AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 13 2012, Vol.335


構造化されたメモリー(Structured Memories)

高密度の磁気メモリーは、一般に強磁性体を用いて作られる。密度が増大し、メモリーの構成要素が互いにより近接するにつれて、漂遊磁場によるクロストークと蓄積情報の破壊が生じるようになる。しかし、反強磁性構造は磁場に対して比較的鈍感であり、それゆえ、原理的には構成要素をより密な状態で詰め込むことができるはずである。Loth たちは(p.196)、低温実験を行い、一原子ごとに反磁性構造を作り上げた。磁化状態の電気的な切り替えが観察され、低温下とはいえ、データを数時間にわたりその構造上に安定的に蓄積することができた。(Sk,KU)
Bistability in Atomic-Scale Antiferromagnets

何故待つのか?(Why Wait?)

対流圏のオゾンは人間の健康にとっても、植生にとっても危険であり、気候温暖化の主要な原因でもある。ブラックカーボン(すす)もまた、人体や空気に甚大な悪影響を及ぼし、大気の温暖化の原因となる。Shindell たち(p. 183) は、これら個々の汚染物質の放出、大気プロセス、およびこれらの影響に関する解析結果を公表した。7っの方策が認定されたが、これをすぐに実行すれば、今後50年間に渡って地球温暖化を大幅に軽減でき、それと共に世界中で外気汚染による死者を何百万人も防げるであろうと言う。さらに、農業における穀物の損害を減少させて、収量が改善するものと思われる。このように7っの方策が認定されたが、実行コストを十分上回る経済的利点がある。(Ej,KU,nk)
Simultaneously Mitigating Near-Term Climate Change and Improving Human Health and Food Security

TACEの輸送(TACE Trafficking)

サイトカイン腫瘍壊死因子(TNF)は炎症を引き起こす主因であり、炎症性腸疾患, 関節リウマチ、そして敗血症など、多くの病気に見られる免疫性病症に強く関与している。可溶性腫瘍壊死因子は、ADAMファミリーのメタロプロテアーゼである TNFα-変換酵素(TACE)による外部ドメインの切断によって産生される。しかし、TACEの分子的制御は理解されていない(Lichtenthalerによる展望記事参照)。Adrain たち(p. 225) および McIlwain たち(p. 229)は、rhomboid ファミリーに属するiRhom2はマクロファージ内でTACEと相互作用し、正常な細胞内輸送や活性化に不可欠であることを示した。もし、iRhom2が無いと、TACEは小胞体から遊離されず、活性化されたプロテアーゼは細胞表面に到達できない。TNFを産生できないためiRhom2欠失マウスはリポ多糖に誘発された敗血症性ショックに対して抵抗が強くなるが、リステリア菌感染症を適切に制御することはできない。(Ej,hE,nk)
Tumor Necrosis Factor Signaling Requires iRhom2 to Promote Trafficking and Activation of TACE
iRhom2 Regulation of TACE Controls TNF-Mediated Protection Against Listeria and Responses to LPS

連星の新発見(Binary Revelation)

中性子星やブラックホールを含む連星系は、ガンマ線を放射すると思われている。これらのガンマ線連星は天体としてはまれな種類であるが、またそれらは、X線を放射すると予想されている。確かに、いくつかのそのような連星系は、最初にX線放射により検知された。Fermi LAT Collaboration (p.189; Mirabel による展望記事を参照のこと) は、これまでX線源としては知られていなかったガンマ線連星を発見したことを報告している。これに引き続く観測によると、その連星系はまたX線源でもあり、随伴星はO型星というきわめて高温で、きわめて明るい部類の星であることが明らかとなった。(Wt,KU,nk)
Periodic Emission from the Gamma-Ray Binary 1FGL J1018.6?5856

不可分のものを分割する(Breaking Up the Indivisible)

