AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science June 4 2010, Vol.328


Menorahsを作る(Making Menorahs)

ニューロンが多く枝分かれしているプロセスは多くのニューロンにとって一般的なことである。しかし、この形成を制御し、維持し、再生しているメカニズムは殆んど解明されてない。Oren-Suissa たち (p. 1285, および、5月6日号の電子版を参照) は、線虫 (Caenorhabditis elegans) において、2つの高度に分岐したメカノセンサーニューロン (機械的刺激感覚性ニューロン/mechanosensory neurons) 中に、menorahsと呼ばれる構造単位からなる大規模に分岐する神経突起の樹形の成長を観察した。細胞の融合を仲介している必須タンパク質のEFF-1は、この樹状分岐においても決定的な役割を演じている。(Ej,hE,kj)
The Fusogen EFF-1 Controls Sculpting of Mechanosensory Dendrites
p. 1285-1288.

さあ、一緒に(All together Now)

単一の原子が励起する場合、典型的には特徴的な減衰時定数で減衰する。ただ一つの励起原子と集団的に量子力学的な結合をしている原子集合は、単一原子の場合よりもっと急速に協調して減衰する。この光‐物質相互作用の増強は超放射 (superradiance) として知られている。Rohlsberger たち (p. 1248, 5月13日号電子版、および、Scully and Svidzinskyによる展望記事参照) は、半導体内の空洞に閉じ込めた鉄原子をシンクロトロン放射で励起して人工的に超放射を実現し、協調的相互作用から予測される集団運動に特有なラム(Lamb)シフトと減衰率の増大について報告した。この効果を詳細に観察できる人工的に制御された系が得られたので、天然の複雑な光エネルギー転換システムにおける超放射の役割が解明され、より高効率の太陽電池の生産に結び付くと思われる。(Ej,nk)
Collective Lamb Shift in Single-Photon Superradiance
p. 1248-1251.

選択的な回転体(Selectively Spun)

ビアリール化合物 (2個のフェニル環が単結合で連結されている) は、アトロプ異性と呼ばれる或る種の興味深いキラリティを示す。もし大きな置換基がリング間結合の周りの相互回転をブロックすると結果として二つの異性体が単離されるが、各々は一つの環が他の環の平面から離れて回転するその方向においてのみ異なる。この特徴は非対称性の触媒におけるリガンドの設計に役立ち、又多くの多環式天然物でも見られるものである。しかしながら、単一の異性体の選択的な合成は困難である。Gustafsonたち (p. 1251) は、単純なトリペプチド誘導体がこの目的に沿う効果的な触媒として作用することを示している。この誘導体は選択的な臭素化により、自由に回転する前駆体をひとつの配向でトラップする。;大きな臭素置換体が更なる回転を抑えている。(KU,kj)
Dynamic Kinetic Resolution of Biaryl Atropisomers via Peptide-Catalyzed Asymmetric Bromination
p. 1251-1255.

さほどランダムな動きではない(Not So Random Walk)

ロタキサン(rotaxane)において、分子の環が心棒に沿ってドッキング部位間を前後にシャトル運動をする。Panmanたち (p.1255) は振動分光法を用いて、このシャトルの複雑な運動を追跡した。その運動は出発部位に環を結び付けている水素結合の緩慢な切断により支配されていた。心棒の長さを変えることで、環が自由になった後の前進と後退の運動に関する相対的な速度を得ることが出来た;やや驚いたことに、目的部位に向けての前進運動は、出発部位に向けての後退運動に比べて遅かった。(KU)
Operation Mechanism of a Molecular Machine Revealed Using Time-Resolved Vibrational Spectroscopy
p. 1255-1258.

