AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 27 2010, Vol.329


ヒトアデノウイルスの構造(Human Adenovirus Structures)

ヒトアデノウイルスは通常ヒトの急性感染症を引き起こすが、これらはワクチンや治療上の遺伝子導入のベクターとしても利用される。安全なアデノウイルスベクターを工学的に設計するには、まだ、十分詳細な高解像の構造情報が不足している。今回、2編の論文が、相補的な手法を用いたヒトアデノウイルスの構造について述べている。Reddy たち (p. 1071;および、Harrisonによる展望記事参照)は、3.5Åの解像度で結晶構造を決定し、他方、Liu たち (p. 1038; および、Harrisonによる展望記事参照) は、電子顕微鏡を利用して3.6Åの解像度で構造を解明した。この両方の構造によって、ウイルスの組立、安定性、および、細胞への導入メカニズムに関する洞察が得られるであろう。(Ej,hE,ok,nk)
Crystal Structure of Human Adenovirus at 3.5 Å Resolution
p. 1071-1075.
Atomic Structure of Human Adenovirus by Cryo-EM Reveals Interactions Among Protein Networks
p. 1038-1043.

地球モデルの改善(Improving Earth Models)

地球表面や内部構造を決定づける地球物理学的プロセスを再現するためには、大規模なシミュレーションが必要となる。しかし、このような大規模なスケールで高解像な計算を行うのは非常にコストが高く、プレートテクトニクスのように緩やかに起こるプロセスに焦点を当てることが多い。大規模並列のスーパーコンピューターを使うことによって、Stadlerたちは (p.1033;Beckerによる展望記事参照;表紙参照)、地球規模の地盤動力学モデルの空間解像度を1キロメートルのスケールまで向上させるために、通常用いられる手法である適合細分化格子法 (AMR) を改善し、そして局所的プロセスにおける従来予期できなかったような知見を明らかにすることができるようになった。例えば、沈み込み帯の作用、下部マントルの温度異常、海洋プレートの移動速度などである。(Uc)
The Dynamics of Plate Tectonics and Mantle Flow: From Local to Global Scales
p. 1033-1038.

増大する空隙(Swelling Pores)

空隙率は触媒、化学分離、ガス貯蔵、ホスト・ゲスト相互作用や関連する化学的プロセスのために材料を選択する際の重要なパラメーターである。たいていの場合、材料の空隙率は本来、決まった値をもっている。Rabone たちは (p. 1053;Wrightによる展望記事参照)、吸収プロセスにおいて空隙の大きさが変化する分子材料について述べている。金属中心間のジペプチド・リンカーがガスの取り込みの間に再配向することにより空隙率が増大し、これによりその材料の吸着能力が向上する。(Sk,ok)
An Adaptable Peptide-Based Porous Material
p. 1053-1057.

アリの変化(Ant Variation)

同じ遺伝子型のアリは多数の表現型を示し、そしてコロニー内で複数の機能的な階級形態を発生する。Bonasioたち (p. 1068) は、階級形態 (castes) の発生において差異を示す2種のアリ-Camponotus floridanus and Harpegnathou saltator-のゲノムの配列決定を行い、その配列を用いて遺伝子発現を比較し、そして表現型の差異に導く後成的遺伝子制御における差異を同定した。アリは行動と発生におけるの後成学的役割を研究するモデル系を提供するものであろう。(KU)
Genomic Comparison of the Ants Camponotus floridanus and Harpegnathos saltator
p. 1068-1071.

環境の問題(Enviroment Matters)

筋から単離された幹細胞は筋再生に用いられるが、但しその幹細胞が新鮮である場合のみである。ラボにおける標準的な細胞培養条件下では、筋幹細胞は効率的に増殖せず、その再生能力を失う。Gilbertたち (p. 1078,7月15日号電子版;Bhatiaによる展望記事参照) は、物理的性質に関して、筋幹細胞が通常存在する環境と類似した実験室培養系を構築した:柔らかい弾性の床で、硬い板状のプラスチックの培養フラスコとは異なる。ハイドロゲルに繋がれたラミニン (非コラーゲン性の糖タンパク質) は種々の弾性を持つ基板を作るのに用いられた。このような基板上で培養すると、筋幹細胞は未分化のままで存在し、そしてマウスに戻して移植したときに筋の再生を助けることが出来た。(KU,nk)
Substrate Elasticity Regulates Skeletal Muscle Stem Cell Self-Renewal in Culture
p. 1078-1081.