有名なミリカンの油滴実験は、電荷は量子化されており、電子の電荷より小さな量に分割することはできないということを実証した。数十年後、分数量子ホール効果が発見され、分数の電荷量をもつ準粒子の存在によってのみ説明可能であることが分かった。今回、Isakov たちは(p.193)、いわゆるボゾンのカゴメ格子において、分数化された量子臨界点(QCP)という、より奇妙なものの存在を数値的に実証した。量子モンテカルロシミュレーションを用いて臨界指数が測定され、実際のボゾンの QCP と比較することにより、分数化されていることが明らかになった。(Sk)
【訳注】
分数量子ホール効果:2次元電子系を低温・強磁場下においた場合に生じる量子ホール効果のホール抵抗値は、試料の大きさや性質に依らず、Plank定数hと素電荷eを用いてh/νe2となる。このうち、νの値が分数の値を取るもの。
準粒子:物性物理で価電子帯の電子の不足部分を正孔という粒子として扱うように、多粒子系の振動・波動現象を量子化することによって生み出される仮想的な粒子。
量子臨界点:圧力、磁場などのパラメーターにより、絶対零度付近で起こる熱的な揺らぎ効果のない相転移を量子相転移という。この量子相転移が生じる点を量子臨界点と呼ぶ。
Universal Signatures of Fractionalized Quantum Critical Points

3次元内での分散(Dispersal in 3D)

ナノ粒子を少量含む複合材料の製作は、3次元空間全体に粒子を均一に分散させる技術が障害となっていた。Erb たち(p. 199;および、Fratzlによる展望記事参照)は、磁場を用いてナノ粒子を整列させる手法でナノ粒子複合材料を作るプロセスを報告している。驚いた事に、極めて弱い磁場と少量の磁性ナノ粒子で、酸化鉄で機能付与されたナノロッドやディスクの磁場整列が実現され、ナノロッドやディスクの3次元的配向を制御できる。(Ej,KU,nk)
Composites Reinforced in Three Dimensions by Using Low Magnetic Fields

フッ化物リボスイッチ(Fluoride Riboswitch)

リボスイッチは、原核生物と真核生物のメッセンジャーRNA(mRNA)に見い出されるが、そこでそれらは、リガンド結合と立体構造変化を介して、連結されたmRNAの発現を制御している。Bakerたちは、多様に集めた原核生物遺伝子の5'末端での非翻訳RNA中で発見された「crcBモチーフ」の結合特性を分析した(p. 233、12月22日号電子版)。シリング菌のあるcrcBモチーフは、強い電荷を担った非常に小さいフッ化イオンを選択的に感知できた。フッ化物リボスイッチに付随したcrcBおよびeriC遺伝子のいくつかは、フッ化物輸送体である証拠が見つかった。メチロバクテリウム・エキストロクエンスDM4細菌は、エネルギー源の一つにハロゲン化炭水化物を利用でき、そのゲノム内で少なくとも10個のフッ化物リボスイッチをコードしていることが発見された。(KF)
Widespread Genetic Switches and Toxicity Resistance Proteins for Fluoride

クリーゲーの観測(Criegee Sighting)

オゾンと不飽和炭化水素との反応の標準的な反応モデルによれば、「クリーゲー中間体」」と呼ばれるカルボニル酸化物の存在がほのめかされている。それは、従来、殆ど観察がされていなかった。Welzたちは(p.204;Marstonの展望記事参照)質量分析を用いることで、低圧下での酸素とジヨードメタンとの光分解反応に伴う化合物を検知し、そして一酸化酸素、二酸化窒素、そして二酸化硫黄の存在下におけるその化合物の分解速度を計測した。反応速度は予想よりも高く、従来考えられたよりもこの中間化合物は大気中での化学においてより重要な役割を担っている可能性を示唆している。(Uc,KU)
Direct Kinetic Measurements of Criegee Intermediate (CH2OO) Formed by Reaction of CH2I with O2

風に乗る(Riding the Wind)

海鳥は子育と餌を獲る領域間の移動に風を利用するが、中でも海上を数千キロメートルも長い旅をするアホウドリは有名なウインドライダー(wind rider)である。Weimerskirchたち(p. 211;表紙参照)は、40年以上に渡って放浪の旅をするアホウドリの餌探しと繁殖をモニターし、そして多分気候変動によってもたらされる風のパターン変化が、重要な生活史の形質に顕著な影響をもたらしていることを見出した。風の強さがより強くなると、アホウドリの旅の速さが増し、そして餌探しの飛行時間を縮めた。このような短くなった餌探しの旅により、繁殖の成功率が向上し、成鳥の増加をもたらした。かくして、過去半世紀に渡って、環境変化がアホウドリの生活条件を改善していた。(KU,nk)
Changes in Wind Pattern Alter Albatross Distribution and Life-History Traits

寄生虫の侵襲戦略(Parasite Invasion Strategy)

