AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 22 2010, Vol.327


渡りをつける(Making Connections)

遺伝子相互作用の分析によって、生物学的プロセスの間の関係性を明確にすることができる。その結果、細胞の多面的作用に対する総合的な考察や、遺伝子回路網に関する予測が可能となる。Costanzoたちは(p.425)、イースト菌の潜在的な全遺伝子相互作用のうち、ほぼ三分の一をカバーする遺伝子対適合検査を行った。そして、540万の遺伝子対を検査し、75%のゲノムについて定量的に特徴を記述した。検査対象となったペア相互作用に関しては、調べた遺伝子の約 3%が今回の検査条件の下で反応した。これらのデータを基にして、イースト菌の遺伝的ネットワークの相互地図が作られたのだ。(Uc,nk)
The Genetic Landscape of a Cell
p. 425-431.

明らかにされたイアペタス(Iapetus Revealed)

土星の月であるイアペタスの印象的な外観、半分が黒く、半分が白いという外観は、3世紀にわたって天文学者を悩ませてきた。Spencer と Denk (p.432, 12月10日号電子版) は、この非対称性に対するひとつの解釈を与えている。すなわち、H2O の氷が温度効果によりそこから逃げ出して他所へ移ったというものである。それは、土星の周りの軌道を運動するその月の進行方向に面している暗い側へ、黒ずんだ物質が外部から堆積することによって引き起こされた。このメカニズムはイアペタスに特有なものである。というのは、イアペタスは、大きな温度変化が起きるほどのゆっくりさで回っており、また、月の全面にわたる水の移動を可能とするほど小さく、さらには、そのプロセスを引き起こすダスト源が存在しているためである。関連する論文として、Denk たち (p.435, 12月10日号電子版) は、カッシーニ探査機撮像サイエンスサブシステムからのデータを与えている。これによると、イアペタスの進行方向にある、暗い物質と明るい物質の両方とも、尻尾側にあるそれらの対応物よりも赤っぽい。この非対称性は、土星を中心とする系のなかの他の月からのダストやデブリの堆積に由来するものである。すなわち、上記で提案された熱的な分離を開始させるのとまさに同じプロセスが起きているのである。(Wt,tk,Ej,nk)
Formation of Iapetus’ Extreme Albedo Dichotomy by Exogenically Triggered Thermal Ice Migration
p. 432-435.
Iapetus: Unique Surface Properties and a Global Color Dichotomy from Cassini Imaging
p. 435-439.

小さな鉄道技術者たち(Miniature Transport Engineers)

栄養生長期においてフィザルム・ポリセファルム粘菌は、栄養を求めて粘液を使って自分の道を切り開こうとする。探索によって発見された栄養源は、ひも状の構造で出来た道によって接続される。手老たち(p.439)は、プレート上で東京周辺の都市の場所に対応する箇所に栄養源を置いた場合、フィザルム粘菌の細管によるネットワーク構造が、日本の都市間を繋ぐ鉄道網の構造に非常に似ていることを報告している。粘菌の網の目で表示されるようなネットワークの適合型発展を記述するモデルが提案された。この生物からヒントを得られたモデルは、例えば交通網における局所的な事故への耐性というような特性を、人間が設計する類似のシステムにどう取り入れるかという問題に示唆を与えてくれるだろう。(Uc,nk)
Rules for Biologically Inspired Adaptive Network Design
p. 439-442.

モデルとしてのコロイド(Colloids as Models)

コロイドは、粒子を持ちいる結晶化動力学あるいはガラス状動力学を研究するために原子に対しての類似物質としてしばしば用いられる。それは、観測することがより容易になり、またより遅い時間尺度で動くからである。Ganapathyたち(p. 445; EinsteinとStasevichによる展望記事参照)は、その類似した振舞いが製造に用いられている技術、エピタキシャル膜成長へ展開できるかどうかを考察している。 コロイド粒子の添加の速度制御によって、パターン化した基板上での膜の核生成と成長の期間における拡散経路のマッピングが得られる。原子成長を記述する法則がコロイド系にも同じように適用可能であるが、ステップエッジとコーナで見いだされたある種の成長障壁は拡散によって制御されていた。この成長障壁はエネルギー論では説明できない。(hk)
Direct Measurements of Island Growth and Step-Edge Barriers in Colloidal Epitaxy
p. 445-448.

