AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science February 12 2010, Vol.327


高い状態にある(Standing High)

海水面は、地球の巨大な大氷原が縮んだり、成長したりするにつれ、上昇したり下降したりする。最終氷河期にあたる、およそ81,000年前頃の海水面は、今日よりも 15m 〜 20m 低く、その結果、大氷原は更に広大なものであったと考えられていた。Doraleたち(p.860;Edwardsによる展望記事を参照) は、この見方に疑念を抱いている。Mallorca 島(地中海にある島)の沿岸洞窟で間欠的に冠水していた鍾乳石の年代を同定した結果、81,000年前頃の海水面は現在の高さより 1m 以上高いところであったことを示している。このデータは、大気中のCO2 の濃度がずっと低くても、気温が現在と同等かそれ以上であったことを示唆している。(Wt,KU)
Sea-Level Highstand 81,000 Years Ago in Mallorca
p. 860-863.

ホットスポットに組み込まれた誘導装置(Homing in on Hotspots)

哺乳類の減数分裂の時に、ホットスポット周辺で頻発するゲノムの組換えは特定のDNAモチーフと関連している。今回、多様な手法を組合せた3つの研究によって、クロマチン修飾タンパク質、ヒストン−メチル基転移酵素 PRDM9 がヒトのホットスポットの主要な因子であることを明らかにした(Cheungたちによる展望記事参照)。Parvanov たち(p. 835, 12月31日号の電子版参照)はマウスでの遺伝子座位をマップ化し、マウスとヒトの対立遺伝子変動を解析した。また、Myers たち(p. 876, 12月31日号電子版参照)は、ヒトとチンパンジーの比較分析を行い、ホットスポットに異種のモチーフを持ってきても組み換えの過程で自分で壊れて、ゲノムから除去されてしまうことを示した。Baudat たち(p. 836, および、12月31日号電子版を参照)は、この分析を取り上げ、さらに進め、ヒト Prdm9 遺伝子の複数の変異体を同定し、ホットスポットにおけるそれぞれの利用頻度が異なることを示している。こうしてゲノム内部での組換え座位の決定にPDRM9は機能しており、近縁種におけるゲノム間の差異において重要な因子であろう。(Ej,hE,kj)
Prdm9 Controls Activation of Mammalian Recombination Hotspots
p. 835.
Drive Against Hotspot Motifs in Primates Implicates the PRDM9 Gene in Meiotic Recombination
p. 876-879.
PRDM9 Is a Major Determinant of Meiotic Recombination Hotspots in Humans and Mice
p. 836-840.

超伝導量子光学(Superconducting Quantum Optics)

自由空間における原子は電磁波の共鳴吸収や再放出といった手段で検出でき、これは共鳴蛍光として知られている。これは量子光学の基本的現象である。超電導回路においては干渉性性質が出現し、これはキュービットとして(qubit)量子的情報処理に応用されようとしている。今回、Astafievたち (p. 840)は、このような巨視的な超電導部品が、人工的な原子としての振る舞いを見せ、量子光学効果を示すことを報告している。進行する電磁波が人工原子と強く相互作用し、これを消去することから、量子光学において、制御可能な素子となる可能性が見えてきた。(Ej)
Resonance Fluorescence of a Single Artificial Atom
p. 840-843.

波動性・粒子性(Wave-Particle Duality)

素粒子の波動性と粒子性が「閉じ込め空間(confined space)」ほど明確に現れる場所はない。これは粒子のエネルギーに依存する波長で定在波が形成される領域である。このいわゆる量子干渉現象は、走査トンネル顕微鏡のような表面プローブを用いることにより、ナノ構造体で観測されてきた。Okaたちは(p.843)スピン偏極走査トンネル顕微鏡を用いて、銅表面に蒸着した三角形状のナノスケールのコバルトの島(island)で、スピン依存量子干渉現象を研究した。彼らはその磁化の変調を観測し、これらが干渉している電子のエネルギーに依存したパターンを有していることを明らかにした。この実験結果はシミュレーションと良い一致を示している。この結果は、エネルギーと空間座標を決められた場合、磁化状態は、存在する二つの電子スピン状態のどちらが優勢かに大きく依存していることを示している。(Uc,KU)
Spin-Dependent Quantum Interference Within a Single Magnetic Nanostructure
p. 843-846.

冷却して衝突させると(Colliding in the Cold)

化学反応は分子の衝突過程を通じて進行する。すなわち、衝突時に衝突する相手とのエネルギー分布に支配されるということでもある。では、衝突するだけのエネルギーも持てないほど低温にすると何が起きるか? Ospelkaus たち(p. 853; および Hutsonによる展望記事参照)は、この疑問に応えるために二原子のカリウムルビジウム (KRb)をレーザー冷却し、並進、回転、振動運動、あるいは、電子的なあらゆる残留エネルギーを除去した。この状態で放熱をモニタリングしたところ、量子トンネル効果による発熱性の原子交換反応が生じた証拠が得られた。理論から予測される通り、これらの反応は厳密に分子状態に依存しており、反応速度は核スピン配向などのマイナーな因子によって何桁も異なる。彼らの観測によると、回転モーメントの障壁を通過するトンネル効果によってp波主導の量子閾値衝突(quantum threshold collision)が生じ、続いて短距離化学反応が生じた。(Ej,hE)
Quantum-State Controlled Chemical Reactions of Ultracold Potassium-Rubidium Molecules
p. 853-857.

