AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science December 9 2011, Vol.334 


ニッチであるが孤立して存在する訳ではない(A Niche Is Not an Island)

腸の幹細胞は病気や障害の後での細胞回復を司るが、同時に定常的に腸の上皮を置換していく役割を一生の間担っている。腸の幹細胞の2つの集団が見つかったが、その一つは腸の陰窩の底部に、もう一つは側方に存在する。マウスについて研究した結果、Takedaたち(p. 1420, および、11月10日号電子版参照)は、腸の陰窩の側方にある比較的静止状態の幹細胞が、陰窩の底部において急速に循環する幹細胞を生じ、そしてこの活動的な細胞が、また静止状態の細胞を生じる。このように、二つの幹細胞のグループは互いにその発生を促し合っているのだが、幹細胞の各グループは個々に独立して機能し、個別の特徴を持っている。(Ej,KU,nk)
Interconversion Between Intestinal Stem Cell Populations in Distinct Niches

史上最大の絶滅の日時とは…(Worst... Date... Ever)

ペルム紀と三畳紀の境界は、地球の歴史上最大の大量絶滅が生じており、海洋生物の約90%、陸上生物の約70%が絶滅している。この破滅的な地球上生物多様性の消失の本当の原因は議論中であるが、この絶滅の正確な時期とその期間を決定することによって他の地球化学や古生物学の記録との関連性の基礎となるはずである。Shen たち(p. 1367, 11月17日発行の電子版を参照)は、中国南部のいくつかの堆積岩中のウラン-鉛による高解像度のデータを利用して、高信頼性のペルム紀最後の大量絶滅時期を2億5228万年±8万年前に決定した。この年代は浅海環境での酸素レベルの低下と陸上での野火と一致している。おそらく二酸化炭素とメタンの増大による劇的な環境と気候の変動が、破滅的な大量絶滅の原因となったと思われる。(Ej,KU,nk)
Calibrating the End-Permian Mass Extinction

肝臓中のマラリアを防止する(Malaria Liver Block)

アフリカ以外で、三日熱マラリア原虫は(Plasmodium vivax)は世界で年間5億1500万人のマラリア患者の内の20〜50%を引き起こすマラリア寄生虫の有力な種である。三日熱マラリアは致死的な熱帯マラリアとは異なり、肝臓の中で催眠状態(hypnozoite)と呼ばれる「昏睡期間sleeping stage」を持つ。こうして、感染した蚊が刺してから数カ月後、場合によっては数年後に目覚めた寄生虫が血液内に現れるのである。この長期間継続する慢性的な三日熱マラリア感染の性質は、感染した個人の健康や経済状態に多大な影響を及ぼす。Meister たち(p. 1372, 11月17日号の電子版、および、表紙、を参照)は、肝臓中の寄生虫を殺せる抗マラリア薬を同定するために、自動的顕微鏡アッセイを用いた系統的な手法を報告している。経口的に投薬可能な一連のimidazolopiperazine化合物は、体重1キロ当たり一回15ミリグラムの経口投与量で肝臓の細胞内でのマラリア寄生虫の発生を抑えることが出来た。(Ej,KU,nk)
Imaging of Plasmodium Liver Stages to Drive Next-Generation Antimalarial Drug Discovery

ナノ粒子を改造する(Nanoparticle Remodelin)

ナノ粒子を合成する場合、最終的に得られる粒子は原材料と製造条件によって大きく変化する。複雑な構造を持つナノ粒子を得ることは、特に合成が完了した後であれば極めて困難である。Gonzalezらは(p.1377;Parakの展望記事参照)、2種類の中空形成メカニズムを順番に活用することで多成分のナノ構造体を得る手法を報告している。還元剤と配位錯体を用いることで室温にて複雑なナノ構造合金が得られるという。(NK,nk)
Carving at the Nanoscale: Sequential Galvanic Exchange and Kirkendall Growth at Room Temperature

銀河系の暴走者(Galactic Runaways)

