AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 6 2010, Vol.329


感情の記憶領域(The Storage of Emotions)

感情学習に関与する神経メカニズムは、十分に解明されている。しかし感情の記憶がどこにどのように格納されているのかは、いまだほとんど判明していない。Sacco と Sacchetti (p. 649) は、パブロフ型恐怖記憶が感覚の種類に応じた特有な方法で、一次感覚野ではなく、二次感覚野に格納されることを示している。記憶領域の部位は、条件付けられた刺激が視覚なのか、聴覚なのか、あるいは嗅覚なのかによって決まる。新しい記憶ではなく、古い記憶だけがこの方法によって格納され、そして二次感覚野が損傷 (lesion) しても、古い記憶は失われるが、新しい記憶の獲得を妨げることはない。(TO,KU,nk)
Role of Secondary Sensory Cortices in Emotional Memory Storage and Retrieval in Rats
p. 649-656.

挙動を測定する(Measuring Motion)

固体内部では、原子はその平均的な位置周辺で、物質の熱的および機械的輸送特性と関連するノーマルモードとして知られる一連の周波数で振動している。D. Kaya たちは (p. 656)、マイクロゲル粒子からなるコロイド結晶の動きを観察するためにビデオ顕微鏡を用いた。結晶の不規則性による挙動を調べる事ができるように、コロイド粒子の特性はわずかに変動させられている。コロイド結晶の不規則性にもかかわらず、完全結晶特有の長波長の平面波モードが観測され、また短波長の特徴によって変化する通常の弾性的挙動も観測された。この解析手法は、いろいろな材料系でのノーマルモードや弾性の仕組みに対する、種々のタイプの無秩序性の影響の研究を可能にするであろう。(Sk,nk)
Normal Modes and Density of States of Disordered Colloidal Solids
p. 656-658.

蝙蝠にとっての脅威と蝙蝠からの脅威(Threats to and from Bats)

コウモリは幾つかの危険な病原体の宿主となっており、もしこの病原体がコウモリを根絶しない時には、ヒトの健康に関係してくる。例えば、コウモリへの接触はアメリカにおいてヒト狂犬病の主要な源である。しかしながら、狂犬病は通常人々の間で伝染はしない;ヒトがこのウイルスに対する終点である。Streickerたち (p. 676,表紙参照) は、狂犬病ウイルスの系列がコウモリの系列に対して特異的な傾向があることを示している。狂犬病ウイルスは急速な進化の可能性を持っているが、この性質のみでは遺伝的障壁を克服するには不十分であり、このことが狂犬病ウイルスの新たな種への更なる伝染を抑制している。白色鼻症候はコウモリの外来性の真菌症で、過去3年以上に渡ってニューヨーク州北部から西バージニア州まで拡がり、冬眠中のコロニーにおいて平均70%のコウモリを殺している。この感染症は、コウモリが冬眠すべき冬季に彼らを不眠にさせ、彼らの脂肪の蓄えを浪費させ、結果として百万を越えるコウモリの死となった。Frickたち (p. 679) は、過去30年間の北東アメリカにおいてコウモリに関して収集された集団データを解析し、そして主に白色鼻症候により、かって豊富にいたlittle brown batに次の16年かそこらで地域的な絶滅が進行中であることを示している。食虫性哺乳類がこのスケールで消滅するということは、生態系の保全と農業の害虫駆除の経済的コストに対する悪影響が予期される。(KU,Ej,nk)
Host Phylogeny Constrains Cross-Species Emergence and Establishment of Rabies Virus in Bats
p. 676-679.
An Emerging Disease Causes Regional Population Collapse of a Common North American Bat Species
p. 679-682.