フェルミオン相互作用を解剖する(Dissecting Fermion Interactions)

電子、陽子そしてその他宇宙の構成要素はフェルミオンと呼ばれる粒子群に分類される。フェルミオン同士の相互作用の仕方によって異なった様相を示す。しかし、強相関共鳴領域では、フェルミオン系は粒子間距離と温度にのみ依存した熱力学的特性を示す。Hirokoshiらは (p.442; Marwanによる展望記事参照)、極低温フェルミオン系リチウム原子系のこの普遍的領域での熱力学を正確に記述している。トラップされたガスの密度プロファイルを大量に解析し、トラップの形状やガスの絶対温度には依存しないことを突き止めた。この結果は、中性子星や核物質を含む強く相互作用するフェルミ系の研究全てに対して適用されるものである。(NK,nk)
Measurement of Universal Thermodynamic Functions for a Unitary Fermi Gas
p. 442-445.

年代の調べ方(How to Get a Date)

放射能計測による年代測定は、放射性同位体の存在量やその崩壊生成物の存在量の測定に依存している。崩壊率や同位体の最初の存在量はどちらも一定と仮定されており、それらを知ることで年代が決定できる。Brenneckaたち (p. 449, Connelly による12月31日号電子版) は高精度の質量分析器を用いて、206Pbと207Pbに崩壊する238U と235U同位体について、隕石中に含まれる既知の最初の存在量が、実際はかなり変動することを示した。初期の太陽系における微量の247Cmが予想外に235Uを増やし、238U/235Uの同位対比をゆがめている。このため、初期太陽系の物質に対する年代測定で一般に使われる手法であるPb-Pb年代測定は、500万年程度の補正が必要かもしれない。(TO,KU,nk)
238U/235U Variations in Meteorites: Extant 247Cm and Implications for Pb-Pb Dating
p. 449-451.

暴風雨の気候(Stormy Weather)

地球温暖化の影響に関する最も活発な議論の一つは、温暖化がハリケーンの発生頻度とその強さに対して影響するのかどうか、そしてそれがどの程度なのかということである。いくつかの研究は温暖化によってハリケーンはより少なくなり、そのエネルギーも小さくなると示す一方、他の研究ではより激しい暴風雨をもたらすと主張している。Benderたち(p. 454;Kerrによるニュース記事参照)は、最新のハリケーン予測モデルを用いて、地球温暖化による大西洋上のハリケーンの活動への影響を調べた。そのモデルは、21世紀において年間に発生するハリケーンの全件数は現在よりも減るだろうと予測し、しかし年間発生する最強度の暴風雨の件数は増加することも予測している。さらに、最強度ハリケーンの頻度が最も大きく増加する地域は、大西洋西部であると予測している。このことは、イスパニョーラ島やバハマ諸島、そして米国南東部海岸において高い災害リスクになりうることを示唆している。(TO,KU)
Modeled Impact of Anthropogenic Warming on the Frequency of Intense Atlantic Hurricanes
p. 454-458.

遅れて動く時計成分(Late-Running Clock Components)

多くの哺乳動物の細胞には、24時間周期で特徴のはっきりした生物時計が含まれている。一日の後半部において、時計成分の一つ、CLOCK とBMAL1タンパク質からなる転写制御因子によって仲介される転写が抑制されるが、しかしながらその抑制機構は不明であった。Roblesたち(p. 463)は質量分析法を用いて、転写-活性化機能が抑制されるその時間において、RACK1(活性化されたCキナーゼ-1に対する受容体)--プロテインキナーゼCα(PKC)をその基質と接触させる足場タンパク質--が、BMAL1との結合をもたらすタンパク質を同定した。更なる研究により、生物時計の複合成分としてのPKCとRACK1の関係が示され、この成分が無いと、この時計の1日の時間が短くなる。(KU)
Identification of RACK1 and Protein Kinase C as Integral Components of the Mammalian Circadian Clock
p. 463-466.

空間とスパイクレット(Space and Spikelets)

ニューロンにおいて、スパイクレット(spikelet)はスパイク状の波形を持った小さな振幅の電圧の揺らぎである。スパイクレットは、自由に動き回る動物においてニューロン活性を記録する際に用いられる従来の細胞外技術で検知することが難しい。Epszteinたち(p. 474)は頭部に固定したホールセル(wholl-cell)記録を用いて、自由行動のラットにおける空間探索中のスパイクレット活性を分析した。高頻度のスパイクレットの後に活動電位が生じることが多かった。活動電位と似て、スパイクレットは全か無であるが、異なる動きと振幅を持っていた。更に、興奮性のシナプス後電位とも明らかに異なっており、そして異なる細胞では異なる程度で生じていた。明瞭な場のフィールドを持つ細胞において、スパイクレットは正規の活動電位と同じく、類似の空間的な発火優先度を持っていた。このように、空間的に変調されるスパイクレットは、皮質神経回路網における情報処理に関与しているらしい。(KU)
Impact of Spikelets on Hippocampal CA1 Pyramidal Cell Activity During Spatial Exploration
p. 474-477.