MOFにおける多数の混合リンカーの効果(Many Mixed Linkers in MOFs)

結晶化において、異なる分子は分離析出するが、これは、一般的には異なる分子が同一結晶格子中にうまく納まらないことによる。しかし、金属-有機構造体(metal-organic framework:MOF)では、有機リンカー(organic linker)は他の格子中に隙間無く納まらない結果、同一末端基を有する母化合物に由来するいくつかのリンカーと混合する可能性がある。Deng たち (p. 846) は、亜鉛に基づくMOFにおいて、1,4-ベンゼンジカルボン酸塩(1,4-benzenedicarboxylate)と、最大、その8つの誘導物とランダムに混合する可能性があることを示した。このような混合物の与える多孔性と吸収性への効果は非線形であり、ある最適例では、たった1つのリンカーを有する MOFに比べてCOからCO2を選択する効率が4倍にも向上した。(Ej,hE)
【訳注】金属-有機構造体(metal-organic framework)とは、適切な剛直有機配位子と配位方向が規定された金属クラスターの間の錯体であり、周期性の高い結晶性化合物である。これは、別名配位性高分子(Coordination Polymer; CP)と呼ばれることもある。近年、自己組織化型多孔性材料として注目を集めてる。応用先としては、ガス貯蔵材料・吸着分離材料・導電性材料・磁性材料・不均一系触媒などが期待されている。金属と有機化合物のハイブリッド材料であり、他の多孔性材料群であるゼオライトやメゾポーラスシリカなどに比べ軽量であり、かつ穏和な条件下で合成可能という特徴を持つ。
Multiple Functional Groups of Varying Ratios in Metal-Organic Frameworks
p. 846-850.

ピリッと伸ばせ(Salty Stretch)

塩が水に溶けるとき、分子レベルでは何が起こるのだろうか?イオン溶媒和殻の幾何配置とダイナミクスを特性化しているデータの多数は、溶媒和水の間接的な観測から得られている。4つの超短偏光パルスの干渉による時間領域ラマン測定技術を用いてHeislerとMeechは(p.857)、バルクな水分子と塩化物・臭化物・ヨウ化物のイオン間の弱い水素結合相互作用に関連した伸縮振動を直接マップ化した。(Uc,KU)
Low-Frequency Modes of Aqueous Alkali Halide Solutions: Glimpsing the Hydrogen Bonding Vibration
p. 857-860.

二十日鼠と人間(Of Mice and Men)

マウスモデルがヒト障害のメカニズムや治療法の研究に役立つものと受け入れられるためには、ヒト障害に関する既知の特徴をマウスモデルがどのくらい密に再現していなければならないのだろうか?Solimanたち(p. 863,1月14日号電子版)は、脳由来神経栄養因子(BDNF)をコードしている遺伝子内の一箇所でだけ対立構成が変化しているネズミたちを、対立構成変化が同じ範囲内にある人間と比較した。BDNFのメチオニンを含む変異体をコードしている対立遺伝子を持つマウスとヒトは、バリン変異体を持つ個体と比べて恐怖の刺激に対して刺激が取り除かれた後ですら恐怖を表す応答を保持していた。更に、ヒトとマウスの双方において、この結びつきは前頭前野の腹側-中央領域における活性の減少により仲介されていた。恐怖体験の消去学習におけるこの欠陥は、不安障害に対する消去に基づく治療への相異なる応答に寄与しているのであろう。(KU,nk,kj)
A Genetic Variant BDNF Polymorphism Alters Extinction Learning in Both Mouse and Human
p. 863-866.

二次メッセンジャーのメッセージの解読(Decoding a Second-Messenger's Message)

バイオフィルムは或る表面上に付く細菌の凝集体であり、抗生物質や環境ストレスへの耐性増加と関係する場合が多い。コレラの原因であるコレラ菌において、バイオフィルムの形成は細菌の二次メッセンジャーである環状のジグアノシン一リン酸(c-di-GMP)によって促進され、かつ転写制御因子、VpsTを含んでいる。Krastevaたち(p. 866)は、VpsT自身がc-di-GMPの受容体であること、そして低分子のシグナル伝達分子の結合により、DNAの認識と転写制御に必要なVpsTの二量体形成が促進されることを示している。バイオフィルム経路の成分を活性化すると共に VpsTはc-di-GMP 依存性の形式で運動性遺伝子をも弱くする方向で制御している。(KU,kj)
Vibrio cholerae VpsT Regulates Matrix Production and Motility by Directly Sensing Cyclic di-GMP
p. 866-868.

