AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 25 2011, Vol.331


見えないところで成長(Growing from Below)

例えば南極を覆うような巨大な氷床が成長するには、長期間にわたって降った雪がなくなるよりも速く積っていく場合である。しかしながら、この種の堆積が氷床が厚くなるための唯一の方法というわけではない。Bellたちは(p.1592,3月3日号電子版, TulaczykとHossainzadehによる展望記事参照)、氷床のいくつかの場所の厚みの半分が、底部での凍結による可能性があることを発見した。このプロセスは氷柱構造や氷床の表面形状を変化させ、このことは、我々が氷床の挙動や氷床の内部に潜む古気候学情報を研究する方法に関しての示唆を含んでいる。(Uc,KU,TS,nk)
Widespread Persistent Thickening of the East Antarctic Ice Sheet by Freezing from the Base
p. 1592-1595.

RNA顆粒に注目(An Eye on RNA Granules)

脊椎動物の器官発生の間、遺伝子発現は遺伝子転写やメッセンジャーRNA(mRNA) の翻訳や、或いはmRNAのその安定性をコントロールすることで正確に制御されている。Lachkeたち (p. 1571;Duncanによる展望記事参照) は、Tudor Domain タンパク質TDRD7) このタンパク質は発生中のレンズ組織内でRNA顆粒を形成する)が、適切な目の発生と維持に必要であることを決定した。ヒト患者とモデル生物におけるTDRD7の欠損は特異的なmRNAの発現に影響をもたらし、そして白内障や緑内障等の視覚上の欠陥を引き起こす。このように、遺伝子転写の制御と同じく、転写後のmRNAレベルの制御が哺乳類の器官形成に重要である。(KU)
Mutations in the RNA Granule Component TDRD7 Cause Cataract and Glaucoma
p. 1571-1576.

膵臓癌の免疫療法(Pancreatic Cancer Immunotherapy)

膵臓管の腺癌(PDA) は、効果的な治療法の無い特に致命的な癌のタイプである。PDAにおける腫瘍微小環境は、主に抗腫瘍免疫をブロッキングする免疫抑制性である。Beattyたち(p. 1612) は、ゲムシタビン化学療法に加えてCD40(T細胞性免疫を促進すると知られているタンパク質) を活性化する単クローン抗体を用いて、PDA患者の小さなコホートを治療した。その組み合わせは少数の患者に有効性を示したために、同じ治療がPDAのマウスモデルで解析された。CD40抗体で処置されたマウスの一部でも腫瘍縮小を示した。しかしながら、抗腫瘍の効果はT細胞ではなくて、マクロファージに依存していた。抗体処置の後でその腫瘍に入り込んだマクロファージも又、in vitroで殺腫瘍性であった。このように、CD40によるマクロファージの活性化がPDAにおける抗腫瘍免疫を促進しているのであろう。(KU)
CD40 Agonists Alter Tumor Stroma and Show Efficacy Against Pancreatic Carcinoma in Mice and Humans
p. 1612-1616.

宇宙的圧搾(Cosmic Squeeze)

バリオンからなる物質は、陽子と中性子から作られている。しかし、それらは宇宙における物質のほんの僅かな割合を表しているにすぎず、残りの大部分はダークマターである。すざくX線望遠鏡からの高品質なデータを用いて、Simionescu たち (p.1576) は、ペルセウス銀河団中の全物質に対するバリオン物質の割合を測定した。銀河団の内部領域では、バリオンの割合は宇宙全体に対して測定された値と矛盾していない。しかし、中心から遠いところでは、バリオンの割合は、宇宙の平均値よりも大きい。これは、銀河団が巨大な合体事象を経て、その結果、銀河団の外辺部では、銀河団バリオンの大部分が存在しているガスがダークマターと比べて相対的に圧縮されていることを示唆している。(Wt,KU,nk)
Baryons at the Edge of the X-ray-Brightest Galaxy Cluster
p. 1576-1579.

擬似ギャップに気をつけなさい(Mind the Pseudogap)

通常の超伝導体と違って、銅塩族の超伝導体は転移温度、Tc以上で超伝導状態でもノーマル状態でもないエキゾチックな相となる。このいわゆる擬似ギャップ状態はより高い温度T*で始まり、その性質は銅塩高温超伝導の謎を解く鍵を握るものと推定されている。T*での“転移”が対称性の崩れか、或いはクロスオーバで特徴付けられる実際の相転移であるのかどうかは、決定的な答えのない疑問の一つである。Heたち(p. 1579)は3種類の方法で同一資料を測定し、急峻な転移が同一温度で生じることを見出した。これはT*で真の相転移が存在することと合致する。(hk,KU,Ej,nk)
From a Single-Band Metal to a High-Temperature Superconductor via Two Thermal Phase Transitions
p. 1579-1583.