排水口に流れ落ちる(Down the Drain)

約9300年前に発生した広範な寒冷化イベントは、北半球の大部分に影響を与えた。このイベントは北大西洋の海洋循環の変化を伴っており、おそらくローレンタイド氷床 (Laurentide Ice Sheet) の溶解が原因となる大規模な淡水の注入が引き起こしたと考えられるが、その源や規模、淡水の流れた道筋は不明のままである。Yuたち (p. 1262,4月29日オンライン記事公開) は、この寒冷化現象の引き金は、スペリオル湖から流れ出た突発的な洪水であるという証拠を示す。スペリオル盆地の湖水位の変化を再現した結果は、9300年前に湖水位が急激に45メートル降下したことを示しており、おそらく氷河が運んだ岩屑によって出来たダム (drift dam) が決壊したことが原因である。急速な排水は、ノースベイ、オタワ川、セントローレンス川の谷間を通り、北大西洋に達して、それは、地質的記録と一致しているように、海洋循環をかく乱するには十分であっただろう。(TO,nk)
Freshwater Outburst from Lake Superior as a Trigger for the Cold Event 9300 Years Ago
p. 1262-1266.

過去は霞んでいたらしい(The Past Looks Hazy)

地球の歴史の最初の 20億年の間は、太陽は現在よりも 30% 暗かったと考えられている。しかし、その地球という惑星の表面は十分暖かく、氷河の形成は妨げられ、初期の生命体がしっかりと存在できるようになっていった。では、なぜ太陽エネルギーの流れが 30%も低いのにも関わらず、温度はそのように高かったのであろうか? Wolf とToon (p.1266; Chyba による展望記事を参照のこと)は、大きさにフラクタル的分布のある、光化学的な霞 (ヘイズ) が存在していたことがその理由であると提案している。そのような霞は、以前のモデルで仮定されていたような球状の粒子からなる霞とは異なり、もし存在していたら生命が発生するのを妨害する、あるいは、遅らせるであろう紫外輻射を、遮断するには十分に不透明である一方、より長波長領域では十分に透明で、大気を暖かいままに保つことがてきた。(Wt,Ej,nk)
Fractal Organic Hazes Provided an Ultraviolet Shield for Early Earth
p. 1266-1268.

野生の昆虫(Insects in the Wild)

昆虫は陸上の生態系において極めて重要であり、生理学と遺伝学の研究におけるラボでのモデル系を提供している。野生集団において、自然選択と性的選択がどのように進化を促進するよう作用しているかを調べる研究は、無脊椎動物では無視されることが多かった。結果として、ラボ環境と自然環境において、いかなる事柄がどのように働いているかに関する我々の理解に隔たりが生じていた。Rodriguez-Munozたち (p. 1269;Zukによる展望記事参照)は、野生コオロギの全集団における生活史、行動、及び生殖の成功に関する包括的モニタリングによりこのギャップの溝を埋めた。遺伝的データーを付加することで、行動がどれほど生殖の成功に影響を与えるているかを評価することが可能となり、そしてオスの生殖の成功が雌のそれ以上に変化することを確認した。(KU)
Natural and Sexual Selection in a Wild Insect Population
p. 1269-1272.

インフルエンザが策略を回避する(Influenza Escape Tricks)

タミフル (オセルタミビル) は、危険なインフルエンザの大流行に備えていくつかの国々で広く備蓄されてきた。これまでのところ、その大規模な使用が必要とされたことは無かったのだが、それにもかかわらず、ノイラミニダーゼの 274残基 (H274Y) においてヒスチジンからチロシンへの点変異が生じることにより、季節性の株に耐性が出現した。1998年に初めて耐性ウイルスが発見された時、それはあまり拡大しなかった。しかし2008年までにそのウイルスは再活性化し、季節性インフルエンザにおいて変異が世界中に広がった。では、それほど急激にウイルスの適応力を高めるのに何が起こったのだろうか? Bloom たちは (p.1272; Holmesによる展望記事を参照)、H274Y の変異がノイラミニダーゼ酵素の折りたたみを阻害することを示した。より強力な最近のオセルタミビル耐性の単離体においては、他の変異が H274Y の(ウイルスにとって)有害な影響を埋め合わせ、ウイルスに活性を取り戻させている。(Sk,nk,kj)
Permissive Secondary Mutations Enable the Evolution of Influenza Oseltamivir Resistance
p. 1272-1275.