開口分泌(exocytosis:物質を細胞外に放出する)は、アピコンプレクサ寄生虫の溶菌サイクルに必須であり、そしてトキソプラズマ症やマラリアの病変形性に必要とされる。DOC2タンパク質はCa2+-依存的な形で開口分泌に必要な膜融合機構に補充される。Farrellたち(p. 218)は、宿主細胞への侵襲と放出に障害のあるトキソプラズマ原虫の条件的変異体(conditional mutant:ある条件では野生型で、ある条件では変異型となる)の表現型について記述している。この表現型は、接着タンパク質を含むアピコンプレクサ-特異的な小器官であるミクロネーム(microneme)の分泌の欠陥によって説明された。全ゲノム配列決定により、トキソプラズマ原虫のDoc2遺伝子は分泌欠陥に関与していることが同定され、そして熱帯性マラリア原虫で遺伝子操作されたそのオルソロガス遺伝子の条件的対立遺伝子もまた、ミクロネームの分泌に欠陥をもたらした。(KU)
A DOC2 Protein Identified by Mutational Profiling Is Essential for Apicomplexan Parasite Exocytosis

あの甘さの感動(That Sweet Sensation)

葉における光合成により、ショ糖が作られ、これが師部を通じて他の部分、例えば収穫産物中に組み込むために輸送される必要がある。シロイヌナズナとお米の研究により、Chenたち(p. 207,12月8日号電子版;Braunによる展望記事参照)は、ショ糖流出輸送体のSWEETファミリーを同定したが、このものは葉の細胞からショ糖を輸送している。輸送体が無能になると、ショ糖が葉に蓄積する。適切に機能することで、SWEET輸送体が原形質膜を通してショ糖を輸送し、そして他の輸送体がショ糖を更に師部へと運ぶ。(KU)
Sucrose Efflux Mediated by SWEET Proteins as a Key Step for Phloem Transport

脇に避けつつ(Doing the Side Step)

分子モーターのダイニン(dynein)は、微小管に沿っての運動の原因となる2つのリング状領域を備えている。しかしながら、それら2つのリングが、進行性運動の過程で相対的にどう動くか、またダイニンが進行の際に頭部同士の協調を必要としているのか、は不明である。ダイニンが、微小管に沿っていかに「歩く」かを直接観察するために、DeWittたちは、先進的な蛍光画像研究を実施して、ナノメートルの分解能で、単一ダイニン・モーターの2つの運動性領域を追跡した(p. 221、12月8日号電子版)。そのデータが示唆するのは、2つの頭部は運動時には協調していないということで、これは、他の微小管関連のモーターで観察された運動性とは根本的に異なる機構が存在していることを示唆するものである。(KF,nk)
Cytoplasmic Dynein Moves Through Uncoordinated Stepping of the AAA+ Ring Domains

慢性痛をなくすもの(Long-Lasting Pain Killers)

オピオイド(Opioid)は、世界中でもっとも広く用いられ、もっとも広範に研究されてきた薬の1つである。比較的少量のオピオイドの連続的投与が、疼痛経路でのシナプス抑制を維持するのに必要だと考えられている。Drdla-Schuttingたちは、1回のオピオイド投与によって、疼痛経路のシナプス長期増強の永続的逆転が生み出しうることを発見した(p. 235)。慢性痛はしばしば、侵害受容性経路でのシナプス増強に付随している。短期の高用量のオピオイドの投与は、脊髄の疼痛経路での長期増強を無効化した。同じ用法はまた、痛みを覚えていた動物の痛覚過敏を逆転させた。つまり、オピオイドは疼痛を減弱するだけでなく、慢性痛の重要な原因を取り除いているらしい。(KF,nk)
Erasure of a Spinal Memory Trace of Pain by a Brief, High-Dose Opioid Administration

グローバル生態系の解析(Global Ecosystem Analysis)

種の豊かさとそれらの生態系の機能的性質の間の関係は、しばしば実験区画で小規模に研究されてきた。Maestreたちは、6つの大陸の224箇所の乾燥地のフィールド測定を実施し、炭素や窒素、リンのサイクリングに関連する14種の生態系の機能を評価した(p. 214; またMidgleyの展望記事参照)。多年生植物種の豊かさと、生態系の機能の間にはポジティブな関連が観察された。生物多様性の相対的重要性が、多くの主要な非生物的変数と同程度かそれ以上大きいことが明らかになった。つまり、植物の生物多様性の保存は、地表の41%を覆い、人口の38%以上を支えている乾燥地の砂漠化や気候変化というネガティブな影響を緩衝するものとして重要なのである。(KF,KU)
Plant Species Richness and Ecosystem Multifunctionality in Global Drylands

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