AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 1 2010, Vol.330


オーロラの合唱(Auroral Chorus)

大気圏外から到達したエネルギー粒子は、極地の大気を爆撃する際に、光子放射、即ちオーロラを作り出す。パルセーティング(脈動)オーロラ(強さが時間的に変動する特徴を有している)は、おそらくは地磁気圏の電磁波との共鳴によって発生する電子降下流の変調が原因となっていると考えられている。Nishimuraたちは(p. 81)、オーロラの強度とコーラスエミッション(地磁気圏内で発生している電磁波の一種) との時間的変化に強い相関が見られた事象について詳細な研究を報告している。この結果によって、コーラス波がパルセーティングオーロラを発生させる要因となっていることを示している。(Uc,KU,nk)
Identifying the Driver of Pulsating Aurora
p. 81-84.

チャネルの刺激(Channel STIMulation)

STIM1タンパク質はカルシウムセンサーとして機能し、原形質膜を横切って細胞中へのカルシウムの流入を制御している。細胞表面の受容体が刺激され、そして小胞体(ER)中の内部貯蔵庫からカルシウムの遊離をもたらすと、ER膜のSTIMタンパク質は原形質膜中のOraiチャネルポアタンパク質と相互作用して、細胞の外からのカルシウムの流入が可能となる (Cahalanによる展望記事参照)。Parkたち(p. 101)とWangたち(p. 105)は、STIMが他のカルシウムチャネル、電位作動型CaV1.2チャネルによりコンダクタンスを抑制するよう作用していることを示している。STIM1は、血管平滑筋細胞、ニューロン、及びTリンパ球由来の培養細胞等の複数の細胞型においてCaV1.2と直接的に相互作用をしている。この相互作用により、CaV1.2の開口が抑制され、そして細胞表面からそのチャネルの枯渇をもたらす。(KU)
The CRAC Channel Activator STIM1 Binds and Inhibits L-Type Voltage-Gated Calcium Channels
p. 101-105.
The Calcium Store Sensor, STIM1, Reciprocally Controls Orai and CaV1.2 Channels
p. 105-109.

バイオ燃料生産のための酵母の改良(Improving Yeast for Biofuel Oroduction)

バイオ燃料産業は出芽酵母を用いて、コーンスターチやサトウキビ由来の糖からエタノールを作っている。植物細胞壁は魅力的な糖の資源であるが、出芽酵母はセルロース由来の糖 (cellodextrin:セロデキストリン)では効率的に増殖しない。Galazkaたち (p. 84,9月9日号電子版) は、代表的なセルロース分解菌であるアカパンカビがセロデキストリン輸送系により、セルロース上で増殖を容易にしていることを示している。このような輸送系を持った改良酵母はセロデキストリン上で効率的に増殖し、これによりセルロース系バイオ燃料生産の効率が改善される可能性がある。(KU,kj)
Cellodextrin Transport in Yeast for Improved Biofuel Production
p. 84-86.

喪失から得ること(Gaining from a Loss)

有糸分裂組み換えは、腫瘍抑制遺伝子におけるヘテロ接合変異を持つ細胞にその遺伝子の野生型コピーの減少をもたらし、その経路にある細胞を無制御の増殖状態に置く。しかし、有糸分裂組み換えは他の状況において、例えば、病気を引き起こす変異の喪失を容易にすることで病気の細胞の表現型の修正に導く等の有益な効果をも持っているのではないか? Choateたち (p. 94,8月26日号電子版;Davis and Candottiによる展望記事参照) は、魚鱗癬 (ichthyosis with confetti:IWC)と呼ばれる稀有な皮膚病においてこのタイプの事象に関する証拠を見つけた。IWCの患者は重篤な皮膚の鱗化症状を示すが、復帰細胞のクローン増殖を反映する広範囲のパッチ状の正常な皮膚をも有している。復帰細胞は染色体17qにおけるヘテロ接合の喪失を示し、そして有糸分裂組み換えの結果として、これらの細胞ではケラチン10遺伝子(KRT10)において優性の病気を引き起こす変異が選択的に失われていたが、その遺伝子の野生型のコピーは保持されていた。(KU)
Mitotic Recombination in Patients with Ichthyosis Causes Reversion of Dominant Mutations in KRT10
p. 94-97.