表面ギャップに隙間を開けること(Opening a Surface Gap)

トポロジカル絶縁体の多くの特性は、時間反転対称性のおかげで電子が後方散乱から保護される、いわゆるギャップレス表面状態の結果によって決定される。時間反転対称性を壊し、また表面ギャップに隙間を開けることは、アキシオン電磁力学のような素粒子物理学に関連した現象研究への展望を与える。これを達成するために、Chenたち (p. 659; Franzによる展望参照) は、三次元トポロジカル絶縁体である Bi2Se3 に磁性ドーパントをドープし、表面ギャップの隙間を観察した。荷電ドーパントとの同時ドーピングは、フェルミエネルギーを表面ギャップの内側へシフトするために行われる。このようにして、同時ドーピングは絶縁ギャップとなるディラック状態を作る。ギャップの大きさとフェルミエネルギー準位は、両方ともドーパントの性質と密度を変えることによって調整できた。(hk,KU)
Massive Dirac Fermion on the Surface of a Magnetically Doped Topological Insulator
p. 659-662.

ねじれたもつれ(Entanglement in a Twist)

光子のような量子力学的もつれを示す粒子で観測される強い相関は、セキュリティーの高い情報伝達や量子情報処理への展開が期待されている。Leach等は(p.662)、非線形結晶中でパラメトリック下方変換によって作られる2つの光子の相補的変数 --角度位置と軌道角運動量-- の量子強相関について示している。この角をベースにしたもつれの実証により、角度が真のオブザーバブル(量子力学的観測量)でありまた、セキュリティーの高い高次元鍵伝送が可能な量子情報処理のリソースとして活用できることが明らかとなった。(NK,nk)
Quantum Correlations in Optical Angle?Orbital Angular Momentum Variables
p. 662-665.

MESSENGER の第3のメッセージ(MESSENGER's Third Set of Messages)

MESSENGER は、2011年3月に水星の周りの軌道に入る途上にある探査機であるが、2009年9月29日に、その水星に対して三回目のフライバイ (天体への接近通過)を完了した。Prockter たち (p.668, 7月15日電子版) は、このフライバイの間に取得した画像データを与えており、それによると水星での火山現象は、以前推測されていたよりもずっと最近まで継続していたことを示している。火山活動が継続した期間、特に最後の活動がいつであったかは、水星全球の熱的進化を理解する上で欠けていた情報であった。Slavin たち (p.665, 7月15日電子版) は、9月29日のフライバイ期間中の磁場測定について報告している。このフライバイでは、水星の磁気圏は太陽風と非常に強く結合している。水星の尾部側の磁場は、2分から3分の間に 2から3.5倍の増減を示した。これらの観測は、開いた磁束が磁気圏に詰め込まれており、それが続けてサブストーム (substorm) によって開放されることを示唆している。このサブストームとは、この期間に磁気尾部に急速にエネルギーが解放される磁気的な乱れのことである。地球では、充填/解放のサイクルの間の尾部の磁場強度の変化はずっと小さく、また、ずっと長い時間スケールで発生している。Vervack たち (p.672, 7月15日電子版) は、MESSENGER に搭載された水星の大気と表面成分の分光器を用いて、水星の中性粒子とイオンの外気圏を測定した。水星の北極、および、南極に渡るマグネシウム、カルシウム、ナトリウムの分布高度の相違は、複数のプロセスが働いて、外気圏を生成、維持していることを示している。(Wt,nk,tk)
Evidence for Young Volcanism on Mercury from the Third MESSENGER Flyby
p. 668-671.
MESSENGER Observations of Extreme Loading and Unloading of Mercury’s Magnetic Tail
p. 665-668.
Mercury’s Complex Exosphere: Results from MESSENGER’s Third Flyby
p. 672-675.

作動中の単一ミオシンの測定(Measuring Single Myosins at Work)

過去15年において、筋収縮の分子機構が単一分子レベルで研究されてきた;しかしながら、骨格ミオシンの非プロセシブ (nonprocessive;非前進的) な性質のためラボ間で結果が変わっていた。Kaya and Higuchi (p. 686) は光トラップと蛍光イメージングを組み合わせることで、単一の骨格ミオシンの非線形性の弾性と作動中のストロークのサイズをサブナノメートルの精度で測定した。そのデータは、ミオシンの内部構造変化を生理学的力の発生及びフィラメントのスライドに関係付けることが重要であることを示唆している。(KU)
Nonlinear Elasticity and an 8-nm Working Stroke of Single Myosin Molecules in Myofilaments
p. 686-689.