一人より二人で考える方がベターである(Two Heads Are Better Than One)

二人の人が同じ距離にいて、かすかに見える数字が3なのか8なのかを理解する際に、古典的シグナル検出理論では、共同での決定が単により高い視力を持つ個人のそれと同程度であると述べている。Bahramiたち (p. 1081;Ernstによる展望記事参照) は、個々の人が認知した事柄だけでなく、それらの判定の信頼度に関しても議論すると、決定の全体的な認識度(数字テストで言えば視力)が改善されることを提唱した。古典的なコントラスト-検出課題を用いて、個々人の視覚識別能力に大きな差が無い場合、集団的な判定は識別力を大幅に向上させることを彼らは示した。ここで与えられたモデルは、集団的な思考がエリート個々人のそれよりも勝っているかどうかという18世紀の啓蒙運動以来の議論に関する或る一定の方向性を与えるものである。(KU,ok,nk)
Optimally Interacting Minds
p. 1081-1085.

力づくで開く(Forced Open)

伝統的に、反応化学の研究は反応を進めるために分子間のランダムな衝突に頼ってきた。加温と撹拌はこのような衝突のパワーと頻度を増すが、より精密にコントロールすることがほとんどできない。つい最近、化学者はせん断力で操作可能なほど大きなポリマーの骨格に前駆体を取り込むことによって、より直接的に反応を進める方法を学んだ。Lenhardtたち (p. 1057) はシクロプロピルの開環反応へこの技術を適用した。ひずみのある三角形の炭素環がポリマー内に取り込まれたとき、超音波処理によるせん断力により、ポリマー骨格が伸張し、炭素環が切断される。その時に、タウト (ピンと張られた) ポリマーは、単純な加熱によって生成される生成物とは異なる配列をした生成物に向けて開環した中間体を新たな構造に作り上げた。(hk,KU)
Trapping a Diradical Transition State by Mechanochemical Polymer Extension
p. 1057-1060.

ブラックホールを道具として使う(Black Holes as Tools)

難問に差し掛かった場合、物理学者はそれを扱い易い形に書き換える。その例として、ヒモ理論と凝縮系物理を融合し、重力と電子複雑系の理論的関連性を明らかにした事例が挙げられる。この理論融合によりフェルミ液体の理論的記述が可能となった。フェルミ液体は、励起状態を相互作用しない準粒子として扱うことができる電子の相互作用系であると考えられている。いくつかの系ではこの準粒子による説明が当てはまらない場合があるが、Faulkner らは(p.1043、8月5日電子版) 、銅酸化物高温超電導体の特異な金属相に代表される非フェルミ流体を説明できる数学的フレームワークを発明した。彼らは電子応答について計算し、可変パラメターをある値にした時に、系の抵抗が線形性を回復することを示した。さらに、このフレームワークにより銅酸化物や類似複雑系の特異物性の理論的記述が可能となった。(NK,nk)
Strange Metal Transport Realized by Gauge/Gravity Duality
p. 1043-1047.

ひび割れる(Cracking Up)

中央海嶺に対して直交に走るトランスフォーム断層は、海床上で際立って目立つ特徴である。トランスフォーム断層は数千年以上ゆっくりと形成されるため、観測データが少なく、断層形成のメカニズムが解明されていない。Gerya (p. 1047) は数値モデリング手法を使って、プレート境界が非対称に成長することによって、中央海嶺のセクション(切断部)は不安定になり、やがて90度回転することを示している。海嶺は成長し続けるため、トランスフォーム断層はその開始後から長く発達し続ける。このメカニズムは、海嶺の新たな裂け目(fractures)の結果として、トランスフォーム断層のオフセットが不連続に生じることについても説明している。(TO)
Dynamical Instability Produces Transform Faults at Mid-Ocean Ridges
p. 1047-1050.

月一面に(Over the Moon)

月の岩石の最近の解析に基づいて、月の内部は、以前考えられていたよりもはるかに多くの水を含んでいると主張されている。Sharp たち (p.1050, 8月5日号電子版)は、アポロ探査計画によって持ち帰られた月の試料の塩素同位体量を測定し、それら塩素同位体成分の組成は、地球、および、隕石から測定されてきた岩石や鉱物の25倍も大きいことを見出した。この大きな同位体の分布は、玄武岩が噴出した時のハロゲン化金属の蒸発過程によって説明できるーつまり、玄武岩が噴出した時地球に比べ月の水素成分は104から、105も低い場合で、つまり、ほとんど月の内部には水が存在しないことを示唆している。(Wt,Ej,tk)
The Chlorine Isotope Composition of the Moon and Implications for an Anhydrous Mantle
p. 1050-1053.