1度目、2度目、3度目、さあ覚えて(One, Two, Three, Remember Me)

ある刺激 (同じ単語や顔) が2度目あるいは3度目、4度目に提示されたとき、その神経上の表現は違ってくるのだろうか? もし違ってくるとすれば、何度も表現された刺激はよりよく記憶されるのだろうか?こうした疑問やそれに関連する疑問は、何十年にもわたって心理学者を魅惑してきたが、神経画像処理を用いてそうした疑問に取組むことができるようになったのは、ほんの最近である。Xueたちは、そのモノをコードする際の神経活動のパターンにおける類似性が大きければ大きいほど、そのモノが記憶される見込みがより大きくなるという証拠を提供している(p. 97、9月9日号電子版)。(KF)
Greater Neural Pattern Similarity Across Repetitions Is Associated with Better Memory
p. 97-101.

機械刺激に応答する遺伝子の同定(Mechanical Responders Identified)

多くの細胞は、原形質膜におけるイオンチャネルのコンダクタンスの増加を通して機械刺激に応答しているが、これらの影響 (聴覚や触覚から血圧制御に至る種々のプロセスにおいて重要である) を仲介する実際のチャネルは曖昧なままであった。Costeたち(p. 55,9月3日に電子出版)はRNA干渉を利用し、マウスの神経芽細胞腫細胞系において候補遺伝子の発現を系統的に減らし、そしてタンパク質、Piezo1とPiezo2をコードする二つの遺伝子を同定した。Piezo1とPiezo2は、これらの細胞及び培養された後根神経節ニューロンにおいて機械的に刺激される陽イオンコンダクタンスに必要とされる。同様のタンパク質は原生動物から脊椎動物に至る一連の種で発現している。このタンパク質は既知のポア形成タンパク質には似ておらず、それゆえこのタンパク質は異常なチャネルか、あるいはチャネル複合体の調節性成分である可能性がある。(hk,KU)
Piezo1 and Piezo2 Are Essential Components of Distinct Mechanically Activated Cation Channels
p. 55-60.

触媒の塩素イオンによる制御(Chloride Control of a Catalyst)

アロステリック制御は、エフェクター結合分子の濃度変化によってタンパク質や酵素の立体配座が調整され、またエフェクター分子の活性な触媒部位への近接度によりそれらの反応性が調節されるようにしている。複数の弱い相互作用による超分子の高次構造の制御は、金属中心周囲の反応部位への出入りを開閉することの出来る有機金属触媒において活用されてきた。今回、Yoon たちは(p. 66)、二つの金属中心が芳香族基を有するリンカーによって架橋されたロジウム重合触媒の制御に、塩素イオンをどのように用いることができるかを示した。Cl- が存在する場合、反応部位は金属中心に有用なまま残る。Cl- が抽出剤によって取り除かれた場合、Rh (ロジウム) センター近傍の他のリガンドの一つにある芳香族基は、三層のサンドイッチ構造を形成するようにリンカーに結合することができる。この超分子構造の形成は、金属中心への反応物質の接近を妨げる。(Sk,KU,nk)
【訳注】アロステリック制御:タンパク質が他の化合物 (エフェクター) によってその立体配座を変化させられることにより、その機能が制御される現象
Allosteric Supramolecular Triple-Layer Catalysts
p. 66-69.

ベクターの環を閉じる(Closing the Vector Circle)

