AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 7 2011, Vol.334


量子シミュレーションと量子コンピュータ(Quantum Simulation and Computers)

デジタル量子シミュレータとは、いかなる量子システムをも効率的にシミュレートでき、プログラム可能で、再プログラムもできる装置である(DiVincenzoによる展望記事参照)。Lanyonたちは、トラップされた一連のイオン間の相互作用を制御、操作する能力が、強力な量子シミュレータを創るための潜在的能力となることを示している(p. 57,9月1日号電子版)。トラップされレーザー冷却された6個のカルシウムイオンを用いて、相互作用するスピン系に付随した複雑な動力学がシミュレートされた。量子コンピュータは、古典的コンピュータでは取り扱えない問題を解く可能性を提供する。Mariantoniたちは、一連の超伝導回路とその要素を統合して、量子情報をメモリー要素とプロセシング要素の間で行き来させる初期段階の機械を構築した(p. 61,9月1日号電子版)。(KF)
Universal Digital Quantum Simulation with Trapped Ions
pp. 57-61
Implementing the Quantum von Neumann Architecture with Superconducting Circuits
pp. 61-65

深部で回転(Rolling in the Deep)

地球の炭素循環は、海洋・生物相・大気の間で行われる一定の交換からなっている。しかしながら、炭素循環の大部分は地球の固体相深部にまで拡がっており、交換は更に長時間の時間的スケールに渡って生じている。Walterたちは(p.54,9月15日号電子版;Harteによる展望記事参照)、他に類を見ないブラジルの一連のダイヤモンドの解析により、深部の炭素循環は従来予想されていたよりも、更に地球の深部にまで 拡がっているという証拠を示している。放射性同位体シグニチャ(isotopic signature)によって、そのダイヤモンドは沈み込み海洋地殻から生じた炭素から形成されたことが示されているが、このダイヤモンド内部に捕らえられた微小な鉱物包含物から、地球表層に戻ってくる前に下層マントルを通過したであろうことが明らかになっている。(Uc)
Deep Mantle Cycling of Oceanic Crust: Evidence from Diamonds and Their Mineral Inclusions
pp. 54-57

3次元の超低温アンダーソン局在(3D Ultracold Anderson Localization)

不規則な媒質中でのランダムな散乱は、破壊的な干渉が生じ、効率的に伝播を止めるような仕方で伝播波を散乱する;この現象はアンダーソン局在(Anderson Localization:AL)として知られており、光や音波や、そして物質波で観測されていた。1次元と2次元(1D and 2D)において、ALは不規則さがどんなに弱くても問題なく生じているが、これに対して3Dにおいては、移動端(mobility edge)と呼ばれているエネルギースケールにより、伝播し続けている状態から局在状態が分離される。超低温原子ガスは不規則さの程度を系統的に変え、そしてALにおけるその不規則さの変動の影響を観測する機会を提供する。ALは1Dの低温原子系で観測されていたが、今回、Kondovたち(p. 66)は、3D系でALを観測し、そして不規則さの関数として移動端と局在長の振る舞いを得ている。(KU)
Three-Dimensional Anderson Localization of Ultracold Matter
pp. 66-68

蟹(Crab)の中を覗き込む(Looking into the Crab)

Crab パルサーは、かに星雲の中に位置する回転する中性子星であり、西暦1054年に地球上で記録されている超新星爆発の残骸である。それは、天文学では最も広範に調べられた天体の一つであるが、パルス放射の起源については、まだ、完全に理解されてはおらず、特に、高エネルギーでは不明である。The VERITAS 共同研究 (p.69) によると、Crab パルサーから 100GeVを超えるパルス放射が検出されている。この結果は、現在のパルサーのモデルにとって挑戦的なものである。このモデルでは、このようなエネルギーでのパルス放射を予測していない。(Wt)
Detection of Pulsed Gamma Rays Above 100 GeV from the Crab Pulsar
pp. 69-72

再加工したゼオライト(Reworking Zeolites)