OB型の暴走星は、銀河の平均回転に対して異常に高速で運動する、若い、大質量の星である。それらは、随伴星が超新星として爆発した後の連星系からの放出によって生み出されたのか、あるいは、星々の間の力学的相互作用により若い星団から放出されて生まれたものと考えられている。Fujii と Portegies Zwart (p. 1380, 11月17日電子版) は、最先端の数値シミュレーションと OB型暴走星の観測とを結びつけて、われわれの銀河では、若い大質量の星団における単一の星と連星系との力学的な相互作用が、OB型暴走星の形成において支配的であることを示している。(Wt,KU)
The Origin of OB Runaway Stars

指針による触媒の発見(Guided Catalyst Discovery)

工業的な触媒の開発は、多くの場合、活性の改善度合いを直接に評価して、多くの異なる化合物をふるいにかけるという、主に経験的なプロセスである。Suntivich たちは(p.1383, 10月27日号電子版;Vojvodic と Norskov による展望記事参照)、将来のエネルギー貯蔵への応用が期待される水の酸化反応に用いる金属酸化物触媒を作り出す、より予測的で指針になる道筋を示した。一連のペロブスカイト型化合物の触媒活性と、その中での表面の遷移金属イオンの電子構造の相関が観測された。それによって、アルカリ媒質中での高い触媒効率が判明している、バリウム、ストロンチウム、鉄、コバルトを用いた最適触媒組成の処方設計が可能となった。(Sk,KU)
A Perovskite Oxide Optimized for Oxygen Evolution Catalysis from Molecular Orbital Principles

歓迎すべき鈍さ(Welcome Insensitivity)

大気への人為的な温室効果ガスの入力に応じて、どの程度、気候が温暖化するかを予想するには、地球の気候の感受性に関する知識が必要である。つまり、もし大気中のCO2濃度が280ppm程度であった工業化前の値の2倍になった場合、世界中の平均的な表面気温がどの程度上昇するかということである。Schmittner たちは(p.1385, 11月24日号電子版;Hegerl と Russon による展望記事参照)気候の感受性を見積もるために、最終氷期極大期の気温を復元したものと地球の気候モデルを組み合わせて、その最もありそうな値が最新の予測値よりも少し小さいと結論付けた。それは、予測されていたような近い将来の大気中CO2のレベルから生じる破局的な気候変動が、ありそうにないことを示唆している。(Sk,nk)
Climate Sensitivity Estimated from Temperature Reconstructions of the Last Glacial Maximum

ベッドが出来た時(Time for Bed)

人間の行動や文化において、安全で快適な睡眠のための環境を用意することは大切である。Wadley たち(p. 1388)は、南アフリカのSibudu岩屋における中期石器時代の人間の寝具の利用についての詳細な記録を提供している。7万7千年前から3万8000年前の間、睡眠マットは植物や葉で出来たものであり、時たま、病気を防止するための植物が含まれていた。このマットは、7万3000年前以来、何度も燃やされていたことは明らかである。5万8000年前以降からは、マットは顕著に増加したが、これは、その地域の人口が急激に増加したためと思われる。(Ej)
Middle Stone Age Bedding Construction and Settlement Patterns at Sibudu, South Africa

恐怖の因子(Fear Factor)

肉食動物による殺傷と消費は餌食集団に大きな直接的影響を与える。しかしながら、捕食されると言う恐怖ですら餌食集団の行動に強力な影響をもたらす--例えば、用心深い行動に費やす時間が増え、そして野外に出て餌を探す時間が減少する。総ての可能な捕食動物をスズメの小集団から取り除くことで、Zanetteたち(p. 1398;Martinによる展望記事参照)は、捕食されるという危険の認知が上手に育てられる子孫の数を40%も減少させたことを示している。巣ごもり中のつがいに捕食動物の音を聞かせると、高い割合の捕食動物の存在を知らされたそのスズメは、より隔離された安全な巣の場所を選択し、そして餌探しの旅が少なくなったが、この二つはスズメの子孫繁昌に不利益となる。(KU)
Perceived Predation Risk Reduces the Number of Offspring Songbirds Produce per Year

植物の防御(Plant Defenses)