ネッタイイエカ(Culex quinquefasciatus)のゲノム配列は、病原媒介蚊の第3番目の主要な属を代表して、比較分析のために提供している。主要な国際的努力として、Arensburgerたちは、代表的な他の2つの属、ネッタイシマカ(Aedes aegypti)とハマダラカ(Anopheles gambiae)の例と比較して、ネッタイイエカのゲノムにはいくつもの分岐があることを明らかにした(p. 86)。特記された主要な違いは、特に免疫や酸化還元機能、消化酵素に関わる遺伝子の数の増大であり、これはイエカ属のライフサイクルの特異的側面を反映している可能性がある。Bartholomayたちは、イエカ属における感染症応答遺伝子をより深く探索し、ヤブカ属に見られるのと同様に500個ほどの免疫応答関連遺伝子を明らかにしたが、これはハマダラカやキイロショウジョウバエに見られるよりは少なかった(p. 88)。遺伝子の数が多くなっているのは、部分的にはセルピン、C型レクチンやフィブリノーゲン関連タンパク質をコードする遺伝子の増大に起因していて、これは、汚染された都市化環境における繁殖の危険を監視するために、免疫監視やそれに付随するシグナル伝達がより大きくなることと一貫している。トランスクリプトーム解析によって、なじみのない細菌をイエカ属に接種すると、強力な免疫応答が引き起こされることが確認できた。蚊が自然に伝達している寄生虫やウイルスの病原体は、免疫の活性化をほとんどもたらさないが、これは、その昆虫内での病原体の複製によって引き起こされるいかなる損傷に対しても、耐性が進化してきたことを示唆している。(KF,nk,kj)
Sequencing of Culex quinquefasciatus Establishes a Platform for Mosquito Comparative Genomics
p. 86-88.
Pathogenomics of Culex quinquefasciatus and Meta-Analysis of Infection Responses to Diverse Pathogens
p. 88-90.

量子系での損失を防ぐ(Avoiding Loss in a Quantum System)

固体中での単一電子スピンは、量子情報記憶および計算のためのコア技術として研究されてきた。しなしながら、周囲との強い相互作用のために記憶された情報はピコ秒からミリ秒のオーダーでなくなってしまう。連続的な制御パルスを印加し、この望ましくない現象発現を逆転させ相互作用を打ち消すDynamical decoupling schemeという手法が提案されている。De Langeらは(p.60、9月9日電子版)いくつかのdecoupling schemeをダイアモンドの窒素欠陥中で調べ、等間隔に並べられたパルスを用いた二軸decouplingにより任意のスピン状態のコヒーレント時間を最大で25倍以上に延長できることを発見した。(NK)
Universal Dynamical Decoupling of a Single Solid-State Spin from a Spin Bath
p. 60-63.

特別の系外惑星?(Extra Exoplanet?)

もし、ある惑星がその恒星の前面を通過するのが見えるのならば、その惑星は恒星面を通過すると言われる; 既知の系外惑星の19%が通過型の惑星である。孤立した惑星は、厳密に周期的に通過するであろう; しかしながら、もし、他の惑星が存在するのならば、重力相互作用により、通過持続時間が変動することが予想される。Holman たち (p.51,8月26日電子版; 表紙を参照のこと; Laughlin による展望記事を参照のこと) は、Kepler 宇宙望遠鏡により検出された二つの系外惑星の通過時間変動を報告している。その二つの惑星は土星と類似の質量を有しており、太陽に似た同一の恒星前面を通過している。第三の惑星は地球の数倍の質量を有し、これもまたさらに内側の軌道上でその恒星の前面を通過している可能性がある。(Wt,nk)
Kepler-9: A System of Multiple Planets Transiting a Sun-Like Star, Confirmed by Timing Variations
p. 51-54.

タバコの煙が肺に染みる(Smoke Gets in Your Lungs)

慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、合衆国における死亡の主要原因であり、主に紙タバコの喫煙によって引き起こされる。COPDにおいて組織の損傷と臓器障害をもたらす慢性炎症は、大部分、顆粒球性の免疫細胞の1つの型である好中球によって仲介される。Snelgroveたちはこのたび、好中球がCOPDの際になぜ肺のあたりに固着するかの説明を提供している(p. 90、9月2日号電子版; またBarnesによる展望記事参照のこと)。好中球の化学誘引物質Pro-Gly-Pro (PGP)は、COPDの生物マーカーであり、好中球の蓄積を促進している。ロイコトリエンA4加水分解酵素が、マウスにおいてPGPを分解するが、その活性は生体内および試験管内の双方で、タバコの煙によって減少する。対照的に、マウスの急性インフルエンザ感染の際には、ロイコトリエンA4加水分解酵素は正常に機能していて、PGP分解と炎症の解決を可能にするのである。つまり、COPDにおいては、喫煙がPGPの蓄積をもたらす可能性があり、それが次に好中球を肺に保持することを可能にし、炎症の促進とそれに続く肺の損傷と機能障害をもたらすのである。(KF)
A Critical Role for LTA4H in Limiting Chronic Pulmonary Neutrophilic Inflammation
p. 90-94.