一般性のあるインフルエンザワクチン接種に向けて(Toward a General Flu Vaccination)

現行の季節性インフルエンザウイルスワクチンは、特異的なウイルス系統を標的としたものであって、幅広くかつ永続性のある予防を提供するものではない。季節性インフルエンザワクチンは、ウイルス血球凝集素(HA)の急速に変異する領域に対する予防的抗体応答をもたらすものなので、ウイルスは非常にすばやく、そのワクチン接種に対して抵抗性をもつようになる。HAにはより長く保存される領域も存在していて、インフルエンザワクチン開発の主要なゴールは、そうした保存される領域に対する抗体を誘発するワクチンを開発し、幅広いウイルス系統に対する予防を実現することにある。Weiたちは、HA DNA での初期免疫の組み合わせとその後の季節性ワクチンによる追加免疫とでマウスやフェレット、さらにはヒト以外の霊長類において、幅広く交差反応性のある中和抗体応答が誘発され、それがマウスやフェレットでは異種性のインフルエンザの攻撃に対して予防的であったことを示している(p. 1060、7月15日号電子版; またDomsによる展望記事参照)。この中和抗体は保存されたHA基部領域に向けられたもので、このことは、インフルエンザに対してより幅広く予防性のあるワクチンを開発しうる可能性のあることを指し示すものである。(KF,KU,kj)
Induction of Broadly Neutralizing H1N1 Influenza Antibodies by Vaccination
p. 1060-1064.

根を作る(Making Roots)

幹細胞の小さな塊りが植物の根のバルクと多様な部分を生み出している。それら細胞は根の成長点に見出され、それら自身が多様な情報源からのシグナル伝達入力によって制御されている。シロイヌナズナにおいて、Matsuzakiたちは、そうした根の幹細胞を制御しているペプチド因子のファミリーを同定した(p. 1065)。それらペプチドは、根成長点増殖因子として知られ、翻訳後修飾やチロシン硫酸化を担い、根の幹細胞の役割を維持するのに必須なものなのである。(KF,kj)
Secreted Peptide Signals Required for Maintenance of Root Stem Cell Niche in Arabidopsis
p. 1065-1067.

植物による修飾されたSOS信号(Plants' Modified SOS Call)

植物は、昆虫の攻撃に対して自分自身を守るいくつかの手段をもっている。特有の揮発性化学物質を遊離することで、葉を食い荒らす害虫の存在位置をその捕食者に密告するが、揮発性物質の産生はゆっくりなのでその害虫は捕食されないで逃げてしまうこともある。緑葉揮発成分として知られる化合物は損傷を受けるとすぐに遊離されるものであるが、AllmannとBaldwinは、タバコ(Nicotiana attenuata)植物が、タバコスズメガ(Manduca sexta)の幼虫によって攻撃を受けると、幼虫の口からの分泌物と組み合わさって、スズメガの卵とその幼虫を餌食とする半翅目昆虫広域捕食動物である Geocoris pallidens を誘引する物質へ転換される化合物を放出していることを発見した(p. 1075)。Geocoris pallidensは、イモムシの卵と若い幼生を餌食としているのである。つまり、昆虫の摂食行動は、他の保護的な揮発物質が合成され放出される前に、植物による防御プロセスを開始させることがあるということである。(KF,kj)
Insects Betray Themselves in Nature to Predators by Rapid Isomerization of Green Leaf Volatiles
p. 1075-1078.

細胞内水素イオン濃度と脂質の代謝(Intracellular pH and Lipid Metabolism)

細胞内の水素イオン濃度(pH)は代謝を制御しているが、そのメカニズムについてはほとんど解ってない。しかし、そのプロセスにおいてバイオセンサーは重要であるらしい。Youngたち(p. 1085)は、酵母中のリン脂質代謝を制御している200以上の遺伝子の同定にシステム生物学を利用した。彼らは、シグナル伝達脂質であるホスファチジン酸が、タンパク質エフェクターのホスファチジン酸へのpH依存的に結合することで、 サイトゾルのバイオセンサーとしての機能を持っていることを見つけた。このような pH 依存性メカニズムは、直接遺伝子発現に影響を及ぼし、養分(栄養素)の効能により、リン脂質代謝が制御されて、膜の産生を制御する経路に関与している。(Ej,hE,ok)
Phosphatidic Acid Is a pH Biosensor That Links Membrane Biogenesis to Metabolism
p. 1085-1088.

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