植物において、R(resistance)タンパク質は病原体に対する生得的防御系の武器の一つである。侵入する病原体のエフェクタータンパク質の検知によりいったん活性化すると、Rタンパク質は細胞の自殺を含む防御応答のカスケード反応を促進する(McDowellによる展望記事参照)。シロイヌナズナと病原性のシュードモナス細菌を用いて、Heidrichたち(p. 1401)は、植物のタンパク質EDS1(ENHANCED DISEASE SUSCEPTIBILITY 1)が、脅威-検知から防御-実行へと移行するのに必要な核-原形質のコミュニケーションにおいて重要であることを見出した。Bhattacharjeeたち(p. 1405)は、細胞質のミクロソーム分画中で植物のEDS1タンパク質とSRFR1(SUPPRESSOR OF rps4-RLD1)タンパク質間の相互作用を同定したが、そこではSRFR1がRタンパク質を繋ぎ止め、そして初期の病原体検知への応答を和らげている。(KU)
Arabidopsis EDS1 Connects Pathogen Effector Recognition to Cell Compartment?Specific Immune Responses
Pathogen Effectors Target Arabidopsis EDS1 and Alter Its Interactions with Immune Regulators

成人の脳の可塑性(Adult Brain Plasticity)

感覚野は、生命における初期のいわゆる臨界期の間で非常に可塑性である。しかしながら、成人においても、感覚野がその可塑性を維持しているかどうかは不明である。Shibataたち(p. 1413)は脳イメージングデータを用いて、初期の視覚皮質における活性化のパターンを分類した。成人の参加者には視覚的特徴が示され、そして彼らの脳の活性が測定された。次に、参加者はディスクのサイズを出来るだけ大きく表示するように指示されたが、しかしどうやってそれを行なうかは指示されていない。視覚野における活性がその前に測定されていたそのパターンとどれだけ密に一致しているかに依存して、ディスクのサイズが増加した。そのパターンの繰り返しの誘発によって、被験者の成績は改善したが、これは初期の視覚野が知覚学習を改善するほど十分に可塑的であることを示唆している。(KU,Ej,Ao)
【訳注】著者、柴田さんの当該レポートについての下記のATRのプレスリリース参照
    
http://www.atr.jp/html/topics/press_111209_j.html
Perceptual Learning Incepted by Decoded fMRI Neurofeedback Without Stimulus Presentation

はしかを解明する(Shedding Light on Measles)

西アフリカにおけるはしかの季節性の流行は、幼児死亡のうちの主要なワクチンで予防可能な病気であるが、影響するヒトコミュニティーの個体群密度を含めて、疫学的なアセスメントに必要な鍵となるパラメータの測定が困難であった。更に、はしかの発生率におけるかなり大きな季節性の揺らぎの根底にあるメカニズムがよく理解されていない。Bhartiたち(p. 1424)は衛星画像を用いて、夜間の光から人間活動による光成分を抜き出して、その変化を測定することで、ヒト個体群密度の季節性の揺らぎの定量化を可能にした。個体群密度における変化がはしか流行の挙動と対応している。個体群密度における微細なスケールでの変化を測定するこのタイプのアプローチは、公衆衛生、危機管理、及び経済発展にも利用可能であろう。(KU,nk)
Explaining Seasonal Fluctuations of Measles in Niger Using Nighttime Lights Imagery

親しくなれば協力が生まれる(Familiarity Breeds Cooperation)

実験室環境下で実施され、被験者として学部生に頼る多くの行動実験から、自己/他者(あるいはグループ内/グループ外)に関する態度とそれから誘発される社会的行動との関連が確立した。現実世界でそうした影響や効果を観察することは、広く行なわれておらず、しばしがあまり一貫していない。AlexanderとChristiaは、Mostar市の高校4校の生徒の行動を比較することで、自然な実験の利点を得た(p. 1392; またGoetteとMeierによる展望記事参照のこと)。2校はクロアチア人が多いMostarの西部にあり、もう2校はボスニア人の多い市の東側にある。2004年には、クロアチア人の高校1校とボスニア人の高校1校の合併があり、相対的に均質な民族組成と不均一な民族組成の計3校が生まれることとなった。統合された学校の生徒は公益ゲームにおいてより協力的に振舞う傾向があり、ゲームでの非協力的なプレイヤーに対して処罰を課す傾向が強かった。(KF,KU,nk)
Context Modularity of Human Altruism

協力することの利点(Cooperative Benefits)