銅ナノ結晶を強化する(Strengthening Nanocrystalline Copper)

結晶粒のサイズを小さくすることで、金属の機械的強度を高めることができる。しかし、延ばしたり形状を変えたりといった金属の特徴は失われ、最終的には割れが生じ使い物にならなくなってしまう。柔軟性を失い、変形させた際に使い物にならなくなる為に、ナノ微粒子からなる金属の実用は限定的であった。Fang らは(p.1587、2月17日号電子版)徐々に粒径が小さくなる転移領域を用いることで、銅ナノ結晶粒を粗い微粒子からなる銅基板に閉じ込め、柔軟性と強度を兼ね備えたサンプルを得ることに成功している。(NK)
Revealing Extraordinary Intrinsic Tensile Plasticity in Gradient Nano-Grained Copper
p. 1587-1590.

君のは何て新しい歯なんだ(My, What New Teeth You Have)

哺乳類は、約2億7千年前のペルム期前期に現れた四つ足の脊椎動物、すなわち獣弓類のグループから進化した。ペルム期の後、獣弓類異歯亜目の一つのグループ(哺乳類型爬虫類)は、極めて多様な草食動物、小型の穴居性動物から大型草食性動物にまでに分化した。Cisnerosたちは(p.1603;Frobischによる展望記事参照)、ブラジルで見つかった新しく基礎となる異歯亜目、ティアラユーデンス(Tiarajudens)について説明しているが、この化石はこのグループが、どうして広く繁栄した草食動物になりえたのかという幾つかの手がかりを与えてくれる。歯の咬合は、固いセルロース植物成分を完全に固い歯の間ですりつぶすことで効果的に取り込むことを容易にし、この繁栄した草食動物の重要な要素であった。ティアラユーデンスは、この草食動物のグループにおいて、歯の咬合の時期を約2億6千年前に遡らせた。(Uc,KU)
Dental Occlusion in a 260-Million-Year-Old Therapsid with Saber Canines from the Permian of Brazil
p. 1603-1605.

石器の製作者たち(Stone Tool Manufacturers)

楕円形や洋ナシ形の握斧を含む、アシュール文化の石器(Acheulian stonetools)は、アフリカで160万年前に初めて製作された。これに似た石器はユーラシア大陸各地で見られるが、それらの多くは年代不明である。最も確からしい年代の遺跡は100万年後と考えられているが、アフリカからの人類の移動はそれより前であると示唆されていた。Pappu たち(p. 1596;Dennellによる展望記事参照)は、インド南西部のアシュール文化の石器から、宇宙線生成同位体による測定により、少なくとも110万年前、古ければ150万年前にまで遡るという相互に矛盾しない年代結果を得た。このことから、人類の初期のユーラシア移住は、アシュール文化の技術を持っていたことは間違いない。(TO,KU,bb,nk)
Early Pleistocene Presence of Acheulian Hominins in South India
p. 1596-1599.

森林コミュニティーの約束(Forest Community Commitment)

熱帯性の森林は、高い保存価値を持つ豊かな生物多様性を含んでおり、又ヒト居住者とユーザーにとっての重要な資源を供給している。Pershaたち(p. 1606)は、東アフリカと南アフリカにおける6カ国のヒトの支配している84ヶ所の社会-エコロジーのデータセットを用いて、森林の生物多様性の保存と森林に依存した生活者の双方の共通利益をもたらす因子を解析した。森林のユーザーが森林管理のルール作りの面で参加するときに、これら二つの潜在的には競合する森林の利益を越えた結合によるプラスの成果が、遥かに大きくなるようであった。(KU,nk)
Social and Ecological Synergy: Local Rulemaking, Forest Livelihoods, and Biodiversity Conservation
p. 1606-1608.

川岸に沿ったサケと植生の生態系(Along the Riverbank)

サケは太平洋沿岸に沿ってカリフォルニアから朝鮮半島にまで分布しており、サケが産卵のために故郷の川に戻り、その死体が川岸の植生に大量の栄養を供給している。Hocking and Reynolds(p. 1609) は、これらの補助物質が、流れに沿った植物群落の植生に検出可能な変化を生じさせていることを示している。ブリティッシュコロンビアの雨林における50の流域の大規模な調査において、この補助物質の影響によって植物が生態系として富栄養化の植物種へと単純化している傾向が見られる。このように、生態系の境界を通じた相互作用が生態系の構造と機能を変化させ、サケとその生息地の生態系に基づく管理に影響を与えている。(Ej)
Impacts of Salmon on Riparian Plant Diversity
p. 1609-1612.

素晴らしい彩色法による器官脱離の映像化(Abscission in Glorious Technicolor)

器官脱離は動物の細胞分裂における最終段階であり、このとき娘細胞同士が物理的に分離する。Guizettiたち(p. 1616, 2月10日号の電子版参照、および、Raiborg and Stenmarkによる展望記事参照) は、ヒト細胞の器官脱離における中間段階の3次元的な電子顕微鏡トモグラフィーを再構成し、細胞間架橋内の皮質狭窄部位にある直径17ナノメートルのフィラメントのらせん構造を明らかにした。生きた細胞で、顕微鏡による発光映像により得られた構造によると、種々の膜-輸送プロセスと細胞質分裂に関与するタンパク質複合体、ESCRT-III(endosomal sorting complex required for transport-III)が、器官脱離構造を構築し細胞間架橋の皮質進入を仲介しているを示した。(Ej,hE)
Cortical Constriction During Abscission Involves Helices of ESCRT-III-Dependent Filaments
p. 1616-1620.

