AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science March 26 2010, Vol.327


栄養のトレードオフ(Trophic Trade-Offs)

いわゆる「栄養カスケード」において植生バイオマスに対する捕食者の影響を明らかにする目的でたくさんの試みがなされてきた。ある理論は、成長の速い植物は比較的無防備であり草食動物によって捕食されやすいのだ、と主張している。このことは、成長に関わる形質の賦与と防御戦略との間で機能的なトレードオフがあることを示している。Mooney たちは(p.1642; Hambackによる展望記事参照)、16 種のトウワタ(薬用植物)について、土壌の肥沃化と草を食べるアブラムシの二つに対する反応を比較した。予測されていたように、生育の際に成長スピードと食べられにくさのどちらを選ぶかという見地から、この植物ではどちらを主眼に成長を制御しているかについて種間の違いを観察することができた。(Uc,KU,nk,kj)
【訳注】栄養カスケード:食物連鎖の上位から下位へ玉突き現象のように影響が伝わること
Evolutionary Trade-Offs in Plants Mediate the Strength of Trophic Cascades
p. 1642-1644.

白金を用いないディーゼルエンジン(Platinum-Free Diesel)

ディーゼル燃料を燃焼させるエンジンは、優れた効率と引き換えに窒素酸化物 (NOx) などの汚染物質を生成する。現在のところ、こうした汚染物質を除去するには白金などの高価な貴金属が必要とされている。Kim たち(p. 1624; Parksによる展望記事参照)は、より量が豊富で安価な元素から調製できるストロンチウムが含まれた灰チタン石 (perovskite) 触媒を用いることで、NOx の処理コストを低減し、その結果としてディーゼル燃料の費用対効果がより高くなることを示している。現実の条件下での排気流のシミュレーションにより、この触媒が NOx の分解を促進する能力は白金に匹敵していた。(TO,KU,nk)
Strontium-Doped Perovskites Rival Platinum Catalysts for Treating NOx in Simulated Diesel Exhaust
p. 1624-1627.

鉄の露出(Iron Exposure)

大環状構造のヘム(鉄を含む錯体)はタンパク質に鉄イオンが配位したもので、生化学における酸化触媒として広範な役割を果たしている。Bezzu たちは (p.1627)、鉄原子を中心に有する類似した大環状分子2個が対を成して整列した結晶を作製した。対構造の外側表面は、空洞に対して鉄イオンを露出させており、リガンド(配位子)の交換が可能である。一方、対構造の内側表面は、完全な結晶構造となるように強固に架橋したリガンドによって互いに結合している。これらの結晶の安定性と高い空隙率は、すぐれた触媒としての応用の可能性を秘めている。(Sk)
Heme-Like Coordination Chemistry Within Nanoporous Molecular Crystals
p. 1627-1630.

放射性ダメージからの回復(Preventing Radiation Damage)

核反応炉内での長期間の放射線曝露によって構造的なダメージが引き起こされ、その結果炉の部品の耐用年数に限界が生じている。Bai たちは(p.1361; Ackland による展望記事参照)本報告で、広範囲の時間と距離のスケールをカバーする3つのシミュレーション手法を用いることによって、銅結晶内部の粒界が放射線によって引き起こされた格子欠陥に対して排出溝のように振舞うことを示している。この粒界は欠陥を格子間原子の形で保持し、次にこの原子をバルクな結晶中の空格子と結合させて欠陥を消滅させるのだ。この再結合のメカニズムは、バルクな結晶での空格子拡散のエネルギー障壁よりも遥かに低いエネルギー障壁を有している。このため、より低いコストによる銅の自己修復手段となりうる。(Uc,KU,nk)
Efficient Annealing of Radiation Damage Near Grain Boundaries via Interstitial Emission
p. 1631-1634.

光格子中のフェルミオン挙動(Fermion Behavior in an Optical Lattice)

光格子はチューニング性に優れているため、理論計算やコンピュータシミュレーションでは解けない複雑な多体問題を、実際に格子中にフェルミオンやボゾンを入れて調べる量子シミュレーターとして期待されている。モット絶縁体や超流体のような多体状態のいくつかは、単にボゾン光格子のポテンシャル井戸の深さを変化させただけで実現されてきた。Hackermullerらは(p.1621)、フェルミオンを充填した光格子中で特異な効果を発見している。断熱的にフェルミオン同士の引力を強くした場合、収縮するのではなく、エントロピーを保存するためにガスが膨張したという。(NK,nk)
Anomalous Expansion of Attractively Interacting Fermionic Atoms in an Optical Lattice
p. 1621-1624.

完全なミスマッチ(Perfect Mismatch)

ヘテロエピタキシーとは、ある結晶の上を覆い被せて他の結晶物質が成長することであり、これは薄膜やナノサイズの微結晶をつくるための鍵となる製造方法である。しかし、もし2つの結晶の格子のミスマッチが大き過ぎるとか規則的でない場合には、その境界面は破壊状態となる。Zhang たち(p. 1634)は、異なる格子が乱雑な界面を作らないようなコアシェル構造の球状のナノ粒子を得た。銀を金の核の上に沈着させ、これを化学変換させて多様な完全結晶の半導体結晶シェルを形成した。このとき、金と銀のミスマッチは 50% 近くもあった。(Ej,hE,nk)
Nonepitaxial Growth of Hybrid Core-Shell Nanostructures with Large Lattice Mismatches
p. 1634-1638.