温室効果ガスの放出削減(Seeing REDD)

森林の減少や退化による温室効果ガスの放出を削減すること(“REDD”)は、人為的な気候変化の割合を低下させるための全世界的な戦略における重要な経済メカニズムになりつつある。AragaoとShimabukuro(p. 1275) は、ブラジルのアマゾン地方に対しては、REDDの効率性は、森林の減少を食い止めることだけでなく、火の取り扱いについて取り組むことにかかっていると指摘する。人工衛星から得たアマゾン地方の森林減少の割合と火災とを時間経過で示すデータは、森林減少の割合は概して低下しているにもかかわらず、ほとんどの地域にまたがって火災が増加している傾向を示唆している。この調査は、管理された農業を導入することで、すでに森林破壊された地域における伝統的な焼畑土地利用よりも、アマゾンにおける火災の減少を促進するであろう。(TO,ok)
The Incidence of Fire in Amazonian Forests with Implications for REDD
p. 1275-1278.

生殖系列の品質管理(Germline Quality Control)

p53腫瘍抑制タンパク質は、異常な癌細胞から生物体を保護する鍵となる役割を果たしている。しかし進化の過程では、動物が癌にかかるほど長く生きてしまうことはめったになく、p53のそんな機能が必要になることもめったになかった。それではp53は、そもそもどんな元々の機能のために選ばれていたのか? Luたちは、ショウジョウバエの発生過程において、雌性の生殖系列におけるp53の一時的な活性化を観察した(p. 1278)。癌の際には、p53は、DNA損傷への応答として活性化する。同様に、この研究では、減数分裂の際に正常に生じるDNAの切断もまた、p53活性化を引き起こしていた。交差の際のDNA切断の修復が抑制されている動物では、p53の活性化が長時間に及んだ。さらに、p53も足りない場合には、卵形成は異常であった。p53の活性化が、減数分裂の際の染色体組換えのプロセスに、正確にどのように寄与しているかは、はっきりしないままだが、それが品質管理を提供していて、無傷のDNAをもつ配偶子の生存だけを許している、という可能性がある。(KF,nk,kj)
Meiotic Recombination Provokes Functional Activation of the p53 Regulatory Network
p. 1278-1281.

薬による忘却(Pharmacological Forgetting)

条件付けされた恐怖 (動物に光や音などの条件刺激と電気刺激などの無条件刺激を組み合わせて学習させた恐怖) を消失させることにより、側前頭皮質においてある記憶が形成される。側前頭皮質とは、消失の記憶を回復させるという重要な機能を持つ領域である。この、消失の記憶に関わる「可塑性」に潜むメカニズムを理解することは、不安障害の治癒に役立つであろう。BDNF(脳由来神経栄養因子) を側前頭皮質に注入することによりPetersたちは (p.1288)、恐怖を減衰させる学習をすること無しに、条件付けされた恐怖を消失させることができた。 実際、注入されたBDNは、まるで一連の恐怖減衰学習が行われたかのように、機能するように見える。このように、海馬は側前頭皮質にBDNFを供給する源泉となっているのかもしれない。そして、消失の記憶に関する個人差は、海馬のBDNFの内容物の違いを反映しているのかもしれない。(Uc,nk)
Induction of Fear Extinction with Hippocampal-Infralimbic BDNF
p. 1288-1290.

二次メッセンジャーの局在状態の監視(Keeping Tabs on Second-Messenger Localization)

原核生物の二次メッセンジャー環状ジグアノシン一リン酸 (c-di-GMP) は、運動性あるいはプランクトン性のライフスタイルと坐位あるいは接着性のライフスタイルとの間の切り替えを制御する、広くみられる細菌性シグナル分子である。この二次メッセンジャーによる制御は、病原性の形質やバイオフィルム形成、抗生物質耐性などとも関連しているとされてきた。Christenたちは、個々の細菌細胞中でのc-di-GMPのゆらぎの可視化を可能にする、蛍光共鳴エネルギー転位に依存したセンサーを作り出した (p. 1295)。このセンサーを用いて、c-di-GMPの分布が、 カウロバクター・クレセンタスや緑膿菌細胞の細胞周期の間に変化することが発見された。(KF,kj)
Asymmetrical Distribution of the Second Messenger c-di-GMP upon Bacterial Cell Division
p. 1295-1297.