FGF19による肝臓の代謝の可能性(FGF19 and Liver Metabolism)

インスリンは肝臓における代謝制御の主要なホルモンとして知られている。Kir たち(p. 1621;および、Kim-Muller and Acciliによる展望記事参照)は今回、線維芽細胞増殖因子 19 (FGF19) もまたもう一つの重要な制御因子で、グリコーゲンとタンパク質の合成を促進していることを明らかにした。FGF19 は食物の摂取に伴い、肝臓の受容体を刺激してインスリンと異なるメカニズムによって代謝を制御する小腸の生産物である。インスリンと異なり、FGF19 は肝臓で脂質生合成を促進しない。糖尿病のマウスモデルにおいて、FGF19はグリコーゲン合成を促進し、それによってインスリン抵抗性を制御する治療上の標的となり得る。(Ej,hE)
FGF19 as a Postprandial, Insulin-Independent Activator of Hepatic Protein and Glycogen Synthesis
p. 1621-1624.

RNAの品質保証(RNA Quality Control)

真核生物のゲノムは、RNAポリメラーゼⅡによりRNAへと大量に転写されている。その転写の質の制御と監視のシステムは、これらRNAすべてが正しく処理されていることを保証しないといけない。分裂酵母の異質染色質の組立に関与しているヒストンメチル基転移酵素、Clr4は、潜在的に危険性のあるアンチセンス転写物の、エキソソーム依存的な分解の仲介を助けている。Zhangたちはこのたび、Clr4がRNA搬出タンパク質Mlo3と相互作用し、それをメチル化していることを示している(p. 1624)。Mlo3は、RNA干渉機構との相互作用や、エキソソーム核監視システムの補助因子との相互作用を介して異常なアンチセンスRNAを抑制するClr4の能力を増進している。Mlo3とClr4とは、つまるところ、異常なRNAを本物と区別する分子センサーの一部をなしている可能性がある。(KF)
Clr4/Suv39 and RNA Quality Control Factors Cooperate to Trigger RNAi and Suppress Antisense RNA
p. 1624-1627.

認識のための精妙な基盤(A Subtle Basis for Recognition)

溶液中でより大きい構造を形成するための分子の自己認識は、その分子の形状や極性、動的な共有結合形成などに基づくことがある。遷移金属ヘテロ原子を含むモリブデン酸化物種である、Keplerateと呼ばれるある無機巨大イオン型は、溶液中での脱プロトン化の後で、中空の「blackberry(キイチゴ)」構造を構築する。Liuたちは、鉄(III)とクロミウム(III)のKeplerateを溶液中で混合することによって、その自己認識の限界を探求し、混ざったblackberry種ではなく、別々になったblackberryが形成されることを観察した(p. 1590)。この自己認識は、巨大イオン表面上の表面電荷の差と、水リガンドの移動度の差によって行なわれていた可能性がある。(KF,KU)
Self-Recognition Among Different Polyprotic Macroions During Assembly Processes in Dilute Solution
p. 1590-1592.

クロビス以前のコロニー(Pre-Clovis Colonies)

北アメリカへの移住は、およそ1万3000年前頃の広範囲に分布するクロビス文化によって特徴づけられると考えられており、この文化の一つの例証は特有の大きな縦溝の入った槍の穂先(fluted spearheads)石器の所有である。しかしながら、より早い時期の文化についての証拠が蓄積されてきている。とは言え、提示された個々の遺跡に関しては多くの点で議論が交わされてきた。Watersたちは、テキサス州のButtermilk Creek Complex遺跡について記述しているが、そこではクロビス層より下の層に豊富な人工物が集積している(p. 1599)。 一連の一貫したルミネセンス年代値は、その場所が1万3000年前から1万5000年前の間のもので、つまり、この地域へのより古い移住の存在を示すものであり、そして、クロビス文化への移行に関する情報をもたらすものである。(KF,KU,Ej,nk)
The Buttermilk Creek Complex and the Origins of Clovis at the Debra L. Friedkin Site, Texas
p. 1599-1603.

理想的なアルミニウム(Ideal Aluminum)

電子顕微法や密度汎関数理論による計算の進歩に伴い、今や、系の中の電子密度を非常に高い精度で測定することも計算することも可能である。Nakashima たちは(p.1583; Midgley による展望記事参照)、電子がかなり理想的な挙動を示すアルミニウム中の電子結合に関する実験と計算を行い、両者を比較した。アルミニウムにおける静電ポテンシャル、電子密度の変化および弾性異方性の間の関係はすべて機械特性と相関しているようだ。(Sk)
The Bonding Electron Density in Aluminum
p. 1583-1586.

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