田園コミュニティーの生活の改善を狙いにした介入を工夫し、実行するには、その土地の条件や文化的歴史についての知識と感受性が必要である。そうした介入のインパクトとありそうな因果の経路を評価するには、その成果と関係者による認識や判断の双方に関する一連の測定が必要になる。Coppockたちは、エチオピアでおよそ10年間も続いているプログラムのケース・スタディを行ない、収入多様化と集団的行動に曝されたことによって生み出された、以前よりも高い生活水準と野心とを記述している(p. 1394)。(KF)
Capacity Building Helps Pastoral Women Transform Impoverished Communities in Ethiopia

より良いものだけでベストになるわけではない(Better Is Not Always Best)

細胞は一度、リン酸や亜鉛などの栄養の高親和性輸送体に進化したわけだが、どうして、低親和性の伝達物質を作り続ける必要もあるのだろうか? Levyたちは、酵母においてこの疑問に取り組み、低親和性形態が役立っているということを示している(p. 1408)。栄養が豊富なときは、低親和性の輸送体が発現し、良好に作用する。栄養の濃度が枯渇するにつれ、低親和性輸送体は効率が悪くなり、栄養の流入が低下するのである。これが細胞に、飢餓への準備を、必要になるよりも早く開始するようシグナルしているのである。もし、栄養の濃度があまり低くなるまで待ち続けると、高親和性の輸送体の機能がが損なわれてしまう。成長が抑止されるほど栄養濃度が低くなる前に、栄養供給の減少を感知することが、つまるところ、低い親和性と高い親和性の輸送体が発現する理由であるらしい。(KF,KU)
The Competitive Advantage of a Dual-Transporter System

記憶の個別性のコード化(Encoding Memory Identity)

エピソード記憶の形成には、2つの違うタイミング信号が必要である、1つの信号の型は、記憶に対して、ユニークかつ時間順の指紋(のようなもの)を付与する。2つ目の信号の型は、時間的に非連続な要素、順番に依存しないプロセスの保持と統合を制御している。時間をこえて、これら信号を結び付ける能力が、エピソード記憶の個別性を定めているのである。Suhたちは、記憶同定のための第2のタイミング信号の伝達のための特異的神経回路を描写し、その根底にある生理機構を調べた(p. 1415、11月3日号電子版)。条件付けられたトランスジェニック・マウスが生み出されたが、それは、中央嗅内皮質層IIIから海馬のCA1領域への単シナプス経路を介した直接入力が、選択的に抑制されているものである。その変異マウスは、特異的な時間性の連想記憶課題に障害をもっていた。対照的に、もう一方の主要経路、嗅内皮質から歯状回とCA3領域を介してCA1へとつながる三シナプス回路は、時間性の連想記憶には必要ではなかった。さらに、持続性の活性が、嗅内皮質層IIIからの記憶信号に対する決定的要求を、表しているらしかった。記憶形成はつまり、嗅内皮質から海馬への単シナプス回路によって伝達される、記憶同定を定義する持続性のタイミング信号を必要としているのである。(KF)
Entorhinal Cortex Layer III Input to the Hippocampus Is Crucial for Temporal Association Memory

困っている同じ檻の仲間を助ける(Helping a Cagemate in Need)

人間ではよく知られている特性である共感は、個人が他人を、情動の分離を保ちつつ、助けようと動機づけられた際に生じる。つまり、共感は、個人が他者の情動を体験し始め、同じように行動することになる、情動の伝播とは別のものである。情動の伝播は多くの哺乳類種で生じることが知られているが、共感はしばしば霊長類に固有のものだと考えられてきた。檻に入れられたラットにおけるコントール実験を通じて、Ben-Ami Bartalたちは、共感の生物学的ルーツは、認識されているものよりずっと深い可能性があることを明らかにしている(p. 1427; またPankseppによる展望記事参照のこと)。たとえ、解放後に直接の接触が許されなかった場合でも、ラットは監禁状態にある檻の仲間を解放するよう高度に動機づけされた。さらに、非常に好む食べ物であるチョコレートを提示された場合でも、ラットは檻の仲間を解放するよう動機づけされ、食べ物を分け与えたりすらしたのである。つまり、共感的に動機づけられた向社会的行動は霊長類に限られないのであり、霊長類に限られると従来考えられていた他の多くの行動同様、種を越えて、同じように重要な機能として働いているのである。(KF,KU)
Empathy and Pro-Social Behavior in Rats

[インデックス] [前の号] [次の号]