量子スピン液体(Quantum Spin Liquid)

反強磁性体において最低エネルギー状態であるときは、格子上の隣接するスピンの方向が反対になっている。しかし、ある格子状態では(たとえば二次元三角格子)幾何学的制約があるために、極低温近傍であってもこの磁気規則性をを示すことができないために、量子スピン液体と呼ばれる状態になると予測されている。Yamashitaらは (p.1246) 最近発見された量子スピン液体候補有機化合物 EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2 の熱伝導性をしらべ、最低励起状態の特性について調べている。バリスティック伝播ギャップレス励起と有限のスピンギャップに起因した励起の2種類が観測された。これらの結果は、量子スピン液体という特異な物質状態を理解する上で貴重な手がかりとなるであろう。そして、それは潜在的に他の二次元量子系に関連している。(NK,Ej,nk)
Highly Mobile Gapless Excitations in a Two-Dimensional Candidate Quantum Spin Liquid
p. 1246-1248.

過酸化水素の弱さ(The Weakness of HO3

OH基は地球の大気化学において重要な役割を担っている。大気の反応ネットワークを理解するには、OHの発生と吸収に関する正しい知識が必要だ。一つの難問がある。それはOHの大規模な貯留があり、それが一時的に酸素と結びついて過酸化水素を形成しているかどうか、というものである。Le Picardたちは (p.1258) 実験装置内で、OHの高感度蛍光追跡法を用いてこの反応の平衡定数を測定するのに成功した。この計測結果は、O2-OH結合強度を定量化することに用いられた。そして、その強度は大気で主要な役をするための複合体形成には弱すぎることが分かった。(Uc,nk,kj)
The Thermodynamics of the Elusive HO3 Radical
p. 1258-1262.

被覆ピットの組み立てを引き起こすもの(Initiator for Coated Pit Assembly)

クラスリン媒介エンドサイトーシスの際、クラスリン・アダプタータンパク質AP2によるカーゴや脂質に対する検知や結合はクラスリンの補充をもたらし、クラスリン被覆ピット形成に向けた核形成を引き起こすと考えられてきた。Henneたちはこのたび、AP2結合のこのプロセスが実際には、エンドサイトーシスの最初あるいは核形成のイベントではない可能性があることを発見した(p. 1281、および、5月6日発行の電子版参照)。代わりに、FCHo1/2 (F-BARタンパク質) と呼ばれる遍在しているタンパク質がその原形質膜に結合し、AP2とは無関係に、エンドサイトーシスの部位を決めているのである。このF-BARタンパク質は、非常に低い曲率を産み出すことができるが、より高い濃度では、発芽小胞の首部分で必要となる高い曲率を産み出すことができる。このタンパク質のC端末は、Eps15やインターセクチン (intersectin) と相互作用するμ-相同領域 (AP2複合体のμ領域と相同性がある) を有していて、それらタンパク質を介してAP2を補充し、それによってさらにクラスリンを補充しているのである。つまり、曲率を生じさせるあるタンパク質は、エンドサイトーシスの際に、クラスリン被覆ピット組み立ての核形成のために作用することができるのである。(KF)
FCHo Proteins Are Nucleators of Clathrin-Mediated Endocytosis
p. 1281-1284.

敗血症の予防効果(Sepsis Protection)

敗血症は感染症に対する制御不能の炎症反応を特徴とする深刻な病症である。敗血症はしばしば臓器不全あるいは/および死という結果をもたらし、現在の治療法はまだまだ効果的とはいえない。Puneetたちはこのたび、スフィンゴシンキナーゼ1 (SphK1) 酵素が敗血症治療の重要な治療標的になる可能性があることを示している(p. 1290)。SphK1発現は細菌性産物への応答においてヒトの貪食細胞上に増加し、敗血症患者からの貪食細胞上でも高発現していた。in vitro の実験で、SphK1を抑制すると、細菌性産物で刺激されたヒト貪食細胞による炎症性メディエイターの産生が減少した。二種の致死性敗血症モデルマウスを使ったin vivo の実験では、SphK1への低分子干渉RNAによる前処理あるいは、特殊なSphK1阻害剤によって、マウスが死から守られた。マウスが敗血症への誘導から8時間以内にSphK1阻害剤で処置された場合にも予防効果は見られ、マウスが広域性抗生物質を与えられた場合にはこの予防効果はさらに増強された。(KF,nk,ok,kj)
SphK1 Regulates Proinflammatory Responses Associated with Endotoxin and Polymicrobial Sepsis
p. 1290-1294.

[インデックス] [前の号] [次の号]