HOTAIRの話題が、今や熱い(A Lot of HOTAIR)

(50ヌクレオチド以下の)小さな非翻訳RNAのいくつかのクラスの役割は、詳細な分子レベルで明らかにされ始めているが、真核生物ゲノムの大半に見られる、(200ヌクレオチド以上の) 長い、遺伝子間非翻訳(linc)RNA のほとんどのものの機能は、謎めいたままである。マウスのHOXC座位から転写されたHOTAIR lincRNA は、ポリコームリプレッサー複合体2(PRC2)に結合して、それをHOXDその他の遺伝子に補充しており、そこでそのヒストンメチラーゼ活性が遺伝子転写を抑圧するように作用している。Tsai たちはこのたび、HOTAIRが、CoREST/RESTリプレッサー複合体の一部であるヒストン脱メチル化酵素LSD1にも結合して、転写を活性化させるヒストン標識を除去するように作用することでPRC2複合体の抑圧的活性を強化している、ということを示している(p. 689、7月8日号電子版)。HOTAIRは、つまるところ、PRC1/CoREST/REST同時制御遺伝子の、ゲノム全体にわたる解析において明らかにされたように、PRC2とLSD1を含む複合体を遺伝子に結合させるプラットフォームとして機能しているのである。(KF)
Long Noncoding RNA as Modular Scaffold of Histone Modification Complexes
p. 689-693.

親の影響(Parental Influences)

ゲノム刷り込みは、ある遺伝子の継承される対立遺伝子のうち、父系か母系かどちらかの優先的発現に帰結する。Greggたちによる2つの論文は、ゲノム全体にわたるアプローチを用いて、マウスの胚性と成体の脳における遺伝子のレパートリを、どちらの親起源の対立遺伝子の結果であるかによって、特徴づけようとしている (p. 643、7月8日号電子版; およびp. 682、7月8日号電子版; またWilkinsonによる展望記事参照のこと)。その研究は、母系または父系の対立形質の偏りを有する1300以上の座位を明らかにした。成体の視床下部と皮質、および発生中の脳における母系と父系による対立形質の発現の偏りの比較によって、時空間的、性特異的、さらにアイソフォーム特異的な制御の存在が明らかになった。母系か父系かの効果は、つまるところ、脳における後成的遺伝子発現制御の、主要で動的なモードを表しているのである。(KF)
High-Resolution Analysis of Parent-of-Origin Allelic Expression in the Mouse Brain
p. 643-648.
Sex-Specific Parent-of-Origin Allelic Expression in the Mouse Brain
p. 682-685.

DNA結合するファンコニ貧血タンパク質(Fanconi Anemia Protein in DNA Binding)

ファンコニ貧血の患者は、二重らせんのDNA鎖を一緒にクロスリンクする化学物質に対する感受性の増大など、いくつもの症状におびやかされる。そうした異常はゲノムの不安定性をもたらすことになる。損傷したDNAを修復するのに関与する13個の異なった遺伝子における変異が、この病気には関わっている。Liuたちは、新しい因子 FAN1(ファンコニ貧血関連ヌクレアーゼ1)を同定したが、これは2つのFANCタンパク質、FANCIとFANCD2の複合体(ID複合体)に関係していることを彼らが見出した(p. 693、7月29日号電子版)。このモノユビキチン化したID複合体はDNA損傷の座位に存在していて、そこにモノユビキチン結合タンパク質であるFAN1を補充する。FAN1には、DNA鎖間のクロスリンクの除去とそれに続く修復に必要となるDNA枝分かれ特異的なヌクレアーゼ活性があるのだ。(KF)
FAN1 Acts with FANCI-FANCD2 to Promote DNA Interstrand Cross-Link Repair
p. 693-696.

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