肉芽腫に関する有力な情報(Garnering Information on Granulomas)

結核において、従来から結核性肉芽腫はマイコバクテリアの「隔離」に役立つホスト-保護的な構造として見なされてきた。しかしながら、ゼブラフィッシュの胚における最近の研究から、マイコバクテリアが新生の肉芽腫をバクテリアの拡大と播種に役立つ媒体に変換することが示された。かくして、肉芽腫形成の阻止が結核治療の戦略を提供するものであり、広範囲な薬剤耐性結核の流行を考えると急務の公衆衛生上の目標である。Volkmanたち(p. 466,12月10日号電子版;Agarwal and Bishaiによる展望記事参照)は、ゼブラフィッシュにおいてマイコバクテリアが肉芽腫を誘発する分子経路に関して報告している。この経路を抑制することで、肉芽腫形成の減少により感染が弱まり、結核の処置における治療標的であることを示唆している。(KU)
Tuberculous Granuloma Induction via Interaction of a Bacterial Secreted Protein with Host Epithelium
p. 466-469.

MRSA、閉鎖と個人(MRSA, Close and Personal)

病原体の菌株を識別する手法は、効果的な臨床戦略の立案と同様に、病原体の進化と拡散を理解する上で基本的なことである。細菌に関する現在のSNPタイピング法は、細菌株の限られた数の特徴に基づいているため、得られるデータの識別能力は低い。Harris たち(p. 469)は、高い処理能力を有するゲノム配列解析法を利用して、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の菌株の分布が、全地球規模で地理的に分化した構造を持つことを示した。この発見によって、大陸間の感染が40年近くも起きていることが推定できる。この方法によって病院内でのMRSAの個人間の感染も個別に検出可能である。(Ej,hE,KU,nk)
Evolution of MRSA During Hospital Transmission and Intercontinental Spread
p. 469-474.

要するに、森林成長には両面がある(The Long and Short of It)

半乾燥森林は、地球の陸面の18%近くを覆っている。気候変動がこれら領域の炭素蓄積を刺激するものだとしたら、森林にもたらされる変化は、気候の寒冷化と温暖化のどちらをも促進する可能性がある。一方は、森林の成長によって大気中から二酸化炭素が取り込まれることになり、気候の寒冷化がもたらされるというもの、他方は、森林が成長し、密度が高まるにつれて、太陽光の反射率が低減し、暖かい気候がもたらされる、というものである。RotenbergとYakirはこのたび、光合成活性のピークの夏から早春への変化が、確かに森林による炭素蓄積の原因となってはいるが、長波長光の反射が抑制される効果が、良く知られている(短い波長の)反射率低下効果に付け加わるため、温暖化の潜在的可能性が倍増することになると報告している(p. 451; また Schimelによる展望記事参照のこと)。かくて、こうした照射量の変化に対抗するには、数十年にもわたる炭素蓄積が必要とされるのである。(KF,nk)
Contribution of Semi-Arid Forests to the Climate System
p. 451-454.

Wntとプロレニン受容体、V-ATPaseのこと(Of Wnt, Prorenin Receptor, and V-ATPase)

Wntタンパク質は、細胞表面で受容体に結合し、幹細胞分化から癌の発生にいたるまで、非常に広範囲の重要な生物学的課程を制御するシグナル経路を調節している。Wntシグナル伝達に必要な成分をスクリーンしている際に、Cruciatたちは、予期していなかったパートナー、プロレニン受容体(PRR)を発見した(p. 459)。PRRはWnt受容体タンパク質であるFz8とLRP6に結合した。それらPRRタンパク質は、それら受容体と相互作用することができ、プロレニンタンパク質への応答においてシグナル伝達を引き起こすのに必要な細胞質領域なしにWntシグナル伝達を促進することができた。Wntシグナル伝達におけるPRRの役割は、それともまた違うものらしい。PRRは、小胞の酸性化によってエンドサイトーシスに影響を与えうる液胞型プロトンポンプである液胞型ATP分解酵素(V-ATPase)に結合する。このV-ATPaseはまたLRP6とWntのリン酸化にも必要であった。つまり、PRRはV-ATPaseをWnt受容体タンパク質LRP6にリンクさせ、活性化した受容体の近傍における酸性化を許している。このことが、LRP6のリン酸化とそれに引き続いてのシグナル伝達にとって必要であるらしい。(KF)
Requirement of Prorenin Receptor and Vacuolar H+-ATPase-Mediated Acidification for Wnt Signaling
p. 459-463.

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