モデルからの予測にほぼ合致し、高高度の種、特に多くの地中海領域の山岳地帯における豊富な固有の高山植物相が、この地域において予測される温暖で乾いた気候での更に高まるプレッシャーの影響を受けることを示唆している。(KF,KU,nk)
Recent Plant Diversity Changes on Europe’s Mountain Summits
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