脂質キナーゼが明らかになった(Lipid Kinase Revealed)

Vps34 という脂質キナーゼは、ホスファチジルイノシトール 3-リン酸(phosphatidylinositol 3-phosphate)[PI(3)P] という鍵となるシグナル伝達脂質を作り、自己貪食や膜輸送や細胞のシグナル伝達においてきわめて重要な役割を担う。これは、クラスIIIの PI3 キナーゼであり、、これに対する特定の阻害薬が存在しないクラスである。Miller たち(p. 1638)は、Vps34 の結晶構造を報告した。変異の構造データと合わせて基質の結合性をモデル化し、Vps34 が溶液中では自己阻害されるが、膜上では触媒的に活性なコンフォメーションをとることが分った。Vps34 と既に存在する阻害剤の構造から、高いアフィニティーと特異性をもつ阻害剤を作りだすことが可能になるかもしれない。(Ej,hE,kj)
Shaping Development of Autophagy Inhibitors with the Structure of the Lipid Kinase Vps34
p. 1638-1642.

蚊の二重の作用(Mosquito Double Act)

パーオキシダーゼ/デュアルオキシダーゼ(duol)系は、多様なタンパク質を架橋する非特異的なジチロシン結合形成の触媒反応を協調して行う。この反応は巧みに調整された昆虫の免疫応答に関与していることが知られているが、Kumar たち(p. 1644,3月11日号電子版)は、マラリア-ベクターの蚊においてパーオキシダーゼ/duol 系が中腸の抗菌性応答を調節することで腸管内菌叢をどのように保護しているかを調べた。蚊の卵の生存率の低下につながる免疫反応を形成し、しかしながら宿主の応答を調節することで、マラリア寄生虫は生きている共生菌叢のなかで生存可能となる。パーオキシダーゼ/duol系は中腸の上皮細胞の表面を横切るタンパク質間のジチロシン結合を促進して、免疫認識やメディエーターの遊離を抑制するような層を形成するらしい。このような層の形成を阻止することが蚊やマラリアの制御の標的となるであろう。(KU)
A Peroxidase/Dual Oxidase System Modulates Midgut Epithelial Immunity in Anopheles gambiae
p. 1644-1648.

雄性の成功の要因(The Making of the Male)

殆どの植物は雄しべと雌しべの双方を有する花を持った雌雄同体株の交配系を持っている。しかしながら、幾つかのケースにおいて、植物の種に性特異的な生殖不能因子が侵入する。雌しべの不妊症因子が集団に侵入すると、androdioecy(雄しべのみの花と雌雄同体の花(両性花)が共存する交配系)と呼ばれる交配系に帰結する。理論的に、このような雌しべの生殖不能 (雄しべ) の個体は、生殖能力の減少により低頻度で生じるはずである。しかしながら、オリーブのファミリーの幾つかの種は予期される雄しべの交配頻度よりもより大きい。Saumitou-Laprade たち(p.1648)は、或る一つの種に対して、雄しべが雌雄同体株の個体内部での自己不和合性因子の保持により、高頻度で受粉できたことを示している。このケースにおいて、雌雄同体株の個体は異なる不和合成の個体とのみ交配し、結果として利用できる交配のパートナーが減るが、一方雄しべは総ての雌雄同体株と交配できる。これが、理論とは対照的にどうして雄しべの高頻度化が集団内で存在するかを説明している。(KU,kj)
A Self-Incompatibility System Explains High Male Frequencies in an Androdioecious Plant
p. 1648-1650.

白血病への経路(A Pathway to Leukemia)

白血病は白血病幹細胞(LSCs)と呼ばれる少数の自己再生細胞によって引き起こされ、そして維持される。LSCs は健康な血液細胞を作る自己再生細胞である造血幹細胞 (HSCs) と性質を共有している。Wang たち(p. 1650)は、既存の治療法では手に負えない病である、急性骨髄性白血病 (AML) に関するマウスモデルを調べた。Wnt/β-カテニンのシグナル伝達経路の活性化が癌遺伝子の介在する HSCs の LSCs への効率的な変換に必要であった。この経路は細胞生物学で最もよく研究されているシグナル伝達経路の一つであり、AML に関する前臨床モデルにおいてβ-カテニンシグナル伝達の拮抗薬開発への道を切り開くものである。(KU,nk)
The Wnt/β-Catenin Pathway Is Required for the Development of Leukemia Stem Cells in AML
p. 1650-1653.