ゼオライトは膜や触媒として使われてきたが、ゼオライト材料を大きな膜にするにはまだたくさんの課題がある。Varoon たちは (p. 72) 、ゼオライト粒子を薄片状に展開して(広げて)、基体上にうまく成膜させるのにポリマーが使用可能であることを示した。展開した(広げた)ゼオライト・シートを束ねたものは、等方的なナノ粒子の混合物に比べて、より優れた濾過特性を有する膜の製造を可能にした。(Sk,ok)
Dispersible Exfoliated Zeolite Nanosheets and Their Application as a Selective Membrane
pp. 72-75

藻類が救いとなる(Algae to the Rescue)

多くの新しい電池化学により、今日のリチウム-金属系で可能な容量を超えるより大きな電荷蓄積が可能となるであろう。しかしながら、充電-放電のサイクルの間で、体積変化によりアノードが劣化する。Li-Si電池を作るための以前の研究では、Siを安定化するためにバインダーの割合を高くして用いていた。Kovalenkoたち(p. 75,9月8日号電子版)は、褐藻類から抽出された天然の多糖類であるアルギン酸が卓越したバインダーとして作用し、そしてナノメートルサイズのSiを安定化することを示している。(KU,nk,sk)
A Major Constituent of Brown Algae for Use in High-Capacity Li-Ion Batteries
Vol. 334 no. 6052 pp. 75-79

液晶ゲル(Liquid Crystal Gels)

液晶において、異方性分子間の弱い相互作用により、長距離秩序性が生じ、光学特性と流体力学的特性に影響を与える。分子の配向は、第2の物質を液晶へ添加することによってさらに偏らせることができる。Woodたち(p. 79)は、濃縮したコロイド-液晶複合体中に形成されるゲル、あるいは柔らかい固体について言及している。ゲルの機械的特性は、コロイド粒子で安定化された欠陥の形成に由来し、その欠陥が液晶全体に浸透したネットワークを形成している。(hk,KU)
A Self-Quenched Defect Glass in a Colloid-Nematic Liquid Crystal Composite
pp. 79-83

明らかになった地域的適応性(Local Adaptation Revealed)

気候が変化する時、種が現状の環境にどのように適応するかを遺伝子レベルで理解することは重要である(Savolainenによる展望記事参照)。 Fournier-Level たち(p. 86)は、適応度を多くの異なる集団におけるシロイヌナズナの表現型としてマッピングすることで、シロイヌナズナの一塩基多型の地域的適応性を調べ、地域的適応性のプロセスに関する洞察を与えている。Hancock たち(p. 83)は、ゲノムスキャン法を用いることで相補的アプローチを採用して、地域的順応性を同定し、そしてその地域での適応度を予想した。この研究の結果によれば、シロイヌナズナの集団は特定の遺伝的座位の順応によって大陸的スケールで地域に最適に順応していることが推察できる。(Ej,KU,nk)
A Map of Local Adaptation in Arabidopsis thaliana
pp. 86-89

ゲノムに残された古代人の遺物(Genomic Antiquities)

多くのヒト集団は、古代人と現生人の子孫であるらしい。Abi-Rachedたちは、古代のデニソワ(Denisovan)人、ネアンデルタール人、それと現代人のHLA(ヒト白血球抗原)-A遺伝子、HLA-B遺伝子、HLA-C遺伝子(これらは免疫防御と胎盤再生における中心的役割を担っている)を調べた(p. 89,8月25日号電子版)。集団遺伝学的証拠からは、古代人と現生人との交雑によって、いくつかの現代人集団においてかなりよく見られるにいたったHLA-Bの対立遺伝子が導入されたことが示唆される。つまり、交雑によって、現代人の免疫系を形成するのに関与している有利な対立遺伝子が導入されたのである。(KF,KU,bb)
The Shaping of Modern Human Immune Systems by Multiregional Admixture with Archaic Humans
pp. 89-94

髪の毛の一房が人類の移動を明らかにした(Locks Open Up Human Migration)