ニューギニアの古代の植民地(New Guinea's Ancient Colonies)

オーストラリアとニューギニアは、海によって隔てられていたため、現代人による植民地化が世界の中で最後に行われた地域であった。Summerhayesたち(p. 78; Gosdenによる展望記事参照)は、この移住に光を当てることができるニューギニア高地の考古学的遺跡について論じる。この記録は約50,000年前に遡ることができ、記録上で最も初期の移住の1つを表している。ヤムイモや木の実が広範囲で食されており、そして発見された石器の多様さは、初期の人類が利用価値のある植物の成長を促進するために森林区画を開墾していたかもしれないことを示している。(TO,Ej)
Human Adaptation and Plant Use in Highland New Guinea 49,000 to 44,000 Years Ago
p. 78-81.

一石二鳥(Two for One)

太陽電池にはしばしば、或る一定の周波数閾値、もしくはバンドギャップを超える広範な光の波長を吸収する材料が含まれている。残念ながらこの光に含まれるエネルギーの大部分は損失となる。なぜなら、バンドギャップを差し引いた余りのエネルギーは、電流として利用できず、熱として散逸してしまう場合が多いからである。バンドギャップの数倍のエネルギーの入射光子は一個以上の電流キャリアを過渡的に発生させるが、過剰のキャリアは回路に流入する前に崩壊してしまう場合が多い、ということが近年の分光研究によって示されている。Samburたちは(p.63)今回、光吸収硫化鉛ナノ微粒子を注意深く、滑らかに磨かれた二酸化チタン結晶電極に結合させると、このような過剰のキャリアが崩壊前に回路内に移動することを報告している。(Uc,KU,Ej,nk)
Multiple Exciton Collection in a Sensitized Photovoltaic System
p. 63-66.

微生物のタキソールに向けて(Toward Microbial Taxol)

タキソール(別名:パクリタキセル (paclitaxel))とは太平洋イチイの樹皮から分離される化学成分の一つであり、ガンの治療薬として有望である。この生産法は今のところ植物細胞の培養に頼っている。Ajikumar たち(p. 70;および、Liu and Khoslaによる展望記事参照)は遺伝子操作した大腸菌細胞を利用して、キーとなるタキソールの前駆物質を作ることに成功した。そのとき、多環の炭素骨格は不変に保たれた。その手法は、第1の経路でイソプレノイドの構築ブロックを作り、このブロックを第2の経路でを貼り合わせるという、この2つの経路の相対的活性を最適化することである。副産物としてのインドールが蓄積されることでこれがイソプレノイドの経路を阻止することになる--これは商業的により効率的で多様なイソプレノイド誘導体の遺伝子工学的生合成を可能とするヒントを与えるものである。(Ej,hE,KU)
Isoprenoid Pathway Optimization for Taxol Precursor Overproduction in Escherichia coli
p. 70-74.

酸素による間接的酸化法(Indirect Oxidation by Oxygen)

アルコールを部分酸化してアルデヒドやケトンを作る際には、完全な酸化を阻止して二酸化炭素と水を作る反応を避ける必要がある。Zope たち(p. 74)は、エタノールとグリセリンをアルカリ性水溶液中で金と白金の触媒を利用して酸に部分酸化するプロセスを検討した。チタニア上の金を利用した転換は最大効率を示したが、同位体を標識付けした酸素分子による研究では、酸に取り込まれる酸素は水酸化イオンから来ることが解った。白金触媒を利用した反応では、金属上で酸素が解離するにも関わらず、酸素が直接取り込まれることはなかった。むしろ、金属表面上で酸素分子が過酸化物中間体の形成により水酸化イオンとして再生しているらしい。(Ej,hE,KU)
Reactivity of the Gold/Water Interface During Selective Oxidation Catalysis
p. 74-78.

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