DNAなしでの進化(DNA-less Evolution)

プリオンは、ヒツジのスクレイピーやウシにおけるいわゆる狂牛病など、種々の神経変性疾患に関与しているタンパク質性感染要素である。このたび Li たちは、組織培養細胞中で増殖すると、クローン化されたプリオン集団は変異性のイベントによって多様になり、選択的増幅を行うようになる、ということを示している(p. 869、12月31日号電子版)。つまり、コーディングゲノムを欠いている場合ですら、特定の選択条件の下で増殖する場合には、プリオンは急速な進化を起こしうる、ということである。(KF)
Darwinian Evolution of Prions in Cell Culture
p. 869-872.

ウイルスのスーパー散布機(Viral Superspreaders)

ウイルスは、感染、複製、遊離からなる反復性のプロセスによって、細胞の叢を越えて伝播すると考えられている。これが事実なら、伝播率はウイルス複製の動力学によって制限されているはずである。このたびDoceulたちは、ウイルス複製の力学によって制約されておらず、かつ伝播の劇的な加速を引き起こしている、ワクシニアウイルスが利用している伝播の仕組みを記述している(p. 873、1月21日号電子版; また、Pickupによる展望記事参照のこと)。感染した直後に、ワクシニアウイルスのタンパク質A33とA36は細胞表面上の複合体として発現する。これはその細胞を感染したものとして標識し、感染ウイルス粒子の下にアクチンの出っ張りを形成することで重感染しようとする外部ウイルス粒子を反発する原因となる。ビリオンは繰り返し感染細胞に拒絶されることによって、非感染状態の細胞に行き当たり、とどのつまり、感染のもととなった場所からさらに遠くへの伝播が加速されることになるのである。(KF,nk,kj)
Repulsion of Superinfecting Virions: A Mechanism for Rapid Virus Spread
p. 873-876.

すべては自己複製しだい(It's All About Self-Renewal)

Lmo2癌遺伝子は、ヒトのT細胞急性リンパ性白血病(T-ALL)に寄与している因子としておよそ20年前に同定されたが、その遺伝子は、2003年、レトロウイルスベクターによって不注意にも活性化され、遺伝子治療試行中の2人の患者に白血病を引き起こしたことによって、注目を浴びることとなった。転写制御因子であるLmo2の遺伝子産物がT-ALLを誘発する細胞機構は、不十分にしか分かっていない。トランスジェニックマウスを研究することで、McCormackたちはこのたび、Lmo2が、関わった胸腺中のT細胞に、T細胞分化の能力に影響を与えることなく自己複製の活性を与えていることを明らかにしている(p. 879、1月21日号電子版)。こうした自己複製細胞は、マウスの顕かな白血病開始の8ヶ月も前に検出可能なものだが、造血幹細胞(HSC)と共通の遺伝子を発現していて、これはLmo2がHSC特異的な転写プログラムを再活性している可能性を示唆するものである。(KF,KU)
The Lmo2 Oncogene Initiates Leukemia in Mice by Inducing Thymocyte Self-Renewal
p. 879-883.

階段状からクラスターへ(From Steps to Clusters)

切断や劈開により単結晶のフラットな表面が形成される際に、原子は割れる前の位置から殆ど動かない場合もあるし、或いはエネルギー的により好ましい位置へ原子が動いて新しい表面が再構築される場合もある。分子の吸着もエネルギー的状況を変化させ、再構築をもたらす。Taoたち(p. 850;Altmanによる展望記事参照)は、「階段状の(stepped)」白金表面、即ちフラットな段状のテラスが原子の階段で結合されている(557)と(332)表面を調べた。走査トンネル顕微鏡とx-線光電子分光により、階段状の白金触媒への CO の表面被覆率が非常に高くなると、ナノメートルスケールのクラスター形状への可逆的な崩壊が明らかになった。密度汎関数理論計算から、この新たな形態は吸着に対するエッジ部位の数を増やし、かつ不都合な CO-CO の反発を軽減している。(KU,Ej,nk)
Break-Up of Stepped Platinum Catalyst Surfaces by High CO Coverage
p. 850-853.

遺伝子選択の位置を突き止める(Pinpointing Genetic Selection)

ヒトゲノムには、近年のポジティブな自然淘汰の痕跡を残す数百の領域が含まれている。片手で数えられる程度のケースを除くと殆どの場合、その根底にある有利になる突然変異について不明である。淘汰のシグナルを検知する今日の方法は、もっぱら個人毎に変化する候補領域(candidate regions)を多く含んだ、広いゲノム領域を同定することになる。Grossmanたち(p.833, 1月7日号電子版)は、様々な統計手法を組み合わせて、淘汰にさらされた特定の変異体の位置を正確に示す能力を高めた、Composite of Multiple Signalsと呼ぶ手法を開発した。これにより、ヒト集団における淘汰に関係したいくつかの候補ゲノム領域が同定された。(TO,nk)
A Composite of Multiple Signals Distinguishes Causal Variants in Regions of Positive Selection
p. 883-886.

[インデックス] [前の号] [次の号]