初期の新人がアフリカを離れてから、どのように分散して行ったか、またどのようにしてアジアを横断したかについて、多くの推測がなされてきた。この問いに立ち向かうために、Rasmussen たちは、オーストラリアのアボリジニの100年前の一房の毛髪のゲノムの配列を決定した(p. 94,9月22日号電子版; また表紙参照のこと)。この配列は、東アジアの人が最初にオーストラリアに居住したこと、現代のオーストラリアのアボリジニは、その初期の分散からの子孫であることを示唆するものであった。さらに、3人の漢民族のゲノムが配列決定され、すでに配列決定されていたヨーロッパ人やアフリカ人のゲノムと比較され、現代の東アジア人とヨーロッパ人のより新しい起源にかかわる分散のパターンと歴史を推測するのに用いられた。オーストラリアのアボリジニはおそらく、アジアとヨーロッパの集団が分岐する以前の時点で、ユーラシア人と同じ祖先集団から生じたのである。(KF,bb,ok)
An Aboriginal Australian Genome Reveals Separate Human Dispersals into Asia
pp. 94-98

神経細胞とT細胞の結び付き(Nerves and T Cells Connect)

神経系と免疫系の関連は、よりよく理解されるようになってきている(TrakhtenbergとGoldbergによる展望記事参照)。迷走神経は脳幹に始まり、脾臓や腸など主要な器官を神経支配していて、ストレスや傷害、感染症などに対する生理応答を制御している。迷走神経を電気刺激すると、主に、脾臓中でサイトカイン産生するマクロファージに作用することによって、炎症性サイトカインの産生と炎症を伴う症状が軽減する。マウスで研究することで、Rosas-Ballinaたちは、ヘルパーT細胞の部分集団が、脾臓中にアセチルコリンを産生すること、また炎症誘発性サイトカイン産生に対する、迷走神経が仲介する抑制にはそれらが必要かつ十分であることを発見した(p. 98,9月15日号電子版)。組織損傷によって誘発される免疫関連の生理応答を防ぐために、卒中後の脳は免疫抑制をもたらすシグナルを作り出す。卒中のマウスモデルにおいて、Wongたちは、卒中が肝臓中のナチュラルキラーT細胞運動の変化を誘発し、分泌するサイトカインの範囲をより免疫調節性の特性のある方向へ変化させることを発見した(p. 101,9月15日号電子版)。こうした変化は、ノルアドレナリン作動性のシグナル伝達に依存していた。(KF,nk)
Acetylcholine-Synthesizing T Cells Relay Neural Signals in a Vagus Nerve Circuit
pp. 98-101
Functional Innervation of Hepatic iNKT Cells Is Immunosuppressive Following Stroke
pp. 101-105

あなたの腸内細菌は食べ物で決まる(You Are What You Eat)

ヒト腸内の異なる微生物叢の種は、健康と病気に対して特徴的、かつ明瞭な影響を与える。Wu たち(p. 105,および9月1日の電子版、さらに、Gophnaによる展望記事参照)は、ヒトに関する一対の研究において、腸内微生物叢に影響を与える食事と環境の変動を特徴付ける試みを行なった。一つの研究において、長期的な食事の好みが知られ、かつ明白な99人のボランティアから微生物の配列決定のために、糞便試料が採取された。もう一つの研究において、10人が隔離され、コントロールされた食事を与えられ、そして彼らの募集後1日目と10日目に糞便が採取された。長期的研究では、3つの腸内微生物が明らかになり、それらは特徴的な生物体を持っていた:バクテロイデス(bacteroides)属が占有種である場合は、動物タンパク質と飽和脂肪酸を食べる人と関連している。ルミノコッカス属は、アルコール飲酒と多価不飽和脂肪酸の消費と関連する傾向にあり、最後に、プレボテラ属は炭水化物中心の食事を好む人に見られた。短期間での食事の変動はそれぞれの腸内細菌型で一過性の変化がもたらされたが、一つの腸内細菌型から別のタイプの腸内細菌型への明確なシフトは見られなかった。(Ej,KU)
Linking Long-Term Dietary Patterns with Gut Microbial Enterotypes
pp. 105-108

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