3次元で見る心筋細胞のシグナル伝達(Heart Cell Signaling in 3D)

健康な心臓は、心臓の筋細胞(心筋細胞)の表面に存在しているβ1-およびβ2-アドレナリン受容体(βAR)を介した細胞シグナルの適正な伝達に頼っている。その細胞の表面は、高度に揃った丘と谷の連なりの様子によく似ているが、この表面形状が、細胞機能にとって決定的な βAR のシグナル伝達において役割を果たしているのかどうかは、はっきりしていなかった。Nikolaev たちは、生きている心筋細胞中で、βAR によって産出されるサイクリック AMP(cAMP) 信号をモニターした(p. 1653、2月25日号電子版; またDornによる展望記事参照のこと)。健康なラットおよび心不全のラットからの細胞のどちらにおいても、β1-AR は細胞表面全体にわたって存在していた。いた。それとは対照的に、β2-AR の空間的な局在の場所は健康なラットと心不全のラットでは異なっていた。健康な心筋細胞では、β2-AR は横行小管と呼ばれる表面の陥入した場所にだけ存在していて、空間的に限定された cAMP シグナルを産出していたが、一方心不全の心筋細胞では、β2-AR は他の細胞の表面領域に再分布され、それによって拡散した cAMP シグナルを産み出していた。つまり、βAR によって引き起こされる cAMP シグナル伝達の空間的局在の変化が、心不全に寄与している可能性がある。(KF,KU,nk,kj)
β2-Adrenergic Receptor Redistribution in Heart Failure Changes cAMP Compartmentation
p. 1653-1657.

末端にあるシェルタリン(Shelterin the Ends)

直線的な染色体の末端は、2つの問題の影響をこうむっている。末端部分は終端まで複製されえないので、終端部分の配列が失われるということ。また、終端が誤って DNA 二重鎖切断部として感知され、DNA 修復経路を活性化してしまい、その結果重大なゲノムの攪乱をもたらしてしまうこと。こうした問題は、染色体の末端に、シェルタリン (shelterin) と呼ばれるタンパク質複合体によって覆われた反復配列であるテロメアを付加することで解決される。Sfeir たちは、マウスの Rap1 タンパク質(シェルタリン複合体の一部で、しかも TRF2 と呼ばれる第2のシェルタリンタンパク質に結合する)が、テロメアを助けて予定外の相同変換(組換え)を蒙らないよう防いでいる、ということを明らかにした(p. 1657)。そうした組換えは、姉妹テロメア間の配列交換を産み出し、危険なほど短いテロメアを産み出してしまうことによってテロメアの完全性を脅かしうるものなのである。(KF)
Loss of Rap1 Induces Telomere Recombination in the Absence of NHEJ or a DNA Damage Signal
p. 1657-1661.

「自発性」遊離の引き金("Spontaneous" Release Trigger)

シナプス小胞の遊離は、いくつか違う相で生じる。活動電位に密接に結び付いて生じる場合(同期的)、活動電位にすぐに追随する場合(非同期的)、あるいは活動電位によって引き起こされない確率論的イベントとして生じる場合(自発的)。小胞タンパク質であるシナプトタグミンが、同期的相における Ca2+ センサーとして働いていると考えられているが、その他の2つの相においては、Ca2+ センサーは同定されていなかった。Groffenたちはこのたび、Doc2(double C2 domain) タンパク質として知られる細胞質のタンパク質が、自発性遊離に必要であることを明らかにした(p. 1614、2月11日号電子版)。Doc2 タンパク質は、Ca2+ の例外的に低い増加に応答して起きる膜融合を促進するもので、Ca2+ への感受性がシナプトタグミンよりも数桁敏感なものである。Doc2 とシナプトタグミンは、膜融合の際にスネア-複合体結合を求めて競合する。Doc2bのCa2+ 依存を無効にするような変異は、自発性遊離の Ca2+ 依存をも無効にする。つまり、Doc2 は、スネア複合体結合を求めてシナプトタグミンと競合する自発性遊離のための高親和性 Ca2+ センサーなのである。(KF)
Doc2b Is a High-Affinity Ca2+ Sensor for Spontaneous Neurotransmitter Release
p. 1614-1618.

暗黒の側からのニュース?(News from the Dark Side?)

ダークマターは、宇宙の全物質の85%を表しており、初期の宇宙の構造生成の原因となっていると考えられている。しかしながら、その本性はまだ謎のままである。Ahmed たち (p.1619, 2月11日号電子版; Lang による展望記事を参照のこと) は、完了した Cryogenic Dark Matter Search (CDMS II) 実験の結果を示している。この実験では、微弱な相互作用をする重い粒子 (weakly interacting massive particles (WIMP)) の形態のダークマターを探査した。候補となる二つの信号が観測されたが、予測では WIMP と無関係に起きると期待される事象の数は一つだけであった。背景からの二つ、あるいはそれ以上の事象が存在する確率は 23% であろう。この解析結果は、確信を持って WIMP 相互作用の証拠であると説明することはできない。しかし、同時に、どちらの事象も WIMP の信号ではないと除外することもできない。(Wt,nk)
Dark Matter Search Results from the CDMS II Experiment
p. 1619-1621.

[インデックス] [前の号] [次の号]